日本パーソナリティ心理学会

図書紹介

共感の社会神経科学

(ジャン・デセティ,ウィリアム・アイクス(編著),岡田顕宏(訳),2016,勁草書房)



目次

イントロダクション
第1部 共感とは何か
 第1章 共感と呼ばれる8つの現象(チャールズ・ダニエル・バトソン)
 第2章 情動感染と共感(エレイン・ハットフィールド,リチャード・L・ラプソン,イェン・チ・L・リー)
 第3章 模倣されることの効果(リック・B・フォン・バーレン,ジャン・デセティ,アプ・ダイクスターハイス,アンドリース・フォン・デア・レイユ,マータイス・L・フォン・レーウン)
 第4章 共感と知識の投影(レイモンド・S・ニッカーソン,スーザン・F・バトラー,マイケル・カーリン)
 第5章 共感精度(ウィリアム・アイクス)
 第6章 共感的反応:同情と個人的苦悩(ナンシー・アイゼンバーグ,ナタリー・D・エッガム)
 第7章 共感と教育(ノーマ・ティーチ・フェッシュバック,セイモア・フェッシュバック)
第3部 共感に関する臨床的視点
 第8章 ロジャーズ派の共感(ジェロルド・D・ボザース)
 第9章 心理療法における共感:対話的・身体的な理解(マティアス・デカイザー,ロバート・エリオット,ミア・レイスン)
 第10章 共感的共鳴:神経科学的展望(ジーン・C・ワトソン,レズリー・S・グリーンバーグ)
 第11章 共感と道徳と社会的慣習:サイコパスやその他の精神障害からの証拠(R・J・R・ブレア,カリナ・S・ブレア)
 第12章 他者の苦痛を知覚する:共感の役割に関する実験的・臨床的証拠(リーズベット・グーベルト,ケネス・D・クレイグ,アン・バイス)
第4部 共感に関する進化的視点および神経科学的視点
 第13章 共感に関する神経学的および進化的視点(C・スー・カーター,ジェームズ・ハリス,スティーヴン・W・ポージェス)
 第14章 「鏡よ,鏡,心の中の鏡よ」:共感と対人能力とミラー・ニューロン・システム(ジェニファー・H・ファイファー,ミレーラ・ダープレトー)
 第15章 共感と個人的苦悩:神経科学からの最新の証拠(ジャン・デセティ,クラウス・ラム)
 第16章 共感的処理:認知的次元・感情的次元と神経解剖学的基礎(シモーヌ・G・シャマイ=ツーリィ)
訳者あとがき


 本書は,認知心理学,社会心理学,発達心理学など,様々な分野で行われてきた「共感」に関する研究を,社会神経科学を軸に据えてまとめたものである。近年,共感という概念に対する注目はますます強まっているように思われる。本書の著者であるジャン・デセティ氏をはじめとした基礎心理学の研究者はもちろん,心理臨床家も,クライエントとの良好な関係を築くための基本的技術として共感を重視してきた。ただそれだけでなく,最近では専門家ではない一般の人々にとっても,共感という概念が親しみ深いものとなってきたように思う。「空気を読めない」などの言葉が日常的に用いられることからも,一般的に他者と共感できる能力が重要であると考えられていることは分かるし,SNSではどれだけ共感を得られたかが「いいね」の数として数値化されるなど,現代では共感が注目すべきものとして社会一般に認知されているといえるだろう。しかしながら,このように多様な文脈で共感という言葉が使われていると,「共感」という言葉が指し示す概念も多様になり,それぞれを扱う研究領域間で断絶が生じてしまう。そこで,それぞれの研究領域でいう「共感」がどのようなものなのか,関係する神経基盤についての知見にふれつつ,統合的に整理しなおしているのが本書である。
 本書は4部構成となっているが,第1部第1章において「共感という用語の8通りの使い方」という項をもうけ,先行研究において共感という言葉が指し示してきたものを8つの概念に整理している。ここでは基礎と臨床において論じられている共感を網羅的に論じ,偏りの無いように分かりやすく整理している。これこそ,本書に関して最も特筆すべき点といえるだろう。これまでに何かしらの形で共感について学んだことのある読者にとっては,知識を整理する助けになる。また,続く第2部から展開される各論も,こうした整理がなされた上で論じられているために,混乱せずに通読することができるのである。
 続く第2部では主に社会的認知や発達心理学・教育心理学の立場から共感について論じられる。ここで論じられる豊富な内容すべてについて紹介することはできないが,中でも強く印象に残ったのは,自己制御機能と共感を結び付ける第6章である。ここまでの章(特に第2章,第3章)では,共感は半ば自動的に生じるものとして記述されている。しかし,第6章では,特に他者の苦痛に共感する場合,自分自身の中に生じる情動的覚醒を適切に制御できなければ,むしろ自分のネガティブ感情に注意がシフトしてしまって他者への共感が薄れてしまうことが指摘される。心理臨床家の間では「クライエントに共感しても,巻き込まれてはいけない」とよく言われるらしいが,この第6章の内容はまさにそうした臨床家の見解に通ずるものがあるのではないか。
 その後の第3部においては,心理臨床における共感について,ロジャーズの理論にふれつつ説明が行われる。評者が特に興味深いと感じたのは第10章で,共感的共鳴という現象を中心に,臨床心理学と神経心理学の共感を橋渡しする試みが行われている。心理臨床における共感は,基礎心理学における共感と混同されるというよりは,むしろ全く別の文脈で扱われ,互いの橋渡しがほとんど行われて来なかったという印象がある。しかしながら,本書ではこれらについて神経基盤にふれつつ統合的に理解しようとする試みが紹介されており,今後の研究の指針となるような考察がなされている。続く第11章,第12章も,道徳性やサイコパシーと共感という近年特に注目を集めている内容について論じられており,必読である。
 最後の第4部では,神経心理学・進化心理学の観点から共感を支える生物学的な基盤に関して総合的に論じられる。共感という概念が近年科学者たちの関心を集めている大きな原因がこの第4部で語られている内容だろう。動物たちのコミュニケーションや,いわゆる「ミラーニューロン」の発見によって,共感はより実体のあるものとして理解されるようになってきた。この第4部では,共感に関わる内分泌系や神経ネットワークについての研究が概観される。また,神経基盤を探っていくことで,様々な研究領域で扱われる共感の間の関連性を整理し,統合的に理解しようという試みが紹介されている。特に近年盛んに研究が進められている領域であり,共感を専門とする研究者にとっても知識を整理するのに役立つような,読み応えのあるレビューとなっている。
 ここまで概観してきたとおり,社会神経科学の研究は,非常に広範な研究領域にまたがって行われてきているため,それらの研究を網羅的に紹介する本書は読み応えがあるものになっている。一方で,内容が豊富であるために,紹介されている内容の中には,人によってはほとんどなじみのないものと感じられる部分があるかもしれない。また,本書では全体を通して数多くの最新の知見が引用されており,理論についての詳細な説明も行われているため,初学者にとってはページごとに新しい情報が満載で,少し圧倒されるかもしれない。それにもかかわらず,評者は本書を共感の初学者が読むべき最初の本として強くお勧めしたい。自分が関心を持っている「共感」とは具体的にはどのようなものなのか,本書が示す内容に照らし合わせて整理しておくことが,その後本格的に共感について学んでいく上で,必ず役立つからである。(文責:西口雄基)


・図書紹介の執筆にあたり,(株)勁草書房のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2018/6/1)

暴力の解剖学 神経犯罪学への招待

(レイン・エイドリアン(著), 高橋 洋(訳),2015,紀伊國屋書店)



目次

はじめに
序章
第1章 本能――いかに暴力は進化したか
第2章 悪の種子――犯罪の遺伝的基盤
第3章 殺人にはやる心――暴力犯罪者の脳はいかに機能不全を起こすか
第4章 冷血――自律神経系
第5章 壊れた脳――暴力の神経解剖学
第6章 ナチュラル・ボーン・キラーズ――胎児期,周産期の影響
第7章 暴力のレシピ――栄養不足,金属,メンタルヘルス
第8章 バイオソーシャルなジグソーパズル――各ピースをつなぎ合わせる
第9章 犯罪を治療する――生物学的介入
第10章 裁かれる脳――法的な意味
第11章 未来――神経犯罪学は私たちをどこへ導くのか?
訳者あとがき


 「生まれつきの悪」はいない。多くの人がそう信じたいはずである。研究の歴史的背景としても,暴力や犯罪に生物学的基盤を主張することは差別を肯定する立場のようにとらえられ,受け入れられがたかったようだ。本書の著者であるA. レインは神経犯罪学の研究者として長年暴力の生物学的基盤を研究しており,本書には,暴力には生物学的基盤が存在すること,および社会から暴力を削減するために,暴力に対する生物学的な観点を考慮することの重要性について記されている。著者は研究活動だけではなく犯罪者の弁護団の相談係として裁判に参加するといった実践的な活動も行っている。本書でもこのような著者の実践的な活動をもとにした犯罪者の実例が挙げられている。
 著者が繰り返し記しているように,本書では,生物学的要因を有する者が必ずしも犯罪や暴力を行うと述べられているわけではない。むしろ,本書が一貫して主張していることは,「生物学的要因と社会的要因との相互作用 (バイオソーシャルな相互作用)」によって複雑に暴力が形成されることである。このことを,著者は本書の第8章まで順を追って説明している。本書では,特に,犯罪者の脳に焦点があてられているが,遺伝子や神経伝達物質,自律神経系など幅広い観点からの知見が集約されている。そのため,暴力の生物学的基盤に関する包括的なプロセスを学ぶことができる。脳機能に関しては第3章と第5章で中心的にとりあげられている。前頭前皮質や扁桃体をはじめとする暴力に関与するさまざまな脳領域がどのような働きを行い,暴力犯罪者とそうでない者とではどのように異なるのか説明されている。第6章と第7章では,脳の構造と機能を損なうことに影響する環境要因について説明されている。発達初期のさまざまな要因や,脳や認知機能の発達に必要な栄養素など身近な内容がとりあげられているため,一般読者や暴力や神経犯罪学が専門ではない読者も読みやすい内容ではないだろうか。そして,第8章では,本書の主眼であるバイオソーシャルな相互作用についてまとめられている。特に,社会的要因が生物学的要因に影響を与える過程や,生物学的要因の影響を緩和する過程など,生物学的要因と社会的要因の複雑な相互作用を丁寧に解説している。また,この章で記載されている暴力の機能的神経構造モデルの図は,脳の各領域が認知・感情・行動の側面から暴力へと結びつく過程を総括しており,本書で説明されている膨大な知見を整理することに役立つだろう。
 第9章から第11章では,これまでの章で述べられてきた暴力に生物学的基盤が存在することを踏まえて,社会から暴力を削減するために生物学的要因と社会的要因の双方にアプローチする実践的な側面を検討している。実際の介入研究の紹介から始まる第9章では,生物学的要因への具体的な介入手段が記されており非常に参考になった。さらに,第9章から第11章では,犯罪に対する倫理的問題を含めて,今後どのように犯罪に対処していくべきか検討するとともに読者に対して問いかけを行っている。仮想シナリオによる大規模な政策案など読み応えがある内容となっているため,詳しい内容は実際に本書を読んでいただきたい。訳者の高橋氏が記すように,著者の提言に関して賛否は分かれると思うが,司法や教育などの場面における倫理的問題について,読者自身が考える機会を提供している。
 先に述べた通り,本書では実際の犯罪者を例に挙げわかりやすく解説されている点が特徴的であり,膨大な情報量に対して読者が関心を維持しやすいよう,読みやすいよう工夫されている。もちろん,本書でとりあげられた事例は典型的な例であり,必ずしも全ての犯罪者や暴力に走る者にあてはまるわけではないと考えられる。しかし,本書では,犯罪者のタイプ (衝動的に暴力に至る者や計画的に犯行に及ぶ者など) によって生物学的基盤に相違があることも,各章で着目している要因ごとに詳しく解説されている。さらに,犯罪者だけではなく一般人口への連続性の言及や一般人口を対象とした研究の紹介も行っている。そのため,本書は単純に犯罪者の脳がそうでない者と違うことを説明するだけにとどまらない,濃い内容となっている。
 著者によると,本書は「暴力と犯罪に関する革新的で刺激に満ちたアプローチをわかりやすく解説した入門書」として執筆された。そのねらい以上に,暴力をさまざまな角度から理解し再考する機会を提供してくれる一冊であるだろう。(文責:田村紋女)


・図書紹介の執筆にあたり,(株)紀伊國屋書店のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2018/2/1)

自尊感情の心理学 理解を深める「取扱説明書」

(中間玲子(編著),2016,金子書房)



目次(執筆者)

はじめに
リーディングガイド

T 自尊感情の心理学
第1章「自尊感情」とは何か(中間玲子)
第2章 自尊感情と本来感――どちらも大切ですよね(伊藤正哉)

U 「自尊感情」に関連する諸概念
第3章 自己効力――私の能力はどの程度?(安達智子)
第4章 時間的展望――過去のとらえかた、未来の見通しかた(半澤礼之)
第5章 動機づけ――自律的学びを支える(伊藤崇達)
第6章 達成目標――前向きな目標をもつ子どもを育てるために(畑野 快)
第7章 社会情動的スキル――自己制御・情動制御・共感性など(佐久間路子)
第8章 過剰適応――「よい子」の問題とは(石津憲一郎)
第9章 レジリエンス――回復する心(小塩真司)
第10章 幸福感と感謝――幸せに生きる(池田幸恭)
第11章 心理的ウェルビーイング――よく生きる(西田裕紀子)

V 「自尊感情」概念再考
第12章 自己の理解のしかた――自己の全体−部分の関係(溝上慎一)
第13章 自尊感情の進化――関係性モニターとしての自尊感情(佐藤 コ)
第14章 「自尊感情」概念の相対化(中間玲子)


 「自尊感情を高める」ことを目的とした教育目標や研究計画をみて,どこか違和感を覚えたことはないであろうか。私たちは,自尊感情についての測定値が,いついかなるときも「最高得点」を示すような人間であることを目指しているのであろうか。また,自尊感情を高めようとすることによる弊害は何もないのであろうか。
 本書は,このような「自尊感情を高めよう」という働きかけに対する違和感を丁寧に論じ,「自尊感情を高めること」の価値が拡大解釈されることに警鐘を鳴らす貴重な一冊である。本書が読者に訴えかけるポイントは大別して2点,(1)自尊感情の多義性と,(2)自尊感情の暗部である。

(1)自尊感情の多義性について
 本書では,「自尊感情」にまつわる第一の問題として,「自尊感情」が非常に広い包括的名称(umbrella term)として用いられやすいこと,すなわち複数の望ましい心理的要素が十把一絡げに「自尊感情」と扱われてしまうことが懸念されている。その理由は,「望ましい状態になることと自尊感情が高いこととが渾然一体」(p.192)となることで,自尊感情を高めることそのものが目的化された,ある種の思考停止状態に陥るためである。もし実際に自尊感情を高めることが常に善であるならば,これは大した問題ではないかもしれないが,実のところ「自尊感情を高める=善」を肯定する実証的根拠は乏しく,自尊感情と望ましい状態の因果関係は必ずしも認められないばかりか,ネガティブな影響を報告する研究さえ散見されることが指摘される(自尊感情の暗部として後述)。すなわち,残念ながら,自尊感情を高めることは社会的に望ましい状態に至るための万能薬ではない。
 編著者は読者に対し,自尊感情を高めることによってそもそもいったい何を目指そうとしていたのか,その目的を個々の文脈に応じて具体化することを勧めている。それが,第2部(U 「自尊感情」に関連する諸概念)である。第2部では,自尊感情に関連する諸概念に着目し,「あなたが問題意識をもっている対象は,『自尊感情』というよりも,むしろ『○○』ではないですか。」といった具合に,教育目標ないし研究対象とする概念を自尊感情から置き換えられる可能性を指摘する。より適切な概念に沿って考えていくことで,当該の問題に対するより建設的で具体的な理解や支援を目指そうとしているのである。解説される概念は,「自己効力」(第3章),「時間的展望」(第4章),「動機づけ」(第5章),「達成目標」(第6章),「社会情動的スキル」(第7章),「過剰適応」(第8章),「レジリエンス」(第9章),「幸福感と感謝」(第10章),「心理的ウェルビーイング」(第11章)である。さらに,自尊感情に取って代わる比較的新しい概念として,「自尊感情と他者を尊重する態度のバランス」や「恩恵享受的自己感」,「自己への慈しみ」も紹介される(第14章)。それぞれの章を読むことで,それまで漠然と捉えていた「自尊感情」という関心の対象は,実は別の概念とした方が適切であることに気付くことができるかもしれない。

(2)自尊感情の暗部について
 「自尊感情」にまつわる第二の問題は,高い自尊感情を有していることや,自尊感情を高めようとすることによるネガティブな影響,すなわち,自尊感情の暗部である。第13章の前半ではとくにこの暗部についての言及がなされる。具体的には,自尊感情を高めようとすると生じる良くないことの例として,(a)他人の気持ちや欲求を無視するようになること,(b)外集団を差別するようになること,(c)失敗や批判から学べなくなること,(d)攻撃的になることが紹介される。また,このような良くないことが出現する背景として,第13章の後半では,そもそも我々は何のために「自尊感情」を抱くように進化したのかといった,自尊感情の起源に迫られる。自尊感情の起源は,「優位性モニター説」と「社会的受容モニター説」があるとされる。それぞれの詳しい解説は本書を参照してもらうこととして,いずれの説にも共通の考え方である,「自尊感情の機能を『自身のおかれた状況をモニターするための媒介装置』として捉えること」が,自尊感情を再考する上では重要となる。なぜなら,この捉え方によれば「自尊感情(だけ)を高めること」は,「モニターをいじること」に他ならないためである。本当は100km/hで走行している自動車のスピードモニターが,40km/h(現実から逸脱した値)を示すように改造してしまえば,様々な交通事故を犯してしまうのは当然であろう。また,自尊感情が低い値を示す者の一部は,現実に生じた経験を適切に反映した結果ではないかといった解釈も可能になるであろう(例えば,おもちゃを独り占めしたことで友だちに仲間にいれてもらえなくなり,自尊感情が低下するケースなど)。そのような過程を経て低い値を示す「ソシオメーター」としての自尊感情を,改めさせることは本当に必要なのであろうか。
 このように,自尊感情の機能を自身の適応状態を把握するためのモニターとして捉え直した場合,単に自尊感情が高い値を示しているといっても,その実態は高低とは異なる次元で,社会形態や文脈,個人の知識・経験等に依存して様々に異なっており,単純にその高低だけで良し悪しを判断できないことがわかる。したがって,自尊感情の質や,自己理解がなされる過程を合わせてみていくことが重要とされるのである(詳しくは第1・2章,第12章)。このように考えていくと,少なくとも,単純な単一時点での自尊感情の高低は,もはや望ましい社会適応状態を測る指標としては機能しなくなる。自尊感情は「今や,必要ないとさえいわれる,肩身の狭い概念」(p.174)であるとされるのも頷けよう。

 本書の主眼は,このように「自尊感情を高めよう」に対する批判的な視点を提供することで,「自尊感情」という概念についての理解を深めることにある。これまで漠然と「自尊感情」に関心をもっていた人は,本書を読みすすめることで,その問題意識の対象は,より具体的で明確なものへと代わるであろう。(文責:澤山郁夫)


・図書紹介の執筆にあたり,株式会社 金子書房のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2017/11/1)

ライブラリ心理学を学ぶ6 パーソナリティと感情の心理学

(島義弘(編),2017,サイエンス社)



目次(執筆者)

第1章 パーソナリティの理論(岡田涼)
第2章 パーソナリティの測定(門田昌子)
第3章 感情と認知(野内類)
第4章 感情と動機づけ(上淵寿)
第5章 発達:パーソナリティ心理学の視点から(島義弘)
第6章 発達:感情心理学の視点から(石井佑可子)
第7章 対人関係:パーソナリティ心理学の視点から(本田周二)
第8章 対人関係:感情心理学の視点から(村上達也)
第9章 適応・健康:パーソナリティ心理学の視点から(友野隆成)
第10章 適応・健康:感情心理学の視点から(長谷川晃)


 本書はサイエンス社が初学者向けに発刊している「ライブラリ心理学を学ぶ」シリーズ第6巻であり,パーソナリティ心理学および感情心理学をテーマにしている。初学者向けということもあり,各章のページ数は少なく重要な概念・先行研究の紹介に重点を置いた解説がなされている。各テーマについては,従来の教科書にみられるような古典的な研究から最新の研究までを幅広くレビューし,初学者に配慮して論争や見解の対立については込み入った議論を避けて書かれている。また,教科書として用語の統一には気を配っており,実際には明確に定義が異なる「感情」,「情動」などもわかりやすさを優先して表現されている。そして,各章の末尾には復習問題と参考図書が挙げられており,復習問題で章の内容を再度確認しながらより理解を深めることができるような仕様になっている。
 第1章から第4章までは,パーソナリティおよび感情に関する総説で,それぞれの領域における研究の流れと主要な概念・トピックを扱っている。第1章では,パーソナリティ理論についてその歴史と主要な研究がポイントをおさえてわかりやすく紹介されている。章末のコラムでは卑近な例も挙げられており,パーソナリティと行動傾向との関連について理解しやすい。第2章では,パーソナリティの測定法について主要な方法論だけでなく妥当性・信頼性の問題まで解説があり,パーソナリティの測定を考えている初学者にとって親切な設計となっている。第3章では,感情認知に関わるさまざまなモデルを説明し,感情制御や感情認知の神経メカニズムについても触れられている。第4章では,感情と動機づけについて主に動機づけ理論の概説がなされ,動機づけに伴う感情についても説明が加えられている。
 第5章・6章,第7章・8章,第9章・10章では,それぞれのテーマについてパーソナリティ心理学と感情心理学の視点をペアにして描き出している。第5章・6章では,パーソナリティと感情の「発達」についてそれぞれ双生児研究に始まる行動遺伝学からパーソナリティの生涯発達,発達の初期段階の原初的情動から感情制御・感情知性までの知見がコンパクトに整理されている。第7章・8章では,「対人関係」についてそれぞれ友人関係・恋愛関係におけるパーソナリティの働き,対人関係における感情表出・感情理解についての主要な理論が紹介されている。第9章・10章では,「適応・健康」についてそれぞれパーソナリティのポジティブ/ネガティブ次元,感情ドメインの症状を伴う精神疾患が対人・社会適応および精神的健康の観点から概説されている。このように後半の各論部分はパーソナリティ心理学と感情心理学とが対になるように配置されており,オーバーラップする部分とそうでない部分が理解しやすくなっている。パーソナリティ心理学と感情心理学を同時に学習でき,ひとつのトピックに対して多面的に理解を深めることが可能という点で,有用な一冊である。
 各章はいずれも第一線で活躍する気鋭の心理学者によって執筆されており,新時代の教科書としてあるべき一つの形であるといえるだろう。(文責:加藤仁)


・図書紹介の執筆にあたり,(株)サイエンス社のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2017/6/1)

クロスロード・パーソナリティ・シリーズB 計量パーソナリティ心理学

(荘島宏二郎(編著),2017,ナカニシヤ出版)



目次

第1章 人間の性格は何次元か?─因子分析─
第2章 項目反応理論による心理尺度の作成
第3章 人を健康/不健康に分けるだけが尺度じゃない─GHQ への潜在ランク理論の適用─
第4章 一対比較法や順位法による反応バイアスの抑制─イプサティブデータの項目反応理論による分析─
第5章 外向的な人を内向的に,内向的な人を外向的にふるまわせると?─分散分析と交互作用─
第6章 自己愛の高い人は健康的なのか?─メタ分析─
第7章 道徳性教育カリキュラムをどう組めばよいか─非対称三角尺度法─
第8章 大学入試期間のストレス対処経験は情動知能の成長感を高める?─多母集団の同時分析と媒介分析─
第9章 ストレスの強さは人によって違う?─階層的重回帰分析と交互作用─
第10章 二人一緒ならうまくいく?─マルチレベル構造方程式モデリング─
第11章 学習方略の使用に対する学習動機づけの効果は教師の指導次第?─階層線形モデル─
第12章 遺伝と環境の心理学─高次積率を用いた行動遺伝モデル─
第13章 パーソナリティの変化と健康の変化の関係性の検討を行う─潜在変化モデルを用いた2 時点の縦断データの分析─
第14章 縦断データの分類─決定木および構造方程式モデル決定木─


 統計的な分析手法はたくさん知っていて,それらを自由に使いこなせた方が良い。そして,学生や後輩に伝授できれば,なお良い。しかし,言うは易し行うは難しである。日進月歩で発展していく分析手法を拾い上げ,理解し,それらの利用可能性を探ることは,楽しい作業であるけれども容易ではない。特に,学部生や修士課程の大学院生は,心理学の知識を蓄積していくと同時に,それとリンクさせながら分析手法を習得していくとなると,大きな労力を伴うであろう。
 そんな思いを持ちながら日々悩んでいる最中,「計量パーソナリティ心理学」を拝読する機会をいただいた。本書では,各章において筆者の方々の興味関心を主題としながら,その興味関心へのアプローチに適した分析手法を詳しく紹介している。そのため,本書は統計や分析手法の書籍というよりも,様々な心理学の知見を紹介している書籍のように通読することができた。例えば,第6章では自己愛の話題からメタ分析へ,第7章では品格教育の話題から非対称三角尺度法へ,第10章では冒頭の男女の会話から始まりマルチレベル構造方程式モデリングへ,第11章では学習方略の話題から階層線形モデルへと展開されていく。このような構成によって,身近な疑問や現象を研究にしていくという心理学のプロセスとその面白さがよくわかるようになっている。これらの各章の導入によって,研究の文脈から切り離すことなく,「知りたいことを知るための手段」という視点を持ちながら分析手法を学ぶことができる。また,学部生や大学院生にとっては,統計や分析手法の勉強を始めるのはややハードルの高い作業であろうが,心理学の内容をベースとしている本書であれば大丈夫という人は多いはずである。
 加えて,他の書籍ではあまり取り上げられない,知りたいと思っていた分析手法が紹介されている点も特筆すべき点であった。例えば,第3章の潜在ランク理論,第4章の一対比較法,第7章の非対称三角尺度法,第13章の潜在変化モデル,第14章の構造方程式モデル決定木は,日本語の書籍では取り上げられているものが少ない。統計に明るくない紹介者は,日本語でこれらの分析手法を学べることに,ただただ感謝するのみである。また,これらの方法の多くは,一つ一つの項目が持つ情報量を吟味する手法であり,項目そのものの情報や項目間の情報を数値化,可視化できる。現状のある意味で定型化した方法(例えば,因子分析→平均値による得点算出)は,項目それぞれが持つ情報に注目しつつも,そのことに十分な意識が向けられてこなかったのかもしれない。このように既存の研究法の枠組みについて,改めて考えることもできるであろう(ただし,この印象は紹介者の不勉強に起因するかもしれない)。以上のように,本書では,様々な分析手法が心理学の文脈に根付きながら紹介されており,自身の有する研究法への考え方に新たな視点を与えてくれるように思われる。無論,比較的よく目にする第1章の因子分析や第5章の分散分析,第6章のメタ分析,第8章の媒介分析,第9章の階層的重回帰分析についても,心理学の文脈に基づいた解説がなされており,非常にわかりやすく,改めて得るものが多いことは言うまでもない。なお,本書は各ソフトウェアによる実行方法には触れられていないものの,ソフトウェアでの実行方法については伴走サイトでサポートされている。
 今回,本書を通読して改めて感じたことは,本書の内容の多彩さである。14の研究テーマについて,14の分析手法が紹介されているという本書の構成からも,そのことは明らかである。本書の冒頭で書かれているように,パーソナリティは幅広い概念であり,その守備範囲も広い。その中で共通項として共有できるものの一つは,方法論であろう。それゆえ,本書はパーソナリティ心理学の枠組みだけではなく,様々な心理学の領域で共有されうるものである。また,多様な分析手法を持つことは,学問分野を越えて必要とされるものである。それゆえ,本書で紹介されている現象へのアプローチや分析方法は,心理学以外の学問領域と協働して研究を行っていく際に,心理学者の長所となるものであり,学問と学問をつなぐ接着剤のような役割を果たしうるのではないかと思わずにはいられない。まずは本書の内容を十分に理解し,その上で他の学問分野の人々と,現象へのアプローチや分析方法について議論を交わしてみたい。そのようなことにまで考えが及んでいく内容であった。
 以上より,本書は本棚に1冊以上置いておくと得るものが大きい,オススメの書籍である。(文責:古村健太郎)


・図書紹介の執筆にあたり,(株)ナカニシヤ出版のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2017/5/10)

エピソードでわかる社会心理学 恋愛関係・友人関係から学ぶ

(谷口淳一・相馬敏彦・金政祐司・西村太志(編著),2017,北樹出版)



目次

第1章 未知から既知へ:他者を知る
第2章 親しくなる:親密さを高めるコミュニケーション
第3章 深い関係になる:親密な関係の維持と発展
第4章 親密な関係のなかの「わたし」:自己と他者との相互影響過程
第5章 親密な関係からの影響:健康と対人葛藤
第6章 親密な他者集団からの影響


「世界に一つだけの花」を目指して

 「社会心理学」。某通販サイトで検索し,教科書あるいは入門書になりうると考えられる著書を眺めてみると,その数はわりかた多い。社会心理学を学びたいと思って検索した初学者の方はきっとどの本を選んでいいか迷うであろう。仮に教科書として選ぶとしたらどの本にしようと私なりに想像してみても,困ってしまった。どれも良書であるがゆえに,選ぶ決め手が,ある意味存在しなかったのである。
 しかし,その「困った」を解決してくれる著書に私は出会った。それが本書「エピソードでわかる社会心理学 恋愛関係・友人関係から学ぶ」である。本書は,教科書あるいは入門書として「オンリーワン」の存在。それゆえ,選びやすいのである。さて,では,本書はどこが「オンリーワン」なのか。
 第一に,初学者にとってオンリーワンの存在である。本書は,単体のトピックが複数集まって1つの章が形成されている。そのため,初学者は自分の興味のあるどの章から読むことも,あるいは,どのトピックから読むこともできる。初学者にとって興味のある話題から入れることは,その後の学びのやる気につながるであろう。また,各トピックは「エピソード」+「解説」で構成されている。各トピックにおけるエピソードは身近にあり得る話となっているため,読者は「こんな話あるよねー」と思いながらまず読める。その後,「なるほど!このエピソードは,社会心理学ではこうやって説明できるのか!」と解説を読んで学ぶ。つまり,初学者にとって難しいと考えられる心理学用語が身近なエピソードと結びつけて考えることができる。社会心理学の知識を習得しやすくするための執筆者の先生方の創意工夫が感じられる。
 第二に,社会心理学を再び学びたい者にとってオンリーワンの存在である。心理学の研究領域は広くなっており,「心理学の地図」が書けないという現状にあるらしい[1]。社会心理学においても研究テーマが多様化している現状を踏まえると,「社会心理学の地図」が書きにくい状況にあると言えるかもしれない。そのような中,本書は「親密な関係」という視点から「社会心理学の地図」を提供している。「自己」,「対人認知」,「集団」といった従来の入門書では個別に扱われていたトピックについて,一貫して「親密な関係」という視点から説明する。そのため,今まではバラバラのように見えた各トピックにおける重要概念(キーワード)が,一つのまとまりを呈するかのように,あるいは,ネットワークを形成しているかのように繋がっていることが浮かび上がってくる。もちろん,単純に読んでいるだけで「地図」が見えてくるわけではなく,それなりに意識して読むことは必要である。「親密な関係」から各キーワードを読み解くことで可能となった社会心理学における重要概念間のつながり。これを学べることはこれまでの著書にはない本書の特徴であり,また,様々な概念が繋がっていることに気づけることも,本書の強みと言えるであろう。
 以上の意味で,本書はまさに「世界に一つだけの花」を目指して記された著書と言える。「社会心理学」を説明するためにわかりやすく書かれてはいるが,その先の深い「社会心理学」へいつのまにか誘われている,そのような感覚を抱かせてくれる。また,本書が「親密な関係」という視点から社会心理学を俯瞰していることによって,「社会心理学」とは何なのかについて改めて考える機会を得られるかもしれない。専門の分化が進んでいる今,改めて「社会心理学」とは何なのかと,自分の立っている地平を自分なりに考えることは重要かもしれない。本書はその思考の足がかりを提供してくれるであろう。(文責:仲嶺真)

 注[1] 歴史的・社会的文脈の中で心理学をとらえる(外部リンク)

・図書紹介の執筆にあたり,(株)北樹出版のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2017/5/10)

遺伝子を生かす教育―行動遺伝学がもたらす教育の革新―

(キャスリン・アズベリー,ロバート・プローミン(著),土屋廣幸(訳),2016,新曜社)



目次

第1部 理論的に考える
1章 遺伝学,学校,学習
2章 我々は現在の知識をどのようにして得たか
3章 読む,書く
4章 算数
5章 体育―誰が,何を,なぜ,どこで,どのように?
6章 科学(理科)―違う思考法?
7章 IQと意欲はどうやったらうまく一致するか?
8章 特別な教育の必要性―着想とインスピレーション
9章 教室の中の「クローン」
10章 ギャップに注意―社会的地位と学校の質
11章 遺伝学と学習―重要な7つのアイデア

第2部 実地に応用する
12章 個別化の実際
13章 11項目の教育政策のアイデア
14章 一日教育大臣


 ゲノム研究が急速に発展する現代においても,「遺伝子」という言葉に危機感や抵抗感を抱く人は少なくないだろう。「遺伝子の影響を受ける=努力では太刀打ちできない」との捉え方をする人もいるようである。本書は,「行動遺伝学の成果をどのように“教育”に活用すればよいのか」というテーマについて,科学的根拠に基づく理論,そして実地への応用を踏まえて展開されていく。「平等」や「公平」といった概念が重んじられることの多い“教育”という分野において,あえて「遺伝子」に着目するという切り口から論を進めている点に,本書の斬新さ,新鮮さがあるといえるだろう。
 第1部では,これまでに行われてきた行動遺伝学研究の紹介を交えながら,遺伝子という視点を取り入れた上での教育の在り方について論じられている。教育を受ける前の子どもたちはまっさらな白紙である,との考え方を否定することから,本書は始まる。子どもたちは一人ひとり異なる遺伝子を持って生まれてくる存在であり(例外的に,一卵性双生児はほぼ100%の遺伝子を共有しているが),この遺伝子は環境との相互作用の中で働くのである。第1章では,教育においても遺伝子と環境との相互作用を受容することの重要性が述べられており,すべての子どもに恣意的に同じ目標を押しつけるような教育アプローチに対して問題を提起している。第2章では,著者らの主張の論拠となる英国の大規模研究である「双生児早期発達研究(TEDS)」の概要が紹介されている。行動遺伝学研究の主軸を成す「双生児法」の原理についても説明されている。
 第3章〜第6章では,読み書き,算数,体育,科学(理科)といった“各教科”についての行動遺伝学研究が紹介されており,行動遺伝学にあまりなじみのない読者らも,自らの経験と照らし合わせながら読み進めることができるだろう。いずれの分野の能力についても共通してその個人差には少なからず遺伝要因が寄与しており,一人ひとりのもつ能力を伸ばしていくためには,多様な環境が準備されるべきであることが主張されている。第7章では,学校においてIQと自信に関する能力を引き出すことの有用性について,第8章では特別な支援を要する子どもに対する個人に焦点化した教育の必要性について論じられている。遺伝的効果の影響に加え,第9章では各個人が経験する非共通の環境の影響の重要性について,第10章では社会経済的地位に関する遺伝と環境との相互作用について焦点が当てられている。
 そして,第11章では,行動遺伝学による学習と行動に関する豊かな知見に基づき,学業に関する「重要な7つのアイデア」が紹介されている。具体的には,「成績と能力は,一部は遺伝的な理由のため多様である」,「異常は正常である」,「連続は遺伝により,変化は環境による」,「遺伝子は万能選手で環境は専門家である」,「環境は遺伝子の影響を受ける」,「一番重要な環境は個人で異なる」,「機会均等のためには機会の多様性が必要である」という7つの原則がまとめられている。各章において紹介される知見の数々が,果たして教育においてどのような革新をもたらしうるのか,本章において整理されている。本章に至るまでに少々の苦労を伴った読者らも,ここで著者らの提言をより明瞭に理解することができるであろう。
 第2部では,遺伝を考慮した教育システムの構築に関して,著者らのさらに具体的な政策案が提言されている。第12章では,教育と学習の個別化を実現するための方法について検討されており,第13章および第14章では,遺伝を考慮した教育と学習の実現に関して,著者らによる11項目の教育政策のアイデアと具体的な学校像が紹介されている。11項目すべてのアイデアの説明はここでは割愛するが,例えば「受講する科目の選択肢の範囲を広げる」といった子どもの学習システムに関する内容から,「新人教師に遺伝学の研修を行う」といった教師の在り方に関する内容まで,幅広く網羅されている。あくまでも著者らの考え方の表明であり,著者らが理想とする学校像の実現可能性については議論の余地が残るところであるだろう。しかしながら,具体的な教育政策のアイデアとして示されることで,著者らが本書において一貫して主張する「遺伝子を生かす教育」のイメージを,読者らは思い描きやすくなるのではないだろうか。
 なお,本書を読み進めるにあたり,行動遺伝学に関する専門的知識を必ずしも持ち合わせておく必要はないだろう。著者らも,行動遺伝学研究に焦点を当ててはいるものの,遺伝学に限らずより広く,教育について科学的根拠に基づく検討がなされる必要性を示唆している。読者らが専門とする学問分野を問わず,教育,そして人間を形成するすべての個人差について再考するきっかけとなる1冊であるだろう。(文責:齊藤彩)

・図書紹介の執筆にあたり,(株)新曜社のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2017/5/1)

モチベーション再考―コンピテンス概念の提唱

(ロバート・W・ホワイト(著),佐柳信男(訳),2015,新曜社)



目次

はじめに
1. 動物心理学における動向
2. 精神分析的自我心理学における動向
3. 心理学全般において関連する動向
4. 満足している子どもの遊びとコンピテンス
5. エフェクタンス
6. コンピテンスの生物学的意義
7. 要旨
「モチベーション再考」再考―訳者あとがきに代えて


 本著は,White, R. W. (1959). Motivation reconsidered: The concept of competence. Psychological Review, 66, 297-333. の全訳である。原書である展望論文が刊行されてから半世紀以上が経つものの,ここで提唱されたコンピテンスという概念は,その後自己決定理論をはじめさまざまな動機づけ理論を支える重要概念のひとつとして現代まで息づいている。本著では,当時主流であった一次的な動因や本能のみを重視する理論の限界点を踏まえ,多領域にまたがるレビューを展開しながらこのコンピテンスという新しい動機づけ概念を提案することの意義について記されている。
 第1章は,動物心理学領域のレビューである。当時の動物心理学における動機づけ理論の主流は,ハルの動因低減説であった。動因低減説では,あらゆる行動は生理的な欲求やそこから派生した欲求が原因で生じると説明される。しかし,主要な生理的欲求を満たした状況で生じる環境への探索行動や操作(パズルを解くなど)を扱った一連の研究結果は,行動の原因を生理的な欠乏のみに起因させる動因低減説では説明がつかないことを示していた。このような状況に対して,従来の理論を擁護する立場では二次的強化や不安の低減といった観点からの説明を試みたり,「探索動因」や「操作動因」など新たな一次的動因を加えることで対応しようとしたが,著者はこれらの説明にはいずれも不十分な点が残ることを鋭く指摘する。そこで,著者は上記のような行動を説明できる「動因」とは別のより的確な概念が必要であることを示唆する。
 第2章は,第1章でみてきた動物心理学からは離れて精神分析的自我心理学領域での研究知見をレビューしている。本章では,興味深いことにフロイトに端を発した精神分析的な心理学領域においても,先に見た動物心理学と類似した動向がみられていることを明らかにする。つまり,エロスと破壊行動に由来する本能のみで行動を説明することの困難に直面したとき,動物心理学者が新たな動因概念を加えようとしたのと同様に,新たな本能(習熟本能)を本能の概念として加えることにより対応を試みたのである。さらに,動物心理学者たちによる二次的強化の発想と類似した「中和化された本能エネルギー」で説明をしようとしたり,不安低減という欲求からの説明をしようとしたことまで一致する点は読んでいて非常に興味深い。
 第3章では,心理学のその他の領域に目を向け,これまで見てきたような従来の動機づけに関する説明概念の不十分さを指摘する論争や,それを乗り越えようとする議論が他の領域でもみられることを紹介する。本章では特にウッドワースの主張を引用しながら,環境に対して自身が原因となり何らかの影響を与えることは,生体を動機づける機能をもつという本著における重要な位置づけとなる議論が展開される。
 第4章では,ここまでのレビューを踏まえ,従来の理論による説明が及ばなかった行動群を理解する新たな動機づけ概念としてコンピテンスが提唱される。コンピテンスとは,生物が生得的にもっている,環境と効果的に相互作用する能力のことを指す。本章では,子どもの遊びの中での行動をもとにコンピテンス概念の説明をしている。子どもは,遊びの中で自らが環境にどのような効果を与えられるか,また,環境が自分にどのような効果を与えるのかをあたかも「実験」するかのように確かめる(例えば,「ガラガラ」をどのように鳴らせばどのような音が出るのかを確かめる)。このような環境との相互作用による学習を通して,子どもは自身のコンピテンスを増大させるのである。
 第5章は,環境とのかかわりの中でコンピテンスの獲得を指向する動機づけであるエフェクタンスについて論じられている。エフェクタンスは欠乏欲求ではない。したがって,エフェクタンスが「満ちる」,「充足する」という表現は不適切とし,代わりに著者はエフェクタンスの主観的で感情的な体験を効力感と名付けた。その上で,エフェクタンスは日常レベルではコンピテンスの向上を目標とした動機づけではなく,あくまで効力感を求める動機づけとして体験され,「結果として」生体にとっては持続的・連続的な環境に対する学習を成立させる性質であることを説明する。
 第6章は,エフェクタンスの進化論的な意義について記されている。環境との相互作用を積み重ね,コンピテンスを獲得することは,生体の環境への適応を高めることにつながる。このような議論は,コンピテンスやエフェクタンスという概念を想定することの生物学的・進化論的な根拠ということができるだろう。さらに,エフェクタンスが性欲や飢え,恐怖の喚起と比べて「緩やかな」動機づけであるという特徴も,むしろ適応に資するという主張がなされている。適度な高さの動機づけの方が環境に対する幅の広い学習へとつながるという説明は興味深く,抑えの章として著者の掲げるコンピテンス概念の説得力をさらに深めているように感じた。
 本著を読みながら,生物の発達や進化的な適応までも見据えたコンピテンス概念の射程の広さを改めて認識させられた。訳者の佐柳先生もあとがきで指摘するようにエフェクタンスの測定については従来十分な操作的定義がされてきたとは言い難いものの,脳機能マッピングの技術等が発展した現代においては,ホワイト自身が「現時点では難しい」と述べていたエフェクタンスの神経学的基盤についての検討が可能かもしれない。このような試みは,特に動機づけの発達等のテーマについて多くの重要な示唆をもつと考えられる。
 冒頭にも書いたように,コンピテンスはその後自己決定理論やコンピテンス動機づけ,マスタリー動機づけなど,いくつかの形で発展・展開がみられる。しかし,今一度オリジナルのコンピテンス概念がいかに丁寧で幅広いレビューのもと概念化されているかを本著により確認することは,今もなお多くの研究者に動機づけとは何かを再考するきっかけを与えてくれるのではないだろうか。(文責:解良優基)

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(2017/2/1)

腐女子の心理学 ―彼女たちはなぜBL(男性同性愛)を好むのか?―

(山岡重行(著),2016,福村出版)



目次

序章 問題「オタクと腐女子」
第1章 オタクや腐女子はどのような人物なのか?
第2章 オタクや腐女子はコミュニケーション能力が低いのか?
第3章 オタクや腐女子は「残念」なのか?
第4章 オタクと腐女子のイメージを比較する
第5章 オタクと腐女子の恋愛意識
第6章 オタクと腐女子の大学生活
第7章 オタクの/腐女子の自己表象
第8章 腐女子はBLに何を求めるのか?
第9章 腐女子は猟奇的で異常な描写を好むのか?
第10章 腐女子はなぜ現実をBLとして妄想するか?
第11章 オタクや腐女子の趣味と幸福感
第12章 総合考察
第13章 腐女子とオタクの未来に向けて


 日常のなかで腐女子と自称する人に出会うことは多くない。腐女子(BL(Boys Love=ボーイズ・ラブ)を好み男性キャラクターに対して妄想を膨らませる女の子)は,ジャニーズ事務所所属のアイドル・グループを追っかける「ジャニオタ」や宝塚歌劇団のタカラジェンヌを応援する「ヅカファン」のように,明確なその集団としてのイメージが存在しないのではないだろうか。また,仮にイメージが思い浮かぶしても,腐女子とオタクは混同されがちであるのではないだろうか?
 本書は,腐女子が何を求めているか,どのような心性を持っているのかについて,心理学の理論と客観的データから迫るユニークな著作であり,腐女子というポップな現象をハードな心理学の手法と視点で分析するというコンセプトの元に作られている。
 実際,本書を読むまで,私は腐女子と呼ばれる人たちについてオタクとそう変わらない認識を抱いていた。しかし,本書は「第1章 オタクや腐女子はどのような人物なのか?」という問いから始まり,読み進めていくうちに腐女子とオタク,そして一般の人々との差異と共通性が明確になるよう構成されている。とりわけ印象的だったのは,オタク・ノーマライゼーションが進み,多かれ少なかれ人が持っている特性としてオタクが受け入れられている現代においても,腐女子が一般人に擬態してひっそりと生息しているということだった。確かに「自分ヲタです。」とアピールする自己紹介があったとしても,「腐女子です」や「腐ってます」という自己紹介に出会ったことはない。その背景として,腐女子はオタクよりも理解されにくい上に,自分自身に対してアブノーマルな変態としての認識を持っているという構造があることが本書で詳らかに論じられている。
 本書を読み進めるにつれ,腐女子の純粋さが浮き彫りになる。特に,BLをこよなく愛し,そこから受動的幸福感(自分の直接的な成長や向上,達成ではなく,あくまでも他者の作品やパフォーマンスを見ることで感動し,充実感や満足感を得て感じる幸福感)を得ている彼女たちが恋愛に対してどのような意識をもっているか?という問いの答えは「純愛」の意識である。山岡氏は,BLには二重の安全装置が設けられていると述べている。「実行不可能性」と性を聖なるものとする「聖なる愛」の概念である。これを,男性同士の地位的な平等性の上に位置づける安全なポルノグラフティがBLである。純粋な愛の行為を自分とは切り離したところから眺めることによる,身体性を伴わない愛の形に彼女たちは萌えるのである。
 腐女子は,BLという夢中になれるものを持っていることで,幸せを得る。私たちが,幸福感を感じられるのは,趣味・学び・恋愛など,とにかく何かに熱中できているからである。色々な趣味のなかの一つの形として,BLを捉えると,のめり込みますます自分の関心を深めようとする彼女たちの気持ちが理解しやすくなる。最後に,「第13章 腐女子とオタクの未来に向けて」では,自己を隠蔽する腐女子の現状を打破する方向性の示唆もなされている。この章には山岡氏から腐女子に向けた,価値観を大切にしつつ現実世界を生きていくための重要なメッセージが込められている。
 私は,本書を読み,何かに心酔する彼女たちを少し羨ましく思った。と同時に,様々な疑問が生じてきた。彼女たちはどのようにして腐女子になり得たのだろうか?現実には,どの程度のオタクと腐女子が交際し,その交際はどの程度うまくいくのだろうか?そして,腐女子はいつ腐女子でなくなるのだろうか?この問いは腐女子への発達心理学的な問いであるが,他にも本書を読むことで読み手の背景に応じて様々な問いが生まれ,腐女子をテーマに研究をしてみたいと触発される人が増えるだろう。こうした問いを発見し,研究を発展させるためにも,ぜひ多くの人に本書を手にしてほしいと感じる。
 なお,本書の内容については,FMフェステバル「未来授業 ―明日の日本人たちへ」で4回にわたり,山岡氏自身がわかりやすく解説している。ポッドキャストで配信されているので,ぜひ一度聞いてみてほしい。(文責:木戸 彩恵)

・図書紹介の執筆にあたり,(株)福村書店のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2016/12/8)

宗教を心理学する ―データから見えてくる日本人の宗教性―

(松島公望・川島大輔・西脇 良(編著),2016,誠信書房)



目次(執筆者)

序章 日本人の宗教性を測る ―宗教を心理学するためのガイドライン― (松島公望)
第1章 東日本大震災の被災地から見る日本人の宗教性 ―非業の死を遂げた子どもへの慰霊をめぐって― (大村哲夫)
第2章 それからを生きるための宗教 ―阪神淡路大震災からのメッセージ― (川島大輔・浦田 悠)
第3章 日本の中で「信仰」に生きる人々 ―あなたの知らない世界?― (相澤秀生)
第4章 「こころの健やかさ」から見えてくる日本人の宗教性 ―より良く生きるために宗教は必要か?― (中尾将大)
第5章 自然体験の中での宗教心 ―宗教性の一指標として― (西脇 良)
第6章 日本文化の中に生きている「神道ナラティヴ」 ―身近すぎて気づけない存在― (酒井克也)
第7章 日本人は宗教,スピリチュアリティをどのように見ているのか ―イメージから読み解く日本人の宗教性― (小林正樹)
第8章 「信仰をもっていない」と答える人の信仰の世界(荒川 歩)
第9章 スピリチュアリティを心理学する ―spiritualityに混在する「厄介さ」と「可能性」の探究― (タカハシマサミ)
付録 J-MARSにおける質問紙調査の概要(松島公望)


 本書を手に取るまで,(自分の不勉強さは置いておき)紹介者は,日本人の宗教性を明らかにすることが非常に困難なのではないかと考えていた。その理由は,欧米や中東の人々に比べ,宗教が日本人の生活に根付いていないように思えたためである。その一方で,日本人の多くは,盆に先祖を迎え,クリスマスにツリーを飾っており,宗教は一種の“文化発生装置”として機能していると思えた。これらを踏まえれば,日本人は意識的なレベルでは宗教を信仰していないが,意識しないレベルで宗教の影響は多様に受けており,それを実証することには困難が伴うであろうと考えていたのである。紹介者は,そこで思考停止状態となっていた。
 「宗教を心理学する」をタイトルとする本書は,その名の通り,日本人の宗教性を心理学的手法で得られた実証データから明らかにしようとするものである。本書は日本人の宗教性を扱うものであるが,その内容は日本人の宗教性への興味関心が薄い人にとっても有益であろう。その理由は,以下の二つの特徴のためである。
 第一に,宗教性を捉える枠組み作りが丁寧に記述されていることである。本書では,曖昧で複雑とも思われる日本人の宗教性について,その概念がどのように扱われてきたかのレビューを経て,宗教性を個人特性として捉える枠組みを提示している。この丁寧な枠組み作りによって,研究者は共通性を持ちながら多様な社会現象にアプローチすることができ,また読者にとっては,一貫性を持ちながら本書の内容を理解できるものになっていると感じられた。我々が生きる社会は多用で曖昧であり,社会現象を捉えるための共通の枠組みがなければ,学際的なアプローチは難しくなってしまう。本書の宗教性に対する丁寧な枠組みの作り方は,興味関心のある現象を心理学しようとする研究者,学部生,院生にとって良き例となるであろう。
 第二に,多岐に渡る社会現象を扱っている点である。例えば,第1章では東日本大震災の被災地で行われた犠牲者への卒業証書授与,第2章ではろうそく法要での宗教性が扱われている。これらの未曾有の大災害のような,死を意識せざるを得ない状況では,宗教性の影響が色濃く現れるのであろう。その一方で,第3章では日本人の信仰に関する調査結果,第4章ではwell-being,第5章では自然体験といった日常場面を中心としたテーマが扱われている。さらに第8章では,宗教的意味づけ機能や無意識的要素から日常にある宗教的行為について考察されている。多様な現象に対して,多様なアプローチを用いて迫っていく本書の内容は,宗教性が我々の日常に深く関わるものであることを理解させるだけではなく,我々が生きる社会で生じる現象に改めて注目してみることの面白さを感じさせるものである。また,未曾有の大災害における宗教性の機能や役割を明らかにしていくことは,人間とは何かという本質的な問いに迫るもののようにも感じられた。したがって,本書は,宗教性にアプローチすることを通して,心理学の面白さや奥深さを読者に伝えていると考えられる。
 以上のように,本書は日本人の宗教性を明らかにするだけではなく,心理学の面白さや奥深さを感じさせてくれる一冊である。しかし,本書には,まとめや結論を述べる章は設けられていない。それは,日本人の宗教性に関する研究が始まったばかりであること,日本人の宗教性の多様さを示すことに目的があったことに起因するのであろう。同時に,紹介者は,著者から読者に対して「宗教性に関する思考停止状態を脱して,宗教性や宗教性が関わる現象の面白さや興味深さを見つめましょう」という宿題が出されていると感じた。今後,宗教性の研究が発展していく中で多様なアプローチをまとめ上げ,何らかの結論を出していただけることを期待しつつも,我々なりに社会現象を見つめていくことが求められているのであろう。(文責:古村健太郎)

・図書紹介の執筆にあたり,(株)誠信書房のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2016/12/01)

ストーリーでわかる心理統計 ―大学生ミライの因果関係の探究―

(小塩真司(著),2016,ちとせプレス)



目次

4月 だいたい
5月 くらべる
6月 まえおき
7月 かんれん
8月 つながり
10月 みあやまり
11月 くみあわせ
12月 あつまり
1月 ちょうせい


 「大学生ミライの因果関係の探究?ストーリーでわかる?なにこれ,とても面白そう。」
 私が本書に抱いた第一印象だ。私はこの本をぜひ読んでみたいと思い,早速手に取ってみた。
 まずは『4月 だいたい』から読んでみた。区間推定の話だ。
 「難しい統計の話をかなり平易に解説しているなあ。すごいなあ。でも,平易に解説しすぎて,初学者にとっては逆にわかりにくくないかな。心理統計を少し勉強していよいよ卒論に取り組み始めます,という大学3,4年生あたりをターゲットにしているのかな。」
 そう思いながら,読み進めた。文章の読みやすさとわかりやすさもあり,『4月 だいたい』はあっという間に読み終わった。没頭して読んでいたのもあるかと思うけど。
 「『ストーリーでわかる心理統計』とあるけど,初学者にとっては,この本を読んでも心理統計はわからないのではないかなあ。」
 一抹の不安を覚えながら,この日は本を置いた。
 あくる日,改めて本を開いてみた。読む前に少し考えた。
 「『ストーリーでわかる心理統計』とはどういうことだろう?」
 考えた結果,私は,心理統計学の基礎や,心理統計をどうやって使うか,いわゆる方法論的な思考でこの本を読んでいたことに気がついた。だから,この本を読んでも心理統計はわからない,という不安を覚えたのだ。
 「少し視点を変えてみよう。心理統計がわかる本ではなく,現実生活の中で心理統計的な知識がどうやって活きるのかを描いた本だとして読んでみよう。」
 (あとがきを最後に読んだため)後から知ったことだが,筆者である小塩先生はそういう意図があったようだ。私が本書の狙いを勘違いしていただけだった。
 視点を変えてからは,あっという間だった。『5月 くらべる』はt検定およびχ2検定の話。『6月 まえおき』は比較の前提条件の話。大学の講義において前年度と今年度で講義の合格者数が違うのではないか,それは先生が厳しいことが原因だというミライの疑問に対し,江熊先生が原因を知ることがいかに難しいかを心理統計的知識を交えながら説明する。そこでミライは,原因を探ることがいかに難しいかを学ぶ。ちなみに,ミライはこの物語の主人公,江熊先生は心理統計的な知識を使いながら物事の多面的理解をミライに促す大学教員だ。
 「物事が多面的だということは知っていたつもりだけど,改めて読んでみると,その前提をたまに忘れている気がする。」
 自戒の念に駆られた。データを取るだけでなく,物事の“本質”を捉えなくては。
 『7月 かんれん』,『8月 つながり』,『10月 みあやまり』は,相関関係,因果関係,疑似相関の話。『くらべる』ことと『かんれん』はどのような関係性にあるのか,因果を確定することは難しいのに,現実生活ではまるで原因と結果が決まっているかのように説明されたりする。しかし,それを覆すことが容易ではないことをミライは知る。
 「自分はどうだっただろう。簡単に“影響”とか“因果”とかを考えたりしていた気がする。調べて考えることを怠っていた気がするなあ。」
 そんなことを思いながら,この日は本を置いた。
 次の日。はやる気持ちを抑えきれなかった。『11月 くみあわせ』,『12月 あつまり』,『1月 ちょうせい』を一気に読み上げた。交互作用の話,原因同士の関連の話,調整変数の話。どれも心理統計的には必須の知識で,現実生活でもありそうなわかりやすい例が示されていた。
 「ここら辺の話は,因果の探究との関連が少し分かりづらいな。ただ,話はとても面白い。」
 特に『12月 あつまり』は,授業評価アンケートの話で,確かにそうだよなあ,と思いながら,どのような項目が必要かは目的次第という本書の記述には,アンケートをどのように取るかを熟考する必要性を改めて痛感させられた。また,『1月 ちょうせい』は,話が衝撃的だった。その場で3回読んだ。話の内容は読んでいただいた人のお楽しみとしてとっておきたい。
 「やはり心理統計をわかるために読む本と考えるよりも,心理統計的知識と現実生活とを結ぶ本,物事の考え方の一つを知る本として捉えると読み応えのある本だなあ。もっと勉強しなければ。」
 そんなことを思いながら,この本に出会えたことを感謝しつつ,本棚に優しく本書を置いた。寒い秋の夜だった。

 以上が本書を読んだ,評者の感想である。本書が物語風であるため,図書紹介も物語風にしてみた。ただし,本書の物語は,図書紹介とは違い,もっと読みやすく,もっと話が面白い。また,『因果を考える』,『物事を捉える』とはどういうことかを改めて考えさせてもらった。上述したことの繰り返しにはなるが,心理統計を知るための本として読むと物足りないが,物事の考え方の一つを知る本として読むととても得るものが多かった。本書は小塩先生の前著『大学生ミライの統計的日常』(東京図書)の続編である。続けて読むとさらに本書の深みが増す気がする。また,本書は,続編を匂わす締めくくりであった。ぜひとも続編も読みたいと感じさせてくれる,そんな一冊であった。(文責:仲嶺 真)

・図書紹介の執筆にあたり,(株)ちとせプレスのご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2016/12/01)

基礎からのベイズ統計学 ―ハミルトニアンモンテカルロ法による実践的入門―

(豊田秀樹(編著),2015,朝倉書店)



目次

第1章 確率に関するベイズの定理
第2章 確率変数と確率分布
第3章 ベイズ推定
第4章 メトロポリス・ヘイスティングス法
第5章 ハミルトニアンモンテカルロ法
第6章 正規分布に関する推測
第7章 さまざまな分布を用いた推測
第8章 比率・相関・信頼性


 心理学の学問分野では,近年,ベイズ統計学に基づくデータ分析を積極活用するべきだとする議論が盛んになってきている。p値の大小だけに着目する帰無仮説検定の限界を克服できる,データを複数回収集して知見を随時更新するなどビッグデータ時代に適した分析を実施できる,といったベイズ統計学の利点を耳にしたことのある方も多いのではないだろうか。
 しかし,帰無仮説検定に慣れ親しんだ多くの心理学研究者の中には,「専門性が高く,学習するのが大変そうだ」とベイズ統計学を縁遠いものと感じる人もまだまだ多いだろう (というよりも,評者自身もその1人である)。市場に出回る「ベイズ」と名の付いた書籍の大半は,数理統計学の専門家向けに書かれたものや,ソフトウェアの動かし方を詳しく解説したもので占められており,「ベイズ統計学のことを初歩から学びたい」という声に応える書籍はこれまで稀少であった。ベイズ統計学への着目が日増しに強まる一方で,ベイズ統計学を本格的に学び始めるための糸口はなかなか見出せない,というジレンマを多くの心理学研究者は抱えているのではないだろうか。
 本書は,多くの心理学研究者が抱える上記のようなジレンマを解消することを目的とした画期的な書籍として位置付けられる。前提知識となる確率や分布の考え方から,丁寧にわかりやすく解説を進めていくことで,数理的な議論になじみの薄い読者であっても段階的にベイズ統計学を学習できる内容となっている。
 第1章から第3章は,「基本部」と位置づけられている。まず,第1章では,「事前確率をデータに基づいて更新し,事後確率を求める」というベイズ統計学の基本的な考え方が解説される。第2章では,ベイズ統計学の考えに基づいた推定の方法を学ぶための前提として,データの種類や性質に応じて様々な確率分布が考えられて活用されてきたことが解説される。第3章では,「事前分布をデータに基づいて更新し,事後分布を求める」「事後分布をもとに,推定したい母数がどの範囲にあるかを示す確信区間を求める」といった,ベイズ推定の基礎が解説される。
 第4章と第5章では,「サンプリング部」として,実際にベイズ推定を行って事後分布を評価するための具体的な手法が紹介される。第4章でサンプリングに関する基礎知識についての解説がなされた上で,第5章では,上級者でなくとも実践しやすい手法であるハミルトニアンモンテカルロ法が解説される。続く第6章から第8章では,「実践部」として,様々なデータの種類や目的に応じてどのようにベイズ推定を実施していくのか,豊富な具体例に基づく解説がなされる。
 「基礎からのベイズ統計学」というタイトルが示す通り,本書では,ベイズ統計学になじみの薄い読者の内容理解を促すための工夫がいくつも用いられており,その点が本書の最大の長所といえる。「基本部」「サンプリング部」「実践部」のいずれにおいても,まずは前提知識から丁寧に,例題を交えて解説するという構成が取られている。また,各章の末尾には復習のための問題が設けられており,書籍の末尾には「実践部」で紹介した分析例のコードも掲載されている。これらの工夫によって,手を動かしながら時間をかけて学習を進めれば,ベイズ統計学の基礎的な理解から分析の実践まで,誰もが一通りをマスターできる内容となっている。
 ただし,ベイズ統計学を本格的に学ぼうとするモチベーションがそこまで高くない読者にとっては,確率や分布といった基礎からコツコツと解説を進めるという本書のスタイルが,かえって取っつきづらいものに感じられるかもしれない。欲を言うならば,なぜ今ベイズ統計学への着目が高まっているのか,なぜソフトウェアの動かし方ではなく分析の仕組みについて詳細に解説するのか,冒頭で1章を割くなどして集中的に解説しても良かったのではないか。ベイズ統計学に「ちょっとした興味」を抱く読者をぐっと引きつけ,単なるHow toにとどまらない,しっかりとした学習へと誘っていく工夫が施されていれば,ベイズ統計学の入門書としての本書の価値はより一層高いものとなったであろう。(文責:樫原 潤)

・本書評の執筆にあたり,(株)朝倉書店のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2016/11/01)

パーソナル・コンストラクトの心理学 第1巻 ―理論とパーソナリティ―

(G. A. ケリー(著),辻 平治郎(訳),2016,北大路書房)



目次

1. 代替解釈
2. 基礎理論
3. パーソナル・コンストラクトの本質
4. 臨床場面
5. レパートリー・テスト
6. 心理的空間の数学的構造
7. 自己特徴づけの分析
8. 修正役割療法
9. 診断の次元
10. 移行の次元


 パーソナル・コンストラクトの心理学をご存知だろうか。本書は,その提唱者であるG. A.ケリーによって記されたパーソナル・コンストラクトの心理学とは何かを説明した本である。原本は1955年に記されているため,すでに原本をお読みの方もいらっしゃるかもしれない。しかし,訳者の辻 平治郎先生によれば,原本は日本であまり話題にならず,また,日本語によるケリーの「紹介」がほとんどなされていなかったらしいため,パーソナル・コンストラクトの心理学がほとんど知られていないという前提で書評を書かせていただくこととする。
 本書の緒言で述べられているが,本書はもともと臨床手続きのハンドブックとして出発したらしい。しかし,それだけにはとどまらず,人間を理解する(捉える)新たな枠組みを提供するまでにいたり,また,その当時の心理学からは一線を画すほどの壮大な理論となったようである(今現在においても壮大な理論であると評者は感じた)。
 本書は9章から構成されている。第1章はパーソナル・コンストラクトの心理学における哲学的背景,第2章は基礎理論が記されている。パーソナル・コンストラクトの心理学において,人をどのように考えるのか,その上でどのような理論を構築したのかが詳細に記されている。理論の哲学的背景が記されているおかげで,基礎理論がどのように形成されたのかが理解しやすくなり,パーソナル・コンストラクトの心理学を理解する上で重要な章であろう。
 第3章,第9章,第10章は,第2章で記された基礎理論をより具体的に解説した章である。第2章は理論の枠組みを記した章であったため,抽象的な表現が多い。そのため,より理論の理解を促進するために,これらの章が設けられたのであろう。
 第4章から第8章までは,パーソナル・コンストラクトの心理学の枠組みで臨床場面を捉えた場合,および,その実際のやり方について記されていた。具体例が記されているため,パーソナル・コンストラクトの心理学とは何かがより理解できる章である。
 本書は400ページを優に超える大著である。そのため,詳しい内容は本書を読んでいただき,パーソナル・コンストラクトの心理学の真髄を理解していただきたい。以下では,評書から見た本書の特徴を2点挙げさせていただく。
 第一に,本書で記される用語の説明が丁寧になされている点である。パーソナル・コンストラクトの心理学では,その理論でしか使用されない用語が幾つかある。そのため,用語の説明なしには理解できないであろう箇所が多分にある。そのことを著者はおそらく把握しており,そのため,使用される各用語がどういう意味で使われているのかを丁寧に説明している。類似する概念や心理学で既存に使用されている用語との関係性についても説明しており,独特の用語がどのような意味で使用されているのかを比較的理解しやすい内容になっている。
 第二に,臨床場面での具体的な例が記されている点である。第5章,第7章,第8章は,パーソナル・コンストラクトの心理学の枠組みを用いた場合に,どのような方法で実施するのかが具体的に記されており,理解しやすい。また,これらの章では,臨床場面での具体例が記されてはいるが,パーソナリティを捉えるための他の場面でもどのように適用したらよいかがわかるような内容になっている。
 以上のような具体的な特徴を挙げさせていただいたが,評者が感じた本書の最大の特徴は,人を捉えることの難しさとやりがいを感じさせる点であろう。パーソナル・コンストラクトの心理学で人を捉えようとすると,誤解を恐れず正直に言えば,大変苦労することが容易に想像がつく。しかし,その反面,人を理解する(捉える)とはどういうことかを改めて感じさせてくれる一冊であり,心理学を再考する非常に貴重な機会をもたらすであろうと感じた。そのため,パーソナリティを研究する研究者にとっては,一読する価値があろう。(また,本書での用語の使用と,ケリーの追随者での用語の使用とには落差があることを辻先生が指摘している。そのため,パーソナル・コンストラクトの心理学は知っているが,原本は読んでいない方も一読する価値はあると思われる。)
 しかし,1点だけ注意すべき点がある。本書は「簡単」に読めるような本ではない。辻先生もお書きになられているが,ケリー独自の用語法や思考の哲学的・科学的基盤を理解,あるいは解釈するのは大変な苦労を要する。実際,評者は関連する書籍や文献を参考にしながら本書を読み進めた。ある程度の前知識があった方が本書を理解しやすくなるかもしれない。
 ただし,緒言に記されているが,心理学的な問題に今まであまりまじめに悩んでこなかったような人は,この本を選ぶとほぼ確実に不幸になるであろう。不幸になるかどうかは本書をお読みいただいたあなた次第である。(文責:仲嶺 真)

・本書評の執筆にあたり,(株)北大路書房のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2016/09/14)

情動学シリーズ4 情動と意思決定―感情と理性の統合―

(渡邊正孝・船橋新太郎(編),2015,朝倉書店)



目次(執筆者)

1. 無意識的な意思決定(渡邊正孝)
2. 依存症と意思決定―とらわれた意志―(廣中直行)
3. 情動とセルフ・コントロール(田中沙織)
4. 両刃なる情動―合理性と非合理性のあわいに在るもの―(遠藤利彦)
5. 集団行動と情動(村田藍子・亀田達也)
6. 意思決定に及ぼす情動の影響―前頭連合野眼窩部の機能を中心に―(船橋新太郎)


 多くの人は,自分がとった行動や下した判断は紛れもなく「自らの意思」によるものと信じている。人格が隅々まで統制され,自己制御が可能であるという考え方は,近代の人間観の中核であった(下條, 2008:サブリミナル・インパクト)。しかし,近年の心理学的研究の多くは,その前提を覆す結果を提出している。本書は,私たちの意思決定が全て意識的になされるのではなく,情動や動機づけ状態を反映して,無意識のうちにものごとを決めてしまう可能性があることを,実証研究の紹介を多く交えて,「情動と意思決定」をキーワードとして解説している。
 第1章では,伝統的な「吊り橋実験」などが挙げられ,私たちの日常的な意思決定が感情状態に左右されることを示している。また,意思決定において「適解」すなわち(ほぼ)適切な判断ができない人たちに多く共通して前頭連合野の「腹内側部」と呼ばれる箇所に損傷があることを述べ,この部位は外部からの刺激と情動や動機づけ情報を結びつける重要な箇所であることから,情動が意思決定に果たす役割が大きいことを示している。また,特に意識せずに行っている「潜在的な」意思決定についても,筆者らの実証研究とともに紹介されている。特に意図していなくても,気分がいいときは余計なものまで買ってしまうとか,気分が悪いと仕事が遅くなりがちというように,何となく意思決定を行っているときがある。ここでは主にサルの実験を挙げ,報酬が期待できないときには課題を継続しなかったり,ゆっくり反応したりするといった状態になること,その「潜在的な」意思決定には前頭連合野にあるニューロン活動が関連していることが示されている。
 第2章では,依存症と意思決定の関係が解説されている。ここでは,依存症の特徴,依存症を引き起こす薬物の特徴が整理されたのち,ラットによる薬物の自己投与実験を例に,依存症には脳内の「側坐核」におけるドーパミンの量が関連していることが述べられている。そして,依存症に脆弱な人々の特徴として,「刺激希求性(新しいことやスリルのあることを求める)」,「衝動性(待たない,待てない)」,「リスクの過小評価(ハイリスク・ハイリターンを求める)」ことが挙げられている。また,個人の特性ではなく,「社会規範」にも言及されている。章の後半では,依存症の進行に伴う変化や,その脱却と意志について述べられている。ここでは,アロスタシスのモデルや,パブロフの犬の実験でも有名な「条件づけ」の例を挙げて,依存症が進むプロセスが説明されている。最後に,依存からの回復には,依存者が自らの状態や欲求に「気づくこと(洞察)」が重要とされていることや,その手法として有効とされる「動機づけ面接」や「認知行動療法」の具体的な内容が紹介されている。
 第3章では,時間割引,すなわち時間が経つほどそのものの価値が減じられることについて,脳機構からの説明がなされている。伝統的な「マシュマロテスト」の結果が示すように,今すぐの報酬を我慢して,後で多くの報酬をもらうことを選択できる方が,将来の適応がよいとされているが,こうした時間割引の現象にはセロトニンが関わること(セロトニン経路が破壊されたり,側坐核のコアを破壊されたりしたラットは,「今すぐ」の報酬を求めるようになる)が紹介された後,セロトニンの機能について考えられる2つの仮説について,筆者がfMRIを用いて行った実証実験の内容と結果が述べられている。続いて,過去の経験をもとに次の選択を行う必要がある課題を用いた実験において,セロトニンが不足していると,過去の経験をうまく振り返って利用できなかったことが示されている。最後に,将来の損失が利益の場合ほど割り引かれない「符号効果」について,それまで明らかにされてこなかった神経科学的なメカニズムの検討を,やはりfMRIを用いて行った結果が報告されている。
 第4章では,合理性と非合理性との間にある,情動の「両刃的な」本性について考察が試みられている。ここでは,情動観の変遷が「正史」すなわち多数派によって正統とされた歴史と,「稗史」すなわち少数派が語り継いできた裏の歴史が紹介されるとともに,現代において情動は理性や認知と対立するものではないことが述べられている。続いて,進化生物学者の見解や哲学者のカントやヒューム,スミスの視点が紹介されている。中盤では社会的比較にともなって生じるネガティブな情動(妬み,シャーデンフロイデなど)やポジティブな情動(共感,同情など)について述べられているほか,後半では情動における合理性と非合理性の表裏一体性として,五つの視座から考察が行われており,哲学的な色合いを持ちつつも,実証的な知見の紹介もふんだんに行いながら,情動の本性に迫っている。
 第5章では,集団において,人々がどのような影響を与え合い,どのようなメカニズムで社会的影響を受けるのかを検討している。ここでは,社会的ネットワークを介して,他者と互いに影響を与え合うことで,結果として犯罪行動にかかわる意思決定や肥満現象(食事の量や質),そして人々の主観的な幸福度という情動状態まで,当該の集団内で近づいていくことが示されている。また,他者の情報を利用することがポジティブな結果を生む場合と,流されてしまう(他者の選択に影響を受けすぎてしまう)結果を生む場合とがあることを,ミツバチの集団における行動パターンと人間の集団における行動パターンを例に挙げて説明している。章の後半では,伝統的なアッシュの同調実験から出発し,情動が伝染するプロセスや,多数派同調をさせる神経メカニズム,そして規範の影響についての研究がレビューされている。
 第6章では,特に前頭連合野眼窩部の働きを中心に,情動との関連が述べられている。前頭連合野眼窩部に損傷を負った者は,そのタイミングが幼少期でも大人になってからでも,他人とうまくコミュニケーションがとれなかったり,仕事が長続きしなかったりするといった問題が生じることが紹介されている。また,前頭連合野眼窩部を損傷した者に対するアイオワ・ギャンブル課題やケンブリッジ・ギャンブル課題を用いた実験が紹介されており,それらの実験結果から,前頭連合野眼窩部を損傷すると,ダマシオの言うソマティック・マーカーがうまく機能せず,一般的な知識や知的能力などには問題がない一方で,社会生活場面における様々な問題行動,特に意思決定や判断に困難を示すことが報告されている。これらの知見は,私たちの意思決定が感情によって影響されるときに,前頭連合野眼窩部が重要な役割を果たすことを示すものである。
 上記のように,本書は,私たちの意思決定がいかに情動の影響を受けているかを明らかにするものである。哲学的な内容であったり,fMRIを用いた高度な実験ベースの内容であったりと,章によって取り上げられる内容には幅があるが,それは一貫性の欠如を示すものではなく,「情動と意思決定」というキーワードを軸に一つの大きな絵を描いた結果であるといえる。随所に掲載されている12のコラムは,各章で紹介しきれなかった実証研究の紹介や,各章で扱った概念の詳説にあてられており,理解を深めてくれるものである。幅広い内容が扱われているため,読者が何に関心を持っているかによっては,読み解くのに時間がかかる章もあると思われるが,いずれも読み応えのある良著と言えるだろう。(文責:藤井勉)

・本書評の執筆にあたり,(株)朝倉書店のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2016/09/01)

情動学シリーズ2 情動の仕組みとその異常

(山脇成人・西条寿夫(編),2015,朝倉書店)



目次(執筆者)

基礎編
1. 情動学習の分子機構(井上蘭・森寿)
2. 情動発現と顔(田積徹)
3. 情動発現と脳発達(堀悦郎・小野武年・西条寿夫)
4. 情動発現と報酬行動(松本惇平・小野武年・西条寿夫)
5. 情動発現と社会行動(清川泰志)
臨床編
6. うつ病(岡田剛・岡本泰昌)
7. 統合失調症(福田正人・高橋啓介・武井雄一)
8. 発達障害(山末英典)
9. 摂食障害(三宅典恵・山下英尚)
10. 強迫性障害(中尾智博)
11. パニック障害(熊野宏昭)


 ヒトの特徴の一つである社会性の源泉はその豊かな感情(情動)である。情動によってヒトは広範な社会的コミュニケーションを可能にしてきた一方で,自らの情動に苦しめられ時には自殺にまでいたることがある。こうしたヒトの情動のブライトサイドとダークサイドについて,本書は有益な知見を提供してくれる。本書は,ヒトの基本情動のメカニズムを解明する情動学シリーズの第2巻であり,情動の基本的な仕組みとその異常状態としての精神疾患を扱っている。大きくは前半の基礎編と後半の臨床編に分かれており,基礎編では分子レベルの情動学習メカニズムから情動発現と社会行動の関連までが,臨床編ではうつ病・発達障害・パニック障害などの情動制御と関連する精神疾患の発生メカニズムとその治療機序が解説されている。
 基礎編は,まず第1章「情動学習の分子機構」から始まり,扁桃体の機能が分子レベルで詳細に解説される。そして,第2章以降は「情動発現と顔」,「情動発現と脳発達」,「情動発現と報酬行動」,「情動発現と社会行動」という順で反射レベルから社会行動レベルへと社会性の次元を上げつつ,視線と脳の発達,接近・回避行動と報酬系,性行動・危険評価行動について,ラットやサルを対象にした実験の結果と,現時点で解明されている情動のメカニズムと脳神経系の機能が豊富な図表とともに紹介される。第2章「情動発現と顔」では,サルを対象とした実験において視線や頭の方向などの情報が処理される神経メカニズムが解説される。特に,上側頭溝(STS)や扁桃体に存在する,顔刺激に対して選択的に反応する顔ニューロンの働きを中心に,発達障害におけるアイコンタクトの障害,マカクザルの社会的認知能力にいたるまで丁寧に記述されている。第3章「情動発現と脳発達」では,ヒトにおける社会的認知機能の発達を概観する中で,その神経基盤となる視覚情報処理システムが紹介される。第4章「情動発現と報酬行動」では,ラットを対象とした実験において報酬への接近・回避行動に神経伝達物質の一つであるドパミンが関連していること,こうした報酬系の働きは知見の豊富な食物行動以外に性行動においてもみられることが解説される。第5章「情動発現と社会行動」では,性行動や危険評価行動などの社会行動をもたらす警戒フェロモンの働きについて,ラットの嗅覚系を扱った実験結果が紹介される。加えて,他個体の存在がストレス反応を低減する社会的緩衝作用に安寧フェロモンと呼ばれる嗅覚シグナルが関連していることが解説される。
 臨床編では,「うつ病」,「統合失調症」,「発達障害」,「摂食障害」,「強迫性障害」,「パニック障害」が扱われる。第6章「うつ病」では,うつ病はネガティブ情動が過剰に生起した状態だけでなくポジティブバイアスが消失した状態としても捉えられること,単一の神経基盤によるものではなく複数の神経回路における認知―情動系の制御の問題として理解できることが,脳神経画像研究に基づいて解説される。第7章「統合失調症」では,統合失調症患者にみられる情動症状と,患者自身が知覚する情動体験についての心理プロセスが丁寧に記述されている。第8章「発達障害」では,近年注目を集めているASD(autism spectrum disorder)などの発達障害について,社会脳仮説に基づく共感の障害と位置づけたうえで,一般に「幸せホルモン」として知られるオキシトシン投与による治療の可能性が,ASD当時者を対象とした実験結果とともに紹介される。また,ASDなどの発達障害が男性に多くみられることから,社会性と男女差の関連についても踏み込んで考察されている。第9章「摂食障害」では,食行動の問題の背景にある身体イメージのゆがみについて,摂食障害患者の脳神経活動を測定した研究の結果から,自己の身体イメージの変化を恐怖の情報として処理している可能性が解説される。また,摂食障害の治療方法として,身体イメージのゆがみを修正する認知行動療法と薬物療法との併用が有効であることが紹介されている。第10章「強迫性障害」では,強迫観念を引き起こす不安情動の生起メカニズム,注意・遂行・記憶などの認知機能の障害に基づく衝動性の側面,洗浄強迫・確認強迫などの多彩な症状の背景にある神経回路のオーバーラップが解説される。加えて,有効な治療方法としてSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)による薬物療法と認知行動療法が紹介されている。第11章「パニック障害」では,パニック障害を恐怖や不安などの情動が生じる情動喚起の側面と,情動のコントロール不全に陥ってしまう情動制御の側面から捉え,情動喚起は恐怖情動に関わる神経回路の過活動によって促進されること,情動喚起の葛藤状態が持続することによって情動制御が困難になることが解説される。また,薬物療法および認知行動療法による症状の改善についても触れられている。
 本書では,そのテーマにもある情動発現メカニズムと情動制御の異常という観点だけでなく,基礎研究と臨床実践という観点からもヒトの情動を理解することができる。心理学分野では互いに独立しがちな各側面の接合点が豊富な知見とともに描かれている本書は,ヒトの情動を扱う基礎系の研究者にとっても,情動制御に苦しむクライエントをサポートする心理臨床家にとっても参考にすべき良書であるといえよう。
 なお,編者も断り書きを加えているが,章間・シリーズ間での重複がみられ一巻やシリーズ全体を通して整理されているわけではなく,あくまでもテーマに従って現時点で明らかになっていることを章ごとに系統的に紹介しているものである。紹介されている知見をいかに利用していくかは読者にゆだねられているが,豊富な知見と各章の系統的なレビューは間違いなく基礎研究および臨床実践の参考になるであろう。(文責:加藤仁)

・本書評の執筆にあたり,(株)朝倉書店のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2016/08/16)

情動学シリーズ1 情動の進化 ―物から人間へ―

(渡辺 茂・菊水健史 (編),2015,朝倉書店)



目次(執筆者)

1. 快楽と恐怖の起源(廣中直行)
2. 情動認知の進化(岡ノ谷一夫)
3. 情動と社会行動(菊水健史)
4. 共感の進化(渡辺 茂)
5. 情動脳の進化(篠塚一貴・清水 透)


 情動学シリーズの第1巻である本書は,情動というヒトの心の働きの進化にまつわるものであった。古代ギリシアの時代より,私たちヒトの情動というものは,まさに認知・理性というものによってコントロールされるべきものと考えられてきた。情動と認知は対立的なものとみなされ,ヒトが人であるために知をもって情動を抑え,理性的にふるまうことが求められていた。そしてそれは現代の教育場面においても暗黙裡に信じられ,教育の目標とされているといえる。しかし,ダーウィンの進化論をきっかけにして,情動のもつ適応的機能に注目が集まっている。情動は非合理的なものではなく,むしろ個体が環境に対して適応する上で非常に機能的なものであり,進化を促す原動力となったといえる。このような情動に対する見方の変遷が生じている中で,情動がいかに進化してきたのかを論じる本書は,私たちに貴重な示唆を与えてくれるといえる。
 本書の第1章では,以上のような問題提起のもと,「快」と「不快」という2つの極めて基本的な情動の起源について,豊富な先行研究をもとに考察がなされていた。ここで「快」は,「報酬探索にともなって生じる情動」と定義され,「不快」については特に「恐怖」について焦点をあてた考察がされていた。「快」の情動に関しては,ドーパミンやエンドルフィン類の機能について言及がなされた。一方「不快」の情動に関しては,ノルアドレナリンやストレス関連のホルモンの働きが概観されていた。第1章の中にも書かれているが,これらの代表的な神経伝達物質やホルモンは,あくまでもより大きな働きをしているものを取り上げただけで,かなり単純化されたものであることには自覚的であるべきである。ただ,哺乳類を通じた進化という視点で見た時,「快」・「不快」という情動の基本的な生起メカニズムが保存されていることが重要な点である。
 続く第2章は,他者の表出する情動を知覚し,自己の行動を調整するプロセスである,情動認知の進化について考察がなされた章であった。情動認知を,情動の表出のフェーズ,その表出された情動を他個体が知覚するフェーズ,そしてその知覚された情動をもとに行動を変容するフェーズという3段階に分け,それぞれにおいてヒトと他の生物種における知見が簡潔に整理されていた。そして章の最後には,情動認知のメカニズムの進化に関する複数の仮説について言及がされていた。情動認知の進化を論じる際の問題は,表出される情動をヒトとヒト以外の生物種において連続的に扱うことが難しいことにあるという。この問題を解決することができなければ,情動認知のメカニズムの進化について,ヒトとヒト以外の動物の間で統一的な観点から議論をすることができない。本章でも述べられているように,新たなパラダイムが必要とされているのだろう。
 第3章では,ヒトをはじめとする動物の養育行動や絆の形成・維持,配偶行動や攻撃行動などの種々の社会的行動と,その背景にある情動の機能について述べられていた。ヒトをはじめとする哺乳類は,他の動物と比して子孫に対する養育行動が数多く見られ,親子の絆の形成・維持という点においても大きな役割を果たす。ここで重要となるのはオキシトシンであり,本章ではラットとヒトにおける知見が丁寧に記述されていた。また配偶行動は,子孫を増やし,新たな世代を生むという点で重要な行動である。本章では,オス型の性行動とメス型の性行動におけるホルモンの作用機構が,ラットやヒトにおいていかに共通しているのかが述べられていた。攻撃行動については,特に自分の縄張りを守る行動について考察がされていた。縄張り行動は,自身の生存のための食物の確保,さらには配偶戦略においても重要な意味を持つ。これらの社会的行動は総じてホルモンによってコントロールされていて,その基本的なメカニズムが哺乳類の種間で保存されていることが,社会的行動とそれに関連する情動の進化を論じる上で重要なことになるのだろう。
 第4章は,共感という機能とその進化について論じていた。共感といっても,相手の情動のvalence (ポジティブかネガティブか),及びその情動に付随して生じる自身の情動のvalence (ポジティブかネガティブか) の組み合わせによって4種類の共感が定義されるという。相手と自分の情動が共にポジティブな場合は「正の共感」,共にネガティブな場合は「負の共感」,相手がポジティブで自身がネガティブな場合は「逆共感」,相手がネガティブで自身がポジティブな場合は「シャーデンフロイデ」ということになる。「正の共感」と「負の共感」については種を超えてその働きが保存されているが,「逆共感」や「シャーデンフロイデ」ということになると,より限定的な現象ということになるようである。これら共感という心の働きは,言うまでもなく個体や仲間の生存にとって適応的であり,進化の過程で獲得・保存されてきたといえるだろう。
 最後の第5章は,情動脳と筆者が呼ぶ,情動の処理に関わる脳部位・神経基盤の進化について議論がなされていた。情動というものが,ヒトをはじめとする生物において重要な機能を果たしてきたことは,これまでの章において繰り返し述べられてきた。これらの情動の働きの神経基盤はヒト以外の哺乳類,さらには哺乳類以外の脊椎動物においても基本的に共有されている。このことは,情動が多くの生物の生存において重要であることを示唆しているという。ただしその一方で,ヒトの情動脳とその他の動物の情動脳において,その構造やメカニズムは多少なり異なっている。筆者によれば,そのヒトならではの情動にまつわる機能とは,情動の自己認知能力である。私たちが自身の情動を自分で意識することが出来るのは,まさにヒトにおいて大きく発達している大脳皮質の働きによる。この情動の自己認知能力は,理性ではない情動そのものに潜む機能をうまく活用することにおいて,非常に重要な働きをしているのかもしれない。
 このように,本書では情動という適応的な心のメカニズムが,進化のプロセスでいかに獲得され,さらにそれが維持されてきたのか,ヒトを含む多くの生物種における豊富な知見をもとに考察されていた。その記述は各章ともに分かりやすく整頓されたもので,個々の研究領域の先行研究を概観する上で非常に役に立つものといえる。内容のレベルは,(本書では高校生からと書かれているが)専門課程の大学生・大学院生以上に適したものといえ,読みごたえのあるものであった。(文責:川本哲也)

・本書評の執筆にあたり,(株)朝倉書店のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2016/08/16)

心の中のブラインド・スポット―善良な人々に潜む非意識のバイアス―

(M・R・バナージ, A・G・グリーンワルド(著),北村英哉・小林千博(訳),2015,北大路書房)



目次

第1章 マインド・バグ
第2章 真実の裏の顔―日常生活にはびこる様々な嘘
第3章 ブラインド・スポットの中へ
第4章 矛盾する2つの心
第5章 タイプ分けしたがる人間―ホモ・カテゴリカス
第6章 ステレオタイプの危険性
第7章 われわれと彼ら
第8章 バイアスをつくり出すマシーンといかに闘うか?
付録1 アメリカ人は人種差別主義者か?
付録2 人種と不利な立場と差別
訳者あとがき


 アメリカ合衆国大統領選挙に出馬しているドナルド・トランプ氏は, 「差別や偏見はいけません」という「常識」を覆す差別的発言で話題になった。当然ながらトランプ氏の発言は批判を浴びたが, 一部の人にとっての「直接表には出せない本心」をトランプ氏が代言したことが, 支持率につながった, とも言われている。
 本書の著者たちは, 常識的な大人ならば直接表には出さない, ステレオタイプや偏見を実証する手法を開発した。実際にその手法の説明がなされる前に, 第1,2章では, 人間が, いかに判断を誤りやすく, 意識的, または無意識的に虚偽の回答をする傾向があるかが解説されている。そして, 情報処理の過程で起こる, ステレオタイプを含む誤りについて, 「マインド・バグ」という言葉が用いられている。著者らの開発したIAT課題は, 無意識的な回答者のマインド・バグを暴く手法である。
 第3章,4章は, IAT課題のデモンストレーションから始まっているので, 特にIATについて初見の読者は体験してみることをお勧めする。IAT課題を遂行した多くの研究協力者の間で, 「白人の顔写真と快語, 黒人の顔写真と不快語を同じ方向に分類する課題よりも, 黒人の顔写真と快語, 白人の顔写真と不快語を同じ方向に分類する課題の方がずっと難しく感じ, 時間がかかる」傾向が見られた。「白人の方が黒人よりも良い」という自動的選好を持っているため, 黒人写真と快語が頭の中で結びつきにくく, 反応が遅くなってしまうのである。ただし著者たちは, IAT課題で測定できるのは, 白人に対する自動的選好であり, 20世紀に多く見られたような, 黒人への直接的な侮蔑や非難中傷とは性質が異なるものであるということも, 丁寧に説明している。
 第5章から7章では, 第3,4章で測定方法が明らかにされた自動的選好や無意識のステレオタイプが, 我々の頭の中でいかに維持され, 使用されているのかが, さまざまな日常生活での例を用いて解説されている。ここまでの章を読んだ読者は, 善良な人間たちの中にも無意識的なステレオタイプは存在し, それが時に, 他人の人生をも破壊し得ることを知り, 暗澹たる気持ちになるかもしれない。ただし最後の第8章では, 無意識的なステレオタイプを生み出すマインド・バグを, 負かす解決策についても論じられている。
 本書は, IAT課題について知らない人にも, ある程度の知識がある人にも, 満足できる内容になっている。IAT課題について知らない人には, IAT課題のデモンストレーションから詳しく説明されている。そして, 数多くの具体例を挙げながら, 誰もが多かれ少なかれもっている, 無意識のマインド・バグが暴かれていく内容になっている。具体例には, 日本人には馴染みのない有名人の名前なども入っているものの, それらは各章の脚注で, 丁寧に解説もされている。
 IAT課題についてすでに知っている人に対しても, IAT課題が現在のような形になった経緯や, IAT課題を用いた多くの先行研究について, 詳しいレビューも記載されている。それもさることながら, IAT課題を開発していく過程で生じた, 著者たちの心情に関する記述は是非読んでもらいたい。IAT課題は, 特にステレオタイプ研究の中では, 世紀の大発見ともいえる手法である。著者たちは, 開発したIAT課題を自ら何度も遂行し, 自らの白人に対する自動的選好が, 何度課題を遂行しても実証されたときの体験を綴っている。そして, 自らの仮説を実証することができた科学者としての嬉しさと, 「偏見をもっていない自分」という自己知覚を揺さぶられたことへの葛藤を記している。画期的な課題を開発した研究者たちの, 裏話ともいえるこうした記述は, 心理学研究に興味がある読者であれば, 誰しもが興味を惹かれることだろう。
 最後に紹介したいおすすめポイントは, 本書が, 日本の社会心理学者たちに和訳された点である。最終章である「訳者あとがき」は必読である。本書を読むにつれ, 「こうした無意識のマインド・バグに関する国内の研究は?」という疑問を持つ読者も多いのではないかと思う。この訳者あとがきでは, そうした疑問に対しても触れている。日本でも, 目に見えない偏見やステレオタイプは確実にある。しかし, 某漫才大会の後で「ハゲは笑いになっても障害は笑いにならないのはなぜか」といった内容のツイートが話題となったように, 倫理的, 政治的に, 扱いにくい研究テーマでもある。訳者あとがきでは, そうしたテーマが扱いにくいことを認めつつ, 科学者がそれで萎縮してしまうことに警笛を発し, 「研究の社会貢献について考えるべき」という大きな問題提起がなされている。この「訳者あとがき」をもって, 日本人研究者向けの書籍として, 本書は完結したと評者は考える。
 ステレオタイプに直接興味がない人であっても, IAT課題は自尊心やシャイネスなど, 幅広い分野に応用されており, まだ誰にも発見されていない使い方も可能かもしれない。自分の研究テーマで扱うことができないか, 是非一読して考えてみてほしい。(文責:福沢 愛)

・本書評の執筆にあたり,(株)北大路書房のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2016/08/16)

研究論文を読み解くための多変量解析入門 基礎編 ―重回帰分析からメタ分析まで―

(L. G. グリム・P. R. ヤーノルド(著),小杉考司(監訳),2016,北大路書房)



目次

序文 第1章 多変量解析へのいざない
第2章 重回帰と相関分析
第3章 パス解析
第4章 主成分分析と探索的・検証的因子分析
第5章 多次元尺度構成法
第6章 クロス集計されたデータの分析
第7章 ロジスティック回帰分析
第8章 多変量分散分析
第9章 判別分析
第10章 メタ分析を理解する


 心理学の学問上の特徴の1つに,データを収集して実証的な知見に基づきながら,理論を発展させていく点がある。現在,多くの心理学研究では,量的データに基づく分析が行われており,統計に関する知識は必須である。本書は,複数の独立変数や従属変数を同時に分析する統計手法である「多変量解析」について解説したReading and Understanding Multivariate Statisticsを邦訳したものであり,多変量解析に関する基本的な知識が,概念的に分かりやすくまとめられている。
 パーソナリティ心理学では,通常多くの質問項目を含めた調査票を用いて研究が行われる,そして,本書で解説されている因子分析を用いて尺度の構成を検討したり,重回帰分析やロジスティック回帰分析を用いて構成概念間の関連を調べたりすることが多い。そのため,多変量解析に関する基本的な知識を身につけることは非常に重要であると言える。
 また,実験研究を中心としている研究者の中には,普段の自分の研究ではt検定や分散分析を主に使い,あまり多変量解析は使ったことがない方もいるかもしれない。しかし,読者や査読者の立場で,他者の研究を批判的に読むためには,そこで用いられている統計手法を理解しておくことは必須である。さらに,近年の心理学研究における再現可能性に関する一連の議論の中で,本書の第10章で取り上げられているメタ分析が改めて重視されるようになってきている (e.g., Braver, Thoemmes, & Rosenthal, 2014, Perspectives on Psychological Science)。このような背景を踏まえると,すべての心理学者が多変量解析の知識を身につけることが必須となった時代が到来していると言えるだろう。
 本書では,多変量解析の各手法について,特に概念的な側面を中心に分かりやすい解説がなされている。また,普段は忘れがちな,各手法を用いる上で満たすべき仮定についても詳しく書かれており,理解を深めることが可能である。多変量解析を初めて学習しようとする人にも取りつきやすい内容となっており,学部生や修士課程の学生への教育用としてもおすすめである。
 ただし,原著は1995年に刊行されているため,当然のことながら,その後の統計手法に関する研究成果を踏まえた内容は本書には含まれていない。たとえば,第4章では構造方程式モデリングにおける適合度指標の解説がされているが,近年の論文でよく用いられているHu & Bentler (1999), Structural Equation Modelingなどの統計的シミュレーション研究に基づき提案された基準や,それに対する批判 (e.g., Barrett, 2007, Personality and Individual Differences) などは詳しく取り上げられていない。また,第10章のメタ分析でも,たとえば,分析結果に大きな影響を及ぼしうる,お蔵入り問題 (file drawer problem) についての指摘は本書でなされているが,その対処法として近年提案されているtrim-and-fill法 (Duval and Tweedie, 2000, Journal of the American Statistical Association) やp-curveを用いた方法 (Simonsohn, Nelson, Simmons, 2014, Perspectives on Psychological Science) は紹介されていない。このように,多変量解析は急速に研究が発展している分野でもあるため,本書を読んで多変量解析に興味を持った方は,その後の研究成果についてもフォローしていくことを勧めたい。
 しかしながら,監訳者の方もあとがきで述べている通り,各手法の基本的な原理は時間が経過しても簡単に色褪せるものではない。実際に,本書で解説されている各統計手法の基本的な原理は,現在の実証研究でも広く用いられているものである。基礎的な統計知識を持つ者が,より発展的な多変量解析という手法を概念的に理解する上で,本書は非常に役立つ一冊となるだろう。(文責:野崎優樹)

・本書評の執筆にあたり、(株)北大路書房のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2016/08/16)

信頼はなぜ裏切られるのか―無意識の科学が明かす真実―

(デイヴィッド・デステノ(著),寺町朋子(訳),2015,白揚社)



目次

第1章 信頼とは何か?―基本と欠点,そして処方箋
第2章 無意識が支配する―生物学的な仕組みによって決まる判断
第3章 赤ちゃんは見ている―学習と信頼の意外な関係
第4章 恋愛と結婚の核心―信頼と嫉妬の働きを解剖する
第5章 権力と金―上位一パーセントに入る人と,その気分に浸る人
第6章 信頼のシグナル―身ぶりから相手の誠実さを見抜く
第7章 操作される信頼―コンピュータ越しの相手とのつき合い方
第8章 あなたは自分を信頼できる?―将来の自分は予想外に不誠実
第9章 信頼するか,欺くか―最後はいつだってこれだけ



 「信頼」とは何か。「信頼」はどのように機能するか。本書では一貫して,このことについて様々なトピックから検討・考察がなされている。著者自身の研究だけでなく,様々な分野の研究を分かりやすく紹介しながら「信頼」について迫り,「信頼」を適切に活用することで,困難・災難を避けたり,あるいは,克服したりする方法について真剣に取り組んでいることがうかがえる。
 本書は9章から構成されているが,第3章から第8章はそれぞれ独立したトピックになっている。そのため,評者としては,第1章,第2章を読んだ後は,好きな順で読み進め,最後に第9章を読む,という読み進め方が良いのではないかと思う。もちろん,順序通りに読むのも結構である。
 第1章,第2章では,「信頼」の本質や「信頼」のメカニズムについて記述されている。従来の心理学における「信頼」の捉え方と,本書での「信頼」の捉え方の類似点と相違点が記述され,「信頼」とは何なのかを知る上で有用な章である。続く第3章から第8章では,目次をご覧になれば分かる通り,様々な現象に「信頼」が関わっていることが実際の研究を分かりやすく解説しながら紹介されている。とりわけ,本書に特徴的なことは,ネット上の信頼やテクノロジーへの信頼(第7章)を扱っていること,自分自身への信頼(第8章)を扱っていることであろう。これらのトピックは,本書のような「信頼」の捉え方をするからこそ,他の章と並列して扱えるトピックになりうるのであろう。最後の第9章では,「信頼」が社会を良くした事例が紹介され,「信頼」が個人にとっても社会にとっても重要であることが説かれるとともに,本書のまとめと著者からの提言が記されている。著者が,本書を通して読者に伝えたかった熱い想いが詰められており,著者の(信頼にとって重要な)誠実さが垣間見える。これを戦略的に利用したのかどうかは分からないが,第9章の最後の一文を読んだときには思わず笑みがこぼれた。ぜひ本書を通読していただいて,その理由を共有できたら幸いである。
 詳しい内容は本書を読んでいただくこととして,以下では評者から見た本書の特徴を3つ挙げたいと思う。
 第一に,「お堅い」言葉が使われることなく,専門分野でない方にもわかるような平易な文章でありながら,非常に説得力に満ちている点である。「信頼」が,人の本質ではなかろうか,すべての現象を読み解くカギになりうるのではないだろうかと思わせるほど,本書は説得力に溢れている。「信頼」に関わる研究をしていない方でも,新たな視点で現象を捉えるきっかけとなりうる内容である。
 第二に,章ごとにまとめがある点である。該当章で紹介した内容を簡潔にまとめてあり,章の内容の概略を知りたい場合や,一度読み終わった後に章の内容を思い出す場合などで有用であろう。章を一度読み,まとめを読むことで理解や整理の一助ともなりうる。
 第三に,「信頼」を活用する方法についての提言がある点である。しかし,具体的な「How to」としての「信頼」の活用の仕方ではなく,その心構えについての提言である。具体的な「How to」でないことに物足りなさを感じるかもしれないが,なぜ「How to」ではなく心構えなのかは,本書を読み進めていただければ理解しえるであろう。評者としても,その心構えに非常に共感し,このような提言をする重要さを改めて感じた次第である。
 以上のような特徴を挙げさせていただいたが,本書にはそれだけでは語りえない面白さがたくさん詰まっている。たとえば,本質を捉えるとは何なのか,それをどのように達成できるのかについても評者個人としては非常に勉強になった。まとめるような視点で既存の研究を捉えてみるという姿勢も参考になるであろう。対人関係に「信頼」がつきものな以上,対人関係(ひいては,人)を扱っている研究者は一度ぜひ手にとって読んでみることをお勧めしたい。
 最後に,本書を読んで思ったことを述べる。著者デステノは,「信頼」が個人にとっても社会にとっても重要なことを主張し,その重要な「信頼」をどのように活用できるか,あるいは,育めるかについて考えているように評者は思った。そのため,「信頼はなぜ裏切られるのか」という本書のタイトルは,若干のミスリーディングになっているように思う。そのタイトルを表す内容(信頼が裏切られる理由)が記されているのも確かであり,本書が「信頼」の真実(The Truth About Trust)について書いてあるのも事実だが,本書は,人のダークな部分というよりも,どうやってより良い社会や関係を築けるかについて示唆を与えてくれる一冊であり,著者デステノの意図はそこにあるのではないかと思う。(文責:仲嶺 真)

・本書評の執筆にあたり,(株)白揚社のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2016/05/20)

災害・防災の心理学―教訓を未来につなぐ防災教育の最前線

(木村玲欧(著),2015,北樹出版)



目次

第T部 災害発生前・直後の心理や行動
第1章「わがこと意識」を身につけよう ―防災を意識的に学ばなければならないわけ
第2章「自分が助かる」ことから考えよう ―死なない・ケガをしないためのイメージづくり
第3章 なぜ人は逃げないのか ―「バイアス」という人間特性を理解する
第U部 災害発生から10年間の心理や行動
第4章「心のブレーカー」を上げよう ―災害過程@ 失見当
第5章「救助・救出」は自分たちでいう現実を直視しよう ―災害過程A 被災地社会の成立
第6章「避難所」は被災者にとってどんな存在かを知ろう ―災害過程B 災害ユートピア
第7章「新しい日常」を取り戻そう ―災害過程C 現実への帰還
第8章「長く続く生活再建」を乗り越えよう ―災害過程D 創造的復興
第V部 来たるべき災害に向けて
第9章「心を保つ・支える」ための原理と方法を学ぼう ―ストレスと心のケア
第10章「過去の災害を未来の防災へ」生かそう ―防災教育の最前線
おわりに ―防災を皆に広げ,次につないでいくためには



 2011年3月11日に発生した東日本大震災は,未だ復旧・復興の見通しがはっきりしない状況である。巨大地震による津波災害と原子力災害という複合災害による影響は,想定外な大きさであり,長期の避難生活による心理的ケアの問題,復興住宅の問題,風評被害と,様々な課題を抱えている。
 本書は,災害時の人間の心理・行動について考えていくテキスト本といえる一冊である。主に地震災害を対象に,1995年に発生した阪神・淡路大震災や2004年に発生した新潟県中越地震の事例が多く取り上げられており,事例をもとに「防災の基本」が学べるようになっている。
 本書の大きな特徴は,著書も述べているように「防災教育の授業を受けている感覚」で読み進めていける点であろう。V部・10章で構成されており,各章の最初には「学習目標」や「キーワード」が提示されている。章の最後には学習目標が達成できたかを確認する項目が設けられている。また,図表や写真が適度に盛り込まれており,「図〇をみてください」というような口語調で,図表の読み方についても詳細に解説されている。
 第T部は,「災害発生前・直後の心理や行動」として,これまでの災害を例に出しながら,防災を意識的に考えていく必要性がまとめられている。第1章では「わがこと意識」の大切さが述べてあり,災害・防災・減災の基本的な枠組みについて解説されている。第2章では,各災害の被害や死因,地震被害の影響と対策について取り上げている。「わがこと意識」を持った備えの重要性について考えさせられる章である。第3章では,人間が陥りやすいバイアスとともに,防災教育の重要さについて説明されている。実際に行われている防災訓練や緊急地震速報を利用した防災学習・訓練など,学校で利用されているプログラムが紹介されている。
 第U部「災害発生から10年間の心理や行動」では,災害発生から,被災者が生活を立て直し復興していく過程である災害過程について,時間軸で5つの段階に分け,その時期の心理状態や行動傾向を詳細に学べるようになっている。第4章・第5章では,災害発生後最初の100時間(数日間),第6章では災害発生後100〜1,000時間(約2ヶ月),第7章では災害発生後1,000〜10,000時間(約1年),第8章では災害発生後10,000〜100,000時間(約10年)を扱っている。阪神・淡路大震災や新潟県中越地震を例に,継続的な調査結果や被災者の意見を入れながら,より現実的なこととしてイメージしながら理解できるように工夫されている。第7章では,帰還時期に必要になる公的な被災者支援制度についても取り上げている。支援を受ける際に必要な証明書や証明書発行のための被害認定調査など,持っておきたい知識である。第8章では,阪神・淡路大震災から5年目の神戸市民の声をもとに,生活再建課題7要素が挙げられている。さらに,各震災の「復旧・復興カレンダー」によって,生活再建までの復興モデルを提示している。災害からの再建には,時間を要することだけでなく,被災者の二極化や格差という問題が生じることが理解できる。再建の難しさを実感する。
 第V部「来たるべき災害に向けて」では,心のケア(第9章)と防災教育(第10章)について,具体的な事例を用いて説明されている。第9章では,子どもの発達段階に合わせた対応の仕方やストレスを抱えた人に接する際の姿勢等について,具体的に解説されている。「わがこと意識」を持って読んで欲しい章である。第10章では,学校における防災教育の現状や課題について,子どもたちにどのように防災教育を進めていくべきか,具体的に提案されている。防災教育の事例においては,プログラム・教材に関する資料が豊富に掲載されており,大変興味深い。さらに,資料の詳細を確認できるようにHP等が紹介されている。
 「防災」は教員や教育に携わる人だけでなく,市民の一人として来たるべき災害に備えて意識しておくべき事項である。本書によって学習した知識と高められた「わがこと意識」を継続していくことが重要である。防災を考えていく際の1冊として,是非本書をおすすめしたい。(文責:佐藤史緒)

・本書評の執筆にあたり,北樹出版のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2016/02/01)

メンタライジングの理論と臨床:精神分析・愛着理論・発達精神病理学の統合

(J. G. アレン・P. フォナギー・A. W. ベイトマン(著),狩野力八郎(監修),上地雄一郎・林創・大澤多美子・鈴木康之(訳),2014,北大路書房)



目次

1章 序論
第T部 メンタライジングの理解
2章 メンタライジング
3章 発達
4章 神経生物学
第U部 メンタライジングの実践
5章 技芸としてのメンタライジング
6章 メンタライジング的介入法
7章 愛着トラウマの治療
8章 子育てと家族療法
9章 境界性パーソナリティ障害
10章 心理教育
(付録 メンタライジングとは何か・なぜそれを行うのか)
11章 社会システム



 他者のこころを理解しようとすることは,心理学者や心理臨床家のみならず万人共通の目標でもある。本書は,「こころでこころを思うこと」,すなわちメンタライジングについて,その理論的背景と心理臨床における応用可能性をジェネラリストの視点からまとめたものである。導入にあたる第1章で強調されている点は,多くの精神療法に共通する要素であるメンタライジングに焦点化することで,それぞれの精神療法をより洗練させることができるという点である。また,メンタライジングの理論的背景として自己を徹底的に追及する精神分析の理論やメンタライジングの発達を促す愛着の理論について概観しつつ,認知療法・対人関係療法・クライエント中心療法などのさまざまな精神療法において,メンタライジングへの焦点化・促進が治療のキーとなることが説明されている。
 第T部はメンタライジングという概念について,認知・発達・神経生物学的観点に基づく理論的な背景を扱っている。第2章では,メンタライジングとその類似概念(心の理論やマインドリーディングなど)とを比較しながら,メンタライジングが多面的(認知的メンタライジングおよび情動的メンタライジング)であり,こころを理解するための包括的な概念として位置づけられること,そして精神療法的治療の対象となる人はメンタライジング不全に陥っている可能性が指摘される。第3章では,メンタライジングの発達について愛着がベースとなることを愛着トラウマの研究を引用しながら詳述し,メンタライジング不全として出現しうる3つのモード(評者注:いわゆる防衛機制のこと)に対しては,個々の技法よりもクライエントとの共同作業におけるメンタライジングへの焦点化が有効であることを主張する。第4章では,メンタライジングの神経生物学的基盤について概観し,自閉症スペクトラムやサイコパシー(精神病質)の問題は神経発達の病理に基づくメンタライジングの障害として位置づけられることが説明されている。
 第U部はメンタライジングの心理臨床的な実践について,愛着トラウマの治療・家族療法・境界性パーソナリティ障害(BPD)・心理教育・暴力など多岐にわたる問題を取り上げる。第5章および第6章では,第7章以降で説明されるメンタライジング不全がもたらす問題への介入技法として,メンタライジング的介入法(メンタライゼーションに基づく治療;MBT)を紹介し,その科学的エビデンスを示している。第7章および第8章では,虐待などの不適切な養育がもたらす愛着関係におけるトラウマが適切な情動調節能力の発達を妨げること(=メンタライジング不全)を説明し,愛着トラウマの治療におけるメンタライジングの役割について事例を挙げながらその有効性を確認する。また家族関係の治療プロセスにメンタライジングを応用した家族療法(メンタライゼーションに基づく家族療法;MBFT)についても紹介している。第9章では,BPDの中核的な問題としてメンタライジング不全を位置づけ,BPDに対するメンタライジング的介入の実践として,「デイホスピタル・プログラム」と「集中的外来通院プラグラム」の有効性が説明される。第10章では,メンタライジングに関する心理教育について,子育て・家族ワークショップや精神科の入院患者を対象としたグループにおける具体的なカリキュラムやメンタライジングのエクササイズを紹介している。第11章では,メンタライジング不全がもたらす暴力などの攻撃的行動について,学校や地域コミュニティを含む社会システムの観点から,その予防と介入方法が説明され,メンタライジングが個人のみならず社会の道徳的・倫理的な背景として重要であることを主張する。第U部にみられる具体的な実践の数々は,メンタライジング的介入法の広範な応用可能性を示唆するものであり,ハイブリッドな治療が求められる心理臨床の現場においては非常に有効なものであると考えられる。
 本書は一見すると心理臨床家のための理論・実践書に思われるが,メンタライジングの発達の背景にある愛着関係やメンタライジング不全がもたらすコミュニケーション上の問題などは,パーソナリティの発達やパーソナリティのダークサイド(ダークトライアド;ナルシシズム・サイコパシー・マキャベリアニズム)を扱う際にも有益な視点を提供してくれる。理論と治療とがバランスよく配置されている本書は,心理臨床家のみならず「こころ」を扱う研究者にとって必読の書といえるだろう。(文責:加藤仁)

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(2015/11/01)

心理学のための統計学6 パーソナリティ心理学のための統計学―構造方程式モデリング―

(尾崎幸謙・荘島宏二郎(著), 2014, 誠信書房)



目次

第1章 特性論−確認的因子分析
第2章 性格の構造を把握する−適合度・自由度
第3章 知能の構造を探る−高次因子分析と復習
第4章 測定道具の性能−信頼性と妥当性
第5章 抑うつを説明する−単回帰分析・重回帰分析・パス解析と標準誤差
第6章 抑うつの規定要因を理解する−因子間のパス解析
第7章 遺伝と環境−行動遺伝学・多母集団分析



 「心理統計」を勉強しようとしたときに,このような経験をされた方はいないだろうか。少し厚めの教科書的な書籍を買い求め,いざ読み始めると,冒頭から数多く展開される数式に困難を覚え,「とっつきにい」と感じてしまい,そっと閉じて本棚に眠らせてしまうという経験である。もちろん,そういった書籍で難なく学習できる方も多いとは思うものの,私はこの例に挙げたようなタイプの学生だった。特に,そういったタイプの方には(もちろん,そうでない方にも),本書を薦めることができるように思う。
 本書は,全9巻からなる「心理学のための統計学」シリーズの第6巻である。「まえがき」にも書かれているとおり,効率性を重視するならば,これほどの巻数を必要とせずに,さらに少ない巻数で統計学を学習することは可能だろう。しかし,このシリーズは,「個別心理学」のストーリーを優先し,それぞれの心理学(実験,社会,教育,臨床,パーソナリティ,発達,消費者,犯罪)の文脈の中で統計学を学ぶというスタンスをとっている。すなわち,自身が専門としている(あるいは,専門としたい)領域の巻を手に取れば,その領域で多用される分析やキーワードについて,ストーリーに沿った解説がなされており,最後まで読み進めるエネルギーを与えてくれる。これはこのシリーズの大きな特色であり,魅力といえる。
 第6巻は,パーソナリティ心理学に合わせた内容である。たとえば第1章では伝統的な類型論・特性論の解説,ビッグファイブの説明があり,パーソナリティ変数をどのように扱えばよいか,独立変数および従属変数に置かれるものは何か,簡潔かつ分かりやすく述べられている。そのため初心者にも易しいと同時に,一定の知識を持った方も短時間で復習できる内容である。ですます調のやわらかい文章から,初心者向けのライトな内容かと思いつつ読み進めると,第3章では高次因子分析,第5章では重回帰分析やパス解析,そして第7章では遺伝と環境を例に挙げた多母集団分析まで取り上げられており,パーソナリティ心理学において多用される統計手法は十分にカバーされている。数式を用いる際もほとんど統計記号を用いずに「誤差分散」「観測変数の数−1」というように,文字で表現されている点も,理解を助けてくれる。共分散構造分析や高次因子分析は文字や数式をメインに表現されると(私のような初心者には)かなり辛いが,本書は先述のように配慮がなされている上に,分かりやすい図表も多く用いられており,この心配は全くない。
 そして,適合度指標や信頼性・妥当性などに関する丁寧な説明も,それぞれ第2章,第4章でなされている。個人的には,信頼性の推定値として伝統的に用いられてきたα係数と,真値を測定する程度,すなわち因子負荷量を考慮したω係数との相違に関する説明が分かりやすく,興味深かった。また第5章では「抑うつ」を従属変数とする分析の例を挙げ,単回帰分析,重回帰分析,パス解析が説明されている。ここでは観測変数間の関連を検討する方法だけでなく,因子間の重回帰モデルや希薄化の修正まで説明されており,分析手法とその意味を理解するのに十分な内容である。
 そして,本書はいわゆる講義形式の「一方通行」ではないことも特筆すべき点である。合計8箇所ある質問コーナーでは,実際に分析を行ったときに陥りがちな問題(共分散構造分析においてモデルがうまく収束しない,適合度の良いモデルが複数個あり判断に迷う,あるデータについて男女別に因子分析をすると因子のまとまり方は同様であるのに,両者をまとめて因子分析をすると異なる結果になってしまう,など)への回答が述べられているほか,各章の最後には,理解度をチェックするための「Quiz」が設けられており(もちろん回答も巻末に用意されている),ともに理解を助けてくれる。
 著者もまえがきで述べているとおり,本書にはソフトウェアの操作方法には触れておらず, AMOSやR,Mplus,SASなどのソフトウェアについては,ほかの解説書をあたるようになる。ソフトウェアの選択肢も増えてきている今日では,こうした判断も妥当であろう。
 本シリーズには伴走サイトも設けられており,本書で用いられたデータセットやQuizの詳説資料などが提供されている点からも,読者への手厚い配慮が窺える。敢えて気になる点を挙げるとすれば,本書評の執筆時には,上記伴走サイトにおいて提供される予定の授業用パワーポイントやPDFが準備中だったことだろうか。ただし,これは読者からの要望などに応える形で,次第に充実していくと思われる。
 最後に,心理統計の先生に意図せずして伴いやすい「お堅い」イメージは,本書の最後のページにある「著者紹介」の「読者の皆さんへ」を読むことで払拭されると確信している。(文責:藤井勉)

・本書評の執筆にあたり,(株)誠信書房のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2015/08/01)

社会脳シリーズ6 自己を知る脳・他者を理解する脳―神経認知心理学からみた心の理論の新展開―

(苧坂直行編著,2014,新曜社)



目次

1. アレキシサイミアと社会脳(守口善也)
2. 身体的自己の生起メカニズム(嶋田総太郎)
3. 自己を知る脳―自己認識を支える脳(矢追 健・苧坂直行)
4. 自己の内的基準に基づく意思決定(中尾 敬)
5. 自己を意識する脳―情動の神経メカニズム(守田知代)
6. 心の理論の脳内表現(大塚結喜)
7. エージェントの意図を推定する心の理論―知覚脳からアニメーションを楽しむ社会脳へ(苧坂直行)
8. 他罰・自罰の方向性を切り分ける外側前頭前野―攻撃の方向性の神経基盤(源 健宏・苧坂直行)
9. 自他を融合させる社会脳―合唱をハイパースキャンする(苧坂直行)



 『社会脳シリーズ』は,近年研究が盛んに行われている「社会脳」に関する知見をまとめたものである。本書はこのシリーズの第6巻として,40年ほど前から研究がスタートした心の理論を最新の認知神経科学の観点から読み解き,自己を理解すること,他者を理解することの意味とメカニズムを明らかにすることを目指している。
 脳部位の細かな話には難解な面もあり,神経科学に精通していない読者にはわかりにくい部分もあるが,自己と他者を表象する際に活性化される脳部位の大部分が共通しており,自己と他者の区別は神経レベルでは自明ではないこと,物理的な刺激にでさえ「心」を見出してしまうときに活性化する脳部位の多くが心の理論とも関連していることから心の理論が社会脳の中心と考えられることなど,パーソナリティ心理学や発達心理学の領域で議論されてきた諸問題に対して,神経科学の観点からその根拠や新たな知見がもたらされている。
 以下,各章の概要を簡潔にまとめるが,本書の序章には編者による各章の比較的詳しい説明がなされており,容易に全体を俯瞰することができる。
 第1章ではアレキシサイミアをとりあげ,感情の自他をつなぐ役割を描出している。アレキシサイミアとは自分自身の感情をそれとして認識することの障害として知られているが,本章ではこの障害を持つ人は心の理論に関する脳機能が弱いこと,共感性に関する脳機能が亢進されていることから,アレキシサイミアの特徴として自他の心を理解し,自己を他者に重ね合わせつつも第三者的な視点を維持することの困難さがあることを指摘している。
 第2章から第6章は自己に焦点を当て,「自己」という感覚を生起させる脳内基盤を多様な実証研究に基づき詳説している。第2章では自己の身体的側面に焦点を当て,身体の保持感と運動の主体感という2側面から自己感の生起メカニズムを解説している。第3章では,第2章で扱った身体的自己に加えて心的自己の問題を取り上げる。自己を表象する課題と他者を表象する課題で共通の脳領域の活性化が認められ,自他の分離が自明ではないことを示している。自己を通して他者を理解し,他者を通して自己を理解するという両方向の関係が示唆される。第4章では外的基準(報酬等)によって正答が定められる場合の意思決定と,正答が存在せず,内的基準(好み等)に従ってなされる意思決定では異なった神経基盤が存在することから,正答のない意思決定のプロセスの検討を進めることが「自己の機能とは何か」を考えるのに有効であると指摘している。第5章では自己意識的情動に焦点があてられている。自己意識的情動は恥や照れ,罪悪感など,他者の目に映る自己を意識したときに生じる情動である。こうした情動は社会のルールや規範からのずれを監視する警報システムのような役割を果たしており,高度な社会性を反映した,自己覚知と他者理解をつなぐものであると考えられる。本章では自己顔認知に伴う羞恥心を扱った研究を取り上げ,自己顔と他者顔では喚起される羞恥心の強さが異なるとともに,異なる脳部位の活動が観察されたことを報告している。また,章の後半では社会性に困難を抱える自閉症スペクトラム障害者では自己顔認知とそれによって引き起こされる羞恥心をつなぐ脳内ネットワークの活動が低下していることが示されている。他者の心を理解することと自己意識的情動の間に強い関連があることが示唆される。第6章では,自己と心の理論に共通した脳内ネットワークが存在するという仮説と,自己と心の理論は完全に同一の神経基盤に支えられているのではないという2つの仮説を紹介している。著者らの実験は後者の仮説を支持し,自己が心の理論の基礎となっている可能性を指摘している。
 第7章では,第6章までの「自己を知ること」を踏まえて,その前提に「他者の発見」があるのではないかと論じている。つまり,他者を含む「できごと」を予測する社会脳の働き(心の理論)を通して,自己を知ることができるのではないか,ということである。本章では「他者の発見」に軸足を置き,幾何学図形のアニメーションを用いた実験を紹介している。アニメーションに登場するエージェントの意図性を様々に操作すると,意図性が低い場合には視覚情報を処理する後頭葉が,意図性が高い場合には側頭葉や頭頂葉など心の理論に関わる脳領域の活性化が認められる。心の理論の働きによって,物理的な刺激が社会的な刺激として処理されるが,アレキシサイミア(1章)や自閉症スペクトラム障害(5章)の人は情報を社会的刺激として処理することが難しいことが示唆される。
 第8章と第9章では他者との相互作用に現れる社会脳を,ポジティブ・ネガティブ両側面から描出している。第8章では,フラストレーションが解消される方向としての自罰と他罰に注目した。P-Fスタディを改変した課題を用いて実験を行ったところ,自罰傾向が強い人は認知的制御(他者への怒りの抑制),他罰傾向が強い人は怒りと関連する脳領域の活性化が認められた。また,自我が阻害される場面(自己の目的や願望が阻害される)では他者に対する共感や視点取得と関連する脳領域が,超自我阻害場面(自尊心が阻害される)では道徳性と関連する脳領域がそれぞれ賦活された。第9章では,ハイパースキャニング(複数人の脳活動を同時に計測する手法)を用いて協調・協力の神経基盤を探っている。2名の実験参加者がペアでハミングをする際に前頭葉の活動が同期することが観察されたことから,社会脳ネットワークの中枢である前頭葉が2つの脳の働きをまとめ上げていると考えられる。これらのことから,パーソナリティ特性を社会脳の観点から検討することの重要性が示唆される。
 本書を通して,自己は自明のものではないこと(他者によって照らし出されるもの)が繰り返し述べられ,自己を理解すること,自他を区別することの難しさと,自他理解をめぐる知の冒険の醍醐味が随所に感じられる。良書である。(文責:島 義弘)

*本書評の執筆にあたり,(株)新曜社のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2015/05/23)

ゆがんだ認知が生み出す反社会的行動−その予防と改善の可能性−

(吉澤寛之・大西彩子・G. ジニ・吉田俊和(編著), 2015, 北大路書房)



目次

序章 認知主義と認知のゆがみへの注目
第1部 認知のゆがみのメカニズム
 第1章 認知のゆがみの背景理論
 第2章 認知のゆがみを説明する諸理論(包括的レビュー)
 第3章 認知のゆがみの脳科学的基盤と凶悪犯事例との関連
 第4章 認知のゆがみの測定方法
第2部 認知のゆがみと社会的適応
 第5章 認知のゆがみと攻撃行動
 第6章 認知のゆがみといじめ
 第7章 認知のゆがみと少年非行
第3部 認知のゆがみの修正と予防
 第8章 犯罪者・非行少年を対象とした認知のゆがみの修正
 第9章 学校現場における認知のゆがみ
第4部 認知のゆがみの最前線:ヨーロッパの動向
 第10章 認知のゆがみと反社会的行動:ヨーロッパの動向
 第11章 中等教育の教育者におけるEQUIPの実践
 第12章 中学校と矯正施設における青年の認知のゆがみの増加,予防,軽減



 いじめや少年非行など,反社会的行動による事件が後を絶たない。本書は,反社会的行動をしてしまう個人の特徴として「認知のゆがみ」に着目し,反社会的行動の背後にあるメカニズムと,予防と改善の可能性に関する研究を紹介している。本書で述べられている通り,反社会的行動にアプローチする際には,マクロな社会構造の影響という観点から研究を進めていくこともできる。しかし,環境の影響を受けつつも,自由意志に基づき行動選択をする個人についての研究も同時に進めなければ,反社会的行動が生じる過程や,予防や改善の可能性を完全に解き明かすことはできない。このような視点に立ち,本書では心理学的な研究が中心に紹介されている。
 第1部では,認知のゆがみの理論・脳科学的基盤・測定方法がレビューされている。反社会的行動に関わる認知のゆがみは,おもに社会学,生物学,心理学の領域で扱われてきた。第1章では,各学問領域の代表的な理論や,学問領域を超えてこれらの理論を統合する近年の試みが紹介されている。続く第2章では,「Banduraの社会的学習理論と道徳不活性化モデル」,「Gibbsの認知的歪曲理論」,「Crick & Dodgeの社会的情報処理モデル」といったこの分野を代表する心理学の理論が紹介されている。さらに,第3章では凶悪犯事例やサイコパスとの関連から認知のゆがみの脳科学的基盤が,第4章では「How I Think (HIT) Questionnaire」などの認知のゆがみを測定する多様な方法が紹介されており,認知のゆがみと反社会的行動の関係についての研究背景や手法を深く理解することが可能になっている。
 第2部では,認知のゆがみと攻撃行動・いじめ・少年非行との関連が説明されている。まず,第5章では,攻撃の社会的情報処理モデルの観点から,攻撃の加害者に生じうる認知のゆがみとその形成要因が説明されている。続く第6章では,いじめ問題に焦点を当て,いじめの加害者・被害者・無関与者に生じうる認知のゆがみに関する国内外の研究が紹介されている。第7章では,少年非行に焦点を当て,社会的情報処理・道徳不活性化・認知的歪曲などの理論と結びつける形で,非行少年に見られる認知のゆがみが解説されている。このように社会的に関心の高いトピックについて,その背後に見られる個人の情報処理過程の特徴が広く紹介されている。
 第3部では,認知のゆがみの修正や予防を目指したトレーニングプログラムが紹介されている。第8章では,犯罪者・非行少年を対象として,認知のゆがみの解消に焦点を当てた社会的スキルトレーニングや,注意機能・記憶力・実行機能などの認知能力の向上を目的としたトレーニングの実践例が紹介されている。第9章では,学校現場を対象として,生徒に向けて実施された心理教育の内容と効果が説明されている。このように,反社会的行動の予防や改善に向けて,認知のゆがみを対象としてどのような介入方法が可能であるのかを知ることができる内容となっている。
 最後に,第4部では,このトピックに関する欧州での研究動向が紹介されている。第10章では,欧州で行われきた認知のゆがみと反社会的行動との関連についての研究が網羅的にレビューされている。そして,第11章と第12章では,教育者のためのEQUIPプログラムに焦点を当て,学校現場および矯正施設にて,認知のゆがみの修正を目指したトレーニングプログラムの,カナダ・スペイン・オランダでの適用事例とその効果が紹介されている。さらに,第12章では,認知のゆがみに対する性別や教育水準,民族的背景の影響についても説明されている。第4部の各章は欧州の新進気鋭の研究者や著名な研究者により書かれており,海外の先進的な研究動向を知ることが可能になっている。
 このように本書では,いじめや少年非行などの社会的に関心が高いトピックが取り上げられている。さらに,ただトレーニングプログラムの内容を紹介するだけではなく,「認知のゆがみ」に着目し,理論的背景やメカニズムに踏み込んだ研究の紹介もされている点が特徴的である。単に反社会的行動の予防や改善にいくらか結びつくプログラムを開発するだけならば,理論やメカニズムに関する議論は必要ないのかもしれない。しかし,効率的かつ効果的なプログラムを開発するためには,どの要素を介入対象とするかを見定め,プログラムの内容を洗練させていく必要がある。そのためには,反社会的行動を引き起こすメカニズムを実証的に解き明かし,理論的背景や基礎研究の知見を踏まえて,プログラムの内容を考えていくことが重要である。また,この手続きを踏むことで,なぜそのプログラムが効果的であるのかを,本人や第三者に対して納得できる形で説明することも可能になる。本書で取り上げられている「認知のゆがみ」は,このような理論に基づいた反社会的行動の予防や改善方法を考えていく上で,非常に効果的な介入対象であると感じた。このテーマに関心を持つ研究者や実践家の方に,広くお薦めしたい一冊である。(文責:野崎優樹)

・本書評の執筆にあたり,(株)北大路書房のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2015/04/12)

夫婦関係と心理的健康 子育て期から高齢期まで

(伊藤裕子・池田政子・相良順子(著), 2014, ナカニシヤ出版)



目次

序章 研究の目的と調査の概要
第T部 子育て期・中年期の夫婦関係と心理的健康
第1章 妻の就労形態による夫と妻の心理的健康
第2章 多重役割が夫婦の関係満足度と心理的健康に及ぼす影響:妻の就業形態による比較
第3章 夫婦のコミュニケーション
第4章 夫婦関係満足度
第U部 中高年期の夫婦関係と心理的健康
第5章 中年期から高齢期における夫婦関係と心理的健康
第6章 定年前後の夫婦関係、社会的活動と心理的健康
第7章 夫婦における愛情と個別化
終章 本書のまとめと今後の夫婦関係研究の課題



 近年,勤労女性を取り巻く問題(少子化や託児所の不足など)は社会的課題ともなっている。しかし,生涯発達を主張する心理学の領域においても,成人期以降の研究は乏しく,特に子育て期や中年期を対象とした研究は数少ない。本書は,子育て期から高齢期までの女性の発達を“夫”側の視点,また“夫婦”としての機能という側面から包括的に捉えているという点で貴重な一冊となっている。また,具体的な研究データをベースに,夫婦の在り方を中立的な立場から評価し,また時にはシニカルに解説している点も本書の魅力である。本書は2部構成となっており,第1章から第4章は「子育て期・中年期」に,第5章から第7章は「中高年期」に焦点を当て,夫婦関係と心理的健康についてのデータに考察を加えている。以下,本書の内容を概観し,書評とさせていただきたい。
 第1章の「妻の就労形態による夫と妻の心理的健康」では,結婚生活・職業生活・家計収入満足感・性役割観が主観的幸福感に及ぼす影響が解説されている。有職か無職かということよりも,そして結婚生活であれ職業生活であれ,本人が傾倒している生活において経験される満足感が主観的幸福感を左右する要因であることが述べられている。しかし,「稼ぎ手」としての意識が強い伝統的性役割観をもつ夫は,妻のパートタイム就業により“自分の収入が十分ではない”という不満感を持ちやすく,その結果主観的幸福感が低下するといった心理的メカニズムも同時に解説されている。女性の仕事との関わり方が多様化している今日,就労形態別に夫婦関係を捉えることがリアルな夫婦像の把握に必要不可欠であることがよく示されている。
 第2章では,多重役割がもたらす個人内の影響(スピルオーバー)と夫婦間の影響(クロスオーバー)が検討されている。例えば,夫からの育児サポートが得られない場合,フルタイム就業妻は自身の仕事役割への傾倒が夫婦関係満足度を低下させるというように,いわゆるネガティブスピルオーバーがみられる。また,分業観の強い専業主婦は夫が仕事に傾倒するのは当たり前であると考えるため,夫の仕事へののめり込みにより自身の主観的幸福感が低下することはなく,ネガティブなクロスオーバーはみられない。著者は,クロスオーバーの様相は発達段階によっても異なることを指摘している。夫婦各々の日常的活動が相互に影響し合っているという本知見を踏まえることで,政治的施策を含む多様な領域での新たなサポートの方向性がみえてくることであろう。
 第3章は夫婦間コミュニケーションに焦点を当て,夫婦関係をより基本的な枠組みから再考している。主要な結果は以下の2点にまとめることができるだろう。第1に,子育て期の妻においては「子どもの件でコミュニケーションを求めた際に,夫がそれに応えてくれるかどうか」が主観的幸福感に影響しており,会話時間と自己開示が夫婦関係を規定する要因となっているが,夫の主観的幸福感にはコミュニケーションの多寡ではなく「妻が自己に対して自己開示をし,夫婦関係に満足している」という事実が重要となる点である。第2に,中年期は“父母”ではなく“夫婦”としての関係性が再び問われる時期であり,よって夫婦共に配偶者への自己開示が夫婦関係満足度を高める点である。このような発達段階ごとのコミュニケーション形態の検討は,育児後の熟年離婚といった問題へのアプローチに有意味なヒントを与えてくれることだろう。
 最も興味深かったのが「夫婦関係満足度」についての第4章である。本章では,「自身の夫婦満足感」と「相手の夫婦満足感の予測値」とのズレを検討し,“お互い様装置”および“役割としての関係への限定”というキーワードと共にシニカルな夫婦関係維持メカニズムが解説されている。夫婦間で平均値を比較すると,夫よりも妻の満足度得点が低くなる。しかし,相手の満足度を予測させると,妻は夫の満足度を実際よりも低く,夫は妻の満足度を実際よりも高く評価する。つまり,実際の満足度には夫婦間での乖離があるにも関わらず,夫婦関係を維持するために「相手と自分自身の満足度におけるギャップは小さい」と考え,認知的均衡を図っているという。また,夫婦満足度の低い妻においては「家計の担い手・子どもの親」という役割の中でのみ夫を評価することによって夫婦関係を維持しているとも述べている。本書の知見のみから夫婦関係の維持メカニズムの在り方を結論づけるのは早計であるかもしれないが,今後さらに検討していくべき重要なテーマであろう。
 第2部では,中年期以降の夫婦関係に着目している。高齢化が進む昨今,退職後の長い人生をいかに充実したものにするかが問われており,非常に重要なテーマを含んでいる。第5章では,健康状態・経済的基盤・夫婦関係が中高年期の夫婦関係満足度にどのような影響を及ぼすのかが丁寧に説明されている。例えば,非伝統的性別分業観を持つことや別室就寝などの生活形態は女性の夫婦関係満足度を低下させるが,主観的幸福感は高まっており,女性にとっては夫婦生活と「各自で」といった個別化を志向することとが別ものである点が指摘されている。
 続く第6章では,定年前後の変化について言及している。これまでは,定年後に広がる活動(「趣味・余暇活動」や「社会・地域活動」など)への参加自体が大きな意味をもつと考えられてきたが,参加頻度よりも満足度が主観的幸福感において重要であり,単に活動に参加するだけでなく,そこに充実感を伴う必要性,そしてこれからの高齢期の在り方を再考する必要性について述べられている。
 第7章は,共同的存在といった意味合いが強い夫婦の捉え方に「個別化」といった新しい視点を取り入れ,夫婦関係のグループ化を試みている点が興味深い。中年期の妻において高かった個別化志向は,退職後の夫においても高まり,70代になると夫婦とも同レベルになる。自己開示や相互行動が増える事実と矛盾するようにも感じるが,お互いが個としての在り方を尊重しているからこそ生じる現象なのかもしれない。しかし同時に,離婚の意思をもつ夫婦ほど個別化志向が高いことから,良好でない夫婦関係を維持しつつ,お互いの行動を拘束しないことで摩擦や争いを避けるという防衛的機能についても言及している。
 女性や夫婦の心理的発達について様々な検討と考察を加えている本書は,成人期以降の発達に興味がある方々はもちろんのこと,臨床や社会学,また政治などの領域に携わる方々にも役立つ,是非手にしていただきたい一冊である。また,著者自身も各節ごとに研究の問題点や限界点を挙げており,このような点を踏まえた上でさらに本書が扱う領域の研究が進められることも期待したい。(文責:渡邊ひとみ)

・本書評の執筆にあたり,(株)ナカニシヤ出版のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2015/02/01)


社会的認知研究 −脳から文化まで−

(S. T. フィスク・S. E. テイラー(著),宮本聡介・唐沢穣・小林知博・原奈津子(訳), 2013, 北大路書房)



目次

1章 導入
Part 1 社会的認知の基本的な概念
2章  社会的認知におけるデュアルモード
3章  注意と符号化
4章  記憶における表象
Part 2 社会的認知のトピック −自己から社会まで−
5章  社会的認知における自己
6章  帰属過程
7章  ヒューリスティックスとショートカット −推論と意思決定の効率性−
8章  社会的推論と正確さと効率性
9章  態度の認知構造
10章 態度に関する認知的処理
11章 ステレオタイプ化 −認知とバイアス
12章 偏見‐認知と感情バイアスの相互作用
13章 社会的認知から感情へ
14章 感情から社会的認知へ
15章 行動と認知



 人が他者や自分自身を意味づけ,関わり方を決める際に,どのような心理的な過程が働いているのだろうか。このような問いを扱う研究分野が「社会的認知」である。本書は,この分野で著名なフィスクとテイラーにより書かれたSocial Cognition: From Brains to Culture, 3rd editionを邦訳したものであり,社会的認知研究のこれまでの理論や実証研究が分かりやすくまとめられている。また,パーソナリティなどの個人差の要因や,文化などの社会的な要因が,社会的認知にどのような影響を及ぼすのかということも扱われている。
 1章では,社会的認知研究の歴史や位置づけが議論されている。特に社会心理学において「認知」がどのように扱われているのかが解説されており,実験心理学と社会心理学を対比させながら,「認知」の位置づけや社会的認知研究の特徴が述べられている。つまり,よりメタな視点から社会的認知という大きな研究分野が論じられており,この研究分野の特徴を掴む上で大変興味深い章となっている。続く2章から4章までで構成されるPart1では,自動過程と統制過程・注意・符号化・記憶といった認知心理学でもしばしば取り上げられる概念が社会的認知研究でどのように扱われ,どのようなことが明らかにされてきたのかが展望されている。ここでは,プライミング,対人認知,社会的カテゴリといった,社会的認知研究を進めていく上で基本となる概念やモデルも紹介されており,以降の章の内容を深く理解する際に役立つ研究成果が紹介されている。5章から15章までで構成されるPart2では,社会的認知研究で扱われる個々のトピックが各章で紹介されている。ここで扱われているトピックは,自己・帰属・ヒューリスティックス・態度・ステレオタイプと偏見・感情などといった多様な内容が含まれており,社会的認知的研究での個々のトピックを幅広くかつ深く知る上で,有益な内容となっている。
 本書の特徴として,大きく3つを挙げることができる。1つ目は,単に実証研究の紹介に留まらず,メタ理論の観点も含めた社会的認知研究の位置づけが議論されている点である。特に第1章では,「モノ」に対する認知と「ヒト」に対する認知の相違点を考察していく中で,社会的認知研究がどのような前提に基づき発展してきたのかが述べられており,著者らの分野全体に対する考えが色濃くまとめられている。普段,単に自分の研究分野の枠組み内で研究を進めているだけではあまり考えないことを,改めて考えさせられる良いきっかけとなる内容になっている。
 2つ目は,引用文献の豊富さである。本書で紹介されている実証研究は,基本的には国際的な雑誌で査読を経た研究論文に基づくものであり,111ページにも渡る引用文献の章にすべての出典がまとめられている。そのため,各章を読んでいて,もし気になる研究があった場合には,容易に一次文献の情報を得ることができるようになっている。また,人名索引や事項索引も完備されており,自分が知りたい内容のページを本書の中から簡単に探すことが可能である。
 3つ目は,本書の副題にも示されているように,近年の神経科学の知見も含めた議論がされている点である。『Social Neuroscience』や『Social Cognitive and Affective Neuroscience』といった専門誌の発刊に代表されるように,ここ10年で社会神経科学は大きな発展を見せている。本書でも,これまでの社会神経科学で明らかにされてきたことを概観する内容が各章に散りばめられており,様々な社会的認知の処理を行う際にどのような脳部位が関与するのかが分かりやすくまとめられている。そのため,神経科学に興味を持つ人にも有益な内容となっている。
 本書を読んで改めて感じるのは,人が自己や他者のことを処理する過程の複雑さと,それを可能な限りシンプルにモデル化し理論化しようとしてきた研究者たちの努力の跡である。本書でも述べられている通り,人は各々が自分自身の意思を持って環境に対して働きかけるため,社会的認知研究では,常に刻々と変わる対象を認知する過程を明らかにしていくことが求められる。そのため,どうしても様々な要因が介在しており,社会的認知の過程は複雑なものになる。その複雑さを明らかにしていくところに,社会的認知研究の難しさと面白さがあるのだろう。社会的認知の研究を専門にしているか否かに関わらず,広く社会的認知に興味を持つ人に対して,この分野の研究内容を包括的に理解するのに役立つ一冊としておすすめしたい。(文責:野崎優樹)

・本書評の執筆にあたり,(株)北大路書房のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2014/11/01)


クロスロード・パーソナリティ・シリーズ第4巻 嘘の心理学

(村井 潤一郎編著, 2013, ナカニシヤ出版)



目次

第1章 嘘の心理学(村井 潤一郎・島田 将喜)
第2章 嘘の機能(菊地 史倫)
第3章 嘘と非言語的・言語的行動(佐藤 拓)
第4章 嘘を見破る(村井 潤一郎)
第5章 嘘を見破られる(太幡 直也)
第6章 嘘とパーソナリティ(武田 美亜)
第7章 嘘の発達(林 創)
第8章 嘘と司法(上宮 愛)
第9章 嘘と精神生理学(野瀬 出)
第10章 嘘と精神分析(鈴木 菜実子)



 本書は,社会心理学,発達心理学,精神生理学,精神分析学,文化人類学などの幅広い観点から,嘘という誰もが経験する現象の面白さを描き出した書である。
 第1章では,嘘とは何か,嘘がどのように成立するかが論じられている。日本における嘘とタンザニアの民族であるトングウェにおける嘘との比較を通じて,嘘が社会や文化のあり方と強く関連することが浮かび上がっている。
 第2章から第6章では,嘘の機能や嘘発見,嘘と個人特性との関連などが,実証的研究の知見をふまえながら解説されている。第2章は,嘘が持つポジティブな機能を明らかにしている。「嘘は悪いもの」「嘘をついてはいけない」と通常多くの人は考えているだろう。しかし,この章では必ずしも「嘘=悪」という図式が成立するとは限らないことが示されている。第3章では,嘘を発見する上での手がかりとその有効性についてまとめられている。嘘の手がかりと言えば,非言語行動が盛んに研究されてきたが,果たしてそれは本当に有効な手がかりなのだろうか。この章では,主にメタ分析の結果から新たな知見が見出されている。第4章は,嘘発見に関する章である。嘘発見の難しさ,なぜ嘘発見が失敗しやすいのか,嘘発見の社会的影響といった興味深い議論がなされている。一方,第5章は嘘を見破られる側に焦点を当てている。嘘を見破られる側の感覚や,見破られているかもしれないと感じたときの反応について述べられている。第4章や第5章の議論は,嘘だけにとどまらず,対人コミュニケーションの過程全般において我々が自己をどのように呈示しようとするか,相手の意思をどのように読み解いているかを考える上で有用な示唆を与えてくれる。第6章は,嘘と個人特性との関連について解説している。嘘をつく人の特性を論じたとしても,そのときどきの嘘の動機や相手を切り離して考えられるほど,嘘が単純なものでないことが示唆されている。
 第7章から第10章では,嘘に関する学術的知見を,様々な分野での応用につなげる試みがなされている。第7章は,乳児期から児童期の嘘の発達について議論している。子どもの嘘の発達が社会性の発達の指標になり得ることが示され,教育場面への提言がなされている。第8章では,司法における嘘について考察されている。司法の場でも嘘を見破ることは困難であることや,嘘による記憶の変容や証言の信憑性の判断など,様々な課題が示される。第9章では,ポリグラフやfMRIを用いた精神生理学的な虚偽検出検査について解説されている。本章の「虚偽検出検査は嘘を検出しない」という記述を,読者は意外性をもって受け止めるかもしれない。しかし,この記述は嘘と生理反応の関連,それを探知する検査のあり方を如実に表している。第10章では,精神分析の視点から,嘘の意義や嘘が具体的な症例の中でどのように出現するかが紹介されている。一口に嘘といっても,その性質や機能は多種多様であることが改めて感じられる章である。
 嘘は,我々にとって馴染み深い身近な現象であるとともに,真実とは何か,コミュニケーションとは何かという普遍的な疑問を投げかける現象である。本書の各章で紹介される嘘に関する研究知見や考察は,人間の心のメカニズムの精緻さや奥深さ,ときには不条理さまでも映し出している。(文責:渡部麻美)

(2014/07/27)


心理学のための英語論文の書き方・考え方

(羽生和紀(著),2014,朝倉書店)



目次

第1章 本書の目的について
第2章 構成・展開・文章のスタイル
第3章 文体・文法の原則
第4章 単語の選び方
第5章 自分の英語力を過信しない
第6章 内容の法則
第7章 論文の構造分析
第8章 table/表とfigure/図の作り方
第9章 投稿の準備
第10章 再投稿の準備
第11章 よくある質問と答え(Q and A)
第12章 英語で心理学の論文を書くために必要なモノ
第13章 学習のための参考図書



 いま,日本の心理学はかつてないほど国際化の波にさらされている。業績といえば,英語のジャーナルを意味する風潮が強くなっており,少なくとも,約10年前に評者が大学院に進学したころよりも,そうした雰囲気はひしひしと感じられる。しかし,著者も「まえがき」で述べているとおり,英語でアカデミックライティングを駆使し,学術的な内容を正確に伝えることは,とてもハードルの高い作業といえる。 このような現状において,本書は,英語を母語としない研究者に対して,英語論文を書くための知識とスキルを伝授してくれる書籍である。
 各章の説明に入る前に,本書をオススメする理由のBest 5 を以下に挙げておく。第1位:英文を書くときの指針や目安の多さ。 これは特に,第3, 4, 6章と関連している。第2位:パラグラフ構造の分析をする論文の幅広さ。 これは第7章に関することであり,基礎系(認知心理学)の論文と,応用系(社会心理学,環境心理学)の論文を題材に用いているので, どの分野の研究者も参考にできる。第3位:随所でなされる日本語論文と英語論文との対比。日本語で論文を執筆したことのある研究者にとって, こうした比較は理解しやすいだけでなく,自らの弱点を省みるきっかけにもなる。第4位:小見出しや箇条書きの多さ。 第5位:豊富な情報量にもかかわらず,本体がコンパクト(厚さ約1.5cm!)。これらについては,著者と出版社の両者の努力に敬意を表すべきだろう。
 さて本書では,第1章において英語で論文を書くメリットなどについて議論された後,本論となる12の章が続く。もちろん,著者や出版社が緻密に考えた構成に従うのがベーシックである。 しかし,実際の執筆プロセスを考えると,以下の順に読み進めるのもよいのではないか。
 まず,論文執筆に取り掛かる前に読むべきは,第11, 12, 13章である。この3つの章では,英語論文の初心者のためのFAQ(第11章),英語論文を執筆する際に必要となるツールや心がけ(第12章),参考図書(第13章)について解説されている。第11章は,本書全体をまとめた内容にもなっているので,手始めとして読むにはうってつけである。 また,第13章で紹介されている書籍の情報は,新しく有益なものばかりである(たとえば,Tabachnick & Fidell, 2013)。
 つぎに,論文の構成を練る段階で読むべきは,第2, 6, 7章である。第2章では,学術論文において最も重要となるストーリーの組み立て方について解説されている。 たとえば,論文全体における「砂時計型」の構成や,各段落におけるパラグラフライティングなどは,わかっていても難しいところであるので,ぜひ一読していただきたい。 第6章では,原稿に記載すべき事項が,序論・方法・結果・考察はもちろん,タイトルや付録にいたるまで具体的に解説されている。特に,序論や考察に何を書くべきかは,研究者の腕の見せ所であるからこそ,頭を抱えることが多いのではないだろうか。 第7章では,過去の論文を複数取り上げて,序論と考察がどのように展開されているかを段落ごとに検討しており,パラグラフライティングを実践する上でとても役立つ。
 そして,論文を実際に執筆する段階で読むべきは,第3, 4, 5, 8章である。第3章は,(a)一文は何ワードで構成すべきか,(b)接続詞は何を使うべきか,(c)時制はどのように使い分けるのか,といった文法の疑問に答える内容となっている。またこの章では,定型文の活用と,(2014年の科学界が騒然となった発端でもある)剽窃との線引きについても,丁寧に説明がなされている。第4章では,適切な動詞や冠詞の選び方を紹介し,第5章ではこれらの章を受けて,「英文らしい英文」を書くためのアドバイスがなされている。第8章では,日本心理学会(2005)の投稿規定との違いにも触れつつ,図表の作成法について解説されている。 ちなみに評者は,恥ずかしながら,本書を読んではじめて図のキャプションと表のタイトルの違いに気づいた。
 最後に,いよいよ論文を投稿するという段階で読むべきが,第9章と第10章である。第9章には,投稿時の諸注意やカバーレターの書き方がある。 第10章では,リジェクトというだれもが経験しうる状況にどう対処すべきかについて,その理由ごとに語られている。 リジェクト後の対応策をここまで詳しく解説してくれている文献は,いままでなかったように思う。
 このように,本書はこれから英語論文を書こうとしている研究者に必読の書である。 また本書には,日本語論文を書く際にもお手本とすべき情報が盛りだくさんなので,学部生や修士(博士前期)課程の大学院生にもオススメしたい。 ただ1つ,査読においては,査読者の指摘にすべて従ったほうがよいという旨のアドバイスがなされているのだが(第10章),この点にはやや疑問を感じた。学術論文が「査読者との共作」(本書p.149)なのであれば,必ずしも査読者の指摘すべてに従う必要はないとも思うのであるが,その辺りは微妙なさじ加減が求められるということなのだろうか。 いつの日か,この疑問に対して評者自身が答えを見出せると信じつつ,筆を置きたい。(文責:浅野良輔)

*本書評の執筆にあたり,(株)朝倉書店のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2014/07/24)


「裁判員」の形成,その心理学的解明

(荒川 歩著,2014年,特定非営利活動法人ratik)



目次

序言 裁判員になるという視点(菅原郁夫)
はじめに
第1章 「裁判員」という役割
1-1 裁判員と裁判官の違い
1-2 市民がもつ事象・法的概念のイメージ:常識にもとづく法
1-3 裁判員=市民ではない
第2章 公判における「裁判員」の形成
2-1 裁判員は公判の中でどのように心証を形成するか
2-2 事実認定者としての裁判員の限界
2-3 心理的事象に対する市民の理解と専門的知識のズレ
2-4 弁論の内容が裁判員の意見形成に与える影響
第3章 評議における「裁判員」の形成
3-1 評議における裁判員の判断形成
3-2 評議の運営が裁判員の判断形成に与える影響
3-3 実際の裁判官が参加した模擬裁判と裁判員の満足
3-4 意見のズレの解消過程の分析と評議後の「裁判員」の判断の変化
第4章 まとめ
4-1 裁判員の心理はどのようなものと言えるか
4-2 本研究の限界
4-3 裁判員研究の意味
引用文献


 2009年から裁判員制度が導入された。この制度は,国民の司法参加制度であり,「司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上に資する」ことが目的とされている(「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」第一条)。裁判員制度が導入されてから5年目を迎える現在において,どの程度の人が裁判員裁判についてリアルな知識を持っているだろうか?本書は,筆者が模擬裁判に裁判員として参加した人の不全感に着目して,裁判員に「なる」ことの個人の心理から裁判員と,裁判官と,の関係性のなかで繰り広げられる裁判員制度特有の状況とのコミュニケーションについてまとめた専門書である。
 裁判員に関する議論では,一般市民の論理性の欠如や知識の欠如に焦点があてられてしまう事も少なくない。しかし,本書では,裁判員という経験の特殊性,先行する裁判員研究について触れた上で,第1章『「裁判員」という役割』において裁判員になる前の裁判員について論じている。ここでは,裁判官と裁判員の違いを対比的に描き,思考の文脈や判断の違いについて心理学の知見を元にした議論を展開している。また,市民が知っている「常識的な」法的概念-例えば,「疑わしきは被告人の利益に」という言葉の意味や心神喪失など-に対して,人々が抱くイメージが裁判員裁判に及ぼす影響を筆者らの研究をもとに検討している。
 続く第2章『公判における「裁判員」の形成』の前半では,公判における裁判員の心証の形成に関連する,知覚・認知過程における歪み,記憶過程における歪み,判断過程における歪みが議論されている。これらの議論には,代表的な心理学理論が用いられており,心理学理論の応用的理解の促進にも役立つセクションとなっている。後半では,心理的事象に対する市民の「しろうと理論」をもとにした理解と専門的知識のズレ,弁護人の弁論の内容が裁判員に与える影響が議論されている。
 さらに,第3章『評議における「裁判員」の形成』において,筆者は評議の場面での裁判員の判断形成について,意思決定とコミュニケーションの観点から概説し,評議において裁判員が判断を形成するうえで影響を受ける要因を整理している。そして,評議の運営がどのように裁判員の判断形成に影響を与えるか,実務家としての裁判官が参加した模擬裁判での,裁判官と裁判員の振る舞いや満足度を検討している。この模擬裁判に参加したほとんどの裁判員は満足感を感じているにも関わらず,自分の主張したい意見に根拠をうまくみつけることができなかった裁判員の声を拾い上げ,丁寧に議論する分析の視座が興味深い。最後に,裁判員評議では,意見のズレがある場合にも,議論体としての最終的な意見の一致が求められることから,その解消過程の分析と,評議体を離れた後の裁判員の気持ちの変化の示唆が与えられていた。とりわけ,評議終了後の裁判員の意見の変化については,裁判員特有の時間を経験した者が経験する特殊な意見の変化と捉えられる。それは,筆者も述べているように,裁判員になるということは「未知の文化への参入過程」でもあり「離脱過程」でもあるからである。
 本書で用いられている研究は 2009年から2013年のたった4年間で筆者が包括的に研究した業績の集大成でもある。読み進めていくうえで,こうした筆者の熱意とたった一人の意見をも大切にし,そこから重要な観点を導き出す筆者の姿勢に,大変感銘をうけた。筆者の熱意を引き継ぎ,裁判員裁判という場で形成される特有のパーソナリティ,そして,一旦形成されたパーソナリティがいかにその人の後の人生に影響を与えるかについて,本書を軸に今後多くの研究が展開されることを望む。(文責:木戸彩恵)

(2014/06/04)


人生の意味の心理学―― 実存的な問いを生むこころ

(浦田 悠著,2013年,京都大学学術出版会)



目次

序章 人生の意味への問い
第T部 人生の意味の哲学と心理学
1章 人生の意味の哲学
2章 人生の意味の心理学
第U部 人生の意味を心理学する
3章 人生の意味の喪失 ――実存的空虚を測定する
4章 人生の意味への問い ――問いの諸相
5章 人生の意味の追求と実現 ――意味の内容と構造を掘り下げる
第V部 人生の意味のモデル構成とその応用
6章 人生の意味のモデルの構成 ――哲学と心理学の知見の融合
7章 意味システム・アプローチの検討 ――人生の意味の構造の分析
終章 人生の意味のさらなる探究のために


 人生とは何なのか,そこには一体どのような意味があるのだろうか,そしてそもそもそこに意味などあるのだろうか。このような「問い」は,何気なく暮らす日常生活の中では,もしかしたらあまり目を向けることはない類のものかもしれない。しかし誰もが様々なライフイベントを通して,特に生老病死に直面した際などに,多かれ少なかれこういった「問い」を意識した経験があるのではないだろうか。本書はそういった「人生の意味への問い」に対しての心理学的研究をまとめた専門書である。
 このような「人生の意味への問い」は,狭義の「心理学」だけでなく,非常に哲学的であるとともに,文学的,宗教的な性質をもち,さまざまな分野と密接に関連している。実際,本書もトルストイの言葉から始まり,1章で哲学的な知見を整理し,2章で心理学のさまざまな研究についてまとめるところから議論を進めている。そして3章以降は,具体的な七つの調査結果を基に,「実存的空虚」(3章)や,人生の意味への問いがどのように問われるのかについて(4章),人が人生の意味にいかに答えているかについて(5章)といった問題が,それぞれ論じられている。青年期を対象とした調査が中心であるが,量的な手法も質的な手法も用いてアプローチされており,興味深い知見が紹介されている。
 また,6章ではそれらの実証的な調査の結果も踏まえつつ,これまでの哲学や心理学の理論的枠組みを統合することを目指して,人生の意味を入れ子上の「場所(トポス)モデル」を用いて説明することを試みている。このモデルは,7章において様々な事例をもとにした検討がなされており,一定の可能性が示されている。さらに終章では,得られた知見とその意義を整理し,展開についても触れられている。このような問いを探求することが,単に知的な好奇心を満たすだけでなく,著者も指摘するように「生き方や人生観の様々な可能性と,幸福や意味の(再)発見につながる道を提示していくこと」にうまく繋がって行けば,本書で行われているような研究が持つ位置づけもさらに変わっていくのではないだろうか。そういう意味でも,本書は人生の意味や生・死といったキーワードに関心を持つ研究者だけでなく,自己やアイデンティティ,ポジティブ心理学など,さまざまな領域・キーワードに関心を持つ人にとって,非常に有益な示唆を与えてくれる。
 また,本編とは別に,五つの話題がトピックとして挿入されており,著名人が人生の意味について語った言葉や,「無常観」という日本の思想・文化と密接に関わる概念などが扱われている。短いトピックとは言え,いろいろなことを考えさせられる内容となっており,こちらも非常に興味深い。(文責:並川 努)

(2014/05/09)


M-plusとRによる構造方程式モデリング入門

(小杉考司・清水裕士編著,2014年,北大路書房)



目次

導入編
1. 構造方程式モデリングとは
2. M‐plusの導入
基礎編
3. 回帰分析
4. パス解析
5. 探索的因子分析
6. 確証的因子分析
7. 潜在変数を含んだパス解析
8. 多母集団同時分析
応用編
9. 順序データのパス解析
10. カテゴリカル・制限従属変数に対する回帰モデル
11. 媒介分析
12. 項目反応理論
13. 潜在曲線モデル
14. 階層線形モデル,マルチレベル構造方程式モデル
15. 潜在混合分布モデル
16. ベイズ推定を用いた分析
Apendix
1. M-plusの購入,インストール
2. RとRのパッケージのインスト−ル
3. Rの導入
4. RStudio,R Commander,RzによるGUI環境
5. 本書のサンプルデータについて

索引


 タイトルからわかるように本書は構造方程式モデリング(以下,SEM)を行う際のMplusとRの使用方法を中心に執筆されている。しかし,本書はMplusやRを使用している人々,あるいはこれから使用するつもりの人々にのみ有益なわけではない。MplusやRを使用していない人々,SEMをこれから学ぼうとする人々,SEMは使用していないが因子分析や重回帰分析などの分析をよく行う人など,様々な対象にとって非常に有益なものである。それは,以下の2つの理由による。
 第一の理由は,初学者のことを考えた丁寧な説明が繰り返しなされていることである。ソフトウェアの使用方法については,これでもかというくらい丁寧な説明がなされている。例えば,Mplusのデータの読み込み方では,テキストファイルやCSVファイルの作り方から始まり,エラーメッセージの説明までを非常に丁寧に記述している。新しいソフトウェアを使用する際にはデータの読み込みでつまずく人も少なくないが,これほどまでに丁寧な説明がなされていれば怖いものはないだろう。また,その他の箇所においても新しいコードが出てくる度に,わかりやすく丁寧な説明が用意されている。MplusやRのようなCUIタイプのソフトウェアは,SPSSやExcel統計のようなGUIタイプのソフトウェアに比べて直感的に操作しにくく,コードが何を意味するかを理解しなければならない点で労力が必要となる。本書のようにコードが何を意味するかを丁寧に説明してあれば,コードの理解もスムーズになり,CUIタイプのMplusやRに苦手意識をさほど持つことがなく分析を進めていけるだろう。GUIタイプのソフトウェアを使用しているが,MplusやRを試したい人は,本書を片手にチャレンジすればスムーズな学習が行えると考えられる。
 第二の理由は,多様な分析手法について,MplusやRとは切り離された一般的な説明がなされていることである。本書は,"モデルの説明→Mplusの使い方→Rの使い方"という流れを基本としながら構成されている。モデルの説明は非常に丁寧でわかりやすく,簡潔に記述されており,初学者でも何をどのように分析しているのかが明確にわかるようになっている。そのためMplusやRを使用しない人々にとっても,モデルの概要を理解するという点において非常に有益なものとなる。例えば,第11章で紹介されている媒介分析は多くの研究で使われている手法であるにも関わらず,日本語で説明された論文や書籍は少なかったが,本書では初学者にもわかるような丁寧に説明されている。特に,間接効果の検定法として従来用いられてきたSobel検定とともに2000年代になって一般的になってきたブートストラップ法についても説明している点は特徴的である。また,打ち切り回帰分析や潜在クラス分析などのように日本の心理学論文ではあまり目にすることのない分析手法の紹介,多くの人に馴染み深い因子分析における平行分析やMAP法といった因子数の決定方法の紹介,教育や集団,親密な関係などの領域で近年盛んに行われているマルチレベルSEMのモデルの概説などについて一般的な説明がなされている。これらの分析手法について理解するための第一歩として本書を手にすることは,MplusやRを使用しない人々にとっても有益であろう。研究手法の豊富さが研究計画の幅広さにつながると言われることを考えれば,本書は統計的な知識の修得だけではなく,自らの研究能力の向上に寄与するものであると考えることができる。
 以上の理由から,本書はMplusやRを使用しない人々にとっても有益な書籍であると言える。最後に,評者自身は分析にRを用いており,SEMを行う場合には本書で紹介されているLavaanパッケージを使用している。Rを導入した当初はデータの読み込みでつまずき,SEMを行う適切なパッケージを見つけるのに試行錯誤をしていた。また,マニュアルの多くは英語であり,統計に明るくない評者はそれを理解するにも四苦八苦した。本書を通読しながら,自身がRやLavaanを導入した際,本書があればどれほど良かっただろうと実感した。このような体験と本書のわかりやすさを考えれば,著者の「構造方程式モデリングの勉強を始めようとして,この本を手にとった方がいるかもしれません。そういう人は大変ラッキーです。私は素朴に,うらやましいとさえ思ってしまいます。」(p2)という記述に強く同意することができる。MplusやRを始めようとしている人や現在SEMの学習をしている人は,このような「ラッキー」を味わってみるのはいかがだろうか。(文責:古村健太郎)

*本書評の執筆にあたり,北大路書房のご協力を賜りました。ここに深く御礼申し上げます。

(2014/02/28)

ウーマンウオッチング

(デズモンド・モリス(著),常磐 新平(訳),2007年,小学館)



目次

進化
頭髪











乳房
ウエスト

腹部
背中
恥毛
性器




参考文献
写真クレジット



 本書は,「裸のサル」,「マンウォッチング」,「ボディウォッチング」などの著者であり動物学者であるDesmond Morrisが女性の身体についてまとめたものである。身体に関する研究をする者ならば,分野を超えて,一度はMorrisの著書を手にとり自らの興味関心を先鋭化あるいは拡張するために用いているはずである。それほどまでにMorrisは身体を雄弁に語る。「まえがき」でMorrisは次のように述べている。これは医学書でも,心理学者の実験分析でもなく,自然な環境で,現実に見られる女性を賛美した,一動物学者が描く肖像画であると。本書ではやや誇張や文化的な誤解があるとも見受けられるものの,女性の生物学的な特徴,社会文化的要請,それらに対する女性の惜しみない努力が,時に楽しげに,時に苦しげに,描かれている。
 全22章で本書を構成したMorrisは,各章において,すべての女性が共有する,女性の身体に特有の部位の動物学的特徴を提示し,ついで,さまざまな社会がこうした動物学的特徴を修正して来た多様な方法を考察したと説明している。
 はじめの章に進化が置かれているのは,動物学者としてのMorrisの視点を明示するためだろう。ここでは,人間の身体に特徴的な形質としてネオテニー(幼児成熟)という進化過程について触れ,男女の性差が進化過程の中で生まれて来たか,そして,その進化により男女の相互補助的な関係性がいかに構築されてきたかを論じている。興味深いのは,男性にはネオテニー的特徴が身体的にはあまり現れないが,よりいっそう子どものような行動をすること,一方で,女性には精神的にネオテニー的特徴はあまり現れないが,よりいっそう子どものような身体的特徴をもつようになる,という真逆の特徴があることである。身体的なネオテニー的特徴という意味では,女性の身体は男性に比して高度に進化しているとされ続く章では,各々の構造と機能,役割について論じられている。
 ここで各々の章を一つずつ取り上げて説明するわけにはいかないが,例えば,「髪」についての章では,なぜ人間の髪は伸びるのかという点から議論が始まる。体毛を進化させてこなかった「裸のサル」である人間の毛の生え方の奇妙さを読者は自覚させられるのである。このようにMorrisは読者の視点を相対化させた上で,髪型の流行,整髪の幅広い選択肢,染色など「髪」にまつわる諸問題について語り始める。そして,最終的には,男性の官能的な視点が加わる。この視点は,時に興味深く,時に居心地の悪さを感じることもあるが,これもMorrisの独自性によってこそ描くことのできる視点なのだろう。多くの学者は,自分自身を隠そうとするものである。
 学術的に女性の身体を捉える研究は少なくはない。本書は,女性の全身を対象としていることもあり,多少オムニバス的でもある。しかし女性の「心」と「身体」を切り分けずに考え,さらに男性である筆者の視点を融合させて論じている点において,学術的でありつつもリアルな男性による女性理解がなされている。心理学の本ではないが,性差を議論する心理学者にも一度はぜひ手にとってみて欲しい著作である。(文責:木戸 彩恵)

(2014/02/15)

心理学のための英語論文の基本表現

(高橋雅治, デイビッド・シュワーブ, バーバラ・シュワーブ 著, 2013年, 朝倉書店)



目次

1 心理学英語論文の執筆法
2 著者注 Author Note
3 要約 Abstract
4 序文 Introduction
5 方法 Method
6 結果 Results
7 考察 Discussion
8 表 Table
9 図 Figure
引用文献
索引



 本書は心理学英語論文を執筆する際の参考書であり,これから英語論文を執筆しようとする心理学や行動科学を専門としている学生,若手研究者を対象としている。本書ではAPAスタイルも解説しつつ,論文の各節のポイント,各節で頻繁に利用される文章パターンを示し,例文と共に紹介している。著者は本書でAPAスタイルの概要の理解と基本的文章パターンを参照すること,APAマニュアルで詳細な書式を調べること,これに加え,自身の専門領域の英語論文を参考にして専門用語の使い方を身に着けることを推奨している。 

 1章では心理学英語論文の執筆において,自然な英語表現を使いこなすための有効な方法や注意点,APAスタイルの概要がまとめられている。本書を読んだ一読者として,文責者は“英語論文を書きなれていない者は参考にする英語論文から表現を学ぶことが多いが,参考にする論文の継ぎ接ぎにならぬようくれぐれも留意しなくてはいけない”という点に感銘を受けた。
 目次の通り,2章以降は論文の各節で章が設けられている。各章の冒頭では,内容と書式に関するポイントがまとめられている。内容については,2章ではAPAが著者注を充実させることを勧めているが,内容と書式が細かく定められていることが述べられている。3章では要約だけで研究の内容を理解できる情報を記述する注意点,4章では序文にて研究の目的と必要性を納得させるためのポイントが挙げられている。5章では研究の追試を実施できるよう必要な情報を全て書くための必要性が論じられている。6章では結果は考察や結論の根拠を提供することを目的とし,募集時の参加者数や分析から除外された参加者数などの参加者の流れを正確に記述すること,統計では基本的情報はもちろん効果量や信頼区間などの情報も載せるべきであることが述べられている。7章では結果の評価と解釈を読者に呈示するための基本と議論展開のポイントを挙げている。8章では結果の理解と解釈,再解釈ができるよう必要な情報を表に載せること,9章では重要な事実を伝え本文を補強する図を作成する注意点がまとめられている。
 これらの内容は,英語論文に限らず論文を既にいくつか執筆している人にとっては既知の事柄(例えば,要約で「正確に」「簡潔に」など)が書かれているとは思うが,自身の論文がこれらのポイントを全て抑えているか,求められる情報を全て記述できているか,今一度考えさせられる。

 そして,各章の内容と書式を紹介した後には,論文の各節にて頻繁に利用される文章パターンと例文が掲載されており,この部分が各章の大部分を占める。これこそが本書の特筆すべき点である。これらの例文は心理学英語論文の全領域に渡って頻度の高い文章パターンを載せ,その後に実際の論文から引用して例文を掲載している。英語論文を書きなれていない者は,自身の研究領域の英語論文と辞書を片手に,適切な表現をひたすら調べながら作業を行うので単純な文章を書くにも時間が掛かる。しかし,この文章パターンを参考にすれば,その時間が大幅に短縮されるだろう。ほんの一部の例であるが,5章では心理検査について説明する25の文章パターンが紹介されている。本書があれば全て事足りるわけではないものの,これらを参考にすることによって,自身の研究で使用した心理検査についておおまかに説明することは可能である。

 総じて,本書は英語論文の執筆を試みる者にとって良い参考書となることは間違いないだろう。まずは1章とコラムを読むことをお勧めしたい。コラムでは日本人が犯しやすい誤りを紹介している。 (文責:薊 理津子)

*本書評の執筆にあたり,朝倉書店のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2013/12/31)

Evolution and Genetics for Psychology.

(Daniel Nettle 著, 2009年, Oxford University Press)



目次

Chapter 1: The Significant of Darwinism
Chapter 2: Variation
Chapter 3: Heredity
Chapter 4: Competition
Chapter 5: Natural Selection
Chapter 6: Sex
Chapter 7: Life Histories
Chapter 8: Social Life
Chapter 9: Plasticity and Learning
Chapter 10: Our Place in Nature
Chapter 11: Evolution and Contemporary Life



 本書の著者は,進化心理学の領域で著名な研究者であるDaniel Nettleである。Nettleの書籍で有名なものとしては,特に翻訳されているものに限ると,『パーソナリティを科学する―特性5因子であなたがわかる』や『消えゆく言語たち―失われることば,失われる世界』,『目からウロコの幸福学』が挙げられる。Nettleは進化生物学的視点からパーソナリティや言語発達に対し,鋭い論考を繰り広げている。そんな著者が著した本書は,心理学をはじめとする人間科学全般にとって非常に重要な視点となる進化生物学の基本的な原則を説明するためのテキストブックである。

 近年,心理学にとどまらず人間科学の様々な領域に「進化」の視点が導入されてきており,進化人類学,進化医学,進化言語学,進化経済学,進化心理学など,多くの学際的な学問分野が出現してきている。そこで重要となる考え方は,「自然淘汰」を柱とするダーウィンの提唱した進化論である。ダーウィンの進化論は私たちをはじめとする生物の体の構造だけでなく,私たち生物の行動やこころのメカニズムまでをも説明する。本書は,私たちの一見不可解な行動や,その背後の必ずしも適応的でないこころのメカニズムを進化的視点からとらえるための材料を提供してくれる。

 本書は大きく2部に分けられ,前半はChapter1からChapter5までの5章,後半はChapter6からChapter11までの6章となる。前半は進化的視点を持つための道具 (fundamental toolkit) を提供してくれるもので,後半は私たちヒトの生活にその道具を応用することを試みる。まず1章でダーウィン進化論の概要を確認した後に,2章では表現型と遺伝子型の個人差 (個体差) について,3章ではそれがどのように遺伝するのかについて概説がなされる。この表現型と遺伝子型の個人差の存在とそれが次世代に伝達されるところから,自然淘汰という進化のメカニズムが働くわけであるが,その際にもうひとつ重要な要件として繁殖のための競争が挙げられる。4章ではその競争について読者に説明し,5章で進化的視点を持つための道具のまとめとして自然淘汰の説明を行う。

 本書の後半では,より応用的なことについて議論が展開されていく。6章ではヒトの性別について,なぜ性というシステムが進化してきたのかについて,他生物種の知見も織り交ぜながら考察する。7章ではヒトの生活史ということについて,生物学の領域で提唱されている生活史理論 (Life History Theory) に基づき議論を行う。具体的には寿命や配偶関係の樹立,親や祖父母の養育といったことを取り上げる。8章では血縁関係にないものどうしの社会的関係について様々な角度から考察を行う。9章では可塑性と学習とタイトルがつけられている。この章では,表現型の可塑性から社会的学習まで非常に広範な可塑性を取り上げ,最後にその学習がいかに進化に影響を与えうるのかということについて書かれている。10章では,ヒトという種が進化史の中でどのように位置づけられるのかということに対し,他生物種との分類学上の違いやヒト固有の生物学的特徴などを議論する。そして最終章である11章では,現代社会という環境におけるヒトの行動やこころのメカニズムに対し,これまでの章で得た道具を用い進化生物学的視点から考察をしていく。

 全体を通じ,非常に読み応えがある本であることは間違いがなく,Nettleの他の書籍についても言えることであるが,英語も読みやすく文章全体が分かりやすい。進化生物学と心理学をうまく橋渡ししている良い本といえる。ただ,生物学の知識をはじめからある程度持っていないと,いきなり英語でこれを読み砕いていくのは少々困難かもしれない。この分野のテキストとしては,1冊目でなく2冊目に適当な本だろう。 (文責:川本 哲也)

(2013/11/23)

社会脳の発達

(千住 淳 著, 2012年, 東京大学出版会)



目次

はじめに
第T部 脳と発達と社会
 第1章 脳機能と発達
 第2章 社会脳とは何か
第U部 赤ちゃんの脳,社会に挑む
 第3章 他者の心を理解する
 第4章 他者の動きを理解する
 第5章 視線を理解するT―目を見る・目が合う
 第6章 視線を理解するU―視線を追う・視線から学ぶ
第V部 自閉症者が教えてくれること
 第7章 自閉症スペクトラム障害
 第8章 自閉症者は心を読まない?
 第9章 自閉症者は人まねをしない?
 第10章 自閉症者とは目が合わない?
第W部 社会が導く脳,脳が導く社会
 第11章 発達研究からの視点
 第12章 社会脳研究のフロンティア
補論 脳の発達研究ができるまで
おわりに



 本書は,ヒトの社会行動の脳神経基盤について,主に赤ちゃんの視線に関わる研究を紹介しながら論じたものである。まず第T部では,科学的方法を使って人間の「心」の働きを捉える際の手続きや,「社会脳」の定義が概観された上で,本書の立場が記されている。つぎに第U部と第V部では,子どもの社会性についての研究知見がふんだんに紹介されている。子どもの社会性に関わる研究は様々であるが,本書では,他者の心を理解する上では他者の視線を理解することが重要であるとされ,アイコンタクトや視線を追うといった行為についての実験結果が重点的にとりあげられている。最後に第W部では,本書の内容のまとめと,社会脳研究の今後の課題について述べられている。

 近年,ヒトの社会性については学際的に研究が行われており,心理学,社会学,生物学等の分野間における距離は急速に縮まりつつある。その中にあって,研究者が「心」や「社会」といったものに対する自身の見方を相対化することは,重要性を増していると同時に,困難にもなりつつあるように思う(学際的なテーマに関する自身の見方を相対化するためには,複数の分野についての知識が必要となる。また,個々の分野についての知識だけでなく,分野間の関連についても統合的な理解が必要になるだろう。要するに,勉強しなければならないことがとても多い)。
 本書の第T部には,初学者にもわかりやすい平易な言葉で,「心」を自然科学の手法で扱うための方法や,「社会脳」についての定義が概観されている。そしてその上で,社会神経科学者である著者が自身の「心」や「社会脳」の捉え方を相対化する様子が記されている。第T部の内容は,「心」や「社会」について研究している初学者や若手研究者が自身の見方を見つめなおす際の指針となるだろう。第T部は本書の序論にあたる部分であるが,私のような若手研究者にとってはここだけでも非常に読み応えがあった。

 本書の主たる主張は,“脳内の神経細胞は,大きさや数といった特徴は生得的に決まっているものの,どの部位でどのような処理が行われるかは生得的には決まっておらず,生後,環境と相互作用する中で決まってくる”というものである。この主張の下では,たとえば自閉症児の脳は,健常児の脳の社会性に関わる部位が欠けている状態ではなく,健常児の脳と構造の一部が異なっていたため,健常児とは異なる発達を遂げた状態として捉えられる。この主張は,本書において健常児を「定型発達児」,自閉症児を「非定型発達児」と表現していることからも読み取ることができる。
 このように,本書の内容は,健常児や自閉症児における社会性の発達の違いについてだけでなく,脳機能の局在と可塑性をどう説明するかという,脳についての根本的な問いと大きく関わっている。本書の第U部・第V部では,この問いに答えるための実験の詳細がわかりやすい表現で紹介されている(社会神経科学を専門としていない私でも,最初から最後までつまずくことなく読むことができた)。社会性に関わる視線研究について知りたいという人や,心と脳,社会性と脳といったテーマの実験について知りたいという人に広くおすすめしたい1冊である。(文責:蔵永 瞳)

(2013/09/14)

行動を起こし,持続する力 モチベーションの心理学

(外山美樹 著,2011年,新曜社)



目次

第1章 モチベーションとは
第2章 アメとムチの隠された代償
第3章 ほめることは効果的?
第4章 自律性とモチベーション―自己決定理論―
第5章 小さな池の大きな魚効果
第6章 人との比較の中で形成されるモチベーション―カギとなるのは有能感―
第7章 悲観的に考えると成功する?―ネガティブ思考のポジティブなパワー―
第8章 無気力への分かれ道―原因帰属―
第9章 モチベーションも目標次第
第10章 無意識とモチベーション
文  献
索  引



 本書『行動を起こし,持続する力 モチベーションの心理学』は,モチベーション,すなわちやる気について心理学的な知見をまとめた本である。これまでに国内外で数多くのモチベーション研究が行われてきた。本書の特徴は,それらの実験や調査研究で得られた知見を,詳細かつ分かりやすく記述しているところにある。これにより,初学者はもちろん一般の読者であっても動機づけ研究の全体像を把握することが可能である。
 モチベーションとは,「行動を始発させ,維持し,一定の方向に導く心理的エネルギー」のことである。そのエネルギーの源を何と仮定するかは,時代によって異なっている。第1章ではモチベーションとは何かについて生理的動因(ホメオスタシス)的な捉え方から,興味といった認知的な捉え方へ研究の動向が変化してきた経緯を紹介しつつ解説している。
 モチベーションを高めることは難しいものである。モチベーションを高めるためには,褒めたり,報酬を与えたりすることは容易に考え付くが,これまでの研究結果は必ずしもそうした素朴理論を支持しない。第2章では,アメとムチによるモチベーションの高め方の弊害について,金銭的な報酬が内発的動機づけを低下させる「アンダーマイニング現象」などを取り上げ解説している。第3章では,ほめることは必ずしもモチベーションを高めることにはつながらないことについて研究結果を紹介している。第4章は,現在のモチベーション研究の中核的理論の一つである,自己決定理論について取り上げている。
 さらに本書は,モチベーションに影響を与える環境的な要因についても議論している。第5章では,個人の学力が同じ場合,学力の高い学校に所属する生徒ほど,勉強に対する有能感が低いという「小さな池の大きな魚効果」について紹介している。これは,偏差値の高い学校に進学することの是非に関わる。さらに,第6章では,「スポーツ選手は「春生まれ」が有利?」という目を引くトピックを用いて,他者との比較が有能感に及ぼす影響について取り上げている。
 第7章では,楽観主義と悲観主義というパーソナリティの側面からモチベーションについて考察している。第8章では,モチベーションが湧かない状態について学習性無力感について紹介している。さらに,本書は意識と無意識という観点からもモチベーションにアプローチしている。第9章では,意識的な目標設定がモチベーションに与える影響を,第10章では,無意識的なモチベーションについて解説している。
 本書は,古今東西のモチベーション研究について,包括的かつ容易に解説しているため,以下に述べるような意義があると考えられる。第1に,本書は良質な入門書,もしくは講義テキストとしての意義がある。本書には古典的な研究から最新の研究まで具体例が多く紹介され,末尾には引用元が全て記されている。引用元を辿れば,興味のあるテーマについて,さらに精緻な理解が可能である。 この点は,モチベーション研究を志す初学者にとって大きな意義を持つ。また,大学などでモチベーションについて講義する際にも,初学者にも分かりやすく記述された本書は,カリキュラムを考える上で非常に参考となるであろう。 第2に,モチベーション領域の全貌を改めて見つめることは,俯瞰的な視座の開拓に貢献するという意義がある。これはモチベーションの研究の熟達者についていえることであろう。一口にモチベーション研究とくくってみても,様々な理論的枠組みが存在し,研究領域内においてもかなりの細分化が進んでいる。ただし,元を辿っていけば本書で取り上げられているような古典的ないくつかの研究に辿りつく。自らの研究領域のルーツについて,改めて整理して理解することにより,統合的な視点を獲得することが期待できる。(文責:大谷和大)

(2013/08/31)


パーソナリティ心理学概論−性格理解への扉

(鈴木公啓 編,2012年,ナカニシヤ出版)



目次

1 パーソナリティとその概念および歴史
2 パーソナリティの諸理論
3 パーソナリティと相互作用論
4 パーソナリティと遺伝
5 パーソナリティと発達―青年期まで―
6 パーソナリティと発達―成人期以降―
7 パーソナリティと学校での関係
8 パーソナリティと友人関係
9 パーソナリティと親密な関係
10 パーソナリティと家族関係
11 パーソナリティと社会的認知
12 パーソナリティと自己意識的感情
13 パーソナリティと感情
14 パーソナリティと文化
15 パーソナリティと病理
16 パーソナリティと測定―質問紙法と投影法―
17 パーソナリティと測定―面接法と観察法―
文  献
索  引



 『パーソナリティ心理学概論』(以下,本書)はパーソナリティの心理学の知見をまとめた本である。目次をみてもわかるとおり,非常に幅広いテーマが扱われている。無論,本のタイトルに「概論」と記されている以上,扱われているテーマが幅広いというのはむしろ自明ともいえる。従って,目を向けるべきはテーマの幅広さというよりも,内容の充実のほうにあろう。そこで,本書評では内容の充実に焦点を当て,キーワードを挙げることでより具体的に見ていくこととする。キーワードは「最新の知見のわかりやすい紹介」「初学者に向けた丁寧な内容」「さらなる学びへの配慮」という3点が挙げられる。
 「最新の知見のわかりやすい紹介」という観点からは,本書がパーソナリティ分野における最新の知見を学ぶ上での一助となるよう配慮されているという点があげられる。いわゆる「教科書的な本」では,すでに学会や研究会ではお目にかからなくなった,古典と呼ばれる研究の紹介に多くのページが割かれる。無論,それは大いに意義あることだが,初学者がパーソナリティの最新の知見を学びたいと思った時に,専門書か雑誌にあたるしかなく,非常にハードルが高いのが実情であろう。本書は今年の学会にいけば口頭発表でお目にかかれそうなテーマや,ここ数年研究が盛んになされているような研究分野の最新の内容が分かりやすく紹介されている。だからといって,個々のテーマの基盤となる理論や学説の紹介がおろそかになっているかといえば,決してそうではない。しっかりと初学者が最新の知見を学びやすいように前提となる知識や理論の説明がなされ,その上でより高度な内容へといざなわれるように書かれている。副読本として古典がより詳細に記されたものが手元にあればより理解は進むであろうが,だからと言って本書の価値が損なわれることを意味するものではない。
 「初学者への丁寧な内容」という観点からは,本書がパーソナリティ心理学をこれからまさに学ぼうする初学者に対してとても丁寧な作りになっているという点があげられよう。個々の章で取り上げられている研究は,引用先を見ると複雑な研究手法が組み合わさって産みだされている。しかし,本書は統計や観察法・インタビュー法などの知見が十分になくても,理解できるよう非常にシンプルな図表が取り上げられ,そして,内容もかなり噛み砕いて書かれている。必要な研究法などの知見や用語の説明はコラムなどでも取り上げられており,丁寧に読み進めていけば独学でパーソナリティ心理学の最先端の知見を得ることができよう。
 「さらなる学びへの配慮」という観点からは豊富な引用文献が提示されているということが挙げられる。個別の研究はわかりやすさを優先しているため,どうしても調査の詳細な内容や研究手法,一部の統計分析の結果など初学者が目にしたとき,解釈に知識がいるような部分はそぎ落とされている。しかし,初学者が「この研究面白いな」と感じ,ゼミナールなどで自分のテーマとして研究したいと思うのであれば,より深く1つの文献を読み進めていく必要がある。従って,詳細な文献が紹介されていることはパーソナリティに関する知見を深めるために非常に配慮されているといえよう。ただ,初学者が自主的に引用文献に当たるというところまで行き着くのはなかなか難しい。そのため,できれば引率者とともに本書を読み進めるというスタイルが望ましいといえよう。
 末尾になるが,私自身,本書を読み進めていく中で初めて見る興味深い研究や知見があった。自分の不学を恥じるとともに,授業の中で取り入れていきたいと強く思ったのも事実である。執筆者を見ると若手の研究者が並んでいる。若手の研究者が専門としている分野には,彼ら彼女らの若い感覚での現実的な課題や問題提起を入り口に研究の門をたたく。その意味で,個々の章の内容は現在正に問題になっていることを背景に感じることができるものであり,どれもとても生き生きとした知見が紹介されている。本書はパーソナリティ心理学を学ぶものだけでなく,教えるものとしても非常に参考となる一冊であると言えよう。(文責:竹内一真)
*本書評の執筆にあたり,ナカニシヤ出版のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2013/07/31)


パーソナリティ心理学──全体としての人間理解

(W.ミシェル,Y.ショウダ,O.アイダック(著)黒沢香・原島雅之(監訳),2010年,培風館)



目次

 1章 パーソナリティ入門
 2章 データ,研究法,研究手段
第I部 特性・特質レベル
 3章 類型論と特性論
 4章 特質の表出
第II部 生物学レベル・生理レベル
 5章 遺伝とパーソナリティ
 6章 脳,進化,パーソナリティ
第III部 精神力動的・動機づけレベル
 7章 精神力動論 ―― フロイトの諸概念
 8章 精神力動の適用と過程
 9章 フロイト後の精神力動
第IV部 行動・条件づけレベル
10章 行動主義の考え方
11章 行動の分析と変容
第V部 現象学的・人間性レベル
12章 現象学的・人間性レベルの諸概念
13章 内面へのまなざし
第VI部 社会認知的レベル
14章 社会認知的アプローチ
15章 社会的認知プロセス
第VII部 各分析レベルの統合 ―― 全体としての人間
16章 パーソナリティ・システム ―― それぞれのレベルを統合する
17章 自己制御 ―― 目標追求から目標達成へ
18章 社会的文脈および文化とパーソナリティ


 本書はパーソナリティの一貫性論争で有名なミシェルを中心として編纂されたIntroduction to Personality, 8th editionを邦訳したものである。序文において,パーソナリティを扱う研究は,パーソナリティの全体的構造ではなく,ある特定の一側面のみを扱ってきたことが指摘される。この問題について,本書では以下の6つのレベルの理論的・分析的側面を概観し,それらを統合的に理解しようと試みている。
 第1のレベルは,特性・特質レベルである。第3章では,Allport,Cattell,Eysenckといった特性論者の研究や,特性レベルの研究の共通点について述べられ,その議論がBig Fiveへと発展していく。第4章では,一貫性論争と相互作用論について議論がなされる。すなわち,個人の行為や経験は,個人差と状況の力動的な相互作用によって表現可能であることが述べられている。
 第2のレベルは,生物学・生理レベルである。第5章では,双生児研究を用いたパーソナリティや個人が経験する環境への遺伝的影響について概観されている。第6章では,BIS・BASや刺激欲求特性と脳の関連や生物学的治療に用いられる薬物の紹介,進化とパーソナリティの関連について述べられている。
 第3のレベルは,精神力動的・動機づけレベルである。第7章では,フロイトの理論が概観される。第8章では,精神力動の理論に基づく測定法として投影法が紹介された後,抑圧や防衛について述べられる。第9章では,アンナ・フロイトやユング,アドラー,フロム,エリクソンの理論が紹介された後,愛着理論やコフートの理論が紹介されている。
 第4のレベルは,行動・動機づけレベルである。第10章では,フロイトの理論を学習理論の用語とアイディアに置き換え,実験的に実証しようとしたDollardとMillerの研究が紹介されている。その後,古典的条件付けとオペラント条件付けの基本的な理論について述べられている。第11章では,行動の測定や行動を引き起こす刺激の査定について述べた後,情動反応や行動を変容させる方法が議論されている。
 第5のレベルは,現象学的・人間性レベルである。第12章では,その人独特の主観的な世界を重視したロジャースの理論,人が能動的な存在であることを強調したケリーの理論が紹介されている。第13章では,他者の内的経験や主観的世界を測定しようとする方法について議論され,さらに個人の主体的経験を変容させる試みについて議論されている。
 第6のレベルは,社会的認知レベルである。第14章では,パーソナリティ研究の社会的認知アプローチの先駆けであるBanduraとMischelの研究や,このレベルの理論に基づく測定法(e.g., IAT)や臨床的方法(認知行動療法)が紹介されている。第15章では,自己に関する知識体系である自己概念,自己スキーマ,自尊心について述べられている。その後,自らの能力や効力についての知覚について,自己効力感や学習性無力感などから議論されている。
 最終的に,これら6つのレベルの理論的・分析的側面を統合的に説明できる枠組みが議論されている。第16章では,認知的・感情的パーソナリティ・システム(CAPS)が提案され,各レベルとどのように対応しているかが述べられている。さらに,発展的内容として,第17章では6つのレベルと様々な自己制御との関連について,第18章では文化とパーソナリティについて考察されている。
 本書は,現在まで提出されている様々な理論がどのような歴史的背景を持っているか,理論同士がどのようにつながっているかをわかりやすく述べているという点で,優れた教科書であると言えよう。まさに,Introduction to psychologyという名の通りである。また,先述したように,本書は社会心理学や発達心理学,臨床心理学,生理学を含めた領域横断的な議論を体系的に統合しようと試みている。このような試みに触れることは,読者が自分の研究領域の立ち位置を考えたり,他の研究領域との関連について考えたりするきっかけとなるだろう。以上から,本書を通じて,読者は,パーソナリティ心理学の基本的な知識を学習するだけではなく,研究に対するよりマクロな視点についても学ぶことができると考えられる。(文責:古村健太郎)
*本書評の執筆にあたり,(株)培風館のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2013/06/11)


人間らしさとはなにか?─人間のユニークさを明かす科学の最前線

(マイケル・S・ガザニガ(著),柴田裕之(訳),2010年,インターシフト)



目次

はじめに 人間はなぜ特別なのか?
PartT 人間らしさを探求する
1章 人間の脳はユニークか?
2章 デートの相手にチンパンジー?
PartU ともに生き抜くために
3章 脳と社会と嘘
4章 内なる道徳の羅針盤
5章 他人の情動を感じる
PartV 人間であることの栄光
6章 芸術の本能
7章 誰もが二元論者のように振る舞う
8章 意識はどのように生まれるか?
PartW 現在の制約を超えて
9章 肉体など必要か?
あとがき 決定的な違い


 「人間らしさ」,すなわち人間独自の脳機能について,心理学,神経科学,人類学,進化生物学,遺伝子工学,機械工学といった広範な領域の知見を網羅的に取り上げながら考察する。2008年に刊行された原著は“HUMAN”という壮大なタイトルを掲げるが,量的にも質的にも決してタイトル負けしない大著だ。原著者のガザニガは,脳梁が切断された分離脳患者の研究で著名な,認知神経科学の大家である。
 ガザニガは本書の冒頭で「元気で,良い仕事をして,連絡を忘れずに」という人気ラジオパーソナリティの言葉を紹介し,「人間の複雑さを余すことなく捉えている」と称賛する。相手の幸運を祈り,他者に危害が及ぶことを望まず,連絡を取りたがる。類人猿はこのようなことを思ったりしない。なぜ人間だけがこのような思考をするようになったのか?このような思考をする人間の脳は他の生物といかに異なるのか? 
 まず人間の脳や知能の独自性に着目した第一部では,他の哺乳類には見られない人間の脳の各部位の器質的な特徴を挙げ(第1章),さらにコミュニケーションの観点から,類人猿と人間の知能の違いについて述べている(第2章)。そして突出した人間の社会性に焦点を当てた第二部では,まず自然淘汰や性的淘汰,食物の変化によって人間の社会性が増大したという説を取り上げた後(第3 章),倫理観,道徳的感情に特化したモジュールや(第4章),共感や他者視点取得の能力,そしてミラーニューロンの機能について考察し(第5章),これらが進化の過程で身につけた独自の(もしくは他の生物よりも格段に高性能な)能力であると述べている。第三部では,さらに高次の「人間らしさ」に踏み込む。美的感覚や芸術,創造性に繋がる認知システムや(第6章),心身二元論的な思考の背景にある脳の解釈装置を取り上げた後(第7章),意識のメカニズムの探求へと展開する(第8章)。第8章では分離脳患者を対象とした実験が紹介され,自己関連情報の処理に際しては左右の脳がそれぞれ異なるアプローチを行っていることが示唆されており,非常に興味深い。そして最終部(第9章)では,ロボットの人間化あるいは人間のサイボーグ化は可能か?という問題に挑み,前者にNOを,後者に警告を提示している。
 多領域に渡る知見が統合された著作であるだけに,いくぶん羅列的になってしまう,新奇性に富む内容ばかりではない,といった短所は見受けられる。しかしながら,入門者や,今日までの知見を整理したいという人には,打って付けの一冊であろう。自分自身が心理学の枠組みの中で扱っている問題が,認知神経科学や進化生物学といった領域ではどのように実証され解釈されてきたのか,照らし合わせて理解を深めたいというニーズにも十分に応えてくれる。また,著者特有のウイットに富んだ具体例が(時にサービス過剰にも感じられるほど)隋所にちりばめられている点も本書の魅力の一つである。(文責:徳永侑子)
※本書評の執筆にあたり,(株)インターシフト様のご協力を賜りました。ここに記して厚く御礼申し上げます。

(2012/02/08)


しあわせ仮説 ―古代の知恵と現代科学の知恵

(J.ハイト(著),藤澤隆史・藤澤玲子(訳),2011年,新曜社)



目次

序章:過剰な知恵
1章:分裂した自己
2章:心を変える
3章:報復の返報性
4章:他者の過ち
5章:幸福の追求
6章:愛と愛着
7章:逆境の効用
8章:徳の至福
9章:神の許の神聖性,あるいは神無き神聖性
10章:幸福は「あいだ」から訪れる
11章:バランスの上に


 本書は,社会心理学者・ポジティブ心理学者であり,道徳や道徳的感情についての研究で著名なジョナサン・ハイトによる2006年の著書の翻訳である。本書では,人間の本性や精神や心の機能についての東西の古代思想を踏まえつつ,それらの思想と最新の心理学の知見とを組み合わせた時に,幸福や人生の意味といった問題について何が言えるのか,ということが探求されている。
 本書で繰り返し出てくるメタファーは,「象」と「象使い」のイメージである。ここでの「象」とは,直観や内蔵反応,情動,勘などの半ば自動化されたシステムを,「象使い」とは,理性や意志と呼ばれてきた意識的で制御されたプロセスを意味している。重要なポイントは,両者は常に協同しているとは限らず,また象使いが王様のように象を支配的・一方的に操るのでもなく,しばしば競合するものであり,時には象が象使いを誘導することも起こりうるということである。私達は象に命令することはできるが,象が本当に何かしたいと思えば,もはや象にかなわない。本書では,そのどちらもが私達自身である象と象使いのメタファーを軸として,この両者がどのようにしてお互いに仲良くできるのか(3章・4章),幸福を見つけていけるのか(5章・6章),心理的・道徳的に成長していけるのか(7章・8章),人生に目的や意味を見つけることができるのか(9章・10章)ということが述べられていく。
 ハイトによれば,これまでのパーソナリティ研究は象の特徴を明らかにすることが中心であった。ビッグファイブなどの基本的特性についての研究は,様々な状況における自動的反応についてのものだ。しかしながら,たとえばマクアダムス(家島氏の書評参照)によるパーソナリティの3層モデル(基本的特性・社会的適応・ライフストーリー)は,象の反応だけでなく,統合的なライフストーリーを描こうとする象使いの働きも含んでいる(7章)。象と象使いが協同して歩んでいくこと,すなわちマクアダムスの3層,あるいは物理・心理・社会文化の3層が一貫性を持っていることが,その人の人生における目的(purpose within life)をもたらす。これがハイトの結論である。
 単に幸福についての心理学的研究の解説にとどまらず,仏陀は間違っていたのではないか(5章),というような仮説を提示する大胆さも持った本書は,最近の幸福論ブームの中で出版された本のなかでは,最も読み応えのある一冊と言える。(文責:浦田 悠)

(2012/08/30)


感情的動機づけ理論の展開 ―やる気の素顔

(速水敏彦(著),2012,ナカニシヤ出版)



目次

はじめに
T 実生活の中に息づくやる気
U 心理学では動機づけをどう捉えているか
V 現実のやる気と動機づけ理論のズレ
W 動機づけにおける感情の役割 ―とくにネガティブ感情に注目して
X 日常生活に埋もれたやる気
? 感情的動機づけ理論の展開
 

 本書は,これまでの「認知」を中心とした動機づけ研究においてほとんど扱われてこなかった「感情」による動機づけについて論じることを通し,現実場面のやる気,「やる気の素顔」に迫っている。
 本書は,6章構成となっている。第T章では,筆者の日常的な生活,新聞,テレビ番組や映画の登場人物から垣間見える「実生活の中に息づくやる気」について議論を行っている。第U章では,これまでの心理学の動機づけ研究における理論をいくつか取り上げ,筆者なりの整理を試みている。第V章では,第T章で見た日常生活・実生活でのやる気と,第U章で見た動機づけ理論とのズレについて議論を行っている。特に,今までの動機づけ理論が認知的な側面に偏っていたこと,達成場面(例:学業,仕事)以外のより日常的な「地としてのやる気」に注目する意義が述べられている。第W章では,「地としてのやる気」の中でも,ネガティブ感情に着目している。特に,ネガティブ感情が動機づけの促進要因となり得るという議論が,先行研究を交えつつ,丁寧に展開されている。第X章では,家事,育児,介護場面を取り上げ,「日常生活に埋もれたやる気」について議論を行っている。ここでは,上述した場面における行動の背後にも感情,特に家族内の穏やかな安定した人間関係からくるポジティブな感情が重要な動機づけの役割を果たしていることが示唆されている。最後の第?章では,本書のこれまでの章を総括し,「感情的動機?け理論の展開」として議論を行っている。ここでは主に,認知的な動機づけと感情的な動機づけ,図としてのやる気と地としてのやる気の関連性について示唆を与えている。
 本書の特徴は,以下の2点であろう。一つ目は,より日常的な場面でのやる気を取り上げている点である。人間は,常に達成場面に身を置いているわけではないため,より日常的な場面でのやる気についても考えることは,人の心の理解を目指す上で必要不可欠である。二つ目は,動機づけの促進要因としての感情,特にネガティブ感情に焦点をあてている点である。日常生活の中では,実はネガティブ感情に突き動かされる場面が多々ある。それにも関わらず,こういった側面は,今までほとんど扱われてこなかったように思われる。
 ただ,筆者も述べるように,本書の内容は仮説に過ぎない部分も多いため,これからの実証的な研究が求められる。つまり,データの収集を通して,「感情的動機づけ理論」を補強し,精緻化していくことが重要である。また,これまでの動機づけ研究が「認知」に偏ってきたように,「感情」にも偏りすぎることなく,いかに「認知」との関係性の中で「感情」の位置づけや特徴を捉えるのかが今後求められていくだろう。
 本書冒頭で,著者はこう述べている。「この考え方(感情的動機づけ理論)について大いに議論が巻き起こり,動機づけ研究推進の新たな突破口を作るための捨石になれることを期待している」。本書を皮切りに,「やる気の素顔」の解明を目指し,動機づけ研究が新たなステージに進んでいくかもしれない。(文責:梅本貴豊)

(2012/05/30)


朝倉 実践心理学講座7 感情マネジメントと癒しの心理学

(久保真人(編),2011,朝倉書店)



目次

序章 「突き放した関心」と「ワニの涙」
第1部 感情をマネジメントする
 第1章 勤労者のメンタルヘルス対策 −その背景と実践−
 第2章 ワーク・ライフ・インタ―フェース −葛藤と調和−
 第3章 感情とリーダーシップ
 第4章 感情労働−商品化される感情−
第2部 心を癒す
 第5章 皮肉 −対人関係の裏と表−
 第6章 こころの病 −うつと摂食障害−
 第7章 悲しみが癒されるとき −遺族とセルフヘルプグループ−
 第8章 観光と感動 −非日常と日常の関係がもたらす効果−


 上記の目次をみてもわかるように,本書は現代社会の「感情」に関する問題を幅広く扱っている。古典的な心理学実験などが紹介されている教科書というより,実践心理学講座というシリーズの1冊であるように,実践的なテーマが多く,読み応えのある本となっている。
 第1部では,感情をマネジメントするというテーマのもと,4つの章から構成されている。特に,現代社会で感情がどのように扱われているのか,様々な視点から議論されている。第1章と第2章は,勤労者の感情問題に注目している。第1章では,メンタルヘルスについて日本においてどのような取り組みが行われているのか,第2章では,心の健康を維持するために,個人は仕事と私生活の調和をどのように目指したらいいのかについて取り上げられている。第3章と第4章では,感情の機能が扱われている。第3章は,感情が組織に与える影響としてリーダーシップに注目している。社会心理学分野などを中心に,リーダーシップについては,時代の変化に併せ様々な理論モデルが発表されてきた。今回は情動に焦点をあてた理論が取り上げられている。第4章では,感情そのものが商品となる感情労働が取り上げられている。本書の冒頭でも指摘されているが,サービス業を含む第三次産業の割合の上昇と共に,勤労者の多くは人と向き合う仕事をしている。それらの仕事は個人や組織にどのような影響を与えるのか,自身の感情を商品にすることによる影響が説明されている。以上のように,第1部では,様々な感情に関わる問題を通して,現代社会で生きる人がどのように感情をコントロールしているのかが議論されている。現代社会が働きやすい社会になるためには,勤労者の一人一人がこのような内容を理解する機会が必要だと考えられる。
 第2部では,心を癒すというテーマのもと,4つの章から構成されている。心を癒すという共通のテーマに対して,各章が異なる視点からアプローチしている。第5章は,皮肉に注目している。皮肉というコミュニケーションの方法の1つがどのような機能をもつのか,取り上げられている。第6章では,こころの病として,うつと摂食障害が取り上げられている。現代社会において2つの病名は幅広く知られているが,正しく理解されているとはいえない。本人だけではなく周囲の人が正しく理解することの必要性が丁寧に説明されている。第7章では,セルフヘルプグループが取り上げられている。セルフヘルプグループの先行研究の紹介に加え,子どもと死別した親を対象とした調査結果を踏まえ,セルフヘルプグループに参加することの意味についても議論されている。第8章は観光に注目している。日常と非日常の視点から観光の意味や効果が議論されていたり,メディアで取り上げられてきたキャッチフレーズ等を紹介しながら,観光のイメージが議論されており興味深い。以上のように,第2部では様々な視点から心を癒すことについて議論されており,ストレスの多い社会で生きる現代社会の人が自身の感情をどのようにケアしているのかという点について考えることができる。
 また,7つのコラムも興味深い。EAPなどのシステムの紹介から,漫才スタイルに注目した笑いとコミュニケーション,音楽や動物,ホテルやスパなどの癒し効果などが取り上げられている。心理学の研究分野の広さを目の当たりにする1冊である。(文責:市村美帆)

(2012/05/16)


社会的動機づけの心理学 ―他者を裁く心と道徳的感情

(B. Weiner 著,速水敏彦・唐沢かおり(監訳),2007,北大路書房)



目次

プロローグ
第1章 社会的動機づけと正義の理論:理論と展開
第2章 帰属理論の検証と文化差・個人差の組み込み
第3章 道徳的感情とポジティブな道徳的印象の形成
第4章 報酬と罰
第5章 審判のとき:理論は役に立つのか


 本書は“Social Motivation, Justice, and the Moral Emotion An Attribution Approach”の翻訳であり,筆者のこれまでの研究をまとめ,帰属理論の妥当性を検証している。Weinerは心理学に携わる人間ならば知らぬ者はいない帰属理論の大家である。Weinerの帰属理論は多くの心理学の専門書や論文に引用されており,これを基にして多くの新たな研究が展開されている。
 本書は5章構成となっている。第1章では,他者の行為の原因を何に帰属するのかが責任の判断に影響を及ぼすこと,さらには他者に対する感情や評価,行動に影響を及ぼすことが示されている。これについて,達成評価,攻撃,援助提供,スティグマとみなされる人への反応,権力のある他者への服従といった複数の領域に渡り,帰属理論の正しさを証明している。第2章では,帰属とそれによって生じる感情が状況と反応との間を媒介するモデルを示している。また,文化差と個人差を原因の知覚の差異として捉え,これらを調整変数として扱い,帰属理論の妥当性が示されている。第3章では,原因帰属や責任の認知と関連する,賞賛や怒りなどの12の道徳的感情を紹介している。そして,自己が己の行為についてどのような帰属を行ったかが,印象形成(他者が感じる道徳的感情)に及ぼす影響を示している。第4章では,報酬と罰について,帰属理論の視点から次のことを示した。まず,報酬が動機づけを低め,罰が動機づけを高めることである。また,同じ罪を犯すにしても,その目的が報酬を得るためなのか,罰を回避するためなのかによって,原因帰属の推測に相違があることが示された。第5章では,帰属理論の実践での応用について論じている。
 様々な領域で行われた緻密な研究から一貫して帰属理論の妥当性が示されており,帰属理論は動機づけに関する多くの行動を説明していることが理解できる。長年に渡り研究を重ね,本書をまとめ上げた著者に畏敬の念を抱くばかりである。
 敢えて課題を呈するのであれば,本書では帰属の認知に及ぼす要因についてはあまり記述されていない。確かに,第2章で原因の知覚の差異として文化差と個人差が述べられているが,肥満に対する反応の民族差と政治的イデオロギーについてはページが割かれているものの,他はほとんど触れられていない。これはおそらく帰属理論の妥当性を示すという本書の目的とずれるためだと考えられる。しかしながら,実践での応用を考えていく上で,帰属の認知に及ぼす要因の理解は不可欠であり,本書でこれらについてもう少し論じられていれば,帰属理論の理解はより深まったかもしれない。
 しかし,上述のような評者の感想はあるものの,本書の価値は全く減ずることはない。本書は帰属を扱う研究者だけでなく,多くの研究者に是非とも読んでもらいたい。(文責:薊理津子)

(2012/03/23)


自己愛の心理学 ―概念・測定・パーソナリティ・対人関係

(小塩真司・川崎直樹(編著),2011,金子書房)



目次
まえがき 小塩真司
第1部 序論
 第1章 自己愛の心理学的研究の歴史 (川崎直樹)
 第2章 自己愛の測定:尺度開発と下位次元 (小塩真司)
 第3章 自己愛の臨床と実証研究の間 (上地雄一郎)
第2部 自己愛の誇大性と過敏性
 第4章 自己愛の誇大性と過敏性:構造と意味 (中山留美子)
 第5章 自己愛と対人恐怖 (清水健司)
 第6章 誇大性と過敏性:理論と測定 (小塩真司)
第3部 自己愛と自己過程
 第7章 自己愛パーソナリティと自己概念の構築プロセス (川崎直樹)
 第8章 自己愛と脆弱な自尊感情 (市村美帆)
 第9章 自己愛と自尊感情:メタ分析と3つの理論からの解釈 (岡田 涼)
第4部 自己愛と対人関係
 第10章 自己愛と恋愛関係 (寺島 瞳)
 第11章 自己愛と攻撃・対人葛藤 (阿部晋吾)
 第12章 自己愛と現代青年の友人関係 (岡田 努)
第5部 自己愛研究のこれから
 第13章 自己愛研究の近年の動向 (川崎直樹)
 第14章 わが国における今後の自己愛研究 (小塩真司)


 精神分析に端を発した自己愛は,今や精神分析にとどまらず,個人の重要なパーソナリティ要因として,パーソナリティ心理学や社会心理学等の分野で多くの実証研究がなされている。その対象は,自己愛性パーソナリティ障害という臨床群から,自己愛傾向に表される一般的なパーソナリティ傾向まで幅広い。本書は,こうした背景から,国内外の新旧の研究を踏まえて,日本で自己愛を研究する若手研究者たちによって執筆された。
 本書は全体で5部から構成される。第1部(第1章〜第3章)では,自己愛の研究史と概念整理がなされ,第2部(第4章〜第6章)では,近年注目されている,2種類の自己愛について論じている。第3部(第7章〜第9章)と第4部(第10章〜第12章)には,自己愛と自己や対人関係との関連を検討した研究がまとめられている。そして第5章(第13章,第14章)において,自己愛研究の近年の動向と将来への展望を示すことで本書が締めくくられている。各章の概要は以下の通りである。
 第1章では,精神分析における自己愛理論の勃興・発展を中心に,現在の自己愛の実証研究に至るまでの変遷と,自己愛の概念構造がまとめられている。続く第2章では,これまでの実証研究で使われてきた,自己愛を測定する尺度についてレビューしている。そして第3章で,臨床と実証研究の繋がりについて論じている。
 第4章では,臨床像の理解が深まることで明らかになった自己愛の2つのタイプについて整理し,第5章で,自己愛研究で重要なトピックの1つである対人恐怖とそれぞれの自己愛との関連について,臨床タイプと対応させながら論じている。第6章ではモデルの提唱をしながら,自己愛全体と,2種類の自己愛(過敏型・誇大型)の位置付けを考察している。
 第7章から第9章は,自己愛と自己過程の関連についてのレビューである。第7章では,自己愛傾向の高い者が持つ自己概念の特徴や,自己に対する認知の歪み等を解説し,自尊心や対人恐怖との比較を行っている。第8章では,2種類の自己愛と,様々な自尊感情との関連に関するレビューを行い,第9章では,なぜ自己愛の高い者が自尊感情を求めるのかについて,自尊感情を捉えた3つの理論から考察している。
 第10章から第12章は,自己愛が高い者の対人関係に注目したレビューである。第10章では,自己愛傾向の高い者が持つ恋愛関係の特徴を解説している。第11章では自己愛傾向の高い者が示す攻撃性の背景を中心に,対人葛藤や返報性まで話を広げ,自己愛傾向の高い者がより良い人間関係を構築するための方法を提案している。第12章では,現代青年の友人関係の特徴を,自己愛の特徴の1つである「他者からの評価・視線への懸念」の観点から整理している。
 第13章では近年の自己愛研究の動向として,近年導入された新しい視点やアプローチ方法の広がりについて述べている。第14章は自己愛概念の更なる確立や,現実との接点など,自己愛研究における課題を提示し本書の締めくくりとしている。
 本書の長所は大きく2つ挙げられる。第1に,自己愛の研究をまとめた本として,単に主要な自己愛のトピックを並べるのではなく,自己愛の研究史や測定方法の概観,自己愛の概念整理が丁寧に行われている点である。特に第1章の最後には日本語で読める自己愛のレビュー論文が紹介されており,自己愛研究を始めたばかりの研究者へのガイドラインともなっている。第2に,各章がコンパクトにまとめられているために読みやすく,自己愛研究の概要を比較的短時間で理解することができる。本書は,自己愛研究をこれから始めようと思う若手研究者から,これまで自己愛研究に従事してきて,このテーマを改めて俯瞰したいと思う中堅・ベテラン研究者まで幅広く役立つ本だと言えるだろう。(文責:長谷川由加子)

(2011/10/24)


フリーターの心理学―大卒者のキャリア自立

(白井利明・下村英雄・川ア友嗣・若松養亮・安達智子(著),2009,世界思想社)



目次
第T部 問題と議論の枠組み
第1章 問題提起と方法(白井利明)
第2章 問題意識と理論的背景:フリーターをどのような視点から捉えるのか(下村英雄)

第U部 フリーターの心理
第3章 フリーターのキャリア意識:彼らの考え方がいけないのか (安達智子)
第4章 フリーターの時間的展望:フリーターは未来をどのように捉えているのか(川ア友嗣)
第5章 フリーターのキャリア移行:どうしたらフリーターから抜け出せるのか(若松養亮)
第6章 フリーターの価値観と収入:価値観と収入にはどんな関連があるのか(下村英雄)
第7章 フリーターの自由記述:フリーターは過去,現在,未来について何を書くのか(下村英雄)
第8章 フリーターの生き方:自己は社会とどう折り合うか(白井利明)

第V部 結論と今後の課題
第9章 どのような支援と研究が必要か(白井利明)


 本書の目的はフリーターのキャリア自立の心理的メカニズムを解明し,支援のための提言をすることにある。これまでのフリーターの研究はその出自と相まって,主として社会学が中心となって研究されてきた。そのため,フリーターの社会的要因に関しては広く研究されてきたものの,個人的要因に関しては十分に研究されてきたとは言い難いというのが実情であろう。このようなフリーターの個人的要因に関する研究の不足という点はフリーター支援に関する理論的背景の不十分さという点にもつながっている。このようにフリーター支援という文脈においては当事者のキャリア自立に至るまでの心理的メカニズムの解明が必要であるにもかかわらず,そのような研究は不十分であるという意識こそが著者らの問題意識の根底にあるといえよう。
 上記したようなフリーターのキャリア自立の心理的メカニズムの解明という目的のもとに本書では8500名にのぼる大規模な調査を行っており,複数の著書がそれぞれの観点から分析を行うという立場をとっている。特に興味深いのは本研究の質問紙では本人の収入や出身大学,親の学歴など通常,心理学では問われないような変数も扱っているということがあげられよう。このような変数を入れること自体,フリーター問題の学際性を表すと同時に,本書のフリーター問題は学横断的な問題であるという姿勢表明であると言えよう。
 研究の全体像をより詳細に捉えるならば,フリーター的キャリア意識に関する尺度として適職信仰・やりたいこと志向・受け身という三つの構成因子を学歴・性別・立場(正社員・フリーター・無職・学生)などに分類し,その群間の差異を比較したり,フリーターの時間的展望に焦点を当て,正社員とフリーターの群間にはどのような差異があるのかを明らかにしたりしている。このほかにも複数の感情に関する単語の中から自分の価値観のあうものを三つ選ばせるというカテゴリカルデーターを基にコレスポンデンス分析・多次元尺度構成法・主成分分析を 行っており,フリーターの価値観を浮き立たせるという手法をとっている。また,過去・現在・未来に関する文章完成法に基づく自由記述データも分析を行っており,極めて多方面かつ多様に分析が行われていることがわかる。
 このような多様な分析が行われた一方で課題も残る。一つが,より対象者を絞った研究の必要性であり,いま一つが長期にわたる横断研究の必要性であろう。当事者の「フリーターになる」という原因は非常に多様である。人間関係に基づくものもあれば,障害に基づくもの,病気に基づくものなど多様なパスがあろう。当然のことながら,それぞれの原因に応じて支援は異なるであろうし,したがって,それぞれに対するキャリア自立に向けたプロセスを解明する必要がある。二点目が長期にわたる横断研究の必要性であるが,本書における研究はフリーターのキャリア自立に至る心理的メカニズムを解明したという大きな意義はあるものの,あくまで一地点を対象としたにすぎず,実際の変化のプロセスを明らかにするということができていない。その意味で継続した調査が求められよう。
 しかし,このような課題は残るものの,本書の持つ大規模データに基づくフリーターのキャリア自立における心理的メカニズムの解明という意義は色あせることはない。今後,本書が心理学におけるフリーター研究の必読文献の一つとして数えられるのは疑いようがなく,同時に,分析方法も非常に参考になる。心理学を足場にしてキャリア発達研究を行いたいと考える若手研究者にもぜひとも読んでいただきたい一冊といえよう。(文責:竹内一真)

(2011/10/07)


International handbook of social anxiety: Concepts research and interventions relating to the self and shyness.

(W. Ray Crozier & Lynn E. Alden (Eds.),2001, John Wiley & Sons)



目次
SECTION ONE: ORIGINS AND DEVELOPMENT.
 Origins and Development / Biological and Environmental Contributions to Childhood Shyness: A Diathesis-Stress Model / Behavioral Inhibition: Physiological Correlates / Positively Shy! Development Continuities in the Expression of Shyness, Coyness and Embarrassment / Origins of the Self-conscious Child / Children's Conceptions of Shyness / Behavioral Inhibition, Social Withdrawal, and Parenting / Shyness in the Classroom and Home
SECTION TWO: SOCIAL AND PERSONALITY FACTORS.
 Social and Personality Factors / Shyness and Social Interaction / Shyness and the Self: Attentional, Motivational, and Cognitive Self-processes in Social Anxiety and Inhibition / Relational Schemas: The Activation of Interpersonal Knowledge Structures in Social Anxiety / Evolution and Process in Social Anxiety / Shyness and Embarrassment Compared: Siblings in the Service of Social Evaluation / Blushing
SECTION THREE: CLINICAL PERSPECTIVES AND INTERVENTIONS.
 Social Anxiety as a Clinical Condition / Social Anxiety, Social Phobia, and Avoidant Personality / Social Anxiety and Depression / Interpersonal Perspectives on Social Phobia / A Cognitive Perspective on Social Phobia / Shyness as a Clinical Condition: The Stanford Model / Cognitive-Behavioral Group Treatment for Social Phobia / Psychopharmacological Treatments: An Overview / Social Phobia in Children and Adolescents: Nature and Assessment / Social Phobia in Children and Adolescents: Psychological Treatments


 私たちは普段の生活のなかで,様々な形で他者と接している。例えば大学生ならば,知らない他の学生と一緒に授業を受け,友人達と雑談しながら休み時間を過ごし,人であふれる食堂で昼食をとるであろう。時には授業で発表することや,質問をするために先生の研究室を訪ねることもあるかもしれない。このような対人場面で,人は時に緊張したり不安になったりといった「対人不安」を感じる。この対人不安は,対人不安の感じやすさという特性・パーソナリティとして,本学会の主眼である「パーソナリティ(性格)心理学」で扱われることもあれば,社会的な場面で生じる現象として「社会心理学」の領域で検討されることもある。発達的変化を呈する特性として「発達心理学」,学校生活や学業成績との関係から「教育心理学」にも登場し,さらには社会不安障害を代表とする病理に注目して「臨床心理学」における研究も盛んである。対人不安を扱う心理学領域は,このように非常に幅広い。
 本書「International handbook of social anxiety」は,対人不安に関する実証的研究や理論について,上述した幅広い領域をカバーしつつ紹介している。本書は3つのセクションで構成されている。1つ目のセクションでは,発達による対人不安の発生・変化や,対人不安が強い児童への教育場面におけるサポートの仕方など,発達心理学・教育心理学的な研究が紹介されている。領域の特徴上,子供に関する知見が多くの割合を占める。しかし,認知機能が発達して子供に対人不安が生じ始める過程等も詳しく扱われているため,自意識の働きなど,対人不安全体の発生メカニズムを理解する上で重要な要因も登場する。2つ目のセクションでは,対人不安の個人差や,対人不安が対人相互作用に及ぼす影響など,パーソナリティ心理学・社会心理学的な研究が紹介されている。「対人不安の個人差研究」というと,私は対人不安それ自体の個人差にばかり目が行ってしまうのだが,このセクションでは赤面など付随的・部分的な現象の個人差についても詳細にまとめられており,新鮮な気持ちで読むことができた。 3つ目のセクションでは,対人不安を主訴とする病理の診断や,認知行動療法やビデオフィードバックといった治療法など,臨床心理学的な研究が紹介されている。治療法自体については臨床心理学を専門としている者にしか活用できないかもしれないが,ここではその治療法の背景にある知見のまとめや理論についても丁寧に説明されている。領域に関係なく,対人不安に対する理解を深めるのに役立つであろう。
 このように本書は,様々な心理学領域における対人不安研究の知見が一冊にまとめられている。そのため,対人不安研究の初学者が研究の全体像を掴むのに有用であると思われる。さらに,扱われている領域が広いと内容が薄くなるように思われがちだが,本書は各領域の担当者たちによりそれぞれの専門分野が詳細に語られているため,「広く浅く」ではなく「広く深く」と表現できる。すでに研究を進め多くの先行研究を吸収している対人不安研究者にも,新たな発見をもたらすと期待できる。
 なお,本書と同じ著者により,2005年には「The Essential Handbook of Social Anxiety for Clinicians」が,2009年には「Coping With Shyness and Social Phobias: A Guide to Understanding and Overcoming Social Anxiety」が,執筆され出版されている。ハードカバーの本書と異なり,こちらの2冊はペーパーバックでお求めやすい。(文責:落合萌子)  

(2011/05/01)


成人のアタッチメント ―理論・研究・臨床

(W. S. Rholes & J. A. Simpson(編),遠藤利彦他(監訳),2008,北大路書房)



目次
第T部 導入 ―成人アタッチメントにおける新たな方向性と課題―
 第1章 アタッチメント理論
第U部 生涯を通じたアタッチメントプロセス ―連続性,不連続性,変化,測定問題―
 第2章 自己報告式アタッチメント測度は何を測定しているのか
 第3章 アタッチメントが形成されるということは何を意味しているのか
 第4章 アタッチメントの持続性と変化を概念化し検討するためのダイナミックシステムアプローチ
 第5章 成人期のアタッチメント・セキュリティの変化についての予測因
第V部 アタッチメントの個人内側面 ―認知組織,構造,情報処理―
 第6章 成人期におけるアタッチメントの安定性を基盤とした自己表象
 第7章 アタッチメント作業モデル
 第8章 アタッチメントにおける精神生物学的観点
第W部 アタッチメントの個人間側面 ―親密性,葛藤,ケアギビング,満足感―
 第9章 成人の親密な関係における葛藤
 第10章 成人期における対人関係上の安全な避難場所と安全な基地としてのケアギビング・プロセス
 第11章 ストレス状況下における成人アタッチメントと関係機能
第X部 臨床的・応用的課題 ―心理療法,精神病理,精神的健康―
 第12章 アタッチメント理論
 第13章 アタッチメント関連性トラウマと心的外傷後ストレス障害
 第14章 不安的アタッチメントと抑うつ症状
 第15章 アタッチメント・スタイルと個人内適応


 本書は,成人のアタッチメント理論にまつわる専門書(2004年)の翻訳である。成人のアタッチメント理論は,BowlbyやAinsworthたちを源流とし,HazanとShaverによって提唱された。以来この理論は,個人間過程(親密な関係の形成から崩壊)と個人内過程(社会的認知や精神的健康)をつなぐ架け橋として注目されている。本邦においても,成人のアタッチメント理論に基づく研究は,パーソナリティ・発達・社会・臨床といった心理学領域で多様な展開を見せている。
 本書は5部構成となっている。1章では,アタッチメント研究の基本的前提,ならびにそこから導出される五つの仮定を概説した上で,各章で扱われている問題とその意義を示している。
 2章は,パーソナリティ・社会心理学者がしばしば用いる自己報告式のアタッチメント・スタイル尺度を取り上げ,その妥当性を疑問視する六つの批判にそれぞれ回答している。3章は,親密な他者とのアタッチメント形成とその変化について,行動・認知・生理・情動という四つの側面から議論している。そして4章と5章は,アタッチメント・スタイルの発達や持続性,ないしはその変化が,なぜ・いつ・どのようにして生じるのかというモデルを提示している。
 6章は,アタッチメント対象との関係における自己モデルを活性化することが,ストレスフルな状況に曝された個人の反応に及ぼす影響を検討している。7章は,アタッチメント・スタイルの基盤となる内的作業モデルを取り上げ,それを規定する認知過程,さらにはそうしたモデルの構造や機能について解説している。8章は,アタッチメント関係が身体的・精神的健康に及ぼす影響について,内分泌系や免疫系といった生理学的な観点から議論している。
 9章は,アタッチメント・スタイルの個人差が,親密な他者との葛藤時における対処方略や感情体験,その後の関係性認知に及ぼす影響を議論している。10章は,親密な関係における安全な避難場所と安全な基地としての機能を統合するモデルとして,「成人期における安全の環」を提案している。11章は,アタッチメント・スタイルが,親密な関係の中で生じる葛藤やその他のストレスフルな状況における行動ないしは認知に及ぼす影響を検討している。
 12章は,アタッチメント理論をカップルセラピーに応用する意義とその手法について触れている。13章は,アタッチメント対象との関係で生じるトラウマとPTSDとの関連性を議論している。14章は,不安型のアタッチメント・スタイルが,対人関係において自己成就予言的に抑うつ症状を引き起こすメカニズムを示唆している。15章は,アタッチメント・スタイルが若者の精神的健康や問題行動に及ぼす影響について,4年半にわたる縦断研究の結果を報告している。
 最後に,本書の優れた点を三つ挙げておく。第一は,諸領域をまたぐ成人のアタッチメント研究が,見事に体系化されていることである。評者自身,本書を通読してはじめて,この研究の全容を把握できた。第二は,新たな研究の方向性が示されていることである。実際,いくつかの章(たとえば,10章や14章)は,最近刊行された論文の土台となっている。第三は,翻訳の素晴らしさである。この点は,訳者たちの丁寧な作業に敬服するばかりである。これらの点により,読者は成人のアタッチメント研究について深く幅広く理解できるであろう。(文責:浅野良輔)
 注)本書評の執筆にあたり,(株)北大路書房のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2011/01/09)


対人関係と恋愛・友情の心理学 

(松井 豊(編),2010,朝倉書店)



目次
第T部 対人関係全般
 第1章 対人関係のとらえ方
 第2章 対人関係がストレスになる
 第3章 対人関係の問題をどのように解決するか
第U部 恋愛
 第4章 恋愛のかたち
 第5章 異性関係の進展
 第6章 恋愛のスキルを磨く
 コラム1 恋愛・性に関わる幻想
第V部 友情
 第7章 友人関係は希薄になったか
 第8章 おとなの友人関係とは
 第9章 友人関係を鍛えるには―主張性トレーニングや社会的スキル・トレーニング
 コラム2 サークル集団の対人関係
第W部 組織内の対人関係
 第10章 企業組織の対人関係
 第11章 職場の対人関係力を育てる
 第12章 職場のメンターが人を育てる―メンタリングの研究と実践
 コラム3 組織内の上方向戦略


 本書は,「友情や恋愛という個人的な関係と組織内の人間関係という公的な関係」について,「基礎理論を紹介するにとどまらず,関係を改善し,互いにとってよい関係を築きあげるためのスキルに関して詳しく紹介」(第1章より)するものである。様々な関係性にまつわる諸理論とその応用を一冊にまとめた学術書は意外に少なく,評者が本書をお薦めする理由はまさにこの点にある。
 本書は4部構成となっている。第1章では,これまでの対人関係研究の概観を通じて,本書の位置づけを明確化している。これにより本書が,「所与性の低い任意的な対人関係」を扱うと同時に,対人関係研究のあらゆる目的を包含していることが示されている。第2章は,われわれを日々悩ませている対人ストレスを取り上げ,その研究ルーツや意義,分類,規定因について議論している。つづく第3章は,対人ストレスに直面しても「ストレスをためずに,良好な関係を築く」ための方略として,対人ストレス・コーピング,特に解決先送りコーピングに焦点を当てている。
 第4章は,恋愛や愛を理解するための理論として,恋愛感情と好意の分類,愛の三角理論,愛情の色彩理論,成人の愛着理論,自己拡張理論を取り上げ,その成果と問題点を挙げている。第5章は,友情と愛情のはざまで揺れ動きやすい異性関係について,進展プロセスや性行動,浮気と嫉妬,そして友情と愛情の違いといった点から論じている。そして第6章では,恋愛スキルの向上を目指した3つのアプローチ(スキル・トレーニング,不安低減,認知変容)が紹介されるとともに,本邦での知見の少なさが指摘されている。
 第7章は,現代青年の友人関係が必ずしも希薄になっておらず,苦手な相手とも積極的に関わろうとする,あるいは周りの空気を読もうと必死にもがく青年像を描いている。第8章は,おとな(壮年期・老年期)には,頻繁に会って一緒に娯楽を楽しむ友人と,昔からの気心の知れた人生を共有できる友人が重要となることを解説している。そして第9章では,社会的スキル・トレーニングや主張性(アサーション)トレーニングに関するこれまでの研究動向を踏まえ,大学生と高校生を対象とした実践例が紹介されている。
 第10章は,企業組織の対人関係を理解するために必要な基礎理論として,集団の定義,規範と凝集性,協力と葛藤,リーダーシップなどについて触れている。第11章では,キャリアカウンセラーとしての筆者の経験に基づき,管理者と若手社員の「対人関係力」とは何か,そして彼らの対人関係力の向上を目指した企業研修が紹介されている。また第12章では,職場におけるメンターとメンタリングの重要性を指摘した上で,その研究動向,メリットとデメリット,実践例,そして今後の展望について議論されている。
 各部の巻末に設けられたコラムも,興味深いトピックが扱われている。あえて欲をいえば,近年のパーソナリティ・社会心理学の研究と社会情勢の双方を鑑みて,恋愛・友情・組織における排斥や拒絶,いじめといった問題により紙幅を割いていただきたかった。しかし本書が,初学者や研究者はもちろん,現実場面で悪戦苦闘している一般読者に有益な示唆を与えることは間違いないであろう。(文責:浅野良輔)

(2010/12/01)


発達・社会からみる人間関係 現代に生きる青年のために

(西垣悦代(編著),2009,北大路書房)



目次
T部 発達的視点からみた人間関係
 第1章 乳幼児期の親子関係
 第2章 幼児期から成人期における友人関係
 第3章 職業からみた人間関係
 第4章 青年期の人間関係の悩みとその克服
U部 社会心理学的視点からみた人間関係
 第5章 自己と他者
 第6章 親密な人間関係
 第7章 競争と共同
 第8章 非言語行動
V部 現代社会のコミュニケーションと人間関係
 第9章 ネット社会の人間関係
 第10章 健康増進のコミュニケーション
 第11章 医療者−患者関係


 「次年度の授業で使うよいテキストはないかな」と,某学会の書籍展示コーナーをぶらぶらと見て回っているとき,ふと目に留まったのがこの本だった。「人間関係」という,心理学の諸領域において研究テーマとされる問題を,複数の領域(発達心理学と社会心理学)から迫るという趣旨の本はあまり見かけなかった気がするので,特に印象的だったのかもしれない。
 本書は3部構成からなる。T部は乳児期から成人期にかけての人間関係を発達心理学的観点から解説している。ハーロウのアカゲザルを用いた実験やボウルボィの愛着理論,マーシャのアイデンティティステイタスなど,発達心理学では基本中の基本ともいえるテーマはもちろんのこと,児童虐待やキャリア教育,ピアヘルピングなど,現代社会において注目されている諸問題もきちんと網羅されている。U部は人間関係に関する社会心理学のさまざまな知見を集約しており,対人関係を研究テーマとしている者にとってはなじみの理論が幅広く紹介されている。この領域に疎い者にとってはかなり参考になるであろう。V部はネット社会,健康,医療といった,まさに現代社会の「旬」の問題をテーマにしている。心理学にとどまらず,電子情報や医学などの領域の知見が取り入れられている点などは興味深いところである。
 私が本書をお薦めしたい理由は以下のとおりである。まず,なるべく平易にかつ丁寧に解説している点である。本文だけでなく,各章に設けられたコラムも読者の関心をそそるように工夫されている。専門外の者がこの領域について知識を得ようとするには大変適しているといえよう。次に,発達・社会心理学において人口に膾炙した研究のみならず,比較的新しい研究を盛り込んでいる点である。最近の人間関係研究の動向を知るうえで参考になる箇所も少なくない。そして第三に,これからますます注目されるであろう領域(とりわけV部の内容)を取り込んでいる点である。V部のテーマは今後の社会において必須の問題であり,心理学者も積極的に取り組んでいくべきものであろう。その水先案内人の役を本書はしているようにも思う。
 同じテーマや用語が複数の章に重複して登場するなど,やや整理されていないと感じられなくもないが,重要なテーマには敢えて何度もふれることで,却って読者の理解を進ませるように思える。また,限られた紙面の中で多すぎるほどのテーマを扱っているせいか,少し物足りないと思われるかもしれない。しかし,人間関係領域の入門者やこの領域の知見を整理したい人にとっては,絶好の書といえるであろう。(文責:水野邦夫)

(2010/11/09)


性格とはなんだったのか 性格と日常概念

(渡邊芳之(著),2010,新曜社)



目次
第1章 性格と心理学
第2章 心理学において,性格概念はどのように用いられてきたか
第3章 一貫性論争――なにが争点だったのか
第4章 性格概念と行動観察との関係
第5章 性格概念の本質とは
第6章 新しい性格研究――その課題は何か
第7章 性格心理学の未来へ


 「心理学は性格をどのように定義し,用いてきたか,そして心理学者はそれらの定義と用法を自ら意識し,明示してきたか」(「まえがき」より)。これが本書の中心にある問題意識である。研究において,パーソナリティ変数を用いているにもかかわらず,そもそもパーソナリティとは何であるのか,という問題について十分に理解した上で用いているとは限らない。ただしこれは,パーソナリティという概念を批判する側にも言えることなのかもしれない。
 第1章ではこれまでの歴史の中で,人間の性格がどのように考えられてきたのか,そして心理学の中ではどのように扱われてきたのかを歴史的に概観し,本書の全体的な構成について述べられている。また性格に関連する概念,すなわち概念,構成概念,性格,性格概念,性格関連行動,個人差,個性,性格特性,性格類型,気質,パーソナリティ,知能等の用語が整理される。この第1章は,パーソナリティに興味をもつ人々にとって,きわめて有用な基本的ガイドラインとなりうるものである。
 第2章は,「性格」という概念がどのように用いられているのか,そして「性格」を記述し,用いることが何をもたらすのかを論じる内容となっている。そしてその内容を踏まえた上で,第3章ではパーソナリティの一貫性論争について,その議論が生じる以前の状況,ミッシェルの『パーソナリティの理論』からどのように議論が展開されていったかが記述される。
 さて,一貫性論争を踏まえた上で,性格概念をどのように考えたら良いのだろうか。第4章では性格という概念と行動との関連が述べられる。そして,一貫性論争の主要な主題が,性格概念が傾性概念(規則性の記述)であるか理論的構成概念(観察に完全に還元されない剰余的意味をもつ概念)であるかであったと指摘する(p.97-98)。さらには性格概念と行動観察との関係や操作的定義の問題などを論じる中で,一貫性論争が「擬似問題」であることが明らかにされる(p.112)。すなわち,一貫性論争においては,行動観察をしている限り反論のしようのないテーゼに対し,できるはずのない反論が試みられた結果,そこから意味のある成果がえられることはそもそも期待できなかったということになる。
 ただし一貫性論争が擬似問題だったとしても,そこから性格概念の意味づけが再認識されたという意義はある。この点については第5章以降で述べられる。特に,性格概念への4つのアプローチ,すなわち(1)行動主義的アプローチ,(2)理論的構成概念アプローチ,(3)相互作用論アプローチ,(4)個性記述アプローチとして示される内容(p.141-144)は示唆的である。一貫性論争で間接的にでも得られた「性格」の新しい見方について,研究者はもっと自覚的であっても良いように思う。
 第6章では,より近年に発展してきたパーソナリティの理論を概観しながら,一貫性論争を踏まえた上でそれらをどのように捉えることができるのかが論じられる。そして第7章では,著者が考える性格心理学の将来像が述べられる。このあたりの詳細については,ぜひ本書を手にとって読んでいただきたい。本書は,筆者が四半世紀にわたって研究を重ね,博士学位論文としてまとめたものである。とはいえ,平易な表現で語られているため,非常に理解しやすい。一読すれば,本書がわが国のパーソナリティ心理学にとっていかに重要な位置を占めるかが理解できることだろう。(文責:小塩真司)

(2010/07/01)


Self-Esteem Issues and Answers: A Sourcebook of Current Perspectives

(Michael H. Kernis.(Ed.), 2006, Psychology Press)



目次
Section I. Conceptualizing and Assessing Self-Esteem.
 Question 1. (Chapter 1) 〜Question 5.(Chapter 17)
Section II. Development and Determinants of Self-esteem.
 Question 6. (Chapter 18) 〜Question 10.(Chapter 32)
Section III. Self-esteem and Psychological Functioning.
 Question 11. (Chapter 33) 〜Question 14.(Chapter 44)
Section IV. Self-esteem in Social Context.
 Question 15. (Chapter 45) 〜Question 17.(Chapter 53)
Section V. Future Directions.
 Question 18. (Chapter 54〜Chapter 56)


 編者のKernis博士は,これまでに,数多くの自尊感情に関する研究論文を発表している。彼は,自尊感情を捉える際に,これまで自尊感情研究が注目してきた自尊感情の高さだけではなく,自尊感情の質にも注目する必要があると考え,様々な側面から検討している。たとえば,短期間の自尊感情が安定しているか否かに注目する「自尊感情の変動性」や,自尊感情が何らかの基準に基づいているかどうかに注目する「随伴性自尊感情」などがあげられる。また,最も適応的な自尊感情に必要となるAuthenticity(本来性)という概念も提案している。
 このように精力的に自尊感情に取り組んできたKernis博士が監修した「Self-Esteem Issues and Answers」は,読み応えのある1冊となっている。各章は,近年の自尊感情研究において,活躍中の研究者たちがそれぞれ執筆を担当しており,各立場から自尊感情が説明されている。
 本書は,5つのSectionがある。それぞれのSectionには,自尊感情に関するQuestion(テーマ)があり,テーマに対応した各Chapterを3〜4名の研究者が担当するという構成になっている。Section 1は,自尊感情の定義や測定に関するQuestion(1〜5)に対して,17のChapterから構成されている。Section1では,特性的‐状態的自尊感情や特定の側面における自己に対する評価,高自尊感情の望ましさに関する議論に加え,自尊感情の変動性や随伴性などの測定が取り上げられている。Section2は,自尊感情の変化に関するQuestion(6〜10)に対して,15のChapterから構成されている。Section2では,自尊感情の発達に関する議論や,自尊感情の変容過程に関する議論などが取り上げられている。Section3は,自尊感情の心理的機能に関するQuestion(11〜14)に対して,12のChapterから構成されている。Section3では,自尊感情とwell-beingとの関連や,臨床心理学分野における自尊感情に関する議論などが取り上げられている。 Section4は,社会的文脈における自尊感情に関するQuestion(15〜17)に対して,9のChapterから構成されている。Section4では,自尊感情と対人関係,文化,社会問題などとの関連に関する議論が取り上げられている。Section5は,自尊感情研究の今後の課題(Question 18)に対して,3のChapterから構成されている。Section5では,ソシオメーター理論を提唱したLeary博士などが今後の自尊感情研究に対してコメントしている。
 各Questionには構成されるChapterの概要があり,1つのテーマに対する各研究者の考えをはじめに把握することができる。また,Chapterは,6〜10ページ程度で構成されており,議論が簡潔にまとめられている。そのため,自尊感情研究の全体像を捉えることができると思われる。「Self-Esteem Issues and Answers」をきっかけとして,自尊感情研究が抱える様々な問題が多くの研究者によって検討されることを期待する。(文責:市村美帆)

(2010/05/01)

The Person: An Introduction to the Science of Personality Psychology (Fifth Edition)

(Dan P. McAdams,2009,WILEY)



目次(Brief Contents)
Part1 The Background: Persons, Human Nature, and Culture
 Chapter 1 Studying the Person
 Chapter 2 Evolution and Human Nature
 Chapter 3 Social Learning and Culture
Part2 Sketching the Outline: Dispositional Traits and the Prediction of Behavior
 Chapter 4 Personality Traits: Fundamental Concepts and Issues
 Chapter 5 Five Basic Traits - In the Brain and in Behavior
 Chapter 6 Continuity and Change in Traits: The Role of Genes, Environments, and Time
Part3 Filling in the Details: Characteristic Adaptations to Life Tasks
 Chapter 7 Motives and Goals: What Do We Want in Life?
 Chapter 8 Self and Other: Social-Cognitive Aspects of Personality
 Chapter 9 Developmental Stages and Tasks
Part4 Making a Life: The Stories We Live By
 Chapter 10 Life Scripts, Life Stories
 Chapter 11 The Interpretation of Stories: From Freud to Today
 Chapter 12 Writing Stories of Lives: Biography and Life Course


 本書は海外におけるパーソナリティ心理学の人気テキストの一冊である。最初の1990年から,1994年,2001年,2006年と再版を繰り返し,現在は2009年の第5版であるので,実に20年以上も使われ続けていることになる。著者はナラティヴ心理学の大家としても知られるDan P. McAdams博士である。彼は180本近い論文を執筆し,13冊以上の著書を手がける一流の研究者であるが,同時に教えるのが上手な一流の教育者でもある。故に本書は非常に多岐にわたってパーソナリティに関する研究がまとめられているだけでなく,入門書として初学者の学習をサポートするような仕組みが随所にちりばめられている良書である。例えば,各章の最後には要約(Summary)がついており,その章で読んできたことの要点がまとめられている。もちろん,本文の英語は日本人にも分かりやすいくらい明瞭な文章で書かれており,難しい内容を分かりやすく解説している。背表紙に「3回生がwriting styleを学ぶのに最適だ」というようなコメント(書評)が寄せられているのも頷ける。
 4部構成(各3章)で全12章の内容は,伝統的な内容と現代的な内容をバランスよく押さえている。第1部では人間を学ぶ上で押さえておくべき背景を取り上げ,進化や文化とパーソナリティの関連について概説する。第2部では性格特性を取り上げ,特性論について概説したり,性格特性の一貫性・変動性について遺伝子,環境,時間の観点から考察したりしている。第3部では動機と目標,自己と他者,発達課題といった人生との関連でパーソナリティを捉え,第4部では自身のナラティヴ心理学(ライフストーリー論)を展開している。
 巻末にはアルファベット順の用語解説(Glossary)がついており,日本語の甘え(amae)まで載っている。また,600本以上の引用文献,巻末の人名索引(Name Index)や件名索引(Subject Index)も非常に便利であり,ちょっとした辞書のような使い方もできてしまう。ちなみに,第4版(Forth Edition)のサブタイトルは「An Integrated New Introduction to Personality Psychology」と微妙に異なるが,こちらには『Outlines & Highlights for Person: An Integrated New Introduction to Personality Psychology』という補助教材(左ページがアウトラインとハイライト,右ページが書き込み式のノートになっている)が出版されており,購入者にはe-ラーニング(教科書の内容のオンライン練習問題)の受講割引特典がついている。海外のテキストからパーソナリティ心理学に迫ろうとする時に是非オススメしたい一冊である。 (文責:家島明彦)

(2010/03/01)



自己心理学5 パーソナリティ心理学へのアプローチ

(岡田努・榎本博明(編),2008,金子書房)



目次
第I部 自己をとらえる視点
 1章 アイデンティティのとらえ方
 2章 過去への態度から自己をとらえる
 3章 疎外感との関連から自己をとらえる
第II部 他者とのかかわりにおける自己
 4章 自己開示からみた対人的自己
 5章 自己呈示からみた対人的自己
 6章 ふれ合い恐怖と青年期の友人関係
 7章 自己愛からみた自己と他者
第III部 文化とのかかわりにおける自己
 8章 教科書に描かれた発達期待と自己
 9章 文化と集合的自尊感情
 10章 文化とパーソナリティ ―自己形成における文化の影響


 自己とはそもそも何であろうか?それは一般的には,自分自身と,自分自身を取り巻く他者や集団・社会といった,自分自身との関係性を有するものすべてを含む包括的な構成概念だと考えられている。すなわち自己とは,社会的存在としての自分自身そのもののことであり,その意味で「自己」には,他者との関係において,あるいは所属する集団や社会が異なることによって,自分自身のあり方も変わりうるであろうという含意を読みとることができる。
 一方,パーソナリティとは何であろうか?これは一般的には,言語的な表出や感情の表出など,人のあらゆる行動の個人差として考えられている。すなわち,個人を取り巻く社会的状況がさまざまに変化しようとも,あるパーソナリティ特性を備えた個人の行動傾向はそうした変化を越えて一貫すると主張するものである。それゆえこの「パーソナリティ」とは,個人の行動傾向を左右する環境要因を統制したとしてもなお,ある個人を他の個人から区別しうるほどに特徴的な行動傾向を生み出すことができる個人内要因の総体であると捉えることができる。
 こうしてみると,自己とパーソナリティはともに,人間一人ひとり,あるいは個人そのものを説明する構成概念であるという共通点をもちながら,前者がさまざまな状況においていかようにも変化する,個人のきわめてダイナミックな側面を強調する概念であるのに対し,後者が周囲の環境がいくら変化しようとも自分は相変わらず自分自身でありつづけようとする,個人のきわめてスタティックな側面を強調する概念であるという両者のコントラストが浮き彫りになってこよう。
 では,この「自己」と「パーソナリティ」という2つの構成概念が出会うとすると,いったいそこではどのようなことが起こるのだろうか?本書では,そこで生じるであろうさまざまな現象を,個人内のプロセス,対人間のプロセス,そして集合的(文化的)プロセスと順を追って詳解している。
 まず第T部では,個人が自身のアイデンティティをどうとらえるか,また自身の過去に対する態度や対人的な疎外感から自己をどうとらえるかに着目し,本来動的である「自己」が,時間軸上や自他の関係軸上にいかに定位されるか,そのことによってアイデンティティがいかに形成されるか,といった点について議論がなされている。続く第U部では,自己開示や自己呈示,あるいはふれ合い恐怖や自己愛といったパーソナリティ概念との関係から自己の対人的側面に着目することで,動的な自己と静的なパーソナリティとの有機的な関連性について,すなわち自己の個人差に関する議論が展開されている。最後の第V部では,子どもに対する発達期待における文化差や,自己概念の一つである集合的自尊感情の異文化への適用可能性について議論を試みることで,異文化間にみる自己形成という壮大なテーマについて展望を行うと同時に,異文化間研究の重要性についても訴えている。
 本書はこのように,「自己」と「パーソナリティ」という2つの構成概念が出会うことによって紡ぎだされる魅力的な世界へと読者を案内しようとするものである。ここで案内役を務める執筆陣は,皆わが国の第一線で精力的な活動を展開している心理学の研究者たちである。中でも,特に若手の研究者たちによって書かれたトピックスは,各章ごとにその章に相応しい最新の研究知見を盛り込んでいるので,心理学界における最新の研究動向を掴もうという向きにも本書は適していよう。今まさに,人とは何かという永遠のテーマに多角的に果敢に挑戦しようとしている学生,研究者はもとより,私たち人間という存在をより深く知りたいと願う多くの人びとにとって,本書はタイムリーな1冊であるといえる。(文責:大和田智文)
 

(2009/12/01)

 


パーソナリティとは何か  その理論と概念

(若林明雄(著)2009,培風館)



目次
第1章 パーソナリティ研究の基本問題
第2章 パーソナリティ研究の源流
第3章 資質論的アプローチ
第4章 動因論的アプローチ
第5章 認知的アプローチ
第6章 行動遺伝学的アプローチ
第7章 パーソナリティとは何か −結論に変えて−


 これまで日本語で書かれたパーソナリティ概論の書籍は数多く存在する。しかしながら,本書は従来のパーソナリティに関する書籍と比較し,基本となるパーソナリティ理論の列挙にとどまらず,歴史的背景や関連性を基にパーソナリティ研究の将来展望にも言及した名著である。
 まず,パーソナリティ研究の源流として挙げているのが,個人差・相関的アプローチ・精神病理的アプローチ・実験的アプローチである。これらをパーソナリティ研究の歴史的源流として特徴と意義を明らかにした本書のような著書はこれまで日本にはなかった。また,質的・量的アプローチの両面について述べ,それらの歴史的展開や現在に至るまでのパーソナリティ理論にも深く切り込んでいる。これに加え,人間を特定の行動に導く「動因」という概念をパーソナリティの重要な概念とし,フロイトの動因論,学習心理学,人間性心理学,認知心理学に至るまで流れを持ったアプローチとしてパーソナリティ研究を位置づけている点は興味深い。さらに,認知的アプローチとして自己効力感や自己スキーマ構造の個人差など,個人内のパーソナル・コントラクトにも触れているが,従来の横断的なパーソナリティ論のみではなく縦断的な個人のとらえ方を提示している点は旧来の著書とは異なっている。
 さらに,本書においては,行動遺伝学に関する将来の研究の方向性について多彩な文献を紹介し,筆者の考えを明らかにしている。古くから検証され,現在の最新の研究領域である遺伝や進化といった考え方についても,体系的なアプローチとして描かれているものは少ない。
 以上のように個人や個人差に関する包括的な心理学におけるアプローチについて偏りなく紹介し,これらに基づいて,「パーソナリティとは何か」について筆者が問い続けてきたことを最新の研究を引用し,結論づけている。パーソナリティの研究者のみならず臨床心理学など直接個人と向き合う心理学者は必読の傑著と考える。(文責:佐藤恵美 )

(2009/11/01)




目撃証人への反対尋問  証言心理学からのアプローチ

(B.L.カトラー(著),浅井千絵・菅原郁夫(訳),2007,北大路書房)



目次
第1章 はじめに:誤った目撃証言
第2章 目撃された状況の評価
第3章 面通し,写真面割,ラインナップの評価
第4章 連邦司法協会の目撃証拠 ―法実践のためのガイドライン―
第5章 目撃証言の証拠排除の申し立て
第6章 陪審員の選定
第7章 冒頭陳述
第8章 目撃者への反対尋問
第9章 捜査官に対する主尋問と反対尋問
第10章 適切な専門家証人を見つけること
第11章 専門家証言の認容
第12章 専門家証言の提示
第13章 最終弁論
第14章 裁判官による説示
付 録 目撃証言:法実践のためのガイドライン

 本書は,心理学者であるカトラー先生(浅井先生・菅原先生の訳)による,法廷での(主に弁護士のための)尋問技術に関する本である。特に,犯罪を目撃した証人に対する尋問に関して,詳しく述べられている。心理学者であれば,犯罪や事故などの目撃証言にはあまり信憑性がないことは周知の事実であり,本書でカトラー先生や菅原先生が指摘しているように,そのあいまいさに関する多くの論文や書物などが心理学者によって多く発表されている。
 しかしながら,本書の特筆すべき点は,目撃証言のあいまいさに関する知識を単に紹介しているものではなく,弁護士がそれらの知見を使用して「いかに証言者に尋問していくのか」「裁判の過程でどのように振舞うべきなのか」を示す,「技術に関する本」であることである。もう少し乱暴な表現を使ってしまえば,徹底的な「ハウツー本」であると言えよう。われわれ心理学者は,往々にして心理学の知見を役立たせることに関して積極的ではないし,また軽視する傾向にある(そうでない方々,もうしわけございません…)。確かに,安易な心理学による知識を振り回した「ハウツー本」は,書店に山のように積まれているが,とても危険である。しかし,この本のように,ここまで心理学の知見を駆使して,必要としている人たち(ここでは弁護士)に対して,実践的な技術をレクチャーしていくテキストはなかなかないであろう。そして,それは非常に大切なものなのではないだろうか。
 日本でも,裁判の場に一般の市民が参加する裁判員制度が始まった。今,裁判にかかわる日本の弁護士や法の関係者,または裁判員に選ばれた一般市民にとっても本書は非常に役立つであろう。そして,本書を必要としている人たちに役立つのみならず,日本の心理学者に対して,もっと積極的に情報を発信していくように刺激するものともなっているような気がする。(文責:伊藤君男)

(2009/10/04)




社会的つながりの心理学  ぼくの社会心理学ノート3

(菊池章夫(著),2008,川島書店)



目次
*価値と社会化など
1 価値の社会心理
2 価値とパーソナリティ
3 社会化の問題
4 役割とライフ・コース
5 異文化間研究者の間の異文化

**思いやり行動
6 思いやり行動と性格
7 思いやりに欠けるということ
8 共感すること/しないことの心理
9 思いやりを育てる
10 思いやり行動の動機

***社会的スキル
11 社会的スキルの話
12 社会的スキルを考える
13 参加社会のスキル
14 社会性・社会的スキル・思いやり行動
15 スキル学としての教育心理学

◆あちこちでのムダ話
16 大学をメタファーする
17 ぼくと家族心理学
18 社会心理学でのパラダイム
19 ぼくの父親論
20 ニワトリかイチゴか
21 島田賞故郷に還る
22 KiSS-18あれこれ
23 ぼくの作った訳書たち


 本書は,著者の「社会心理学ノート」の3冊目である。1984年の『ふれあいと思いやりの心理―私の社会心理学ノ−ト』,1993年の『社会的出会いの心理学―私の社会心理学ノ−ト2』(いずれも川島書店)の続きという位置づけで,「社会的つながり」をめぐって,著者がここ20年の間に考えたことのまとめである。第1部「*価値と社会化など」,第2部「**思いやり行動」,第3部「***社会的スキル」,第4部「◆あちこちでのムダ話」の4部構成となっている。第1部では,理論的な考察を中心に,第2部と第3部とでは,具体的な話題を中心に著者なりの考えが展開されている。第4部は,社会心理学者として気がかりな話題のいくつかについて,気軽に書いたり話したりした内容となる。
 私事になるが,修士論文作成の文献調査で初めて著者に電話で尺度(KiSS-18)の使用許可を得てから,早くも8年が経った今,この本を読むと,まさに自分自身の研究の方向性を示唆する数々のヒントが与えられる気がする。
 第1部「*価値と社会化など」では,最初に「対人的価値の研究」を軸に,個人の発達的変化,異文化間の違い,時代の差異を捉えようとしている。また,価値とパーソナリティ,価値と行動,さらに行動とパーソナリティの関係が丁寧に整理されている。一方,社会化については,「社会が個人を作り上げる」と「個人が社会を形成する」という二つの定義を踏まえ,社会化の諸特徴を明らかにしようとしている。
 続く第2部「**思いやり行動」では,思いやり行動の特徴,行動と価値観・自意識などといった性格要因との関係を明らかにしたうえで,思いやり行動が生起しない理由が検討されている。また,思いやり行動を引き起こす原動力となる「共感」の特徴,その限界,そして,形成の過程にも焦点を当てている。これらの理論的なベースに基づき,思いやりをどのように育てるかといった実践的な点にも言及し,思いやり行動=向社会的行動は「どのような動機のもとで行われてきたか」への問題提起を行っている。
 第3部「***社会的スキル」では,具体例をあげながら,「社会的スキルとはなにか」,そしてそれがなぜ必要かをわかりやすく説明している。その上で,社会的スキルの内容,構造,大切さ,育む環境,測定方法など,社会的スキルを取り巻く要因を一つずつ念入りにまとめた。また,スキルという概念の教育心理学での適用を提示してもいる。
 最後の第4部「◆あちこちでのムダ話」には,著者の研究に絡む盛りだくさんの逸話が述べられている。この部分は,その内容をここで紹介するよりも,読者各自の楽しみで読んでいただきたいのが正直な気持ちだが,とりわけ,著者の岩手県立大学での最終講義の内容に基づく「ぼくの作った訳書たち」という部分をお勧めしたいと思う。
 本書は,著者の50年近い研究生活についての一つのまとめである。いくつかの部分はかつてどこかで目にしたこともあったが,改めて読むと,そこから得た理論的・実践的示唆が多くあった。本書のあちこちに「これでおしまい」というフレーズはが見られるが,多くの社会心理学に興味を持つ人々とともに,むしろ著者の最終講義で出た以下のフレーズに期待を持ちたいと思う。
 「・・・今日はこの最終講義というのをやることになっちゃったんですね。でも,ぼくの気持ちとしては最終講義ということではありませんで,・・・」(文責:毛 新華)
 

(2009/07/01)




検証・若者の変貌  失われた10年の後に

(浅野 智彦 (編),2006,勁草書房)



目次
第1章 若者論の失われた十年
第2章 若者の音楽生活の現在
第3章 メディアと若者の今日的つきあい方
第4章 若者の友人関係はどうなっているのか
第5章 若者のアイデンティティはどう変わったか
第6章 若者の道徳意識は衰退したのか
第7章 若者の現在


 本書は正確にいうと心理学の本というわけではない。現代社会の若者に関心を寄せる社会学者らによって書かれた本である。しかしその内容は社会学を学ぶ者だけではなく,心理学を学ぶ者にとっても非常に示唆的である。心理学と社会学は分野によっては同様の問題を扱いながらも,通常その方法論の差異によって区別される。しかしながら近年,分野や研究者の立場によっては心理学/社会学といった学問的区分が無効化されてしまうような,つまり異なる分野として分けることが困難な,そして意味をなさない研究も増加している。本書はそうした意味で,心理学を学ぶ者にとっても重要な本と言うことができるだろう。
 本書は,関東・関西に住む16歳から29歳の若者に対する縦断調査における,1992年と2002年の10年間の変化を検討したものである。調査の中では様々な角度から若者についての調査を行っているが,本書では目次に掲げられているように,若者の音楽生活,メディアとの付き合い方,友人関係,アイデンティティ,道徳意識について焦点を当て,10年間での若者たちの変化について検討している。
 その中でも特に興味深いのが,著者らが"多元化"と呼ぶ,若者たちの自己の在り方の変化である。著者によれば,10年間の間に,若者の「自己が単一のあるいは一貫したものではなくなりつつある(p.249)」。どういうことだろうか。詳しくは本書を読んでいただければと思うが,一言でいえば,場面によって出てくる自分というものは違うが,その一貫性の無さには関心はなく,むしろそれぞれの場面での自分らしさこそをが強調される,という点に自己の多元化の特徴がある。以前であれば,場面によって,人に対する態度や,自分自身についての言明が明らかに異なったり,矛盾していればそれは八方美人や一貫性がない, といった批判の対象となっていたことであろう。しかしながら,2002年に行われた調査から見えてきた若者たちにとっては,このような一貫性の無さは批判の対象とはならない。成人期以降の世代にとってはこのような自分の在り方というものはとても奇異に映るかもしれない。それに対して著者は別のインタヴューで以下のような例を出している「極端な例でいえば,私といるときはAさんの悪口をいっているが,Aさんといると私の悪口をいう人がいたとする。その人はどちらかでうそをついていると考えるのではなく,私といる場面の彼にとっては,Aさんの悪口を言うのが素直な気持ちで, Aさんといる場面では私の悪口を言うのが素直な気持ちなのだと理解した方が,彼らの感覚に近いのです。」(自己の多元化が進む若者)。
 時代の変化とともに,人間を取り巻く社会的状況は変化し,そこに生きる人々ももまた変化していく。そのような時間的変化の中では急激に変わっていってしまうものもあれば,逆にどの時代を通じても変わり続けないものもある。本書で検討されている若者たちの姿は,当然のことながらパーソナリティ研究にとっても非常に興味深い。パーソナリティ研究において変わったもの,変わらないものは何だろうか。パーソナリティそのものが変わったのか,あるいはパーソナリティという対象に対する研究者の視点が変わったのか。そんなことをふと,考えさせられた。(文責:奥田雄一郎)

(2009/02/01)




自己形成の心理学  他者の森をかけ抜けて自己になる

(溝上慎一(著),2008,世界思想社)



目次
第I部 自己形成の根源としての他者
 第1章 他者とつながろうとする力
 第2章 他者を一体的な関係で学習する
 第3章 他者へのポジショニング
 第4章 他者の森をかけ抜けて自己になる1
第II部 青年期の自己形成論
 第5章 自己発達から自己形成へ
 第6章 対話的自己の世界観1
 第7章 対話的自己の世界観2
 第8章 ポストモダン社会におけるアイデンティティの二重形成プロセス
 第9章 他者の森をかけ抜けて自己になる2
自己論へのスタディガイド

 本書は「自己が他者を通して形成される」ということを強調することを目的のひとつとしている。副題の「他者の森をかけ抜けて自己になる」という副題は,この点を表現したものである。
 本書では特に青年期に焦点を当てるが,それに先立ちまず第T部では,乳幼児期における自己と他者の関係が発達的にどのように形成されるかという観点から,「他者を通して自己になる」という自己形成論の原初的部分を発達的に概観している。他者と出会い,受け入れる他者/受け入れない他者の線引きを行う主体形成のダイナミクスを説明する概念として,「同一化」と「ポジショニング」を取り上げている。これら2つの概念は乳幼児の発達心理学の概説書では一般的に扱われないものであり,この点は本書のオリジナリティである。また,他の自己形成の関連書物と異なる本書のユニークな点は,自己形成論の基本的感覚を発達的におさえた第T部にある,とされている。
 第U部では,本書の主題である青年期の自己形成について論じている。筆者は青年期の自己形成を論じるうえで避けられないこととして,社会と接続した自己の議論が必要としている。本書のテーマである青年期の自己形成論は,エリクソンによって青年期の課題とされたアイデンティティ形成論を基盤とするが,現代のポストモダン的な社会状況をふまえた自己・アイデンティティ論としては限界があることを指摘する。そしてそのような社会状況における自己形成論として,ハーマンスの対話的自己論を紹介している。
 筆者が自ら述べているように,青年期の自己形成を解説するに当たって,乳幼児期の発達から見ていくやり方は他書では見られないものであり,改めて,自己がどのように形成されていくかというプロセスに目を向けさせられる。加えて指差しなどの乳幼児期の行動についても多く触れられているので,とかく抽象的になりがちな自己形成の問題を,具体的な人間の問題として読み進めることができるだろう。
 本書はまた,ハーマンスの対話的自己論のガイドとしても有用である。本書の主題である「自己が他者との関わりを通して形成される」ということに関心のある読者は,対話的自己論の,状況と時間の変化に応じた様々な「私」群の分権化したありようを自己として捉える世界観にも関心を持つのではないだろうか。対話的自己論は,本書の筆者も翻訳に携わった『対話的自己』(2006年,新曜社)に詳しいが,難解であると評されることが多いそうである。本書においては,筆者自身が誤解していた部分を含め,コンパクトにわかりやすく解説されている。
 巻末の「自己論へのスタディガイド」では,卒論生や大学院生に向けて,抽象的な議論になりがちな自己論の領域において,それに取り組むための方法論を披露している。
 専門的な部分があるものの,用語説明や注も充実しており,自己形成論に関心のある様々な立場のものが自分なりの関心で興味深く読み進めることができるだろう。(文責:東海林麗香)
 

(2008/12/01)




被服と化粧の社会心理学  人はなぜ装うのか

(高木 修(監修),大坊郁夫・神山 進(編著),1996,北大路書房)



目次
第1部 装いの意味と社会・心理的機能
  1章 被服心理学の動向
  2章 化粧心理学の動向
第2部 被服と化粧による自己の確認・強化・変容
  3章 被服による着装感情と自己の変容
  4章 化粧による自己と感情の調整
第3部 被服と化粧による情報伝達
  5章 被服による対人認知と印象管理
  6章 化粧による美の伝達と文化
第4部 被服と化粧による社会的相互作用の促進・抑制
  7章 被服と対人行動
  8章 化粧と社会的適応
終 章 装い行動に対する社会心理学的アプローチ:研究パラダイムの提案

 人はなぜ装うのだろうか。この問いは,一見したところ至極あたり前のことのようでもあり,その実見事に的を射たものともいえるだろう。考えてみれば,非常にパラドキシカルな問いである。
 老いも若きも私たち人間にとってみれば,多少の程度の違いこそあれ,この装いと無関係に日常生活を送ることなどおよそ考えられはしない。それだけ装うということが,私たちにとってなくてはならない重要なことがらだということであろう。しかし,私たちはまた,この装うことの「自分自身にとっての重要性」をこれまでことさら意識することなく過ごしてきているようにも思われる。これは逆に言えば,この装いとはことさら意識されるまでもなく,私たちが自分自身であることを保証するための必要最低限の道具立てとして機能してきていることの証なのかもしれない。つまり,私たちが自分らしくあろうとするとき,装いは自分らしくありたいという欲求を満たす上での前提条件に組み込まれ,それゆえに,私たちにとって装うことはもはやあたり前のものとして受け取られてきているという事実があるような気がする。
 このように考えてみると,本書におけるこの一見パラドキシカルな問いも意外にスムースに了解できるというものである。装いとは,私たちが自分らしくあるためには必要不可欠なものでありながら,それがあまりに私たち自身と密着したものであるがゆえに,装いはもはや私たちの眼前からは姿を消し,私たちの内面へと組み込まれていったのだろうと考えられるからである。もちろん評者は,装いが自分自身の表現としての役目を終えたなどと言っているのではなく,むしろ,それが意識に上ることがないくらいに自分自身の一部になりえているという点を強調しているのである。この点については,本書の著者らもまったく同意見であろう。
 しかしそうであれば,装いを変えるという行為や,装いが変わったという結果は,単に装いのチェンジという物質的変化には留まらないもっと深刻な事態を行為者に対してもたらすことにもなるだろう。装いの変化とは,単に衣服や化粧のかたち・素材が変化するということではなく,これは同時に行為者自身の自分らしさが変化していることも意味するものであろう。装いとはまさに自分らしさそのものである。これが変わることによって自身のアイデンティティが変容したり,また,自分らしさを求めてある種のファッション・スタイルにアイデンティファイしたり,装いの変化はさまざまな自己変容を引き起こすものでもある。
 では,自分らしさを追及したりアイデンティティを確立したりする上で,行為者にとって装いはいつも味方でいてくれるものなのだろうか。いや,決してそううまくはいかないところに人間の社会的行動の難しさを垣間見ることができるのかもしれない。それでは,「自分らしい表現」と「実際のあるべき装い」とが矛盾してしまうような状況とはどのようなものであり,そのようなとき,私たちは一体どのように妥協点を見出していけばよいのだろうか。こうした点について,本書は巧みに読者をエスコートし,読者なりの答えを導き出すガイド役を務めてくれるに違いない。
 本書は,このように,人間の装いそのものに関心がある人だけではなく,装いと自己との関係,装いと対人的関係,また装いと社会的適応や精神的健康との関係など,さまざまな側面に関心を持つ人にも応えうる構成となっている。写真やイラストなども多用し大変分かりやすく書かれているため,学生や研究者のみならず,ファッション関係の仕事を持つ人やそうしたことに興味のある人まで,多くの人に薦めることのできる一冊である。(文責:大和田智文)

(2008/10/10)




中途肢体障害者における「障害の意味」の生涯発達的変化 脊椎損傷者が語るライフストーリーから−

(田垣正晋(著),2007,ナカニシヤ出版)



目次
第1章 身体障害者を理解する方法としてのライフストーリー研究の意義
第2章 脊椎損傷者が語る生涯の意味の長期的変化
第3章 「元健常者」としてのライフストーリー
第4章 障害の意味の長期的変化と短期的変化の比較研究
第5章 研究のまとめとライフストーリー研究の今後の課題

 本書は著者の学位論文に若干の修正を加えまとめたものであるが,いわゆる読みにくい研究者向けの本ではなく,今現在援助職に就いている人,これから援助職に就こうとしている人,また障害を持って生きることに興味を持つ人などにとって広く読みやすいものになっている。この本をぜひこれから福祉の現場で働こうと考えているみなさんに読んで欲しい。ここには小さくもない,また大きくもない等身大の人間の姿がある。援助者としての目線で現場を見る前に,ただの人としてこの内容に触れて欲しい。それぞれによって異なる感想を持つだろうが,得るものは大きいはずだ。
 さて本書の内容だが,外傷性脊椎障害により両下肢機能が全廃している男性を対象としたインタビューを質的に検討し「障害の意味」を探っている。第1章では障害者のライフストーリー研究について記述されている。この内容は,ライフストーリー研究に初めて触れる人でもわかりやすく,また包括的に理解をすることができるものとなっている。第2章からは,受障後の生活パターンの変化の中で長期的な変化プロセスを明らかにし,現在の生活の肯定的側面と,障害に伴う不利益の意味づけを検討している。第3章では「元健常者」としてのライフストーリーの研究である。ここでは受障というライフ・イベントの前後の人生に連続性を持たせる心理的な動きがていねいに追われている。第4章では受障期間の長さによって,障害の意味づけにどのような違いがあるのかについて検討されている。これまでの予測とは異なり,受障期間の長短は肯定的な意味づけではなく,肯定的意味づけの内容および比較対象に影響を及ぼしていることが示されている。第5章は研究のまとめとライフストーリー研究の今後の課題が検討されており,ライフストーリー研究が,どのような形で社会に貢献できるかについて述べられている。第2章から第4章の3つの研究は同じ外傷性脊椎障害を持った方の語りが続くため,ややもすれば冗長になる可能性もあるのだが,著者の切り口から新たな発見がもたらされ,その章ごとに改めて深く心が動かされるのである。
 ところで,評者には予想外のことがあった。読みはじめるまでは意識をしていなかったのだが,本書の内容は質的研究である。評者は量的な研究を主に行ってきており,質的研究には興味があるのだが,いまひとつ質的研究の曖昧さ,研究者の主観といった,納得できないものを感じていた。それらが払拭されたわけではないが,著者の素直さのためか(大変失礼な言い方ではあるが),抵抗なく読むことができた。これまで質的研究に手を出すのは躊躇していたが,読後の今ぜひチャレンジしてみたいと思っている。本書は質的研究に興味を持っている研究者にとっては,質的研究の入門としても良書といえる。
 本書によって読者は中途肢体障害者の内面の一端を知ることができるだろう。それは,近くにいても遠いと感じてしまいがちな障害を持った方々との距離が縮まる第一歩かもしれない。また,研究者は質的研究の含有する広がりを感じることができるのではないだろうか。(文責:山田幸恵)

(2008/08/01)




心理尺度のつくり方

(村上宣寛(著),2006,北大路書房)

 村上氏の著書『心理尺度のつくり方』は,以下の6章ならびに3つの付録によっ て構成されている。

第1章 歴史的方法
第2章 統計的基礎
第3章 信頼性
第4章 妥当性
第5章 尺度開発法
第6章 尺度開発の実際
 付録A ソフトウエア
 付録B 主要5因子性格検査
 付録C 小学生用主要5因子性格検査

 筆者は,「日本には心理尺度の作成法に関する専門書が存在しなかった。妥当性概念についても,日本の心理学者の間で,誤解が常態化してしまった。」と述べている。本書では,現在ある誤解を解き,正しい理解を提供することを試みている。また,定義式と具体的なデータを示し,算出された数値の意味への理解を深める手助けもなされている。
 第1章では,具体的な例を挙げながら尺度の歴史が記述されている。例えば,歴史に残る知能検査を開発したWechslerがどのように尺度を開発したのかなどについて触れられている。より良い尺度作成についてのヒントになる章といえるだろう。第2章では,冒頭で,Stevensの測定水準が簡潔に紹介される。そして,度数分布から始まり回帰分析まで基礎統計へと話が進む。本章は,データ入力,管理の仕方,データチェックとデータセットを作成する過程について記述されている。初めてデータ分析を試みる学部生にも是非参考にしていただきたい章である。実際のデータセットの図やそのデータを使用した分析なども読み手の理解を深める。
 第3章,第4章では,筆者がまえがきで述べた誤解を解くための章であるといえる。「信頼性とは」,「妥当性とは」との問いに答え,信頼性と妥当性の関係について解説が加えられている。筆者は,妥当性の概念は複雑で,研究者の間でも混乱や誤解が広がっていると考えており,妥当性(構成概念妥当性)の要件がまとめられているのも分かりやすい。第5章では,尺度開発についての基本原則が最初に示され,妥当性の高い尺度作成に必要な事項がまとめられている。本章の項目分析の節では,G-P分析,因子分析,相関分析などが,手続きとともに紹介され,注意点についても述べられている。第6章では,筆者の尺度作成に至った経緯,およびその意義,苦労話,既存の尺度の問題点なども盛り込まれ尺度作成の難しさがリアルに書き出されている。本書は,尺度作成の未経験者のみならず,経験者も知識の整理に役立てることのできる1冊である。(文責:桑村幸恵)

(2008/06/11)




対人関係と適応の心理学  ストレス対処の理論と実践 

(谷口弘一・福岡欣治(編著),2006,北大路書房)

目次
1章 ストレスをもたらす対人関係
2章 対人ストレスに対するコーピング
3章 特性的・状況的コーピングと適応
4章 自己概念と適応
5章 開示・抑制と適応
6章 社会的スキルと適応
7章 ソーシャル・サポート研究の基礎と応用−よりよい対人関係を求めて
8章 ソーシャル・サポートの互恵形と適応−個人内および個人間発達の影響
9章 学校におけるストレスマネジメント
10章 職場のストレスマネジメント−対人ストレスを中心に



 人間は社会との関係無しには生きていくことができない。そのことはひいては,他者との関係性無しには人間らしく生きていくことができないということを意味している。日常生活をおくっていく際の他者との関係性,つまり対人関係には,サポートを受けるといったポジティブな側面や,また,逆にストレスを受けるといったネガティブな側面があることが経験的にも知られている。
 本書は,対人関係のポジティブな側面とネガティブな側面,さらに対人関係と密接に関わる自己の問題について解説したものである。ポジティブな側面としては,ソーシャルサポートが,ネガティブな側面としては,対人ストレス,自己に関連した問題としては,自己概念や自己開示などが取り上げられており,本書にも書かれているように,従来別々に扱われてきた内容が,対人関係と適応というテーマの元に同時に取り扱われている。このように,日常生活に密接に関わっている内容について,幅広く取り扱っていることが,この本の特徴といえる。
 これらの内容について,各著者が担当し執筆しているが,丁寧に,わかりやすくまとめている。概論書にも掲載されているような内容だけではなく,最新の知見も盛り込んでいる。なお,図表も適度なバランスで盛り込まれており,読みやすさと同時に読者の理解の助けとなっている。
 類似した本はあまり見られないこともあり,これからこのテーマについて研究しようと考えている学生,または,このテーマに興味を持っている学生や研究者,また,一般読者にとって,手始めに読んでみる本としてお勧めということができる。(文責:鈴木公啓)

(2008/04/28)




あなたとわたしはどう違う?  パーソナリティ心理学入門講義 

(小塩真司・中間玲子(著),2007,ナカニシヤ出版)

目次
理論編
第1章 パーソナリティの考え方
第2章 類型論と特性論
第3章 パーソナリティを測る
第4章 遺伝も環境も
第5章 血液型とパーソナリティについて考える
第6章 知的な能力の個人差

人物編
第1章 パーソナリティの構造:フロイトのパーソナリティ論
第2章 パーソナリティの成熟:ユングのパーソナリティ論
第3章 健康なパーソナリティを求めて:人間性心理学とポジティブ心理学



 本書は,理論編と人物編の2部構成となっている,パーソナリティ心理学の入門書である。しかし,いわゆる専門用語を詳細に説明するための解説書ではなく,パーソナリティの捉え方・考え方の学習,および,パーソナリティに対する誤解・偏見の解消,という観点からの執筆が,本書では目論まれている。
 理論編は,自身が担当しているパーソナリティ心理学の講義ノートを中心として,小塩氏が執筆している。内容は,パーソナリティの定義から始まり,類型論・特性論,パーソナリティ検査の信頼性・妥当性の問題,行動遺伝学における双生児研究,血液型性格関連説までと,パーソナリティ心理学の様々なトピックが網羅されている。また,図表がふんだんに盛り込まれ,指紋やロールプレイングゲームなど多彩な具体例を用いるなど,上述の様々なトピックに対する理解を深めるための工夫がなされている。
 一方人物編は,中間氏が執筆を担当している。内容は,主にフロイトとユングのパーソナリティ理論が説明されている。しかし,単なる理論の概念的な説明だけではなく,彼らがどのように各々のパーソナリティ理論を構築していったのか,その過程が人となりとともに詳述されているので,理解が深まりやすい。さらには,人間性心理学と昨今隆盛に向かっているポジティブ心理学にも触れ,両者の類似点と相違点をまとめ,健康なパーソナリティを探求する研究の意義と課題について述べられている。
 また,本書には理論編・人物編ともに,各章の最後に「あなたはどう考える?」の項がある。ここでは,学生が抱いた60問を超える疑問・質問が提示され,それらに対する回答が巻末に記されている。疑問・質問は,教科書的なものから盲点を突くようなものまでと,バラエティに富んでいる。この項の興味深い点は,単なるFAQではないところである。具体的には,「答えの"1つ"」として他にも回答がある可能性を残し,内容によってはさらに議論を促すような問いかけがなされている。一般の読者のみならず,専門家も各々の問いに対する答えを考えてみると,パーソナリティ心理学の奥深さを再確認できるだろう。
 本書は,人物編で登場した過去の心理学者,筆者,さらにはパーソナリティ心理学そのもののパーソナリティを垣間見ることができる。そして,本書と読者自身のパーソナリティの相互作用が,パーソナリティ心理学のより深い理解に繋がるであろう。(文責:友野隆成)

(2008/02/01)




現代青年の心理学  若者の心の虚像と実像

(岡田努(著),2007,世界思想社)


目次
第T部(第1章,第2章) 関係の耐えられない軽さ ―「希薄な人間関係」の虚像と実像
第U部(第3章,第4章) 失われた自己を求めて ―「自分さがし」の虚像と実像
第V部(第5章,第6章) 恋と性愛の心理学

序章  「青年」とは何か?
第1章 現代青年論が語る人づきあいの特徴
第2章 データが示す友だち関係 ―浮かび上がる三つのパターン
第3章 現代青年論が語る自己のあり方
第4章 データが示す現代青年の自己 ―友だち関係のタイプと自己のあり方
第5章 現代青年の恋愛模様
第6章 性と愛の歪み:援助交際とストーカー
終章  現代青年の虚像と実像 ―結びにかえて


   本書は一般向けに書かれた本であり,若者に関する心理学の知見が,心理学になじみのない人でも分かりやすいように書かれている。例えば,統計に関する専門用語の使用を避けたり,巻末に「現代青年の心理学を学ぶための文献ガイド」をつけたり,表現や構成にも工夫がなされている。そういった意味で,本書は心理学者ではない人,現代青年に関する心理学をこれから学ぼうと思っている学部学生などにとっては,特に有用であると思われる。心理学者が読めば,現代青年に関する心理学の知見を改めて自分の中で整理することができるだろう。
 序章ではまず,これまでの青年心理学で述べられてきた青年期・若者についての考え方が一通り紹介されている。その上で,第T部(第1章と第2章)では現代青年の友人関係,第U部(第3章と第4章)では自分というもののとらえ方,第V部(第5章と第6章)では恋愛とその周辺が,それぞれ関連するデータとともに述べられている。データを示しながら解説していく一方で,情報を鵜呑みにせず自分自身の目で冷静に判断することの重要性を説いているため,もしかしたら読んでいてスッキリしない感があるかもしれないが,それは著者の読者に対する真摯な態度のあらわれであるとも言えるだろう。
 本書によれば,心理学の中で若者を研究する主要な分野である「青年心理学」は19世紀に日本に輸入された学問分野であり,当時の学生・書生がもっていた「若者」のイメージから十分に抜け切れていないのが実情であるという。学生たちが大学のキャンパスで学園祭に興じているそのすぐ横で,「青年心理学」の専門家が「学会」を開き,目の前の若者には目もくれず100年前の青年の話をしているといった光景がしばしば見られるという。本書はそのような現状に対する新しい試みでもあると冒頭で宣言されている。その試みの成果については,各自が実際に読んで判断してみてほしい。
 全体を通して読みやすく,また,青年期研究に関わっている心理学者として読んでも示唆を受ける文章を多く含んだ内容であった。自分自身が無意識に抱いている「若者イメージ」を改めて問い直す意味で,読んでみるといいだろう。少なくとも,本書がステレオタイプとしての若者像を瓦解するための一助となることは確かである。(文責:家島明彦)

(2007/12/01)





時間的展望研究ガイドブック

(都筑学・白井利明(編),2007,ナカニシヤ出版)


目次
第1章 時間的展望の理論と課題
第2章 時間的展望の研究方法
第3章 時間的展望研究の動向
第4章 時間的展望研究の具体的展開
終章 時間的展望研究の今後の発展方向
コラム1 カナダにおける時間的展望研究の歴史と最近の動向
コラム2 ベルギーにおける時間的展望の研究―歴史的概観
コラム3 未来志向性の発達―ヨーロッパの研究状況
コラム4 ポーランドにおける時間的展望の心理学

 (ある一つのテーマを扱っている)実にハンドブックらしいハンドブックが出た。と書こうと思ったらこの書のタイトルは「ガイド」ブックであった。時間的展望の研究者の集まりらしいタイトルである。未来に向けて研究をガイドしていこうという意図があるからだろうか。それともそれは深読みだろうか。
 さて,時間的展望というと,未来のことを思い起こしがちだが,必ずしも未来展望のことだけを時間的展望だというのではないのだそうだ。過去についても時間的展望に入れて考える人も多いとのことである。こうした姿勢が徹底されているからかもしれないが,本書の,時間的展望研究の歴史的概観は非常に読み応えがある。
 心理学の立場から人格発達にとって時間の重要性を指摘したのはフランスの心理学者・ジャネであったという。近代心理学の発祥をヴントの実験心理学においたり,臨床心理学の大きなルーツをフロイドの精神分析におくという考え方は今の私たちには違和感がないのだが,これはまさにアメリカに入ってきたドイツの心理学をメインストリームとして受容していることをも意味している。
 忘れられた巨人=ジャネは精神医学の領域でも臨床心理学の領域でも再評価の気運が著しい。ドイツの心理学が「反応時間」の計測によって心理を理解しようとしたとき,心理学は人間にとっての時間や時間経験を扱うことを放棄せざるを得なかった。しかし,時間的展望研究の文脈においてジャネを再評価することによって,心理学自体のオルタナティブを見出すことができ,そのことが時間を扱う研究を可能にすることにつながっていくのだと,評者には思われた。
 本書は都筑学・白井利明の二人の編著の形をとっているが,執筆者はこの二人を入れて五人である。冒頭の二つの章は都筑によるものだが,後の章は白井を筆頭とした著者4名が縦横無尽に執筆を行っている。このような構成は,それぞれの研究を知り尽くした息のあったグループでなければ不可能であるから,本書が周到な準備とディスカッションのもとに成り立っているのだということが十分実感できる。また,ベルギー・ポーランド・カナダ・フィンランドの時間的展望の研究史が寄稿されていることも本書の特徴をなしている。
 さて,そもそも時間的展望の研究史の初期においては世界恐慌や強制収容所や刑務所経験という「平時以外の時間的展望」に目が向けられていたという。その意味で,被疑者取調の場におけるやりとりを時間的展望という観点から扱った大橋靖史の第4章の4「法の場に活かす」が法と心理にも関心をもっている評者にとって参考になった。法ではなく時間的展望という文脈におかれた虚偽自白について考えるよい機会となったからである。
 冒頭に,本書の目次を掲げた。国を超えて時代を超えて未来の研究を展望する本を是非みなさんにも味わってほしい。(文責:サトウタツヤ)

(2007/10/30)





集団を活かす  グループ・ダイナミックスの実践

(A.ザンダー(著),黒川正流・金川智恵・坂田桐子(訳),1996,北大路書房)


目次
序   :集団を効果的にする
PART1 :効果的な集団をつくる
PART2 :効果的な集団成員になる
PART3 :集団間の協力を育む

 私たちは,一人ひとりがお互いにその独自性を発揮しあう独立した存在である。けれども,私たちがその独自性をいかんなく発揮していくためには,自らをまず社会の中のどこかに定位しなければならない。そして,その定位の基盤をなすものが,この社会に存在するさまざまな「集団」であるといえる。それゆえに,社会における私たちの日々の営みも,この「集団」をぬきにしてはありえない。しかし,不幸にしてこの「集団」とは,私たちにとって不可欠なものでありながら,その一方で私たちにさまざまな不快な事態をもたらす源泉でもある。私たちが日頃経験する些細なトラブルからより深刻ないじめのようなものまで,対人関係にまつわる不快な事態のどれを取り上げても「集団」と無関係に生じているものはない。では,私たちはどのようにすれば,この「集団」を私たちにとってより効果的で魅力あるものにしていくことができるのだろうか。せめて,私たちをそのように仕向けてくれる指針があれば,それだけでも大いに助かるというものである。
 本書はおそらく,私たちの中にあるこのような必然の要請によって書かれたものであろう。しかしながら本書は,私たちが「集団」の中にあって遭遇するような個々の問題に対し,具体的に何らかの解決策を明示したりするようないわゆるハウツー本として書かれたものではない。本書は,これまでの集団のダイナミックスに関する科学的研究の蓄積をもとに,「集団」におけるある状況がなぜどのように発生するのか,その発生条件への理解を求め,そこから成員が望むような「集団」をつくり出すにはどのような方法があるのか,そのことに対する説明を試みようとするものである。読者はしたがって,本書の記述に対しより積極的・能動的に反応する必要があるかも分からない。あるいは,そうせずにはいられないかも分からない。いずれにせよ,本書で示された知見は,読者によって読者の属する「集団」に一度持ち帰られ,その「集団」の効果的な運用と対人関係の円滑化のために利用されることが期待されている。
 そのような意味で本書は,集団のダイナミックスを学び研究しようとする学生や研究者だけでなく,広く「集団」を理解しようと望む多くの人たちに薦めることができる一冊である。なかでも特に,日頃から「集団」の維持・運営に携わる立場にあり,成員の身になって効果的な「集団」のあり方の形成・維持に努めようとする意欲ある人たちにとっては,またとない好著となろう。この「集団」なるものが,私たち一人ひとりの存在と切っても切れない関係にあるのであれば,「集団」への理解の深まりは私たちの「パーソナリティ」の理解へと通じるものでもあるに違いない。 (文責:大和田智文)

(2007/08/01)





臨床社会心理学の進歩  実りあるインターフェイスをめざして

(R.M. コワルスキ・M.R. リアリー(編著),安藤清志・丹野義彦(監訳),2001,北大路書房)


目次
第T部 社会−認知プロセス
第U部 社会生活における自己
第V部 対人的プロセス
第W部 個人的関係

 近年,「社会臨床心理学」あるいは「臨床社会心理学」という言葉を聞くことが多くなった。臨床心理学のターゲットは情緒的問題や行動的問題であり,社会心理学のターゲットは基本的な対人過程であるが,臨床心理実践の場面は社会的場面である。そんな理由から,なんとなくわかるようでいて実態はよくわからない,そんな印象が強かった。本書はその疑問にある種の回答を与えてくれる内容であり,「社会臨床心理学」の歴史から重要なトピックまで網羅されている。そして,社会臨床心理学の概念だけではなく,その重要性を再確認できる内容になっている。あえてある種の回答とした理由は,本書が社会心理学から臨床心理学へという流れでまとめられており,読み手が社会心理学に重きをおいているのか,臨床心理学に重きを置いているかによって考え方がかわってくると思うからである。しかし,どちらの立場であっても,この領域の重要かつ興味深い研究を概観することで,領域を超えた広がりを感じることだろう。臨床家には実践からの知見を理論として理解するために,研究者には理論と社会のつながりの理解のために薦められる。
 それにしても,この領域の研究の多くが社会心理学でもなく臨床心理学でもなくパーソナリティ研究であるということが面白い。現在の心理学における研究領域は細分化しているようでもあるが,その境界はあいまいである。その中でも特にパーソナリティ心理学は,そもそもそれ自体がインターフェイス的なあるいは統合的な役割を担っているのだろうか?パーソナリティ心理学とはなんだろう,と改めて考えさせられるとともに,これからのパーソナリティ心理学はどのように発展していくのだろう,と楽しみになった。 (文責:山田幸恵)

(2007/06/01)





「モード性格」論  心理学のかしこい使い方

(サトウタツヤ・渡邊芳之(著),2005, 紀伊国屋書店)


目次
第1章 日常のなかの性格
第2章 性格はどう作られ,どう変わるか
第3章 血液型神話解体
第4章 「性格」という考え方はどこから来て,どこへ行くのか
第5章 「モード性格」論

 本書は,一風変わった,「性格」の本である。変わっているのは,表紙に描かれた脱力系の奇妙な生物(?)とその軽快な語り口だけではない。「性格」を扱った多くの本が,ポップ心理学的に「あなたの『本当の』性格教えます」か,あるいはアカデミック心理学的に実験や調査の結果と学術的概念によって「『本当』の性格」の諸相を隙なく書き込むかなのに対し,本書は,「性格」という概念を,その概念を使う人との関係の問題として捉え,なぜ人が性格という概念を使うのかを考えようとする。そしてそれによって,われわれがどのような束縛を受けているのかを考えようとする。その内容は「性格」の心理学と社会を繋ぐ上で重要であると思われる。
 重要なのは具体的な内容だけではない。本書の副題である「心理学のかしこい使い方」がよくあらわしているように,本書は,日本ではまれな心理学の使い方の本である。読者は,心理学の知見を科学的研究の結果としてありがたく受け入れるのではなく,自分がどのように「本当の性格」という概念によって自分の可能性を閉じ込めているかを知ること,そして,様々な心理学的知識に拘束されるのではなく,自分が自由になるために使うことが薦められる。
 具体的な記述がされるという点で,本書は研究書というよりも一般にむけて書かれた本である。しかし,本書はアカデミックのあり方にも問いを投げかけるものであろう。パーソナリティ心理学者は,本書にどのような回答をするのだろうか。多様性・多面性を織り込んだパーソナリティ心理学の発展が期待される。(文責:荒川歩)

(2007/04/04)



 
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