日本パーソナリティ心理学会大会
書 評 リ ス ト

パーソナリティを探究する視点を提供してくれる基本図書紹介

フロイト,S.(懸田克躬・高橋義孝訳)『精神分析入門(正・続)』(フロイト著作集1)人文書院 1971

 フロイトの精神分析学は,現代に至るまで,性格心理学や発達心理学を構築する基本的枠組みを与えた。その意味では,基本中の基本図書といってよいが,どれか一点を選ぶとなると困惑する。上記が最も無難であろうが,『夢判断』なども,精神分析学への入門書の役割を果たすだろう。ここから,自我論・不安論・本能論などへ進むとよい。(藤永 保)

エレンベルガー,H.F.(木村 敏・中井久夫監訳)『無意識の発見(上・下)』弘文堂 1980

 スイスの大精神医学者による力動精神医学の発達史。その中心は,西欧伝統の理性論の教義に反する無意識という概念の定立にあった。類書は当然数多いが,そのなかでは,資料の博捜と精査の丹念さとで群を抜いている。力動精神医学と精神分析学とは大きく重なり合うから,それは一面また精神分析の背景史ともなっているのは,いうまでもない。フロイトの業績の意義は,こういう本を読むことでいっそう明らかとなろう。  (藤永 保)

クレッチメル,E.(相場 均訳)『体格と性格』文光堂 1960

 力動精神医学に対立するのは,ヒポクラテス以来のヨーロッパ精神医学の伝統をなす体質精神医学であり,これはまた,類型学といった学説となって,性格心理学に転位している。本書は,そのなかの最も代表的な業績であり,著者を指導者とするテュービンゲン学派の研究成果がまとめられている。                   (藤永 保)

オルポート,G.W.(今田 恵監訳)『人格心理学(上・下)』誠信書房 1968

 いうまでもなく,現代の性格心理学(人格心理学,パーソナリティ理論)に,最初の明確な体系を与えた記念碑的業績。同じ著者の『パーソナリティ――心理学的解釈』(詫摩武俊ほか訳,新曜社)とあわせて読めば,著者の思索の軌跡がさらによく理解されよう。オルポートの学風は,折衷主義と批判されるが,それを良き統合と理解するなら,むしろ現代にもなお通じるの重要課題を与えているといえよう。          (藤永 保)

エリクソン,E.H.(大沢 隆訳)『青年ルター』教文館 1974

 精神分析学の現代の後継者は,(精神分析学的)自我心理学と対象関係論であろう。このうち,両者に共通する要素をもち,また自我心理学にフロイト学説の現代的後継者にふさわしい体系化を与えたのは,エリクソンの功績である。その意味の代表作は,『幼児期と社会(T・U)』(仁科弥生訳,みすず書房)に止めを刺す。しかし,エリクソンの真面目は,むしろ伝記的研究と自我心理学との相互交流にあるかもしれない。本書は,性格研究の一つの視点を与える必読書。                       (藤永 保)

フロム,E.(日高六郎訳)『自由からの逃走』創元社 1951

 第二次世界大戦のもたらした惨禍は,心理学の世界にも及んだ。ことに,戦後のドイツ心理学は,その正統が実験心理学にあっただけに,なおさら,心理学は人間の問題を本当に理解できるのか,たとえば,ナチスの登場を見透かし,それを防止できるような視点が心理学のなかにありうるか等々,深刻な懐疑に襲われ,没落の一途を辿ったという。しかし,社会学と精神分析学の視点とを統合して,この疑問に応えようとする力作がやがて登場してくる。本書は,このような歴史的使命を果たすものとして,今でも捨てることはできない。                               (藤永 保)

アドルノ,T.W.,フレンケル=ブルンスヴィク,E.,レヴィンソン,D.J.,サンフォード,R.N. (田中義久・矢澤修次郎・小林修一訳)『権威主義的パーソナリティ』青木書店 1980

 『自由からの逃走』は,ファシズムの大衆的基盤の解明に向けられたが,ナチスの残した最大の惨禍は,アウシュビッツに象徴されるユダヤ人の大量虐殺という極限の人種差別だった。この問題についても,やがてさまざまな労作が現れるが,その頂点に位する記念碑的業績が本書である。左派社会学者アドルノと精神分析学者ブルンスヴィクの構想とレヴィンソンらの研究技法とが見事に合体して,権威主義という概念が確立され,1950〜1960年代の最大のトピックスの一つを作った。                (藤永 保)

ボウルビィ,J.(黒田実郎・大羽 蓁・岡田洋子訳)『母子関係の理論T:愛着行動』岩崎学術出版社 1976

 自我心理学と並ぶ対象関係論についても,代表作を紹介すべきであろうが,衆目の一致するものは見当たらない。代わって,本書を紹介する。ボウルビィは,イギリスの小児精神科医で,WHOの依頼により1951年に公刊した"Maternal Care and Mental Health"で一躍名を馳せるに至った。この研究方向が対象関係論的視点からでていることはいうまでもないが,その後著者の思索は深まり,比較行動学との統合を目指すことになる。本書は,その成果。同じ出版社から,『U:分離不安』『V:対象喪失』も刊行され,三部作で完成となる。                             (藤永 保)

ホワイト,W.H.(岡部慶三・藤永 保・辻村 明・佐田一彦訳)『組織のなかの人間(上・下)』(改訂版)東京創元社 1969

 事例研究を中核とする力動心理学的探究と対照をなすのは,因子分析などの数量化技法による大量研究に力点をおくいわゆる科学主義的性格心理学であろう。この分野ではアイゼンクやキャッテルなどが代表的だが,よい訳書がない。代わりにはならないが,心理査定の重要性が叫ばれている今日,性格テストに対する外側からの痛烈な批判に耳を傾けるのもよい。本書は,1950〜1960年代のアメリカ社会の変貌(大組織化)にともなう性格テストの横行と欺瞞とを鋭く告発している。グールドの知能テスト批判(『人間の測りまちがい』鈴木善次・森脇靖子訳,河出書房新社)などともあわせて読むとよい。   (藤永 保)

井筒俊彦『意識と本質――精神的東洋を索めて』岩波書店 1983

 東西古今の精神思想に通暁した著者の独自な東洋思想の探究書。西欧思想の理性論的正統の枠内では,無意識という概念そのものがまさしく「非合理」とされ,その発見のためにさまざまな抵抗の克服への長い道程を必要としたことは,エレンベルガーなどを読むと,よくよく理解できる。本書を読めば,われわれの立っている地点は,いかにそれと異なるかが実感できるだろう。いわゆる心理学書ではないが,人間性の探究への優れた道標となろう。著者の全集も刊行されているが,入門書としてなら,『意識の形而上学』(中央公論社)を読むとよい。                          (藤永 保)

黒田 亮『唯織心理学』小山書店 1944

 『勘の研究(正・続)』(岩波書店)で知られた著者の東洋心理思想探究の第1巻。初めドイツ意識主義心理学の研究者として出発した黒田は,しだいに意識主義と禅や唯識との共通点に心を惹かれるようになり,晩年はその研究に打ち込んだが,京城帝国大学という辺地にあって,その業績はほとんど知られることがなかった。図書館の奥深く,この稀書を発見できれば,東洋的人間性の先駆的探究者としての著者の熱意に打たれることだろう。ただし,読み通すには,相当以上の予備知識と精神的体力を必要とする。   (藤永 保)

 
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