第5回大会ラウンドテーブルの報告(2)
「フィールド研究からパーソナリティを捉える」
矢澤 圭介(立正大学)
企画の趣旨は,
「パーソナリティ研究にもっとフィールドワークの視点を導入する必要があるの
ではないか。その可能性をフィールド研究を行っている3氏の話題提供を通じて探っていく」というも
のであった。3氏の話題提供の概略は,それぞれ次のようであった。1.川野健治氏(早稲田大学)
:
冒頭,特別養護老人ホームの食事場面での,老人と介助者の相互交渉のビデオが見せられた。寮母に,
自身が介助している同様のビデオを見せ,「介助中に考え・感じていること」を面接聴取した研究が報告された。
その結果の概要は,
@人間的・情緒的にというより,働きかけの対象として寮母は利用者を捉える,
A「手がかからないから,かわいい」というように介護の文脈の中で,性格概念は使われる,
B「急いでしまって,私は冷たい人間」というように,性格概念が寮母自身の説明に用いられる,
C「Oさんが厳格というのは申し送りで知った」というように,性格は社会的に構成されて状況的に共有される,
といった点であった。
この研究に基づき,川野氏は本ラウンドテーブルのテーマについて,
1)フィールド研究へのパーソナリティ概念の導入は,理解の手だて(上記Cのような)の1つになる可能性がある。
2)フィールド研究からパーソナリティをとらえる試みは,パーソナリティという素朴概念の現実的機能
(特性を使うレベル・状況・機能)を明らかにする可能性を持つ,
3)しかし,科学的パーソナリティ研究のために,
フィールド研究が有効かどうかは分からない
と述べた。2.伊藤哲司氏(茨城大学):
まず,俗信の研究として,学生や氏自身の占い屋での占い体験が報告された。それは,コストはやや高いが,
雑誌の占いなどより中身の濃さが期待でき,その場限りにもできる「カウンセリング的な場」を提供するものと考えられた。
また,面接調査などから「非科学」に傾倒する女子学生の特徴として,
@選択的(各自が独自の考えで,
どの占いを信用するかを取拾選択する),
A独創的(世間で言われていることだけでなく,独特の考えを構成する),
B非絶対的(根拠を考えないことも多く,なぜ信じるかについて絶対的信念などない),
C流動的(占いへの態度は,
マスコミや他人の言葉に影響されて変わりやすい)
という特色が,明らかにされた。
占いでの指摘は,
「所詮読み捨てのフィクション」(女子大生の詩の一節)なのである。自分の既に知っていることを外から改めて指摘され,
位置づけられることで,安心や喜びを得,次の行動の指針ともしていくのである。こうした研究に基づいて,伊藤氏は,
「身近な日常世界の中で,どこにでもあるが故に暗黙知化している心理過程を,研究者の参加観察により共同的に意味生成していく」
フィールドワークの視点の重要性を強調した。3.菅原ますみ氏(国立精神保健研究所):
行動的個人差の個体発生的起源とその発達プロセスの解明がテーマ。
その研究のために,これまでどんな「フィールド」
を利用してきたか見ていく。
@病院の新生児室:BNBASで客観的に測定した新生児の行動特徴と,
看護婦・母親の子ども認知との関連性を検討。ラベリングは最初期から存在。
A家庭:BNBAS実施の7名の乳児と,母親との相互交渉を家庭で2年間追跡観察。
B病院の1室:対人状況のみの接近・回避傾向を,因子分析で見いだす。その傾向を生後6,12カ月に測った18カ月児につき,
実際の対人状況での行動を観察。
C保育園:対人的接近・回避傾向につき,初めて会った子どもの反応を,実習生に観察させる。
Dマンションの1室:追跡している10〜11歳児に父母子で来てもらい,その行動特徴や相互関係性を観察継続中
これらの研究から,菅原氏は,
1)「生のパーソナリティに関する現象」を,リアルに実感することは研究上大切で,
それはフィールド研究によって可能になる。
2)必要に応じてマルチシチュエーショナルに,またマルチメソドロカル
(フィールド研究と質問紙のなど)に研究を展開するフットワークの良さが大切だろう,
と述べた。以上の話題提供につき,
杉山憲司氏(東洋大学),
天羽幸子氏(青山教育研究所),
難波金平氏(全人学習研究所)
の諸氏から質疑があって活発な議論がなされた。しかし,話題提供に時間がとられ,ラウンドテーブルのテーマそのものについて
議論が深められなかったのが残念であった。
そこで,ラウンドテーブルの最後に司会から
「科学的パーソナリティ研究のためにも,
フィールド研究は有効なのではないか。例えば,Mischelの状況論では,状況の特徴が個人変数という媒介によって選択・認識され,
反応を生む過程が強調されている。そうであるならば,個人にとっての状況の意義を明らかにする研究が不可欠であろう。
その側面でフィールド研究が有効性を持つのではないか」
という集約がなされて終わった。参加者は13名であった。
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