【巻頭言報告】
臨床心理学からパーソナリティ心理学に望むこと
丹野義彦(東京大学総合文化研究科)


 クレッチマー、ユング、アイゼンクなどを出すまでもなく、パーソナリティ心理学と臨床心理学は、これまで密接な関連をもって発展してきました。欧米の臨床現場では、神経症傾向とか、素因ストレスモデル、対処行動(コーピング)、原因帰属、自己注目といった心理学の用語が、当たり前のように使われており、基礎的な理論にもとづいた臨床研究もさかんです。日本はまだそうした状況にはないのは残念です。そこで、今後、両者のインターフェースを活性化させたいものです。こうした機会を与えていただきましたので、ここでは臨床心理学からパーソナリティ心理学に望むことを述べさせていただきます。
1)パーソナリティを捉える科学的なツールを提供していただきたい
 臨床現場で必要なものは、パーソナリティを統一的に捉える理論とツールです。理論としては、これまで多くの類型論や因子論がありましたが、最近ではビッグファイブ理論へと収束しているようです。5因子論は、これまでの多くの理論を吸収し、5つの次元から統一的に比較対照できます。実証研究にもとづいており、思弁ではなく、エビデンスにもとづいているのも大きな利点です。臨床でも使いやすく、次元の比較をすることによって、新しい臨床研究のアイディアが豊富に出てきます。そこで、拙著『性格の心理:ビッグファイブと臨床からみたパーソナリティ』(サイエンス社)では、この枠組みに準拠して考えてみました。心ある臨床家は、こうした理論にもとづいたアセスメント・ツール(質問紙法や面接法)を臨床現場で使っています。
2)人格障害についての理論とツールを提供していただきたい
 1980年に、DSM-Vが「人格障害」をとりいれて以来、欧米では人格障害の研究が飛躍的に増えています。臨床家の間でも、境界性人格障害などに対する関心は非常に強いものがあります。人格障害を体系化する試みとして有望なものには、ミロンの理論やクロニンジャーの理論があります。人格障害についてのパーソナリティ理論とツールの開発が望まれています。
3)パーソナリティの「変化」についての理論と分析ツールを提供していただきたい
 パーソナリティ研究は、変わらない安定した性格特性に目が向きがちのようです。これに対して、臨床場面では、パーソナリティの変化に目が向きます。パーソナリティの変化の法則が治療への指針を与えてくれるからです。精神分析学や来談者中心療法に臨床家が飛びついたのは、変化の方向を明確にしたからです。今後は、思弁ではなく、エビデンスにもとづいた変化の理論が望まれます。これまでの変化理論で、最も確実なエビデンスのあるのは学習理論(行動理論)でしょう。認知理論もその方向に進んでいますが、こうしたパーソナリティ変化の理論と分析手法の開発をぜひお願いしたいところです。


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