Japan Society of Personality Psychology

書評『性格心理学ハンドブック』

書評執筆者:小此木啓吾

『性格心理学ハンドブック』

(詫摩武俊監修,福村出版刊,価格18,000円,1998年1月刊)
書評の文責は書評執筆者となります

《性格研究の新しい流れ》


 人と人のかかわりのむずかしい時代を迎えている。それだけに,それぞれの人物の性格を知り,その個人差を的確に把握することがますます重要な課題になった。

 『性格心理学ハンドブック』は,多年にわたる性格心理学の研究成果と新しい動向を展望し,性格のとらえ方を幅広くまとめた書物で、執筆者は192名に達している。

 本書は4部で構成されている。各部の特徴を素描してみよう。

 序章に続く、「 I 部 性格心理学の基礎」は理論編ではあるが,性格の諸理論の紹介とともに,関連諸領域において性格がどのように位置づけられているかが述べられている。さまざまな観点を示すことで,来るべき21世紀に向けて, 性格の概念を問い直そうとする意気込みが感じられる。

 「 II部 ライフステージと性格」では,人間の一生を乳児期から高齢期までの8段階に分け,それぞれ「自己・自我」と「社会性」の発達に焦点づけて,各ステージの特徴が浮き彫りにされる。青年期までの研究は多く行われているが,高齢社会に入ったことを考えると,成人期から高齢期までの研究成果が待たれる。そのためにもこうした生涯発達を射程に入れた視点は今後の研究に欠かせない。

 「 III部 ヒューマン・ワーカーにとっての対象者理解」は,本書の大きな特徴である。教育・福祉・臨床・医療,さらには法曹界,企業人事,スポーツなど,人とかかわる現場での対象者理解について,それぞれの実践者が事例をまじえて述べている。専門的知識をもった者が,その理論にしたがってクライエントを導けばよいという時代は遠からず消滅することになろう。つまり,クライエントが置かれた状況や関係性を考慮しない専門的知識の可否が問われる時代を迎えている。対象者をいかに理解するかによってヒューマン・ワーカーが磨かれていくという,きわめてダイナミックな理論と技法の必要性が力説されている。

 「 IV部 生活場面と性格」は,家庭,学校,職場,地域,文化・情報の5つの環境に分けて,性格を含めた個人差が環境との相互作用の中でどう生み出されるのか,また他者からどうとらえられているのかが,多面的に紹介されている。114項目がそれぞれ2ページで解説されているので,関心のある項目を拾い読みすることができる。研究者はとかく研究のための研究に走り,具体的な生活場面を見失いがちである。この部に盛り込まれたトピックをみると,具体的な生活場面から研究を積み上げていくことの重要性が示唆されているようだ。若い研究者にとっては,研究テーマを見つけるのにも役立つことであろう。巻末には資料編として主な性格検査が簡潔に述べられている。

 このように各部の特徴をまとめてみたが,本書には,場面や状況,関係性の中での性格理解という一貫したテーマが流れている。それぞれの部を独立したものとして考えてもよいが,4部が微妙な絡み合いをみせ,あたかもシンフォニーのような調和を保っている。その響きのよさからいっても,性格研究に新しい流れをつくり出そうとする画期的な試みといえそうだ。備えておきたい1冊である。

書評者:小此木啓吾
1998年6月20日受理
   


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