若手研究者研究紹介1:
半澤礼之(中央大学・文学研究科心理学専攻

 

 第1回は,若手研究者の半澤礼之先生にご自身の研究をご紹介いただきます。半澤さんは 中央大学(文学研究科心理学専攻)に在学中で、教育心理学や発達心理学の分野でも活躍 されています。ここでは、半澤さんが行われてきた一連の研究の端緒となった「大学新入 生への縦断的インタビュー」を特に取り上げ、研究上の問題意識についてご説明いただき ました。


学業に対するリアリティショックとその対処、そして生徒化
中央大学大学院文学研究科博士後期課程
半澤礼之

「こんなはずじゃなかったのに」大学に入学して講義を受けたり学びを進めたりする中で、このように感じた経験はないでしょうか。大学入学前に思い描いていた講義の内容や学業生活と、入学後に実際に受けた講義の内容や学業生活の間のズレは、その質や量に違いはあれども、多くの人が経験したことがあると考えられます。私はこのズレを「学業に対するリアリティショック」と概念化し、大学生の学業適応との関連から研究を進めています。ここでは、この研究の端緒となった面接調査について、簡単にではありますが述べさせて頂きたいと思います。

大学新入生への面接調査:一連の研究の端緒として
 はじめに、上に示したズレはこれまでにも大学教育に関する様々な論稿の中で指摘されてきたことであり、「今さら検討しなくても」と考える方も多いと思われます。しかし、従来の指摘の多くは研究者が大学教員として感じた印象論で終わることが多く、実証的な検討はほとんどなかったといえます。そこで私はこのテーマを検討するにあたり、学業に対して意欲のある大学生に対して面接調査を行うこととしました。これは、意欲のある学生のほうが無い学生よりも先述のズレを強く感じることが想定されたこと、そして、従来は研究者・大学教員の視点から捉えられていたそのズレを、大学新入生の多様な経験から捉え直す必要があると考えたことによります。大学新入生から対象者を募り、彼らに対して入学直後から縦断的に面接調査を行いました。そして、1年生の10月までのデータにおいて、彼らが学業に対するリアリティショックを経験していることを示す結果が得られました。これは講義の内容に対するものが主であり、「講義の内容が自分の考えていたものとは異なっていた」というショックでした。そして、そのショックによって彼らは学業回避的な行動をとるものの、"将来の学業生活を展望する"という対処方略をとることで、学業に対する意欲を維持していることが示唆されたのです。これは、「今は自分の思っていたものを講義で学ぶことができないから、勉強には取り組めない。しかし、シラバスを見たり先輩から話を聞いたりしたところによると、学年があがると自分の期待通りの学びができそうだ。だから、今後に期待しよう」という形で、学業への意欲を維持しようとする方略です。ここで、今述べた学業に対するリアリティショックやその対処といったデータから得られた知見に加えて、さらに次の2点がこの研究のポイントとして指摘できると考えられます。
 1つ目として、この研究の調査対象者は学業に対するリアリティショックを経験することで学業回避的な行動をとりながらも、学業に対する意欲は維持しているような語りをおこなっていました。一般的に、学業回避的な行動は大学や教員の側から見れば学業不適応だとみなされます。しかし彼らはそのような行動をとりつつも、将来の学業生活を展望することで学業への意欲を維持しようとしており、その意味では適応的だったと考えることができます。このように、誰にとっての適応なのかを考える必要性が1つめのポイントだといえます。
 2つめとして、このショックが語られるときの形式が、「講義で学ぶことができないから、勉強には取り組めない」という受動的なものだったということです。既に述べたように、この研究は学業に対して意欲のある学生が対象となっていたため、このような受動的な語りをどのように捉えるのかは重要なポイントになるでしょう。そしてこの点については、大学生の生徒化という概念での説明が有効だと思われます。大学生は学生であり生徒ではありません。しかし、現代の大学生は生徒として自身の大学生活をおくり、学業に取り組んでいることが指摘されています。受動的な学業観(学ぶべきことが大学が準備してくれる)もその一つです。これらの点から、意欲は高いものの、その意欲は「やる気はあるから、どんどん与えてくれ」といった受動的な意欲である学生が存在する可能性が指摘できます。この、生徒化した大学生の意欲の高さという、従来とりあげられることがなかった点が2つ目のポイントとなります。
 そしてこれらの2点から、学業適応研究を行う上で、大学生が学業を自分の生活の中にどのように位置づけているのかという点を考慮にいれた検討が必要だということができるでしょう。

現在の研究と今後の展望
 現在は、この面接調査で得られた結果を前提とし、質問紙による調査を進めています。具体的には、学業に対するリアリティショックを測定する尺度を作成し、学業意欲や時間的展望との関連を検討したり、学業に対する意味づけの違いによる、学業に対するリアリティショックへの認知や対処の差異を検討したりといったことがあげられます。今後は、面接調査や質問紙調査で得られた知見を実際の大学教育の現場で生かすことができるように、支援・介入に関する研究を行うことができたらと考えています。 
 
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