若手研究者研究紹介2:
近江 玲(お茶の水女子大学大学院人間文化研究科)
第2回は,若手研究者の近江玲先生にご自身の研究をご紹介いただきます。 近江さんはお茶の水女子大学大学院(人間文化研究科)に在学中で、 実験研究やパネル研究、内容分析など様々な研究手法を用いた研究を行い、 教育工学の分野でも活躍されています。ここでは、近江さんが行われてきた 一連の研究の中から、テレビ視聴がパーソナリティの知的側面に与える影響 に関して簡単にご説明いただきました。
テレビ視聴がパーソナリティの知的側面に与える影響
お茶の水女子大学大学院人間文化研究科 博士後期課程
近江 玲
大宅壮一氏が、「テレビによって、国民の『一億総白痴化』運動が展開されている」という記事を週刊誌に著し、「一億総白痴化」という言葉が当時の流行語になるほどの反響があったのは、1957年のことでした。それからすでに半世紀あまりがたちますが、テレビが視聴者の知能、創造性、学力といった、パーソナリティの知的側面に与える影響に対する、社会における認識は、それほど変わっていないように思われます。つまり一般的に、テレビ視聴は、視聴者、特に知的な成長期にある幼児期から児童期の子どもたちの知的側面に、悪影響を与えていると考えられているのです。
しかし、テレビの悪影響論が根強い一方で、日本においては、日常的なテレビ視聴が子どもの知的側面に与える影響を実証的に検討する試みが、充分に行われているとはいえない状況です。そこで、私は、NHK「子どもによい放送プロジェクト」に協力研究者として参加させていただき、日常生活におけるテレビ視聴が知的側面に与える影響を検討するための、同一の調査協力者を対象とした複数回にわたる調査研究や、パネル研究を実施しています。ここでは、「子どもによい放送プロジェクト」の予備調査として行われた、小学5年生を対象とした調査の結果をご紹介したいと思います。
全体的な視聴量が知的側面に与える影響
予備調査では、首都圏近郊に住んでいる100名あまりの小学5年生を対象に、半年間隔で2回の調査を実施しました。1回目の調査では、テレビ視聴量、知的側面(一般的知識、社会的規則の理解、空間処理、数的処理、推理、言語の6つの側面)、両親の学歴・収入などのSES関連変数、読書、自宅学習、塾通いなどの知的活動の頻度を測定しました。2回目の調査では、1回目と同じテストを使用し、知的側面を再び測定しました。そして、重回帰分析を行い、1回目の知的側面を統制した上で、1回目のテレビ視聴量が2回目の知的側面をどのように予測するかを検討しました。
その結果、テレビ視聴量は、空間処理の成績を高めると同時に、言語の成績を低めました。こうした予測効果は、SES関連変数や知的活動の頻度を統制しても有意なままでした。テレビ視聴量が、読解力をはじめとする言語能力を低めるということは、欧米で行われてきたパネル研究でも示されており、本研究の結果は、こうした先行研究による知見と一致しているように思えます。しかし一方で、テレビ視聴量が空間処理能力を高めるという結果は、これまでの先行研究では見られなかったものです。空間処理能力は、テレビ視聴量との関連が検討されることが多くないため、今後さらに検討を重ね知見を確認する必要がありますが、本研究の結果は、テレビ視聴量が子どもの知的側面に与える影響は、知的側面の種類によって異なる可能性を示唆するものであるといえるでしょう。
教育番組が知的側面に与える影響
さて、テレビ視聴が知的側面に与える影響を検討する際には、テレビ視聴の量だけではなく、その質にも注意する必要があります。特に教育的な番組の視聴は、子どもの知的側面にポジティブな影響を与えるということが、多くの実験研究によって繰り返し指摘されてきました。そこで、本研究では、テレビの全体的な視聴量だけでなく、教育的な番組の視聴量が子どもの知的側面に与える影響についても検討しました。
本研究の対象者は小学5年生だったため、先行研究で効果が検討されてきた、幼児向けの教育番組はほとんど視聴していませんでした。そこで本研究では、子どもがよく視聴している番組の教育性を大学生3名に評定してもらい、全員が教育的であると評定した33番組を教育番組と定義しました。そして、それら教育番組の視聴量が知的側面をどのように予測するかを、全体的な視聴量と同様に、重回帰分析によって検討しました。
その結果、教育番組の視聴量は、社会的規則の理解の成績を高めました。これは、本研究の対象者が特によく見ていた教育番組が、社会問題や人間関係にまつわる問題を扱っていたためと考えられます。したがって、幼児向け教育番組を見なくなった児童期の子どもであっても、教育的番組の視聴によって、知的側面がポジティブな影響を受けるという可能性が示されました。
今後の課題
ここまで紹介してきた予備調査のあと、同様の研究手法を用いて、小学1年生と小学4年生に対する、3年間にわたる3波パネル研究を実施しています。今後は、このパネル研究のデータを分析し、予備調査によって示された知見が、より長期的にも、また、異なるコーホート間でも確認されるかどうか、検討していく予定です。また、テレビ視聴が知的側面に与える影響において、どのような媒介変数が存在するかについても、詳細に分析を進めています。今後研究を重ね、保護者のかた、教育関係者のかたが、子どもとテレビの望ましい付き合い方を模索する手がかりに少しでもなるような知見を提供していけたらと考えています。
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