若手研究者研究紹介4:
中谷陽輔(同志社大学文学研究科心理学専攻)
第4回は,若手研究者の中谷陽輔先生にご自身の研究をご紹介いただきます。中谷さんは同志社大学(文学研究科心理学専攻)に在学中で,臨床発達心理学の分野で活躍されています。ここでは,中谷さんが行われてきた一連の研究の中から,「アイデンティティと居場所」について,研究上の問題意識と展望についてご説明いただきました。
現代青年のアイデンティティ形成に関する検討 〜臨床発達心理学的観点に基づいて〜
同志社大学文学研究科心理学専攻
中谷陽輔
研究の動機および現在の問題意識
"あなたはだれ?(Who are you?)"―――「ソフィーの世界(ヨースタイン・ゴルデル著 池田香代子訳)」の主人公ソフィーは,物語の冒頭で,この一文だけが書かれた不思議な手紙を手にします。今思えば,アイデンティティを自分の研究テーマとして選んだのも,このようなアイデンティティに関する問いについて,自分自身,色々と考えるところがあったからなのでしょう。
私は,元々の興味・関心もあって,臨床発達心理学的観点に基づき,青年期のアイデンティティ形成について研究しています。具体的に言えば,現代青年のアイデンティティ形成はどのようにして促進・阻害されうるのか?といった問題について,質問紙調査を主な手法として,可能な限り,実証的に明らかにしていきたいと考えています。ここで言うアイデンティティとは,自我心理学者エリクソンが提唱したego identityを指します。定義はやや難解なので省略しますが,私としては「これまで生きてきた他でもない自分自身を,自分が生きている(生きていく)社会の中でうまくポジショニングできているかどうか」といった感じにとらえています。
私はこれまで,現代青年(大学生)を対象にした質問紙調査を行い,アイデンティティ形成の度合いが低い者ほど精神的健康度や自己評価が低いことなどを見出し,何らかの支援を行う必要性を再確認してきました。そして最近になって,臨床実践の場で目の前にいる青年を支援するために,何らかの形で活かせる有益な知見を産出したいという思いが強くなってきました。今回は,そんな私が試行錯誤しながら取り組み続けているアイデンティティ研究について,特に最近の研究内容および今後の展望を述べていきたいと思います。
アイデンティティと「居場所」について
先に述べた問題意識に従って,私は,近年アイデンティティの問題について語られる際,アイデンティティと「居場所」が関連づけて述べられることが多くなっているという現状に注目しました。たとえば,「居場所がない」と感じられる状態は,アイデンティティが拡散・混乱している状態と結びつくのではないか,「居場所を見出す」ことがアイデンティティの形成に役立つのではないか,といったような言説です。しかし,これらは心理学的研究として実証されているわけではないため,現在私は,「居場所」とアイデンティティの関連性について明らかにしようと試みています。一般的に用いられる「居場所」という言葉には,場所(自分の部屋,家庭の居間など),人(友人,恋人など),時(家族といる時,友人といる時など)といったように,様々な意味合いが含まれており,先行研究の操作的定義や知見もまだまだ一貫していないため,研究上,難しい側面もあるのですが,その人にどのような「居場所」が必要なのかを明らかにしていくことは,アイデンティティ形成を含め,発達支援としてはとても意義のあることだと考えています。
まず現時点では,場所としての「居場所」に焦点を当てています。結果としては,たとえば,自分の「居場所」を列挙してもらうという単純な課題でも,ひとつしか自分の居場所を挙げられない人よりも,複数の居場所を挙げられた人の方が,アイデンティティ形成の度合いは高いことが見出されました。しかしながら,自分の自由に思考・行動できるような「一人の居場所」と,他の人に受容されたり認められたりするような「特定の他者(家族・友人など)がいる居場所」といったように性質が異なることも見出されたため,より詳細な検討が必要だと考えています。また,さらなる前提として,「居場所」をアイデンティティ形成の規定要因と位置づけられるかどうかについて,縦断調査を実施して因果関係を検証していく必要があると考えています。
おわりに
ここまで,アイデンティティが拡散・混乱している青年に対する支援の必要性および,その方向性について,自分の調査結果を基に述べてきました。こういった曖昧なテーマに関して質問紙調査を行う際,大事なことは,まずは該当テーマを整理した上で,その中での自分の立ち位置や問題への切り口をはっきりさせることだと考えています。そう考えると,ここで述べた内容にしても,研究としては不十分かつ未だ模索状態なところが多分にありますが,読者の方々には,どうぞご寛容頂きたいと思います。
最後になりましたが,このような拙文を載せる機会を授けて下さった皆様に感謝いたします。そして,ここまで読み進めていただいた読者の方々にも,伏して御礼を申し上げたいと思います。パーソナリティ心理学という,これまた個人に密接な課題に取り組み続ける「若手」の方々が,自分(の研究)に自信を持つとともに,批判的な視点を忘れないように,そしてそれらを活かしてさらに前進できるように,願っています。
――いつか,そこは道になる。
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