若手研究者研究紹介9:
木戸 彩恵(京都大学大学院教育学研究科)

 

 第9回は,若手研究者の木戸彩恵先生にご自身の研究をご紹介いただきます。木戸さんは京都大学(教育学研究科)に在学中で,化粧やよそおいをテーマに研究を行われています。ここでは,木戸さんが現在の研究を行うきっかけとなったこと,現在までの研究成果,今後の展望などについて ご説明いただきました。


対話的よそおい ―日常における自己と他者の視点の交換―

京都大学大学院教育学研究科
木戸 彩恵

はじめに
 勉強よりも何よりもファッションやオシャレに関心をもっていた学部生時代。特に深い意味もなく,当時所属していたゼミで研究テーマを「化粧」に決めました。そこが私の研究の始点となり,現在に至るまでよそおいをテーマとして研究を続けています。


素朴な疑問からの出発
 いざ研究を始めようとして化粧に纏わる文献を紐解いてみると,化粧研究の文脈の中では,女性が化粧をするということと,化粧によって心理的・社会的に何かしらのポジティヴな効用が得られるということが前提として存在していることに気付きました。卒業研究では先行研究に倣い化粧行動と性格特性の相関について検討したものの,論文を書き進めていくうちに物足りなさを感じるようになりました。そして,このような研究からよそおいの本質に迫ることは難しいと思い始めるようになり,よそおう行為が人生発達の中でどのようにして生成されていくのか,行為主体にとってどのように体験されるものなのかという素朴な疑問を改めて問い直すことこそ重要なのではないかと考え,大学院でさらに研究を続けることにしました。


文化的行為としてのよそおい
 大学院進学後,研究のヒントを掴むために,女子大学生を対象としてインタビュー調査を実施しました。調査協力者となってくれた女子大学生たちは,幼少期から調査時点に至るまでのライフ・ストーリーと化粧との関わりやよそおいのこだわりについては饒舌に語れました。けれども,「あなたはなぜ化粧をしているの?」とよそおう理由について質問を投げかけると,彼女たちは途端に考えこんで語れなくなってしまいました。インタビューを繰り返していくうちに,彼女たちがそもそも語ることばを持っていないこと,無自覚によそおいに纏わる行為を実践しているということが分かりました。
  こうした社会・文化的文脈に埋め込まれた習慣的な行為は,何らかの軋轢が生じ,自らの価値を相対化しなければならない状況に陥ることによって,初めて行為者の眼前に立ち現われてくるものです。実際,海外在住の女子学生を対象にしたインタビュー調査から,新たな社会・文化的文脈に参入することや既存の価値観から一旦開放されることによって,それまでに行ってきた行為の捉えなおしをし,さらに自ら選択した行為として状況に合わせて意識的によそおうようになることが明らかになりました。


よそおいを通して自己の在り方を考える
また,従来の化粧研究では,よそおった結果として心理変容が起こるという因果関係が強調されてきました。しかし,よそおいは他者を含めた(場所・文脈・状況のような)宛先と行為者との相互作用に他なりません。鏡に向かってよそおうまさにその瞬間に,行為者は自らの過去の経験に基づいて(想定した)他者や宛先と対話をすることになり,相手に対峙するための自己を創り上げていくのです。よそおうという一連の過程は,時空を超えて行為者を未来へとスイッチングするための一つの手段であり,心理変容はこの時点で既に生じていると考えられます。つまり,よそおうことは他者との関係を作り上げることでもあるのです。
  「ファッション」の語源は「行為・党派」を表すラテン語であり,よそおいは本質的に,自己や人生の在り方を問うことに繋がっています。特に近年は「外見重視の時代」ともいわれるほど,ヴィジュアルへの関心は高まってきており,よそおいにも多様化・細分化の傾向が見られます。同様に,自己についても,確固とした1つのものというよりもむしろ,他者との関係性に応じて対話的に生成されるものとして捉え直されるようになってきています。


今後の研究の針路
多様な自己が求められる現代において,美容の専門家やコスメ・フリークなどは,よそおいによるモードの使い分けを日常生活のレベルで自然と実践しています。しかし,より一般的には,多くの情報が氾濫しすぎていることから,逆に1つの選択肢しか選べないというパラドクスも起こっています。
  女性支援や教育の場ではアイデンティティやコミュニケーションといった問題は重視されるものの,化粧やよそおいといった問題にあまり目が向けられていないばかりか,場合によっては否定されてしまうことすらあるのが現状です。そのため,今後は教育や支援の現場で,個人の「心を活かす」ための有効な手段としてのよそおいの可能性を開くことを目指して研究を進めていきたいと考えています。


おわりに
取り掛かりは単なる個人的な関心でしたが,今ではよそおいは自己や人生の在り方と密接にかかわる深いテーマだと認識しています。物事の本質に迫ることは容易ではありませんが,これからも学術的な関心と日常の経験の狭間で,この1つのテーマについて模索しつづけていく所存です。
  研究者として未熟な私にとって,このような文章を書かせていただく経験は,これまでの自分自身の履歴を確認し,整理する作業として大変重要な意味を持ちました。貴重な機会を下さった学会関係者の皆さまに心より感謝申し上げます。最後に,この文章を読んでくださった方と共に新たな対話を生成していくことができれば幸いに存じます。

 
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