若手研究者研究紹介12:
長谷川 晃(早稲田大学人間科学研究科)

 

 第12回は、若手研究者の長谷川晃先生にご自身の研究をご紹介いただきます。長谷川さんは早稲田大学(人間科学研究科人間科学専攻)に在学中で、臨床心理学の分野で活躍されています。ここでは、長谷川さんが精力的に研究されている「抑うつ的反すうの持続過程に関する研究」について、研究を行うきっかけとなったこと、現在までの研究成果、今後の展望などについてご説明いただきました。


抑うつ的反すうの持続過程に関する研究

早稲田大学人間科学研究科
長谷川 晃

研究を始めたきっかけ
 物事を悲観的に考える癖のあった私は、大学入学前から臨床心理学に自然と興味が湧いていました。また、説得力のある説明がないと納得できない私にとって、理屈で勝負する認知行動理論は相性の良い考え方であったように思います。
 私が抑うつ研究に取り組み始めたきっかけは、研究室の先輩である勝倉りえこさん(現原田メンタルクリニック)と伊藤義徳さん(現琉球大学)が実施されていた、抑うつ傾向低減に及ぼすマインドフルネストレーニングの効果研究に感銘を受けたことでした。John D. Teasdale先生のICS理論に基づいた研究が、私の抑うつ研究の端緒となりました。最初の研究を実施したのが、2004年の初夏のことでした。

現在の研究状況
 現在は抑うつ的反すうの持続過程に関する研究を中心に行っております。抑うつ的反すうとは、自己の抑うつ気分・症状や、その状態に陥った原因・結果について消極的に考え続けることを指します。一連の研究の取っ掛かりは、研究室の先輩である金築優さん(現帝京平成大学)と2006年春に開始した、抑うつ的反すうに関するメタ認知的信念の研究でした。
 私たちはまず、文献において「反すう」がどのように定義されているのか調べることから始めました。反すうは、抑うつと関連する概念として多くの文献で取り上げられていましたが、研究者ごとに異なる定義がなされた概念でもありました。文献を読み進めていくと、@Susan Nolen-Hoeksema先生(現Yale大学)の定義が最も多くの文献で採用されている、A@の定義から、特に思考パターンのみが切り取られ、議論の対象とされやすい、BAの思考パターンは特に"depressive rumination"と呼ばれている(現Exeter大学のEdward R. Watkins先生のグループなど)、ということが分かりました。そこで、私たちは「抑うつ的反すう」を研究の対象とすることにしました。
 続いて、私たちは抑うつ的反すうに関するポジティブな信念の研究を行いました。この信念は、反すうする利益と反すうしない不利益に関する信念を指します。まず、自由記述式調査で得られた結果を元に、この信念を測定の対象とした尺度を作成しました。続いて、作成した尺度の得点と抑うつ的反すう傾向を測定する尺度の得点との関連性を検討しました。その結果、反すうする利益に関する因子は抑うつ的反すうとの関連性が示されず、海外で得られた知見とは異なる結果が得られました。これが私たちの研究のターニングポイントとなりました。海外で作成された尺度の翻訳版を用いた検討や、抑うつ的反すう傾向の高い大学生を対象に実施した半構造化面接の結果などから、抑うつ的反すうと関連しやすい信念の内容がいくつかに絞られることが示唆されました。

   現在私が注目しているのは、反すうすることが自己や状況の洞察に繋がるという内容の信念です。私たちの一連の研究で、この信念は抑うつ的反すうとの関連性が比較的見出されやすいことが分かりました。また、この結果は、抑うつ的反すうを誘導することが気そらしを誘導する場合よりも、自己や状況の洞察が得られたという評価に繋がりやすい、という先行研究で得られた知見とも一致していました。ここから、抑うつ的反すうは、自己や状況に関する洞察を得るという目標により、能動的に持続されているという仮説が生まれました。洞察を得るという目標は、問題解決行動や環境の情報への注目を伴わず、ただ考え続けるだけで達成されます(洞察されたことの客観性には疑問がありますが)。そのため、この目標が抑うつ的反すうと関連しやすいのではないかと考えました。
 抑うつ的反すうは、自己・状況・将来のネガティブな評価や、ネガティブな自伝的記憶の想起などを促します。つまり、抑うつ的反すうに従事した個人は、受け入れがたい自己の特性や、嫌悪的な過去・現在の状況を「理解し」、絶望的な将来が待ち受けていることが「分かる」のです。納得できない(本人にとっての)現実は、洞察を得るという目標を持続させることも考えられます。
 このように、個人の目標を軸にネガティブ思考の持続過程を考察する点は、Pennsylvania大学のThomas D. Borkovec先生の理論に強く影響を受けました。

今後の展望
 上記の仮説は、話としては成り立っているかもしれませんが、まだ十分なデータによって支持されていません。また、抑うつ的反すうには個人の特定の目標が関与し、能動的に持続されているということすら、まだ説得力のあるデータによって支持されていません。以上の点は私の現在の最大の関心事ですので、検討するための方法をよく考えてみたいと思います。もちろん、臨床的な問題は、特に制御困難性によって特徴づけられます。能動性と制御困難性という2つの側面から、抑うつ的反すうの持続過程を考えることが必須であるかもしれません。
 私自身が現在考えております他の課題は、「反すう」のアセスメントツールの整備と、抑うつ的反すう傾向の改善に有効な介入技法・アプローチの考案です。前者については、「反すう」という概念や測定方法について共通見解がないことを危惧してのことです。多くの先生方に納得して頂けるようなアセスメントツールを提供できるよう、検討を重ねたいと思います。後者については、臨床心理学の研究は、得られた知見が臨床実践に生きて初めて意義がある、という考え方に基づいています。少しでも現場に貢献するアイディアを提供できるよう、今後も研究に励みたいと思います。

 
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