若手研究者研究紹介18:
長谷川由加子(上智大学大学院総合人間科学研究科)

 

 第18回は,長谷川由加子先生にご自身の研究をご紹介いただきます。長谷川先生は現在,上智大学大学院総合人間科学研究科に在学されており,感情体験を語ることと噂の伝播の関連について研究を行われています。ここでは,研究のきかっけ,現在の研究状況,今後の展望などについてご説明いただきました。


感情体験を語ることと噂の伝播の関連

上智大学大学院総合人間科学研究科
長谷川由加子

研究のきっかけ
 先月、ある中学校でのいじめ問題をきっかけに、世間では再びいじめ問題への注目が高まっていました。しかし、いじめ問題は私が中学・高校生の頃も、それよりもっと前も、変わらず存在している重要な社会問題の1つだと思います。
 いじめにも様々な種類がありますが、悪口は時代や規模を超えた、普遍的ないじめの手段の1つだと私は思います。悪口とは、その場にいない第3者を悪く言うことです。それはつまり、自分の第3者に対する嫌悪感や怒りを露わにすることでもあります。一方、いじめられた側も、しばしば信頼のおける人に相談をします。いじめに限らず相談というのもまた自らのネガティブな気持ちを他者に語る行動です。
 こうした背景から、感情―主にネガティブ感情―を、他者―特に友人―に語るとはどのような意味を持つのか、ということに、私は興味を持ちました。

現在の研究状況
 最初に、相談行動に関わる問題として、「感情体験を話すことが話し手にとってどんなメリットをもたらすか」を検討しました。感情を話すと楽になるという通説は、既にPennebakerらによって多くの研究が蓄積されていますが、私はカウンセリングの場面というよりは、友人に相談する場面を想定した研究を行っています。実験の結果、友人に感情体験を話し、受け止めてもらっても、ネガティブな感情が軽減されることは無いことが明らかになりました。また、自分のプライバシーを話すと相手との関係が強まるということもしばしば指摘されていますが、それも聞き手の態度に依存する部分が多くあります。
 こうした実験結果は、感情体験を語っても話し手に明確なメリットが無いことを示します。では、なぜ私たちは友人に自らの感情体験を語るのでしょうか?私は、「噂」という観点から、感情体験を語ることの集団に対する効果に注目しました。そして研究テーマは、冒頭のいじめとの関連から、「他者Xとの間で起こった(特にネガティブな)感情体験を友人に話すことが、集団内でXの(悪い)評判や噂が広まることにどのように繋がっていくのか」へと変わりました。
 実は他者に感情体験を語るということは、体験者Aと聞き手Bの2者に留まる話ではありません。AさんがBさんに話した内容が、更に多くの人へと伝わっていくことは十分にある話です(Christophe & Rime, 1997)。例えば、AさんがXさんに酷いことを言われ、それをBさんに泣きながら話した場面を浮かべて下さい。おそらくBさんは、驚き、またXさんに怒りを覚えるかもしれません。更には、その強い怒り感情のため、Cさんに「XさんはAさんにこんなに酷いことを言った」と怒りながら話すかもしれません。それに驚いたCさんはDさんに、Dさんは更にEさんに・・・と話していくと、いつの間にか「XさんがAさんに酷いことを言った」という話が、その集団内に広まっていきます。このことは、“Xさんは酷い人である”という評判を、その集団の人たちが共有することを意味しています。こうした評判が噂を聞いた人たちの態度変容を促せば、その集団の人たちはXさんとあまり付き合わなくなるかもしれません。
 このように、感情体験と評判の伝播は密接な関連があると考えられますが、噂や評判の伝播と感情を関連づけた研究はまだ多くはありません。そのため、まずは今まで「感情体験」としてまとめられていたエピソードを細分化し、どのような感情体験が他者に話されやすいかを検討しました。回想法を用いた質問紙調査の結果、(1) 人々は自分の感情体験を話す際、自分のミスに関する(自業自得と思われる)エピソードも人から被害を受けたことも同じ位思い出し友人に話すが、(2) 友人から聞いた感情体験では対人関係上のトラブルがよく思い出されることが明らかになりました。更に現在は、その出来事が引き起こした感情の強さとその出来事を人に伝えることとの関連を、実験室実験やフィールド実験を用いて検討しています。

今後の展望
 今後は、感情と噂/評判の伝播の関連を調べ、更に感情を伴う評判がターゲットに対する態度に与える影響について検討したいと考えています。評判は、初対面の人と協力関係を築くか否かを決める際の重要な手がかりになります(Sigmund & Nowak, 2004)。しかし、評判が伝達されるメカニズムや、そのメカニズムへの感情の関与については、あまり検討されていません。更に、感情を基盤として評判が伝わり、その評判によってターゲットに対する態度がネガティブに変化するのであれば、こうした評判の伝播による態度変容のプロセスを解明することは、冒頭の悪口によるいじめや風評被害の問題を解決するために重要な課題であると考えています。

 最後に、このような機会を与えて下さいました、パーソナリティ心理学会関係者の皆様、および最後まで本ページをお読み下さいました皆様に心よりお礼申し上げます。

 
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