若手研究者研究紹介19:
三井里恵(早稲田大学大学院人間科学研究科)

 

 第19回は,三井里恵先生にご自身の研究をご紹介いただきます.三井先生は現在,早稲田大学大学院人間科学研究科に在学されており,青年期における身体と自己についての研究をなさっています。ここでは,研究のきっかけ,現在の研究の状況,今後の展望などについてご説明いただきました。


青年期における身体と自己についての研究

早稲田大学大学院人間科学研究科 人間行動・環境科学研究領域
三井里恵

テーマに取り組もうとしたきっかけ
 中学生のとき、地元の小さな書店である雑誌を見つけたことが、私の研究関心の始まりです。その雑誌は「身体改造」を専門に取り扱う雑誌で、紙面には、色とりどりの絵柄で彩られた皮膚や、美しくデザインされた傷痕、いくつもの金属に貫かれた耳朶などの写真が数多く掲載されていました。そのとき浮かんだ「人はなぜ、自分の身体をいじるのだろう」という素朴な疑問が大学生になっても頭から離れず、それがだんだんと研究の動機へと変わっていきました。
 心理学におけるリストカットやダイエットについての研究知見では、青年期の身体と発達には密接な関係があることが指摘されています。だとすれば、リストカットやダイエットと同様に身体を志向する実践である身体改造もまた、青年期の発達に影響を及ぼすことが考えられます。そのため、卒業研究では、若者における身体改造実践をテーマにすることにしました。

メインで取り組んでいる研究テーマ
 私は、若者の間で流行している「身体改造」という実践を通して、現代において人が自ら自分の身体の形を変えることがどういった意味をもつのかについての研究をおこなっています。身体の形を変える実践について,文化人類学においては「生きている人体の一定の部分に,長期的ないし不可逆的な変形や傷を意図的につくる習俗」を「身体変工(mutilation)」と定義しています.身体変工は,世界の様々な地域で、穿孔(pierce),焼灼(branding),瘢痕文身・刺青(tattoo),創痕(scarification),補綴(prosthesis),去勢(castration)割礼(circumcision),纏足(foot binding)など様々な方法で行われている実践です.
 近年若者たちの間で流行する身体改造の実践においてもほぼ同様の方法が用いられているのに加えて,特に最近では舌を蛇のような二股にするスプリットタン(tongue splitting),耳を一度切断し好みの形に縫合するもの(ear reshaping)や,皮下にシリコンなどを埋め込むインプラント(implant)など,身体の変形を志向する新たな方法が次々に生み出されています。
 これまでの心理学研究において、自分の身体に傷をつけることはネガティブなものとしてみなされてきました。現代における身体改造も同様の枠組みで捉えられており、身体改造経験をもつ若者の攻撃性の高さや精神健康度の低さが問題となっています。しかし、現代における身体改造はそれほどネガティブな実践であるといえるのでしょうか。身体改造は、先の私の中学時代の経験のように、田舎の小さな書店で見かけることができるほど、ポピュラーなものとなっています。また、ここ最近出版された身体改造実践を特集する雑誌の表紙には「意志が肉体を,そして人生を変える!!」とのコピーが踊り、そこには自ら積極的に自分の身体をいじることで自分を作り変えていこうとするような若者の姿がありました。
 よって私の研究では,身体を変形させる意義が明示的なものである身体変工と,そうした文化的な意義が消失しているのにもかかわらず,現代においてなされる,身体を変形させる実践とを区別するため,「身体改造」を「宗教・文化的な意義の及ばない限りにおいてなされる人為的な操作によって身体を変形させる実践」と定義し、研究を行っています。

研究方法と研究の面白さ
 現代における身体改造について研究するために、まず、身体改造実践を望んだり、実際に実践したりしている若者に話を聞き、身体改造そのものを捉えなおすことが必要であると考え、インタビュー調査を実施しました。
 実際にインタビューをしたところ、特に興味深かった結果は「若者は、自分の人生について色々考えているが故に、身体改造を実践する」ということです。身体改造についての、「若者は後先のことを考えないから、自分の身体に穴をあけたりスミを入れたりできるのだ」という言説は、みなさんもよく耳にされることがあるのではないでしょうか。しかし、身体改造実践を経験した若者は、自らの過去や未来に対する、いかんともしがたい葛藤を乗り越えるための方略として、身体改造を実践していたことが明らかになりました。つまり若者は自分の後先を考えているからこそ、身体改造を実践するのです。

今後の展望
 今後は、若者が葛藤を乗り越えるための方略として身体改造実践を選択するのはなぜなのか、また、身体改造実践を選択する若者と選択しない若者にはどういった差異があるのかについて、定量的な側面と定性的な側面の両側面からアプローチを行うことで明らかにしたいと考えています。
 加えて、身体改造についての知見を積み重ね、ゆくゆくは、現代を生きるわれわれがどのような身体観を有しているのかについての研究を行いたいと考えています。現代では、科学技術の発展によって、人間が生身の身体のパーツを入れ替えたり、身体の一部を切って譲渡したりといったことが可能になりました。しかし一方で、身体をそのように取り扱うことに嫌悪感を覚える人が確かに存在します。しかし、身体の取り扱い方によって嫌悪感を覚えてしまうのはどうしてか、ということを自分で説明できる人はあまりいません。身体は、われわれにとって非常に身近なモノでありながら、そのあり方について語ることが困難になってしまうような複雑さを有しています。私の研究を媒介として人々の身体観が炙り出されることで、身体をめぐる問題に悩む人々の助けになることを願い、これからも研究に励みたいと思います。

 
Homeへ戻る 前のページへ戻る
Copyright 日本パーソナリティ心理学会