若手研究者研究紹介20:
竹田剛(大阪大学大学院人間科学研究科)

 

 第20回は,竹田剛先生にご自身の研究をご紹介いただきます.竹田先生は現在,大阪大学大学院人間科学研究科に在学されており,摂食障害患者の自尊感情に関する研究をなさっています。ここでは,研究のきっかけ,現在の研究の状況,今後の展望などについてご説明いただきました。


摂食障害患者の自尊感情を高める心理教育プログラムの開発

大阪大学大学院人間科学研究科
竹田剛

はじめに
 私が学部生時代に最も注力したことは、予備校での進路指導アルバイトでした。そこでは主に、生徒さんに対して学習方法や受験校選択のアドバイスを行いました。それに加えて、彼らの受験勉強に伴う辛さや、こころをざわめかせるような悩みについて時折話し合いました。「クラスメイトはみんな頭の切れる奴ばかりで、自分の居場所がない」「ありのままの自分を受け容れられない」。このような悩みから、「自分に自信が持てず、ちょっとしんどくて、なかなか勉強に集中できない」と俯きがちに話す生徒さんと幾度か関わりました。そのなかで私は「彼らが自信を持てるようになるには,どうすれば良いのだろうか」と漠然と考えるようになりました。自分を“これでよい”と評価する感覚である自尊感情との出会いは,ここにあるように思います。

自尊感情と摂食障害
 大学院に入り,自尊感情がらみで何かやりたい…とさまよっている中で,摂食障害と出会いました。摂食障害は“食べない・食べられない・食べたら止まらない”という食事に関する異常行動を中心とするこころの病です。その治療の過程では,自尊感情の問題がしばしばクローズアップされます。例えば罹患しやすい性格として,自尊感情の低さが度々指摘されています。また患者さんも「自分を好きになれない・受け容れられない」という旨をカウンセリング中によく話されますし,治療過程を「“自分”を築いていく旅」と表現される方もいらっしゃいます。このことを知った私は,摂食障害(とくに神経性過食症:以下BNと省略します)をもつ患者さんの自尊感情がなぜ低いのか,どうすれば高められるのかについて考えたいと思うようになりました。
 自尊感情を構成する要因の一つに,自己概念があります。これは自分自身をどのように捉えているかというイメージのようなもので,“これでよい”のか“よくない”のかについての判断を下す対象といえます。自尊感情を上げるには,“これでよい”と思える自己イメージを増やすか,今あるイメージを“これでよい”と思えるように発想を変えていく方法がよく用いられます。そこで,BN患者さんの自尊感情を上げるための第一歩として,まずはBN患者さんがどういう自己概念を持っているのかを調べることにしました。
 質問紙調査の結果,BN患者さんは8つの特徴的な自己概念を持っており,そのうち5つの自己概念が特に自尊感情の形成に大きな影響力をもっていることが分かりました。続いてインタビュー調査を行い,5つの自己概念についてより詳しく話を聞いたところ,自尊感情を低めてしまうような自己の捉え方が多く聞かれました。
 例えば,5つの自己概念のうちの「他者視線を意識する自己」は,自分自身に否定的な評価を下しながらも,他者から理解され受け容れられたいと願う自己の一側面です。この自己概念からは,他者の意見に合わせてしまい,なかなか自分の本音を言えずに苦しむ患者さんの様子がみえてきました。また「前向きな自己」は,他者の顔色を伺う辛さや摂食障害に関わるトラウマ体験を,何とかポジティブに捉えなおそうとしている自己の側面です。自分を前向きに捉えようと努力していますが,その背景には傷ついた自己が横たわっていることがわかりました。
 そして,これらのような自己概念が複雑に絡み合っていることも明らかになり,そこから患者さんが抜け出せず,自尊感情が低いままに維持されている様子が伺われました。この結果からBN患者さんには,まずこの絡み合いに対する自覚を高め,それらをほどいていく作業が必要であるように思われます。

これからの展望
 そこで有効なのが,心理教育ではないかと考えています。心理教育は,こころの病を引き起こしている考え方や悪循環について患者さんに説明するカウンセリングの手法ですが,それを通して患者さんに自覚を促し,そこから抜け出す方法を考える手助けができるといわれています。“これでよい”と評価できる自己概念を作っていくにしても,見方を変えていくにしても,まずは今の自己概念のあり方について知識を深めることが第一歩であると思います。それをふまえて私は現在,BN患者さん特有の自己概念の強さをアセスメントする質問紙を作成し,心理教育の手続きについてデザインを進めているところです。
 この手続きに関連して,“状況に応じて変動しやすい自尊感情”である状態自尊感情に関する研究も進めています。心理教育の効果を正確に測定して有効性を確認するために,まずは向上しやすい自尊感情の側面からアタックしていこうというわけです。もちろん,最終的には変動の少ない,より安定的な自尊感情の側面を向上させることも考えています。このように,自尊感情という概念そのものについても知識を深めていきたいと思っています。


おわりに
 自尊感情や摂食障害は奥の深い概念であり,かつ研究されてきた歴史も長いものです。その分,検討すべき内容も膨大にあると思います。しかし,それらで苦しむ方が一人でも少なくなるよう,研究を進めていけたらと考えています。
 最後になりましたが,このような貴重な機会を与えてくださった,日本パーソナリティ心理学会関係者の皆さま,および最後まで文章を読んでくださった皆さまに,心よりお礼を申し上げます。

 
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