若手研究者研究紹介23:
野崎 優樹(京都大学大学院教育学研究科・日本学術振興会特別研究員)
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第23回は,野崎優樹先生にご自身の研究をご紹介いただきます。野崎先生は現在、京都大学大学院教育学研究科に在学され、日本学術振興会特別研究員(DC1)として、情動知能の社会的機能とその向上要因についてご研究されています。ここでは、研究のきっかけ、現在の研究の状況、今後の展望などについてお話しいただきました。 |
情動知能の社会的機能及び向上要因の検討
京都大学大学院教育学研究科
野崎 優樹
研究のきっかけ
私が心理学に興味を持ったのは,高校で世界史を学んだときでした。科学技術が進歩する一方で,それを使う側の人間は昔から戦争などの多くの過ちを繰り返してきたことを学び,今後は発展してきた科学技術を用いる,私たちの人間性の発展が問われる時代が来るのではないかと感じました。そこで,社会的な能力のモデル化やこの能力を身につけていく過程を理論化し,実証的に検証していきたいと思い,現在の研究を進めています。
現在の研究状況
私たちが,他者と協調しながら社会生活を送る上で,自己と他者の情動を適切に認識し調整する能力は重要な役割を果たします。この能力の個人差は「情動知能」として概念化がされており,現在の私の主な研究テーマとなっています。
私のこれまでの研究では,「(1) 情動知能の社会的な機能」,「(2) 情動知能の向上要因」の2つを主に検討してきました。まず,「(1) 情動知能の社会的な機能」に関して,これまでの情動知能研究の多くは,幸福感や良好な人間関係の構築など,個々の行動の積み重ねにより結果として生じる指標との関連が検討されてきました。一方で,特定の場面での行動に対して情動知能の個人差がどのように反映されるのかは,十分明らかにされていませんでした。そこで,情動知能の個人差が現れてくる場面として,「仲間はずれが生じた場面」に着目し,仲間はずれの被害者が加害者に対して報復行動を試みている際に,情動知能が高い人は仲間はずれの被害者の報復行動を止めようとするのか,それとも報復行動を支持するのかを検討しました。実験の結果,情動知能の下位要素のうち,他者の情動を上手く認識し調整できる人ほど,自分が仲間はずれの加害者に報復するのを止めようと思っている場合には,仲間はずれの他の被害者に対しても報復行動を抑制するように働きかけていました。一方,自分が仲間はずれの加害者に報復しようと思っている場合には,仲間はずれの他の被害者の報復行動を支持する働きかけをしていました。このことから,情動知能の社会的な機能として,自己の目的に応じてそれを達成するように,他者の情動的な行動に働きかけることがあると考えられます。
また,後者の「(2) 情動知能の向上要因」に関して,知識を定着させ,実際の場面で行動に移していくためには,頭で理解するだけでなく,日常経験を通じた実体験に基づく理解も重要であると言えます。しかし,先行研究では,日々の生活で情動を認識し調整する経験が,情動知能の向上に影響を与えるのかどうかが検討されていませんでした。そこで,調査研究を行った結果,ストレスを経験した際にネガティブな情動を適切に扱う経験がトレーニングのように働き,情動知能が高まりうることが明らかになりました。このことから,特別な教育プログラムを経験しなくても,日々の生活での社会経験により,情動知能は変化しうるものであると考えられます。
今後の展望
情動知能のような社会的な能力は,まだまだメカニズムのモデル化が発展途上であると感じています。今後の研究では,社会的な場面で自他の情動を調整する行動を支えるメカニズムを,個人差も含めてモデル化することにより,情動知能を高めるということは何が変わるということなのかを明確にしていきたいと考えています。そして,情動知能を高める上で効率的な方法や限界を明らかにし,教育場面などへ応用していきたいと考えています。
最後に、このような機会を与えて下さいました学会関係者の皆様に心よりお礼申し上げます。
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