若手研究者研究紹介32:
西村 多久磨(東京大学大学院教育学研究科・日本学術振興会特別研究員)

 

 第32回は,若手研究者の西村多久磨先生にご自身の研究をご紹介いただきます。西村先生は現在,東京大学大学院教育学研究科・日本学術振興会に所属され,社会的価値の内在化のご研究をされています。ここでは,研究を始めたきっかけや研究の具体的な内容,今後の展望についてご説明いただきました。


社会的価値の内在化:社会的活動の価値を,人がどのように自分の中に取り込んでいくのかを説明する研究

東京大学大学院教育学研究科・日本学術振興会特別研究員
西村 多久磨

現在の研究を始めたきっかけ
 私は,興味のあることは一生懸命やりますが,興味がもてないことはできるだけしたくないという人間です。子どもっぽいと言われてしまうかもしれませんが,実際,中学や高校では,自分の好きな教科(数学)しか勉強しませんでしたし,他の教科の勉強にはなかなか身が入りませんでした。ただ,そうはいっても,人は自分の好きなことだけで生きていけるわけではありません。世の中,自分の興味が持てることが満ち溢れていればいいのですが,興味を持てないけどやらなければならない活動もあるはずです。
 エドワード・デシとリチャード・ライアンが提案した自己決定理論は,動機づけの種類を想定し,それらの動機づけを社会的な価値の内在化の指標にしています。私が,この理論に出会ったのが今から8年前。端的に言うと「どうしたらやりたくない活動に対してやる気をもって取り組むことができるのか」という問いに対して,一つの説明を提案してくれるのがこの理論です。「どうして好きになれない国語や英語を,なぜ勉強しなければいけないのか」と,多少,若かりし日の私はやさぐれていたので,まずは勉強という題材をテーマに,この理論に関する基礎的研究を始めることとしました。また,ちょうどその時,「学力低下」もしくは「学力の二極化」といった社会問題があったのも,この研究をはじめる後押しになりました。昔のことなのではっきりと覚えてはいませんが,当時の私は,せっかく研究をするわけですから,自分の個人的関心を通して社会的貢献もできればと大層なこと考えていたような気がします。

現在の研究の状況について
 学習を行うことに対する価値の内在化を測定する尺度(動機づけの尺度)を開発し,この尺度をもとにいくつかの研究をしました。わかっていることは,まずは子どもが「楽しい」もしくは「自分に役立つ」という経験があれば,内在化は進む(自律的な動機づけが持てるようになる)ということです(これはあたりまえの結果ですね)。ただ,例えば「テストで良い結果を取る」などの成功経験は必ずしも内在化を促進させるかというと,そうとは言い切れないようです。今のところ,私は質問紙法で研究を進めていたので,詳細については実験などを用いて検討していく必要があると考えています。
 また,子どもの学習動機づけの変化にも興味をもっており,縦断調査をしました。その結果,海外の研究では,全般的に動機づけが低くなるようですが,私の調査では,そのような結果は得られませんでした。動機づけが低下するというのではなく,自律的な動機づけと他律的な動機づけのバランスが,他律的な方向に移行するという結果が得られました。この結果は,学習を行うという価値に対して内在化が後退することを意味しています。

今後の研究について
 今,関心を持っていることは,やはり日本の子どもの動機づけの特徴とは何かということです。子どもの学習動機づけの変化についての研究で,海外の研究と異なる結果が得られましたが,次の私の課題は,“なぜ異なる結果が得られたのか”を説明することになります。これは非常に大きな課題です。教育システムによる違いなのか,教育方針による違いなのか,その要因を見極めて検討しなければなりません。私のライフワークになりそうな予感がします。
 また,この研究テーマに関連して,学習動機づけの変化については,結果の追試をしなければいけないと考えています。たまたま私が実施させていただいた調査校の子どもでは,海外の先行研究とは異なる結果が得られたのかもしれません。さらに,1年の期間をおいて学習動機づけの変化に着目しておりましたが,例えばその期間を半年もしくは3カ月など短くしていき詳細な検討を行う必要があります。学習動機づけの変化,すなわち内在化の度合いの変化は,小学校から中学校の学校移行期で起こると考えていますが,もしかしたら,中学校に入学してからの数カ月でこのような現象が起こっているのかもしれません。今後は,今まで得られてきた成果を深く掘り下げたり,ひとつの結果を精緻化させたりする研究をしていきたいと考えております。

最後に一言
 この度のインタビューを通して,私自身の研究を振り返ることができました。またこれからしたい研究も明確になりました。今後も,得られた研究成果については学会などで積極的に発表していきたいと考えておりますので,これからも皆様からご指導いただけましたらば幸いにございます。
 また,最後になりますが,このような素晴らしい機会をくださいました日本パーソナリティ心理学会の皆様に感謝申し上げます。どうもありがとうございました。



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