若手研究者研究紹介38:
小林 智之(福島県立医科大学医学部 特別研究員)

 

 第38回は,小林智之先生にご自身の研究をご紹介いただきます。小林智之先生は,同志社大学大学院心理学研究科で博士号(心理学)を取得されたあと,現在の所属機関でリスクコミュニケーションの研究に携わっておられます。福島第一原発事故による健康不安について,「専門家や保育士,自治体の職員がどのような対応をすることが可能なのか,また,健康不安を抱える人々が自由な生活を取り戻すためにはどのような対応が必要なのか」を考え,日々研究に邁進しておられます。今回は,若手のホープである小林智之先生に,研究者を目指すことになったきっかけやこれまでの研究概要,また今後の展望について語っていただきました。


排外的な態度にひそむメタステレオタイプの働き

福島県立医科大学医学部 特別研究員
小林 智之

研究者を目指すきっかけ
  学部生のはじめの頃は研究者になろうという気は毛頭ありませんでした。研究への興味は,心理学の講義を聞いているなかで強く抱くようになりました。
  人は,だいたいにおいて合理的であったり道徳的であったりしようとするものですが,しばしば体に悪いとわかっていながらやめられなかったり,他人を攻撃して傷つけたりすることがあります。当時の私からすると,そうした問題は“だらしがない,もしくは常識がない人間がすること”として片付けられるものでした。しかし,心理学ではそれが人間の本質であるとでも言うように,理論立てて説明されます。人間のダメなところを頭ごなしに直せと言うのではなく,どうしてそうなるのかを考えようという姿勢は,そのときの私にとって非常に新しく,面白いことでした。

研究の内容
  私が研究で扱っているのは,外集団の成員に対する排外的な態度の問題です。自分とは異なる思想や文化をもつ者を否定する行為は,信仰心や愛国心の表れとも解釈できますが,特定の個人に対する差別や敵意を導きやすいことから問題視されることが多くあります。
  これまでの社会心理学の研究においては,そのような外集団の成員に対する態度は,ステレオタイプ(特定の外集団に対するイメージ)の働きによって説明されてきました。しかし,近年の国内における排外主義運動など,現実の問題に目を向けると,他民族に対するネガティブなイメージよりも,むしろ他民族から自分たちに向けられたネガティブなイメージに論点が置かれていることがあります。そこで,私は,外集団から内集団に向けられたイメージに関する認知(メタステレオタイプと呼ばれる)の働きに着目して,内集団と外集団の成員間の相互作用を研究してきました。
  私自身の一連の研究結果から,ネガティブなメタステレオタイプ,すなわち「外集団から(自分が所属する内集団に対して)ネガティブなイメージを抱かれている」という認知は,外集団の成員に対するネガティブな態度の返報を導くことで,良好な集団間関係の障壁になっていることが示唆されました。また,このメタステレオタイプの働きは,従来の集団間葛藤の軽減方法(たとえば,集団間接触や平等主義的な信念の育成)ではうまく抑制できない可能性も示されました。
  現実の問題に鑑みても,外集団の成員に対する排外的な態度の問題においては,メタステレオタイプの働きにも対応することが重要となるでしょう。次いで実施した研究では,内外集団が相互に依存し合っているという考えを持つことによって,たとえネガティブなイメージを抱かれていると認知した場合であっても,外集団の成員に対するポジティブな態度が導かれるという結果が示されました。今後は,この知見に基づきながら,ネガティブなメタステレオタイプの働きに対応する方法を具体的に提案していく必要があると考えられます。

今後の展望
  これからの私の研究生活においては,より具体的な社会問題に焦点を当て,研究の活かし方を考えていくことに価値があると感じています。私は,社会問題に直接従事する実践家ではありませんが,未熟ながらも研究者として,エビデンスに基づく実践の一端に少しでも貢献できれば幸いであると考えます。

  最後になりましたが,このような貴重な機会を賜り,関係者の皆様に心からお礼申し上げます。また,私の拙い文章をお読みくださった皆様にも深く感謝申し上げます。



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