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人間らしさとはなにか?─人間のユニークさを明かす科学の最前線

(マイケル・S・ガザニガ(著),柴田裕之(訳),2010年,インターシフト)

目次

はじめに 人間はなぜ特別なのか?
PartⅠ 人間らしさを探求する
1章 人間の脳はユニークか?
2章 デートの相手にチンパンジー?
PartⅡ ともに生き抜くために
3章 脳と社会と嘘
4章 内なる道徳の羅針盤
5章 他人の情動を感じる
PartⅢ 人間であることの栄光
6章 芸術の本能
7章 誰もが二元論者のように振る舞う
8章 意識はどのように生まれるか?
PartⅣ 現在の制約を超えて
9章 肉体など必要か?
あとがき 決定的な違い

 

 「人間らしさ」,すなわち人間独自の脳機能について,心理学,神経科学,人類学,進化生物学,遺伝子工学,機械工学といった広範な領域の知見を網羅的に取り上げながら考察する。2008年に刊行された原著は“HUMAN”という壮大なタイトルを掲げるが,量的にも質的にも決してタイトル負けしない大著だ。原著者のガザニガは,脳梁が切断された分離脳患者の研究で著名な,認知神経科学の大家である。
 ガザニガは本書の冒頭で「元気で,良い仕事をして,連絡を忘れずに」という人気ラジオパーソナリティの言葉を紹介し,「人間の複雑さを余すことなく捉えている」と称賛する。相手の幸運を祈り,他者に危害が及ぶことを望まず,連絡を取りたがる。類人猿はこのようなことを思ったりしない。なぜ人間だけがこのような思考をするようになったのか?このような思考をする人間の脳は他の生物といかに異なるのか? 
 まず人間の脳や知能の独自性に着目した第一部では,他の哺乳類には見られない人間の脳の各部位の器質的な特徴を挙げ(第1章),さらにコミュニケーションの観点から,類人猿と人間の知能の違いについて述べている(第2章)。そして突出した人間の社会性に焦点を当てた第二部では,まず自然淘汰や性的淘汰,食物の変化によって人間の社会性が増大したという説を取り上げた後(第3 章),倫理観,道徳的感情に特化したモジュールや(第4章),共感や他者視点取得の能力,そしてミラーニューロンの機能について考察し(第5章),これらが進化の過程で身につけた独自の(もしくは他の生物よりも格段に高性能な)能力であると述べている。第三部では,さらに高次の「人間らしさ」に踏み込む。美的感覚や芸術,創造性に繋がる認知システムや(第6章),心身二元論的な思考の背景にある脳の解釈装置を取り上げた後(第7章),意識のメカニズムの探求へと展開する(第8章)。第8章では分離脳患者を対象とした実験が紹介され,自己関連情報の処理に際しては左右の脳がそれぞれ異なるアプローチを行っていることが示唆されており,非常に興味深い。そして最終部(第9章)では,ロボットの人間化あるいは人間のサイボーグ化は可能か?という問題に挑み,前者にNOを,後者に警告を提示している。
 多領域に渡る知見が統合された著作であるだけに,いくぶん羅列的になってしまう,新奇性に富む内容ばかりではない,といった短所は見受けられる。しかしながら,入門者や,今日までの知見を整理したいという人には,打って付けの一冊であろう。自分自身が心理学の枠組みの中で扱っている問題が,認知神経科学や進化生物学といった領域ではどのように実証され解釈されてきたのか,照らし合わせて理解を深めたいというニーズにも十分に応えてくれる。また,著者特有のウイットに富んだ具体例が(時にサービス過剰にも感じられるほど)隋所にちりばめられている点も本書の魅力の一つである。(文責:徳永侑子)

※本書評の執筆にあたり,(株)インターシフト様のご協力を賜りました。ここに記して厚く御礼申し上げます。

(2013/2/8)