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ゆがんだ認知が生み出す反社会的行動-その予防と改善の可能性-

(吉澤寛之・大西彩子・G. ジニ・吉田俊和(編著), 2015, 北大路書房)

目次

序章 認知主義と認知のゆがみへの注目
第1部 認知のゆがみのメカニズム
 第1章 認知のゆがみの背景理論
 第2章 認知のゆがみを説明する諸理論(包括的レビュー)
 第3章 認知のゆがみの脳科学的基盤と凶悪犯事例との関連
 第4章 認知のゆがみの測定方法
第2部 認知のゆがみと社会的適応
 第5章 認知のゆがみと攻撃行動
 第6章 認知のゆがみといじめ
 第7章 認知のゆがみと少年非行
第3部 認知のゆがみの修正と予防
 第8章 犯罪者・非行少年を対象とした認知のゆがみの修正
 第9章 学校現場における認知のゆがみ
第4部 認知のゆがみの最前線:ヨーロッパの動向
 第10章 認知のゆがみと反社会的行動:ヨーロッパの動向
 第11章 中等教育の教育者におけるEQUIPの実践
 第12章 中学校と矯正施設における青年の認知のゆがみの増加,予防,軽減

 

 いじめや少年非行など,反社会的行動による事件が後を絶たない。本書は,反社会的行動をしてしまう個人の特徴として「認知のゆがみ」に着目し,反社会的行動の背後にあるメカニズムと,予防と改善の可能性に関する研究を紹介している。本書で述べられている通り,反社会的行動にアプローチする際には,マクロな社会構造の影響という観点から研究を進めていくこともできる。しかし,環境の影響を受けつつも,自由意志に基づき行動選択をする個人についての研究も同時に進めなければ,反社会的行動が生じる過程や,予防や改善の可能性を完全に解き明かすことはできない。このような視点に立ち,本書では心理学的な研究が中心に紹介されている。
 第1部では,認知のゆがみの理論・脳科学的基盤・測定方法がレビューされている。反社会的行動に関わる認知のゆがみは,おもに社会学,生物学,心理学の領域で扱われてきた。第1章では,各学問領域の代表的な理論や,学問領域を超えてこれらの理論を統合する近年の試みが紹介されている。続く第2章では,「Banduraの社会的学習理論と道徳不活性化モデル」,「Gibbsの認知的歪曲理論」,「Crick & Dodgeの社会的情報処理モデル」といったこの分野を代表する心理学の理論が紹介されている。さらに,第3章では凶悪犯事例やサイコパスとの関連から認知のゆがみの脳科学的基盤が,第4章では「How I Think (HIT) Questionnaire」などの認知のゆがみを測定する多様な方法が紹介されており,認知のゆがみと反社会的行動の関係についての研究背景や手法を深く理解することが可能になっている。
 第2部では,認知のゆがみと攻撃行動・いじめ・少年非行との関連が説明されている。まず,第5章では,攻撃の社会的情報処理モデルの観点から,攻撃の加害者に生じうる認知のゆがみとその形成要因が説明されている。続く第6章では,いじめ問題に焦点を当て,いじめの加害者・被害者・無関与者に生じうる認知のゆがみに関する国内外の研究が紹介されている。第7章では,少年非行に焦点を当て,社会的情報処理・道徳不活性化・認知的歪曲などの理論と結びつける形で,非行少年に見られる認知のゆがみが解説されている。このように社会的に関心の高いトピックについて,その背後に見られる個人の情報処理過程の特徴が広く紹介されている。
 第3部では,認知のゆがみの修正や予防を目指したトレーニングプログラムが紹介されている。第8章では,犯罪者・非行少年を対象として,認知のゆがみの解消に焦点を当てた社会的スキルトレーニングや,注意機能・記憶力・実行機能などの認知能力の向上を目的としたトレーニングの実践例が紹介されている。第9章では,学校現場を対象として,生徒に向けて実施された心理教育の内容と効果が説明されている。このように,反社会的行動の予防や改善に向けて,認知のゆがみを対象としてどのような介入方法が可能であるのかを知ることができる内容となっている。
 最後に,第4部では,このトピックに関する欧州での研究動向が紹介されている。第10章では,欧州で行われきた認知のゆがみと反社会的行動との関連についての研究が網羅的にレビューされている。そして,第11章と第12章では,教育者のためのEQUIPプログラムに焦点を当て,学校現場および矯正施設にて,認知のゆがみの修正を目指したトレーニングプログラムの,カナダ・スペイン・オランダでの適用事例とその効果が紹介されている。さらに,第12章では,認知のゆがみに対する性別や教育水準,民族的背景の影響についても説明されている。第4部の各章は欧州の新進気鋭の研究者や著名な研究者により書かれており,海外の先進的な研究動向を知ることが可能になっている。
 このように本書では,いじめや少年非行などの社会的に関心が高いトピックが取り上げられている。さらに,ただトレーニングプログラムの内容を紹介するだけではなく,「認知のゆがみ」に着目し,理論的背景やメカニズムに踏み込んだ研究の紹介もされている点が特徴的である。単に反社会的行動の予防や改善にいくらか結びつくプログラムを開発するだけならば,理論やメカニズムに関する議論は必要ないのかもしれない。しかし,効率的かつ効果的なプログラムを開発するためには,どの要素を介入対象とするかを見定め,プログラムの内容を洗練させていく必要がある。そのためには,反社会的行動を引き起こすメカニズムを実証的に解き明かし,理論的背景や基礎研究の知見を踏まえて,プログラムの内容を考えていくことが重要である。また,この手続きを踏むことで,なぜそのプログラムが効果的であるのかを,本人や第三者に対して納得できる形で説明することも可能になる。本書で取り上げられている「認知のゆがみ」は,このような理論に基づいた反社会的行動の予防や改善方法を考えていく上で,非常に効果的な介入対象であると感じた。このテーマに関心を持つ研究者や実践家の方に,広くお薦めしたい一冊である。(文責:野崎優樹)

・本書評の執筆にあたり,(株)北大路書房のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2015/4/12)