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基礎からのベイズ統計学 ―ハミルトニアンモンテカルロ法による実践的入門―

(豊田秀樹(編著),2015,朝倉書店)

目次

第1章 確率に関するベイズの定理
第2章 確率変数と確率分布
第3章 ベイズ推定
第4章 メトロポリス・ヘイスティングス法
第5章 ハミルトニアンモンテカルロ法
第6章 正規分布に関する推測
第7章 さまざまな分布を用いた推測
第8章 比率・相関・信頼性

 

 心理学の学問分野では,近年,ベイズ統計学に基づくデータ分析を積極活用するべきだとする議論が盛んになってきている。p値の大小だけに着目する帰無仮説検定の限界を克服できる,データを複数回収集して知見を随時更新するなどビッグデータ時代に適した分析を実施できる,といったベイズ統計学の利点を耳にしたことのある方も多いのではないだろうか。
 しかし,帰無仮説検定に慣れ親しんだ多くの心理学研究者の中には,「専門性が高く,学習するのが大変そうだ」とベイズ統計学を縁遠いものと感じる人もまだまだ多いだろう (というよりも,評者自身もその1人である)。市場に出回る「ベイズ」と名の付いた書籍の大半は,数理統計学の専門家向けに書かれたものや,ソフトウェアの動かし方を詳しく解説したもので占められており,「ベイズ統計学のことを初歩から学びたい」という声に応える書籍はこれまで稀少であった。ベイズ統計学への着目が日増しに強まる一方で,ベイズ統計学を本格的に学び始めるための糸口はなかなか見出せない,というジレンマを多くの心理学研究者は抱えているのではないだろうか。
 本書は,多くの心理学研究者が抱える上記のようなジレンマを解消することを目的とした画期的な書籍として位置付けられる。前提知識となる確率や分布の考え方から,丁寧にわかりやすく解説を進めていくことで,数理的な議論になじみの薄い読者であっても段階的にベイズ統計学を学習できる内容となっている。
 第1章から第3章は,「基本部」と位置づけられている。まず,第1章では,「事前確率をデータに基づいて更新し,事後確率を求める」というベイズ統計学の基本的な考え方が解説される。第2章では,ベイズ統計学の考えに基づいた推定の方法を学ぶための前提として,データの種類や性質に応じて様々な確率分布が考えられて活用されてきたことが解説される。第3章では,「事前分布をデータに基づいて更新し,事後分布を求める」「事後分布をもとに,推定したい母数がどの範囲にあるかを示す確信区間を求める」といった,ベイズ推定の基礎が解説される。
 第4章と第5章では,「サンプリング部」として,実際にベイズ推定を行って事後分布を評価するための具体的な手法が紹介される。第4章でサンプリングに関する基礎知識についての解説がなされた上で,第5章では,上級者でなくとも実践しやすい手法であるハミルトニアンモンテカルロ法が解説される。続く第6章から第8章では,「実践部」として,様々なデータの種類や目的に応じてどのようにベイズ推定を実施していくのか,豊富な具体例に基づく解説がなされる。
 「基礎からのベイズ統計学」というタイトルが示す通り,本書では,ベイズ統計学になじみの薄い読者の内容理解を促すための工夫がいくつも用いられており,その点が本書の最大の長所といえる。「基本部」「サンプリング部」「実践部」のいずれにおいても,まずは前提知識から丁寧に,例題を交えて解説するという構成が取られている。また,各章の末尾には復習のための問題が設けられており,書籍の末尾には「実践部」で紹介した分析例のコードも掲載されている。これらの工夫によって,手を動かしながら時間をかけて学習を進めれば,ベイズ統計学の基礎的な理解から分析の実践まで,誰もが一通りをマスターできる内容となっている。
 ただし,ベイズ統計学を本格的に学ぼうとするモチベーションがそこまで高くない読者にとっては,確率や分布といった基礎からコツコツと解説を進めるという本書のスタイルが,かえって取っつきづらいものに感じられるかもしれない。欲を言うならば,なぜ今ベイズ統計学への着目が高まっているのか,なぜソフトウェアの動かし方ではなく分析の仕組みについて詳細に解説するのか,冒頭で1章を割くなどして集中的に解説しても良かったのではないか。ベイズ統計学に「ちょっとした興味」を抱く読者をぐっと引きつけ,単なるHow toにとどまらない,しっかりとした学習へと誘っていく工夫が施されていれば,ベイズ統計学の入門書としての本書の価値はより一層高いものとなったであろう。(文責:樫原 潤)

・本書評の執筆にあたり,(株)朝倉書店のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2016/11/1)