インタビュー企画10:谷口淳一

 第10回は帝塚山大学の谷口淳一先生にインタビューをさせていただきました。谷口先生は「親密な関係における自己呈示」を研究テーマとされていますが,現在取り組んでおられること,そこから何が見えてくるのか,パーソナリティとの関係は,などを中心にお伺いしたいと思います。

■ 私の研究テーマ−自己呈示

―――まずは先生の現在の研究テーマについてお聞かせください。

 私は友人や恋人関係について研究をしているのですが,とりわけ,お互いの関係の中で自己呈示がどのような役割を果たしているのかについて注目し,研究を進めています。

―――「自己呈示」が先生の研究のキーワードなわけですね。では,そもそも自己呈示に関心を持たれたのは何がきっかけでしょう。

 心理学の勉強を始める前から,「本当の自分」というものに興味がありました。自分自身の行動を観察してみると,接する人が誰であるかによって対応を変えているのですが,それは自分を繕っているのかな,では本当の自分でどんなのだろうとかを漠然と考えていました。
 そんなことを考えているうちに大学院に進んでから,自分をいかに見せるかという自己呈示の観点から研究してみたらいいのではないかと気づきました。

―――実際に自己呈示の研究に取り組んでみて,何か気のついたことはありましたか。

 はじめに,自己呈示を取り上げた研究をいろいろとレビューしてみたのですが,自分の中でひとつ大きな違和感がありました。というのは,従来の自己呈示研究は初対面場面を取り上げた実験的研究が大半で,実際に継続的な関係で自己呈示を取り上げた研究はほとんど見当たらなかったのです。
 たしかに自分が相手にどのように見えるかは,その相手と親密になるにつれ気にしなくなると考えられるので,継続的な関係の中での自己呈示を検討することに研究的意義はないということになってしまうのも仕方ないことかもしれません。実際に恋人関係で「釣った魚にえさをやらない」と言われるように,交際が進むと次第に相手に優しくしなくなったり,外見を気にしなくなったりすることはよく見られるようですから。

―――先生の場合,親しい間柄どうしでの自己呈示に関心を持たれたというわけですね。

 はい。たとえば友人や学生さんと世間話をしていて,話題が恋愛の話になったとき,意外と恋人のことをよく見ていたり(あるいはその逆も),決して恋人に無頓着ではなかったりするのだなと実感することがよくありました。
 そんなこんなで,たとえ親密になるにつれて恋人に優しくしなくなるものであったとしても,当の本人たちはお互いにそれをよしとしているわけではないのではないかなと考えるようになりました。そう考えれば,継続的な関係の中でも自己呈示というのは重要な役割を果たしているのではないかと思い,研究に取り組み始めることとなりました。

―――先生が実際に行った研究で,新たに発見したことはどんなことでしょう。

 大学院時代は親密な異性関係における自己呈示について研究を行っていました。異性と親密になるほど自己呈示への動機づけが高まるのかを調べたりしたのですが,異性の友人よりも恋人に対して,外見的魅力や有能さ,社会的望ましさ,個人的親しみやすさ,といったイメージを相手に示したいという動機づけが高くなっているとの結果が得られました。
 恋人関係は異性の友人関係に比べると関係が確立しているので,対処すべき問題も少なくなって,結果的に自己呈示への動機づけは低いと一般的には考えられがちですが,これとは異なる結果が得られたわけです。それから,恋人であれ異性の友人であれ,親密であるほど自己呈示への動機づけが高くなるようです。つまり,少なくとも異性に対しては,恋愛感情を感じていたり相手との関係が重要だと思ったりするほど,自己呈示への動機づけは高まるというわけです。

―――なるほど。つまり我々は「釣った魚」にもちゃんとえさをやろうとしているわけですね。「自分の場合はどうだろう」なんて思わず考えてしまいました。 ところで,自己呈示の動機づけは高まるとして,具体的にはどんな自己呈示をしようとするのでしょう。

 私が行った研究では,恋人をはじめ,親密な異性には自分自身が思っている以上に自分のことをポジティブに評価してほしいと望み,そしてそのような自分の姿を相手に示せていると思っており,さらに,そうやって相手に示した自分自身のことを,現実の自己像とかけ離れたものとは考えていないということが明らかになりました。BossonとSwannはこのような現象を「誠実なカメレオン効果」と呼んでいます。つまり,われわれはカメレオンのように相手によって見せる自分自身の姿を変化させるのですが,それぞれの姿を本当の自分が反映されたものであると考えているというわけです。

―――自分の理想像を相手に呈示しているうちに,相手どころか自分もその気にさせてしまう。何やら「ピグマリオン効果」とも相通じるところがありそうですね。でも,こういう自己呈示の方略は,たとえば対人関係にどのような影響を及ぼすのでしょうか。

 最近は,大学新入生を対象として友人関係の形成において自己呈示が果たす役割についていくつかの研究を行っています。その一端をご紹介させていただきますと,友人に対して理想的な自分像を呈示することで,その後の友人からの評価が高くなり,それが自らの関係満足感と友人の関係満足感をともに高めていることが示されました。その一方で,関係の初期に必要となる自己呈示と,関係の進展や維持の段階において求められる自己呈示とは異なると考えられることを示唆する結果も得られ,関係の進展に伴い,求められる自己呈示は能力面の有能さから人格面の親しみやすさにシフトすると考えられます。まとめるならば,相手に「親しみやすい,好意的な人物」であると思われることが関係の質を高めるということであると解釈しています。


■ パーソナリティとのかかわり

―――話は少し変わりますが,先生ご自身のご研究とパーソナリティとの関係についてはどのようにお考えですか。

 まだ,積極的にパーソナリティを取りあげた研究は行えていないのですが,今後,パーソナリティを考慮に入れて研究を進めていかなければいけないと思っています。
 今考えているのは,継続的な関係の中での自己呈示に関わるパーソナリティの検討です。継続的な関係の中で自己呈示を行おうとする動機や,どのような自己呈示を行うのかを左右するパーソナリティとしてどのようなものがあるのかを検討することです。セルフモニタリング傾向や公的自己意識といったものは,過去の研究からも充分にその関連がみられると思います。
 もうひとつは,パーソナリティの捉え方の問題です。パーソナリティをどのように捉えるかは厳密には難しく,研究者によって定義は異なると考えられますが,あえて時間的に安定的な傾向とすると,自己呈示研究にとって切っても切れないものと考えられます。自分自身のイメージをコントロールしようとする自己呈示はそれ自体あまりイメージがよくないようです。それは,「本当の自分」を見せる自己開示に対して,相手によってコロコロと変わる「嘘の自分」を見せているように思われているからだと考えられます。現に,大学生と話をしていると,相手によって態度を変えてしまう自分に悩んでいる学生というのは意外と多いことに気づきます。しかし,そもそも相手によって態度や自分の見せ方が変わるのは特別なことではないと思います。というよりも,誰に対しても同じ態度という人の方がおかしい気がします。たとえば,先生に対しても友だちと同じように接してくる学生はやはり失礼だし,非常識ということになります。接する相手によって見せ方を変えるというのは適応的な行動といえます。ただ,あからさまに変えすぎるのは当然のことながら,周りからも不信を招きますし,自分自身が何者かがわからなくなり,悩んでしまうことになるかもしれません。結局は程度問題ということになるのですが,見方を変えれば,安定した「自分」というものがコアとなっており,それを柔軟で可変性の高い「自分」が包んでいるというイメージで捉えるのが適当と思われます。ここでいう,安定したコアな「自分」というのがパーソナリティにあたると思います。これは行動がパーソナリティ要因と状況要因とで決まるという古典的な考え方ですが,問題はこの考えをいかに研究にのせていくかです。パーソナリティや状況(私の研究の場合は関係性にあたるのですが)が自己呈示に与える影響を単独で検討することはできますが,その交互作用が自己呈示にどう関わっていくかをダイナミックに研究できれば面白いなと考えながら,なかなかできないでいるのが現状です。          
         
■ 今後の展望

―――それでは最後に,今後の展望についてお聞かせいただけますか。

 自己呈示を研究してはいますが,実際に知りたいのは,親密な関係の形成や維持の仕方,個人の適応といった問題です。それらに自己呈示がどのように関わるのかが知りたいと思っています。現状では調査研究を中心に行なっていますが,実際のカップルを対象とした面接調査や,自己呈示の仕方をトレーニングするような介入型の研究を行い,より詳細に上記の課題に取り組みたいと考えています。

―――お忙しい中,インタビューに応じていただき,ありがとうございました。
 
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