日本における文化心理学・文化と人格 基本図書紹介

 

村松常雄編『日本人の地域性とパーソナリティに関する総合的研究報告』黎明書房 1956

 名古屋大学精神医学教室の精神科医が中心となり,臨床心理学,社会学,文化人類学 ,性格心理学者の十数名を動員して行われたフィールドワークの成果をまとめた大著。 いまは亡き村松常雄,河合春雄,丸井文男,村上英治の諸氏のほか,詫摩武俊,依田明 ,星野もこの研究プロジェクトにかかわり,米国のロックフェラー財団,フォード財団 ,精神医学財団等からの潤沢な研究資金によって,地域文化と人格に関する調査の実際 にふれ,研究意欲を促進されたことが思い出される。(星野 命)


岸本英夫(著者代表)『文化の心理』(現代社会心理学6巻)中山書店 1959

 文化の科学的研究を専門的研究領域とすることを正面からうたった学問が確立されて いるとは考えていない岸本教授が,文化の基礎的研究を行っていると考えた文化人類学 と社会心理学の成果を踏まえながら,独立の学問,文化学(science of culture)の興 隆を願って編集した本である。『文化の心理』と題をつけながら,築島謙三教授を別に すると,心理学者は一人も執筆陣に参加していないのが特徴で,岸本教授をはじめとす る宗教学者4名,文化人類学者3名,社会学者1名,倫理学者1名等によって,文化の 定義,個人・社会・文化,パーソナリティ形成における文化の役割,文化類型と変動・ 変容,そして文化の諸相として,言語・習俗・芸術・宗教・道徳がとりあげられ,最後 に日本文化の問題を岸本教授が「社会心理学の角度からみる」として,9特質を指摘し ている。
 ここでは,文化を一筋縄でとらえようというのではなく,また類型論のほかにも,さ まざまな学説や文化の諸相に関する包括的,またダイナミックな分析の可能性を指摘し ,「それらを人間の欲求にまで還元する操作を精密にし的確に試みることは,社会心理 学の今後の課題である」と心理学者の奮起をうながしている。(星野 命)


我妻 洋編『人間の行動』(現代文化人類学5巻)中山書店 1960

 今や古典ともいうべき上記叢書(ほかに,『人間の生活』,『文化』,『社会I・II 』がある)の1巻であり,宮城音弥教授による本巻に対する批判的「はしがき」に始ま り,全体が5章からなっている。第1章「文化とパーソナリティ」(理論の系譜),第 2章「人間の成長」(パーソナリティの社会的形成),第3章「社会集団とパーソナリ ティ」(未開人・文明人),第4章「文化の変動と適応」,第5章「精神異常と文化」 から構成され,巻末に詳細な注と引用文献が70頁もあるという,まさに圧巻。
 このうちの第2章とその注は星野が担当し,第5章は宮城教授が担当された。第1・ 3・4章の,我妻・祖父江孝男両氏の精力的な執筆ぶりは両氏の後年の数カ国にまたが る研究活動を示唆している。(星野 命)


築島謙三『文化心理学基礎論』勁草書房 1962

 文化心理学を成立させるのは,文化,言語および人格の3つの基本問題を踏まえるこ とだと考え,10年以上にわたる構想を, 方法論的省察と実際の現地調査報告とともにま とめたもの。全体は3部に分かれ,序説では,文化心理学の立場を7節に分けて論じて いる(例えば,民族心理学と文化心理学,文化の概念,社会心理学と文化心理学等)。 本論は,5つの章からなり,各章3〜4節に分かれていて,現代心理学における心の概 念,心の進化,言語の道具性,文化の超有機性の意味,そして「文化とパーソナリティ 」研究の発展に及ぶ。第6章は4編の調査報告にあてられ,岩手県の姉体村の農民,石 川県七尾市石崎町の漁民,日立鉱山集落の給料生活者,埼玉県北吉見村の農民のそれぞ れの「文化」と「パーソナリティの共通性」を現地に赴いて調べ,1953〜1959(昭和28 〜34)年に東京大学東洋文化研究所紀要5〜18冊に別々に発表したものを再録したもの である。
 第3部は付論で,「漁民の俗信」と「未開人の思惟の合理性について」が収録されて いる。著者は,文化心理学で扱う人格は「モーダル・パーソナリティ」であるといい, この概念をサピア,ベネディクト,カーディナーにおいて考察し,特にベネディクトの 理論と調査方法を支えとして自身の調査を実施した。すなわち,1つの村の幾人かの人 々に出会ううちに,その村ならではと思われる人の印象を入り口として,その村の歴史 ,政治,経済,宗教事情のなかにモーダル・パーソナリティ発生の条件を発見できるこ とを実感している。この点については,文化人類学者の祖父江孝男氏や星野もコメント を加えたが,全体としては,緻密な構想と歴史や政治経済・宗教といった伝統を無視せ ずに文化を論じている姿勢には敬意を表さずにはいられない。(星野 命)


城戸幡太郎『文化心理学の探究』国土社 1970

 発行は第2次世界大戦後であるが,その内容は,戦前の1920〜1937年に発表された21 編の論文の集大成。第1章「文化の形象と解釈」(1936年)に続いて,第2章「言語的 表現」,第3章「芸術的理解」,第4章「宗教的儀礼等の問題」で,各章が5,6編の 論述からなっている。文化心理学の方法論,風土に関する研究,意識の分析と語詞の分 類,源氏物語における性格表現,2つの音楽的世界観,トーテミズム,マドンナの芸術 に表現された宗教意識等,その素材の多様性と視野の広大さには敬服し,文化を一口に 論じることの浅薄さを思い知らされる。(星野 命)


祖父江孝男『文化とパーソナリティ』弘文堂 1976

 1960年に我妻洋編の『人間の行動』に「文化の変動と適応」を寄稿した著者が,その 後の文献研究と自身の調査報告(文章完成法などを用いた)を含めて,文化人類学者と しては,初めての専門書を上梓したのがこれである。今や古典だが必読書。(星野 命)


南 博『パーソナリティの心理学』(カッパ版,体系社会心理学1巻)光文社 1979

 1957(昭和32)年に単行本として初版(本文604頁)が発行された『体系社会心理学』 (全13巻)を,22年後に新書判(カッパ版)の4分冊としたものの1冊である。新版で はあるが旧著のままで,1冊で個別的な大テーマの知識が得られるとされている。初版 へのまえがきを再録し,第1章で,社会行動の心理的土台としての欲求とその社会化・ 処理が述べられ,第2章で,社会行動の基本形態としての協力・競争・攻撃等が説明さ れ,第3・4章で本題のパーソナリティの構造・形成,そしてパーソナリティと文化・ 文化型,集団パーソナリティについて詳述されている。
 アメリカで発展した研究を跡づけたとともに,家族関係や学校と習性,職業的習性, 身分的習性,地域的習性などの項目では,江戸時代から現代までの日本人作家や研究者 による興味深い記述が紹介されていて,著者の知見の深さ・広さを如実に示している。
 個人の性格論の枠にとどまらず,社会的共通性格を研究するうえで,よい手引書であ ろう。(星野 命)


星野 命編『人間と文化』(人間探求の社会心理学4巻)朝倉書店 1979

 6名の社会心理学者ほか2名による,文化の中の人間行動と心理過程,モーダル・パ ーソナリティ,異文化間コミュニケーション,ならびに異文化間研究の方法論等につい ての包括的な展望・分析と要約である。それまで心理学者にとっては人間行動に対する 間接的な「背景」としてしか扱ってこなかった文化について,その定義・種類,その分 節文化(サブ・カルチュア)をはじめ,知的行動,動機づけ,対人行動,集団過程,社 会化,精神病理等との関係が浮き彫りにされた。なお,この叢書の第2巻『人間と人間 』においては,異文化からみた人間関係が検討された。(星野 命)


龝山貞登編著『文化の心理学』朝倉書店 1983

 序章「文化を考える態度」に始まり,生活様式,社会化,ラベリング,今日のライフ スタイル等の社会的行動の様式が論じられている。そのほかに,文化の比較研究,文化 の変容,高齢者の問題,多様な環境の認知・調和のほか,洗練されたコミュニケーショ ンとしてのダンスや,「文化の自覚」が5章にわたって論じられている。コラムとして 8編の短評も収録されている。(星野 命)


箕浦康子「文化とパーソナリティ論(心理人類学)」
(綾部恒雄編『文化人類学の15の理論』中央公論社 1984 95-114頁)

 「文化とパーソナリティ」論出現の背景にはじまり,理論の特質と変容,さらに「心 理人類学」の多岐にわたる課題を展望している。全体として,簡潔で行き届いた記述。 (星野 命)


藤永 保(企画委員)『性格の科学』(講座現代の心理学6巻)小学館 1984

 6つの章からなっているが,その第3章が星野担当の「文化とパーソナリティ」,第 4章が藤永氏の「思想と人格」,第5章が鑪幹八郎氏の「個人・社会・歴史」で,いず れも力のこもったユニークな論文である。またこの講座の第8巻は『文化と人間』で, 文化人類学者,社会心理学者,社会学者,人間性心理学者が分担執筆しているが,原ひ ろ子氏の「育児・教育文化と人間形成」と,田中靖政氏の「現代日本の主体文化」が大 いに参考になる。(星野 命)


フィリップ,K.ボック著/白川琢磨・棚橋 訓訳『心理人類学:その歴史性と連続性 』東京創元社 1987

 「すべての人類学は心理学的である」という「序論」に始まり,未開人の心理,精神 分析的人類学,そして文化とパーソナリティの統合形態,基礎的最頻的パーソナリティ ,国民性研究と続き,「中論」においては「文化とパーソナリティの危機」を論じてい る。「終論」では,「すべての心理学は人類学的である」というのだから面白い。(星 野 命)


小川捷之・詫摩武俊・三好曉光編『パーソナリティ』
(臨床心理学大系2巻)金子書房 1990

 300頁にのぼる内容の第==章は,詫摩教授の「総論:性格・パーソナリティ・気質」で あり,概念規定に始まり,性格の研究史等や,「最近のパーソナリティ研究の動向」が 述べられている。第==章に星野が「文化とパーソナリティ」の執筆を担当している。ま た,第==章では,3人の執筆者が「日本人の性格」(対人意識・「甘え」・場の集団と 個など)を担当しており,他の精神医学者の執筆分(人格障害,コフートの自己,ラカ ンの教え等)とあわせて,パーソナリティ研究の視座・方法の広さ・多様性を示してい る。(星野 命)


井上忠司『風俗の文化心理』世界思想社 1995

 かねてから近・現代日本における大衆の社会心理,特に日常生活の規範意識の変化す る側面を描こうとしてきた著者が,「風俗」すなわち衣食住を中心に,社会集団の生活 上の仕方やしきたりを求め,世相史,考現学,流行論,社会意識論の視点から追求した のが第==部「風俗へのアプローチ」であり,逆に風俗の視点から地域文化,年中行事, イエ制度,家庭文化,世代感覚等に迫ったのが第==部である。「本書に一貫して流れて いるのは,『生活文化の社会心理学』(略して文化心理学)という」著者の立場である 。(星野 命)


田中一彦『主体と関係性の文化心理学序説』学文社 1996

最近の米国における認知心理学から「文化心理学」への変遷を紹介しつつ,主体(人 格)との関係が切り離せないことを強調。(星野 命)    

 
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