研究余滴


乳幼児家庭を対象にした縦断研究のウラ話



岡本依子(東京都立大学)


    「こんにちはぁ」と訪ねると,ママと子どもが迎えてくれます。私は,勝手知ったる・・・で,つかつかと部屋へ上がります。このごろは,やっとスリッパが出てこなくなりました。 私は協同研究者とともに,乳幼児家庭を定期的に訪問して,母子(または父子)のやりとりをビデオに撮り,子育てについてのインタビューをするという縦断研究をやっています。協力家庭は全部で四十件余り。子どもたちは今3歳で,この子たちがママのお腹にいたときから訪問を続けているので,もう4年になります。予定ではあと2年通うつもりです。長く通い続けているので,協力家庭のママや子どもたちとは,かなりなかよくなれたのではないでしょうか。通い始めのころは,玄関で出されたお客様用スリッパを,ビデオを撮るときにつまずくから,と断っていたのですが,今ではもう出されなくなりました。そのなじみ具合が,私にはとても心地よく感じる今日このごろのです。振り返れば,あっという間の4年間。子どもたちは予定通り年を重ね大きくなりました(当たり前ですよね)が,研究成果の方は予定を下回り,子どもの成長に分析が追いつかないのがカナシイ現実です。こんな形で子どもの成長の早さを実感するなんて・・・。
  とはいえ,私たちなりに工夫もしています。今回は,そんな工夫を紹介させてください。 このプロジェクトは,縦断研究という性質上,いかに協力家庭と信頼関係を作っていくかが鍵になります。協力家庭を訪問し,ビデオを撮ってインタビューをすると,多くのママに,「うちの子の遊んでるだけのビデオ,役に立つの?」とか「子育てのグチが研究になるの?」とか聞かれます。自分たちの提供した情報がどんなふうに利用されているのかという,当たり前の問いだと思います。そして,その問いにキチンと応えることが,研究者-協力家庭の信頼関係を確かなものにしていくひとつの方法ではないかと考えました。つまり,協力家庭に対してデータを"採りっぱなし"にせず,分析結果をフィード・バックするということです。
  そこで始めたのが,協力家庭を招いての"かんがるぅ親睦会",そして,"かんがるぅ通信"というミニコミ誌です。"かんがるぅ親睦会"は年に1回開催し,"かんがるぅ通信"は半年に1回発行しています。そこでは,協力家庭に分析結果を報告することが第一の目的ですが,ただ報告するだけでなく,できるだけわかりやすく,そしてできるだけ興味を持ってもらえるように心がけています。かなり神経質にことばづかいなどチェックしているつもりです。また,親睦会も通信も,協力家庭と研究者メンバー,あるいは,協力家庭同士の親睦を深める機会としても考えています。ですから,分析結果の報告以外に,親睦会では,親子ゲームや雑談の時間なども設け(子ども用にパネルシアターの練習までして親睦会に挑むメンバーもいます!),通信では,研究者メンバーの紹介や子育てコラムなど読みやすいコーナーと織り交ぜて作っています。 もちろん,研究者-協力家庭の関係づくりを優先したこのようなやり方は,準備も大変で実際かなり時間を割かれるので,負担に感じることもあります。それでも,分析結果に対する率直な意見や素朴な感想など,協力家庭からの"生の声"には替えられません。それに,楽しい面も決して少なくないのです。親睦会では,子どもたちとたっぷり遊べるし,通信を送付した後には,ママたちから感想をいただいたりできます。それをきっかけに始まる会話は,ふだんのインタビューからは得られない話もたくさんあります。そして,そういうところに,研究のヒントが潜んでいたりするのです。
私たちのプロジェクトの,ホントにささやかな取り組みですが,これからも続けていこうと思っています。


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