ミニ特集「エピソード*個人差」


個人差測度の使用に関するいくつかの思い


杉森伸吉(東京学芸大学)

 
 「個人差測度の使用について、ごく気楽で構わないから個人的な雑感を書いて欲しい」との、巧みなご依頼をうけ、実験社会心理学を主要な研究アイデンティティとする私ですが、思いつくままに、ごく個人的な経験を述べさせていただくことにします。
 リスク心理学の研究に携わっている関係で、以前、大手の建設会社で、作業員のヒューマンエラーによる事故数の低減という実際的な課題に取り組む機会があったときのことです。このときは、下請けの系列まで含めて10万人あまりいる作業員の事故防止のため、われわれは事故を起こす原因となる性格要因について検討しました。その中で、熟慮性−衝動性などの認知スタイルの要因や、怒りやすさなどの感情コントロール能力の要因、記憶力などの認知資源に関する要因など、事故に関係がありそうな個人差要因を取り上げ、いままでにヒヤッとした経験や、事故を起こした経験との関連を検討しました。
 そのとき、当初は、いかにも事故に関係がありそうな、「能力の過信」、「衝動性」、「注意力散漫」などの要因が、事故と関連してくるであろうと、ステレオタイプ的に予測していたのですが、結果を見てみると、これらの要因はあまり大きな説明力を持っていませんでした。いまでも鮮明に覚えていますが、一番事故に関連が深かった要因は、「ワーキングメモリーの空き容量不足」でした。性格というよりは純粋に認知心理学的な個人差が、事故に強く関連していたことが、大変意外であったとともに、「ワーキングメモリーの空き容量の維持・拡張」に焦点を当てた対策を考案・実施することで、確かに次の年度の重大事故が0件になりました。
 具体的には、事故が起きやすいのが「開始直後」、「休憩時間の前後」、「終了直前」であったことから、作業開始前に瞑想音楽とともに、作業の留意点をナレーターの女性が優しく問いかけるテープを流す「瞑想タイム」をもうけたり、自分のクセに留意してもらうために、工事現場の作業所への入所者に、われわれが作成した作業者用性格テストを実施し、留意点に関するコメントとともにフィードバックもしました。それまでの15年間ほど、会社がさまざまな対策を講じていたにも関わらず、重大事故が年間20件前後とずっと横這いで来ていたので、こうした取り組みのユニークさと成果は労働基準局にも認められ、会社の安全環境部長さんが、全国研究大会での発表者に推薦されもしました。
 こうしたタイプの個人差尺度の利用は、昔からよくおこなわれていることですが、『性格心理学研究』の編集委員として査読をしていると、こうした利用のされ方が少ないことに気づきます。「こうした利用のされ方」というのは、組織心理学的、応用心理学的に、という意味ではありません。やや硬い表現になりますが、個人差尺度の持つ「発見的価値」、「行動予測的価値」、「現象説明的価値」、「理論構築的価値」を活かした利用法、というような意味です。さまざまな制約や流行の研究スタイルを反映してのことであることは想像に難くありませんが、発見的な価値が少なく、初めから結論が尺度に織り込まれているような研究や、行動との関連が全く調べられていないにも関わらず、現実行動についてかなり一般化した結論を下しているもの、あるいは、当該尺度に焦点化するあまり、さまざまな行動や、他の心理的変数との関連について全くふれられていない研究などが増えているように感じられます。
 私自身も、いくつかの大学・大学院で質問紙や尺度構成の授業を持っているので、責任の一端を感じることですが、質問紙の作成のしかたの学習に関する学生の認識が、一種のハウツーの習得という段階にとどまっていることが多いのではないか、と思うことがあります。心理学本来の持つ奥行きを照らし出すところまで、有効に尺度を使用できる学生を、少しでも多く育てることができるよう、心がけたいと反省する次第です。そのためにも、自分自身がどのような研究や教育をすれば、より良くなるのか、歩みは遅いですが、自問と探求を繰り返していくことになろうかと思っています。


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