巻頭言

本学会の「性格」を問う

星野 命(国際基督教大学名誉教授

 昨年(2001年)9月22・23両日に東洋大学で行われた本学会の第10回大会の第一日の夜、懇親会の始まる前に、はからずもスピーチを依頼された。
 そこで何を話すか考えたとき、手もとにあった大会プログラムの諸企画の題目と研究発表の各題目に眼をやったところ、それに使用されている言葉のうち、「性格」・「パーソナリティ」・「人格」が、まちまちに使われていることに気づいたので、抄録の内容の分は除いて、その頻度を数えてみた。
 結果は、「性格」とそれを冠した言葉、たとえば「性格特徴」「性格特性」「性格記述語」「性格分析」などが14例、同様に「パーソナリティ」は、「パーソナリティ研究」「パーソナリティ理論」「パーソナリティ特性」など9例、「人格」は、それ自体と「人格特性」「人格検査」「人格障害」などが5例あり、あとの2つの用例の合計が、「性格」の場合と同数であった。そして、このことをスピーチの中で話し、特に何かを提言したわけではなかったが、フロアで聞いておられたA会員が、「本学会の名称が『性格心理学会』のままでよいか」との懸念を示された。
 そこで、今年になってからだが、第10回大会の発表論文(各2頁)等、前回の加算のさいに含めなかった抄録内容の中の用例について頻度を調べた。その結果、「性格」は93例、「パーソナリティ」は67例、そして「人格」は16例であった。あとの2つの合計は83例である。これは発表者の使い分けを示しており、数の上では「性格」が他より多いが、他の用語の方を好んでいる者が相当数いることを示す(ただ、同一人物が1つの発表の中で、同じ用語を何度も使っていることがあるので、直ちに人数を示すことにはならない)。
 どんな場合に「性格」よりも「パーソナリティ」が用いられているかを見ると、外国の研究者の理論に言及している場合と、研究対象が個人の認知構造・非言語行動・非行犯罪・アンヘドニア・臨床事例等の「性格」に比べて広範囲に属している場合とであった。また、「人格」は、「人格形成」「人格変容」「人格障害」等を語るときであった。
 そこで今度は、過去数十年間に刊行された教科書・専門書(講座・ハンドブック・翻訳書を含む)の題目について調べてみたところ、『性格心理学』『性格の心理』『性格の理論』『性格の科学』等20冊を超え、著者には、正木正・依田新・小田島左右雄・戸川行男・長島貞夫・本明寛・詫摩武俊・河合隼雄らと、鈴木乙史・清水弘司らの若手の名前があった。これに対して、『パーソナリティ』、また『パーソナリティの心理学』というタイトルの本には翻訳書が多く、J.C.フィルー、H.A.マレー、R.S.ラザルス、G.W.オルポート、C.R.ロジャーズ、R.B.キャッテル、J.B.ロッター&D.J.ホックレイヒ、R.M.アレン、W.ミッシェルらのものであった。わが国の研究者で「パーソナリティ」をタイトルに含む本を出した者は、南博、水島恵一、星野命、柏木惠子、小川捷之・詫摩武俊・三好暁光らの数冊であった。さらに「人格」を冠した心理学書は、第二次世界大戦後に、10冊近くが発行されている。今や古典というべき、佐藤幸治『人格心理学』(1956)をはじめとして、塚田毅『人格心理学概説』(1980)、藤永保『思想と人格――人格心理学への途』(1991)、星野・河合編著『心理学4:人格』(1975)があり、翻訳ではG.W.オルポート『人格心理学(上下)』(1968)、同『人格と社会との出会い』(1972)、W.デーモン『社会性と人格の発達心理学』(1990)のほか、『臨床心理学大系』の5巻(1991)と6巻(1992)は、『人格の理解1・2』という表題である。臨床・発達・社会の分野にかかわる本には「人格」がふつうに用いられている。
 「性格」を好んで使う研究者は、「気質」やそれを基礎とする情意的側面“character”に重点をおき、比較的変化しにくいものとして性格を考え、「人格」は価値的・倫理的意味合いで受けとられやすいということで、これを避けているようであるが、オルポートによれば“character”は、評価されたパーソナリティであり、パーソナリティの方こそ没価値で中立的だというのである。
 他方、私見では「パーソナリティ」は、個人および集団の、身体的・精神的・社会的特徴やそれらを統御する自我や自己・モラルを含む総合的組織体であり、成長・発達の過程において形成され変化し、成熟へと向かう存在なので、道徳性・品性、さらに「人間の尊厳性」・「人権」などの価値的側面は、当然研究対象となりうるし、してよいと思うものである。
 学会の名称も、普通名詞としての「性格」、比較的狭い分野を対象とする名称から脱却して、広汎でダイナミックな名称に飛躍する余地があるように思う。ただ、学会名の変更には会員の大多数の賛成が必要だし、必ずしも「人格」にこだわらず、カタカナの外国語が含まれてもよいと考える。「グループ・ダイナミックス学会」「カウンセリング学会」「ストレス学会」「コミュニケーション学会」等の先例もあることなので。



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