若手研究者研究紹介7:
守谷 順(東京大学大学院総合文化研究科)

 

 第7回は,若手研究者の守谷順先生にご自身の研究をご紹介いただきます。守谷さんは東京大学(総合文化研究科広域科学専攻)に在学中で,社会不安の注意機能と情動処理に関する研究を行われています。ここでは,守谷さんが現在の研究を行うきっかけとなったこと,現在までの研究成果,今後の展望などについてご説明いただきました。

社会不安の強い人に見られる視覚的注意の特徴

東京大学大学院総合文化研究科
守谷 順

研究を始めたきっかけ
 今は社会不安の注意機能と情動処理を中心に研究を行っていますが,もともと社会不安に興味があったわけではありませんでした。高校までは,ずっと数字が好きな理系でした。大学に入って初めて受けた心理の授業は,非常に新鮮だったことを今でも覚えています。特に,数式を用いて人の行動や心を予測することや,論理的に人の心を明らかにしようというスタイルに惹かれ,今いる学科への進学を希望しました。ただ,丹野義彦先生の研究室を選んだのは偶然で,その頃は自分が何をやりたいかはっきりとは決まっていませんでした。個人ミーティングでは先生を困らせていたと思います。先生とのやり取りの中,漠然とやりたいことが決まり,やり始めたのが羞恥心の研究,そして社会不安の研究でした。もともと数字が好きだったせいか,社会不安の注意(何秒たったらネガティブな刺激を見て,その何秒後にはもう見ていないなど)の研究に惹かれていったのだと思います。また,今思うと,自分のオリジナリティを発揮させることができる研究の世界は,人と同じことをしたり同じ考えを持つことが好きではない自分の性格に向いていると感じたのかもしれません。

現在の研究状況
 認知心理学的手法を用いた不安・社会不安の研究で,注目されているトピックの1つは"注意"だと思います。不安や社会不安が強い人は,ネガティブな情報・刺激にすばやく注意を向け,そこから注意を離すことが難しいという現象が報告されています。最近でこそ様々な実験パラダイムを用いて不安と注意の研究が行われていますが,それまではどの研究もほぼ同じ実験パラダイム・刺激を用いて,同じことを示していたように感じます。研究の最初は,得られた結果が信憑性のあるものか調べるためにも,何度も同様の手続きを踏むことが必要だと思われます。しかし,同じことばかりやっていたのでは先に進めない,そう感じました。特にそれまでの研究は,社会不安の"ネガティブな刺激"への注意ばかり示していましたが,この結果は,ネガティブ刺激に対する社会不安特有の情動処理によるものなのか,それとも情動処理とは別の特異的な注意機能によるものか,切り分けができていないと感じました(恐らくは両者が相互に影響を及ぼしあった結果なのですが)。後者の,社会不安と「情動処理とは別の注意機能」との関係について調べた研究はほとんどありませんでした。そこで,非情動刺激(図 形・記号など)を用いて社会不安の強い人の注意機能を調べてみると,ある傾向が見られました。社会不安の強い人は,非常に早い段階で(刺激提示後100ミリ秒ほどで)より目立つ刺激,顕著性の強い刺激(明るい刺激など)に注意を向けていることが分かりました。目立つ刺激に無意識のうちに注意が向く現象は,誰でも起こることが知られていますが,社会不安が強いほどその効果がより強いということが示されました。このことから,社会不安の強い人は,知らず知らずのうちに顕著性の強い刺激へ注意を向けていると考えられます。ネガティブな刺激に注意を向けてしまうのも,ネガティブ刺激が持つ強い顕著性によるものではないかと考えています。ただこれに関しては,ここで言う"顕著性"とは何なのか明らかにしていない以上,はっきりとしたことは言えず,更なる研究が必要であると思います。
 一方,社会不安の強い人の情動処理は問題なかったのかというと,そうでもないことも分かりました。こちらは,これまでもいくつかの研究で示されてきていますが,社会不安の強い人は曖昧な情報をネガティブにとらえてしまう傾向があります。どうとでも解釈できる曖昧な状況が書かれた質問紙による調査でも,表情が分かりにくい曖昧な顔表情を見せる実験でも,社会不安の強い人はその状況・顔表情をネガティブに考える傾向が見られました。
 ここでの注意が(非常に早い段階の処理であるため)非意図的な処理であるとしたら,社会不安の強い人は非意図的にはネガティブな刺激を処理してしまい,一方で意図的な解釈の時点では,よく分からなくてもネガティブに考えてしまう。この両者が社会不安を強める原因になっているのではないかと今は考えています。

今後の展望
 おそらく,最もこの分野に望まれていることは,不安及び社会不安を低減させる方法の提案だと思います。そしてそれに応える責任もあると思います。注意の研究など細かい実験によって得られたデータは,果たして現実の日常場面を反映しているのかと僕自身疑問に思っています。ただ最近の論文では,例えばネガティブな刺激に注意を向けないように訓練することで有意に不安が低減し,その状態が数カ月維持されることが示されてもいます。実験で得られたデータと現実との間には,意外とそこまでギャップはないのかもしれません。実際に注意の制御が不安低減に効果があるのか,先行研究に習い確認する必要があると思います。
 また,社会不安の注意機能・情動処理の個々の問題については明らかになってきましたが,個々の能力が互いにどう影響を及ぼしあっているかは分かっていません。例えば,ネガティブな刺激への注意の程度が変化したら,それに伴い曖昧情報の解釈にも変化が見られるのか,などです。社会不安に見られる様々な処理機能の関係性を1つ1つ明らかにしたいと考えています。
 最後に,今回このような自分の研究やその方向性について述べる機会を与えてくださったパーソナリティ心理学会関係者の方々,並びにこれまで研究を支えてきてくださった方々に厚く御礼申し上げます。学会等で皆様とお目にかかる機会もあると思いますが,そのときはどうぞよろしくお願いいたします。

 
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