インタビュー企画4:谷伊織(前半)

 第四回は,男性の若手研究者として,名古屋大学に在籍する谷伊織さんにインタビューしたいと思います。谷さんは,現在,ビッグ・ファイブのご研究をされています。心理学との出会いから,性格研究の難しさなどについてお伺いしたいと思います。

■略歴


―――これまでの略歴を簡単に教えてください。

 名古屋大学の教育学部人間発達科学科で心理学を学ぼうと思い入学しました。学部3年生ぐらいから心理学の研究をやりたいと思って,大学院に進学して修士2年間,博士3年間を名古屋大学で過ごしました。その後,満期退学して今は名古屋大学の大学院研究生,三重大学大学院医学系研究科の特定事業研究員,他大学での非常勤講師などをしながら,自分の研究を進めています。

―――三重大学の特定事業研究員というのは,どういったものなのですか?

 心理学とはあまり関係のない研究です。疫学調査をしています。病院を対象に質問紙調査を行い,それを集計するというものです。

―――では,ご自身のもともとの性格特性に関する研究とはまた少し違ったものなんですね。

 少しというか,全然関係ないですね。同じなのは調査方法や統計手法ぐらいです。

■ 起点

―――名古屋大学と三重大学を行ったりきたりしているわけですね。なかなか,大変ですね。抽象的な質問なのですが,心理学に興味を持ったきっかけはなんだったのですか?

 心理学に特に興味を持ち,研究者を目指してみようという気になったのは,大学の授業ですね。上級実験法という厳しい実験の授業があって,その時に担当の川上正浩先生(現:大阪樟蔭女子大学)といろんな話をして,これなら自分もできそうだという感覚を得て,ちゃんと勉強するようになりました。

―――大学の授業で興味をもたれるようになったんですね。

 そうですね。それと,その後の第五実験というプレ卒論みたいな授業もあるんですけど,指導教授の村上隆先生(現:中京大学)の指導を受けて,楽しくやれそうだと感じたのも理由です。

―――なるほど,そうだったんですね。私も心理学をやっているんですけど,他の人にどうして心理学をやり始めるようになったの?と聞くことがあまりないので,それで,興味がわいて,今ちょっとお聞きしたんです。それで,心理学に興味をもたれたきっかけは,授業と先生のお話ということですね。

 ええ。でも,授業を受ける以前に心理学を学ぶための学部に入っているのだから,それが,興味を持った最初の理由にはならないですよね。この学部に入った理由は,本の影響ですね。河合隼雄の本などでした。読んだ理由は,もともとは村上春樹が好きで読みあさっていて,その中に「村上春樹,河合隼雄に会いに行く」という本があり,それを読んで「人間について深く考えるのはおもしろそうだ」と思って河合隼雄の本などを読むようになりました。そして,心理学に興味を持って大学に入りました。大学1年生では田畑治(現:愛知学院大)先生の基礎セミナーを受けました。ただ,おもしろいと思う反面,ちょっとわかりにくいと思うこともあって・・・,やや心理学に対するやる気をなくしたのが大学の前半でした。心理学から離れた方に興味がいった時期もありましたが,さっき話したとおり3年生で川上先生と村上先生の影響を受けてやる気になったわけです。

―――今の研究テーマとしては,ビッグ・ファイブですよね?今の研究テーマとの出会いというのは?

 学部の3年生くらいから性格の測定,特に質問紙で取るというやり方に興味を持ち,プレ卒論のテーマは,質問紙調査を普通にやるのではなく,webでアンケートをとるのが流行り始めていたので,自尊心の調査をwebで行った時と紙で行った時でなにか結果が違ってくるのではないかと考え,やってみたのです。でも,あまり本質的な研究ではなくて,たいして面白いことではないなということを感じてしまいました。それで,もう少し本質的に性格を測定することについて考え直し,卒論では,村上先生のもとで性格特性5因子モデルの妥当性研究という方向に向かっていきました。これが出会いです。ずっとそれから同じ研究を行っています。

―――なるほど,それからは,ずっと村上隆先生のご指導を受けていらっしゃるのですね。

 はい,そうです。ただ,大学院の途中で村上先生は中京大学に移られましたので,今は野口裕之先生にも指導をうけています。

―――インタビューを行うにあたって,いくつか論文を読ませていただいたのですが,味覚に関することにも興味をお持ちのようですね?

 それはですね,村上先生は統計,測定をご専門とされているので,村上先生のところにいろいろな共同研究や受託研究のお誘いやお願いがきます。そこで私は先生と一緒にお仕事させて頂いたわけです。それも味覚の研究というよりは,因子分析の研究ですね。

―――なるほど,特にビッグ・ファイブとの2本柱で行っているものではないのですね。共同研究としておこなっていたと。

 こういう研究は他にもいろいろ行っていて,他にも結婚相談所の相性診断テストの妥当性検討などもやっていますし,キャリア教育に関する研究や飲習慣に関する研究など,色んな研究に協力しています。
 自分の研究とは,直接は関連がなくても,"測定"がテーマなので,勉強になりますね。実際に実験や調査に関わってみると,こんなトラブルがあるんだとか,難しさがあるという発見があるので,そういう意味では,色んな研究に携わるのはいいことだと思います。今,医学部で行っている研究でも,これまでの経験では全然できないようなことですから勉強になります。生理的な実験,例えば心電図の分析などの勉強もいい経験になっています。

―――心理学との出会いを先ほどお伺いしましたが,現在の研究テーマとの出会いというのは,どういったものだったのですか?

 卒業論文では,性格測定の研究をしたいという思いが先にあったんですが,結局それで,どの尺度を使うかとか,どういう観点に立って性格を捉えようとすることについてはなかなか決められずにいたんです。色々なパーソナリティの本,オルポートとか読んだり,教科書や,社会的状況とパーソナリティに関する本を読んだりして色々考えていたんです。そうして行き着いたのがビッグ・ファイブの研究でした。
 ビッグ・ファイブの5因子構造が世界各国で共通して見られるという論文があるんですよ。13カ国だったかな。オランダの研究者が中心となって行った研究なんですが,その研究に村上先生が携わっていて,いろいろお話しを聞くことができたのも大きかったと思います。
 卒業論文を書いたり,研究テーマを決めるときには,色々読んで勉強したり,経験的に考えたりすると思うんですが,その中で「自分に合う」という感覚がありました。ビッグ・ファイブのできあがるまでのプロセスや考え方が,ですね。
 一般的に,性格の理論モデルを作り,どう尺度を作るかと言うと,臨床経験や日常生活の経験などから仮説的なモデルを作り,調査協力者の自由記述や自分のアイデアから項目を収集し,それを選定して作っていくと思うのですが,そういうプロセスではなく辞書的なアプローチからビッグ・ファイブは作られているんですよ。自由記述などから収集した項目は,時間的な制約などからその場では思いつかなかったり,サンプルの性質によって出てこないといった取りこぼしがあると思うんですよ。でも,ビッグ・ファイブの場合,その取りこぼしがわりと少ないと思うんです。辞書的なアプローチと言う方法をとっていて,片っ端から人間の性格を記述するであろう言葉を,辞書から全部抜き出して,その中から選んで洗練させているんです。項目プールがほとんどの言葉を網羅した辞書なわけです。

―――なるほど,日常的な経験などではなく辞書から

 そうですね。そこに凄い興味がわいたというか感銘をうけました。
 ほとんどの尺度の項目は,自由記述だとか自分が日常生活の中で感じること,例えば罪悪感尺度なら罪悪感に関する項目を日常生活の経験から集めて,作成されると思うんですが,ビッグ・ファイブの場合は,もっとでっかいところから収集するわけです。もちろんそのプロセスは非常に困難なことですが,多くの時間や手間を掛けて進められています。その歴史も気に入りました。また,各国で5因子が見いだされ,さらに様々な観点から安定した構造が得られていることも魅力に思えた理由です。

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