このテーマで研究を始めたきっかけ
大学に入って間もない頃,とある先生に出会ったことが解離をテーマに選ぶきっかけでした。その先生はとても生き生きと,独自の視点で解離を語っていらっしゃって,それまで知らなかった「解離」への関心が一気に高まりました。「解離は夢にも関係があるのか」「人が『私』という認識を持つことはどこまでも複雑で奥が深いことらしい」「解離に悩む人たちのために何ができるだろうか」と,解離そのものに関して心が揺さぶられただけでなく,「こんなに先生を惹きつける解離とはいったいどんなものだろう」という興味もありました。その結果,卒業論文では,解離の中の非現実感に焦点を当てました。解離の視点から日常生活を読み解こうとすると,「私」や「世界」を今までとは異なる切り口で捉えられるようになることが面白く,人間の不思議に触れている気がしました。もう少し知りたい,もっと何かできないかと取り組むうちに,気が付けば現在まで解離をテーマにし続けていました。
これまでの研究について
解離の質や量によっては,複数の人格が現れたり,覚えておくべきことを忘れてしまったりして,日常生活に支障が出るため,解離性障害として治療が必要になります。一方,軽い解離であれば多くの人が体験し得るといわれています。例えば,「集中しすぎて周りで何が起きているか気づかない」「まるで夢の中にいるように感じる」といったものは,軽度の解離体験としてよく挙げられます。こうした解離体験は成人期よりも思春期・青年期に多いとされており,思春期・青年期の解離傾向に性差は無いとする研究結果が多数報告されています。
そこで,学校からの協力を得て,中高生を対象とした質問紙調査を複数回実施しました。目的は,日本の中高生の解離傾向は発達に伴いどのように変化するのか,解離傾向はその他の問題とどのように関連しているのか,困りごとの予防や理解に解離の視点を役立てることはできるのか,といったことを検証する事でした。
これまでに,解離体験頻度が高く,基準値を超えている中高生が一定数存在しているものの(30人クラスにだいたい2~5人),発達が進むにつれて(生徒が成長していくことで)解離の体験頻度が下がっていく傾向があることを確認しました。また,解離傾向の高さは,不安や抑うつといった情緒の問題などの困難と正の相関があるだけでなく,その後の「学校での孤立傾向の高さ」を予測する指標の一つとして捉えられることが分かりました。
こうした結果につきましては,「パーソナリティ研究」の誌上や,国際トラウマ解離研究学会日本支部解離研究会等でご報告させていただいております。
今後の展望
解離には心身の健康を保つうえで有効な側面があるほか,解離傾向が高い人は創造性も高いという示唆があります。こうしたポジティブな面については,まだ日本の中高生のデータで示すことができていません。解離のポジティブな面にも焦点を当てつつ,解離に関する知識を自己理解や他者理解の助けとし,意図的な解離のコントロール,重篤化や二次障害の予防といったものにつなげられるよう,研究を重ねたいと考えています。
最後に
研究にご協力くださった皆様,ご指導くださった先生方,日々支えてくださる周囲の皆様に厚くお礼を申し上げます。今後とも,ご協力およびご指導ご鞭撻のほど,何卒よろしくお願い申し上げます。また,このような貴重な機会をいただきましたこと,学会関係者の皆様に心より感謝申し上げます。