(櫻井 茂男 (著),2019年,金子書房)
目次
第Ⅰ部 理論編
第1章 完璧主義とは何か
第2章 完璧主義になりやすい人・なりにくい人
第3章 完璧主義と心とからだの健康
第Ⅱ部 実践編
第4章 完璧主義傾向を測ってみる
第5章 完璧主義の自分とうまくつきあう方法
第6章 完璧主義の他者とうまくつきあう方法
「完璧主義」という言葉を一度は聞いたことがあるだろう。完璧主義は本書の中で「過度に完璧を求めるパーソナリティあるいは認知傾向」と定義されている。中には,自分自身を完璧主義だと思う方や,知り合いが完璧主義だという方もいるだろう。一般的によく耳にする言葉ではあるが,それゆえ,なんとなくのイメージで完璧主義をとらえ,その特徴を十分に理解しないまま使っている人が多いのではないだろうか。本書は筆者の経験談など日常に落とし込んだ具体例を多く盛り込みながら,学術的な研究知見を踏まえて一般の方にもわかりやすく解説がされており,完璧主義について理解する上での手助けとなるであろう。
本書は大きく分けて理論編(第Ⅰ部:1章~3章)と実践編(第Ⅱ部:4章~6章)で構成されている。第Ⅰ部では完璧主義を理解するための様々な考え方が取り上げられている。第1章では完璧主義の定義やその種類について述べられている。この章では,自分に完璧を求める「自己志向的完璧主義」,他者のすることに対して完璧を求める「他者志向的完璧主義」,自分が他者から完璧を求められていると感じる「社会規定的完璧主義」の3つについて言及され,それぞれの特徴についてわかりやすい例を用いて説明がなされている。第2章では,完璧主義になりやすい人・なりにくい人について,子育ての要因,発達の要因,社会の要因,パーソナリティ特性の要因,遺伝の要因の観点から述べられている。特に,子育ての要因については,乳幼児期と児童期のそれぞれにおける完璧主義の形成プロセスのモデルが提案され,それを実証する筆者らの研究を踏まえて,親の完璧主義や養育行動が子どもの完璧主義につながる過程が説明されている。第3章では,完璧主義のポジティブな側面とネガティブな側面について実証的な研究をもとに解説されている。筆者は,ポジティブな面を有した適応的な完璧主義を「完璧志向」と呼び,いわゆる完璧主義との違いや,完璧主義から完璧志向へと移行するための方法や考え方について説明している。完璧主義は,扱いにくくネガティブなものだと思われがちだが,必ずしもそうではなく,完璧主義にも様々なタイプがあることや,中にはポジティブな面もあることに気づかされる内容である。
第Ⅱ部からは実践的な話題が取り上げられている。第4章では,完璧主義の測定に関する考え方や心理尺度が紹介されている。続く第5章では完璧主義の自分とのつきあい方が,第6章では完璧主義の他者とのつきあい方が,それぞれ述べられている。第Ⅱ部では,具体的な心理尺度の項目が取り上げられており,その尺度を通して自分自身で完璧主義の傾向を測定できるようになっている。加えて,測定結果を踏まえて完璧主義と上手くつきあうためのワークなどが設けられており,理解や対処を促進するための工夫も多く盛り込まれている。そして,完璧主義のタイプごとに具体的にどのようにつきあえばよいかという点について,アタッチメントや心理的欲求のような従来から重要視されてきた概念や,セルフコンパッションのような近年注目されている概念まで用いて,様々な背景に基づいた実証的な研究を紹介しつつ述べられている。なお,第5,6章のタイトルが「つきあう方法」となっているように,完璧主義を「治す」のではなく完璧主義と「つきあう」または完璧主義を「改善する」という方針がとられているのが本書の特徴である。自分や他者の完璧主義の程度やそのメリットとデメリットを把握したうえで適応的な「完璧志向」を目指すという考え方がされており,このような視点は教育や臨床の現場においても大切であろう。
本書は実証的な研究の内容についてもかみ砕いて解説されており,心理学に精通していない方の読み物としても最適である。一方で,完璧主義について専門的に研究したいと考えている研究者の方にもお勧めできる。上述したように,研究事例が豊富なため本書を一読すれば完璧主義に関する研究動向を概ね理解することができる。完璧主義を理解するために重要な研究も数多く引用されているため,本書を読めば完璧主義の研究を進めるために,どのような論文を読むべきか,どのような理論を学ぶべきかが見えてくるだろう。また,完璧主義の研究は「完璧」ではなく,まだまだ検討すべき点がある。本書では,まだ明らかではない点や今後の展望にも触れている。それらの指摘を研究の参考にしていただきたい。
さらに,完璧主義にかかわらず,人のパーソナリティについて研究しようと思っている研究者の方にも一読の価値がある。本書は,筆者らの長年にわたる研究成果をまとめた本でもある。そのため,特定のパーソナリティを研究するために,筆者らがどのように研究を積み重ねてきたのかが読み取れる。研究の中でモデルを作成し,実証し,考察し,実践に生かす際に,良いお手本となる書籍であろう。
今の時代,インターネットで検索をすれば簡単に情報が手に入る。試しに検索サイトで「完璧主義」と打ち込んでみると,「完璧主義の特徴」や「こんな親に育てられると完璧主義になる」といった情報がすぐに大量に見つかった。しかし,これらの情報には表面的なものが多く,説得力や信頼性に欠ける印象を受ける。一方で本書では,発達心理学を専門としている筆者が,アタッチメントや心理的欲求など心理学の分野で盛んに議論されている理論的な背景についても説明しつつ,実証的な研究を多く取り上げて丁寧に解説がなされている。本書を読み,理論的な背景や実証的な研究を通してヒトについて考えることで,より深い理解や実践への動機づけにつながるだろう。また,よく耳にするが詳しくは知らない概念について,心理学の理論や実証的な研究を通して理解する面白さに気づくきっかけにもなるだろう。多くの人に目を通していただき,自己理解や子育て,他者とのつきあい方,教育活動などにも生かしていただきたい。
(文責:三和秀平)
※図書紹介の執筆にあたり,(株)金子書房のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。
(2020/1/1)