(尾見康博,2019,ちとせプレス)
目次
第1章 部活(BUKATSU)とは
第2章 勝利至上主義
第3章 気持ち主義
第4章 一途主義
第5章 減点主義
第6章 部活に凝縮された日本文化
「部活」という言葉を耳にしたとき,人々はどのようなイメージを思い浮かべるだろうか。いわば“青春の代名詞”とも呼ばれる「部活」。自身の学校生活を振り返った際に,部活に強い思い出を持っている人は決して少なくはないだろう。一方,2013年1月に,部活での体罰による高校生の自殺が報道されて以降,体罰をはじめとする部活における諸問題は,教育現場に限らず社会問題として,広くマスメディアやインターネット上で取り上げられるようになった。本書は,日本の部活について,筆者の在米経験ならびに帰国後の経験をベースとして,文化心理学的観点からアプローチした1冊である。
第1章では,本書で扱われる日本の「部活」という概念について,アメリカの課外スポーツとの違いも踏まえながら論じられている。筆者が日本の大学生を対象に実施した「体罰に関する調査」の結果として驚くべきは,体罰被害の経験率の高さだけでなく,体罰に対する納得率の高さ(寛容さ)であった。筆者は,部活が日本独自のものであり,単純に海外の同義の概念と比較できないことを指摘し,「部活」に対して“BUKATSU”のローマ字を添えている。加えて,本章では,本書がアプローチの主軸を置く「文化心理学」の立場についても,丁寧に説明されている。「個々の文化特有の指標があり,単純に多文化間で比較できるものではない」という文化心理学の立場が整理されることで,先の章を読み進めていく上での理解を深める手助けともなる。
第2章~第5章では,文化心理学的観点から,「勝利至上主義」,「気持ち主義」,「一途主義」,「減点主義」という4つの主義が及ぼす負の影響について説明されている。はじめに,第2章では,「勝利至上主義」が引き起こす問題について論じられている。勝利への過度なこだわりは,他の大事なこと,すなわち健康,平等,個性,楽しむといったことが軽んじられる危険を孕む。多くのものを犠牲にしながら勝利に至上の価値をおくことが一般的である日本の部活が,世界の課外スポーツの中でいかに特異であるかを思い知らされる。一方で,勝利を手に出来なかったチームやプレーヤーの価値を高めるための道具として,さまざまな“美学”が利用されている点にも目が向けられている。
第3章では,「気持ち主義」がもたらす問題について記されている。内面の問題と身体的な問題とを同一次元で捉えることの多い日本の道徳観は,体罰や暴力が正当化される部活指導へとつながりかねない。“あきらめない”ことや“我慢”を重視し,また“気持ちを一つに”のスローガンを個人の自主性や自発性を押しつぶすほどに過度に強調する,日本の部活の危うさが指摘されている。
第4章では,「一途主義」が及ぼしうる負の影響について説明されている。一度入部したら最後までやり続けるべきであるとする“退部否定論”,入部した部活以外への興味を否定し一つのことに集中すべきあるとする“掛け持ち否定論”,また休むことはサボることだと捉えられる“休暇否定論”といった日本の部活に見られる一途主義の価値観について,アメリカの課外スポーツの様子も踏まえた上で論じられている。生徒だけではなく部活指導に携わる教師の立場にも着目し,部活を活用した“生徒指導”の仕組みが働いている実態について記されている。
第5章では,間違いや失敗をなくすことを最優先させようとする価値観である「減点主義」がもたらす負の側面について扱われている。間違いや失敗に対して,叱責あるいは時に体罰といった“罰によるコントロール”を行うことが慣習化している日本の部活の減点主義について論じられている。また,減点主義と対照的な加点主義については,一定の制約下ではあるものの,部活指導に取り入れることの意義が説明されている。
以上の第2章~第5章における問題提起を踏まえ,第6章では,日本の部活の問題が,部活を超えて学校,そして社会の問題へと通ずることが示されており,日本文化論としての部活論が展開されている。これからの日本の「部活」のあり方の一つとして,例えば,学校教育を終えたあとも視野に入れた生涯スポーツや生涯学習の基盤づくりにも寄与する「L活動(Life-span活動)」と,高度なパフォーマンスや技術の習得に力を注ぐ一種のエリート養成活動である「H活動(High-performance活動)」という2つの異なる目的に沿って,活動の組織を分けることが提案されている。そして,指導者が日本の部活に内在する4つの主義をどのように考えていけばよいのか,筆者による将来に向けた提言により,本書は締められている。
評者自身も,中学校・高校時代の思い出を“部活なしには語れない”一人であるが,本書を読み始める前には,「部活」と「心理学」がどのように結びつきうるのか,想像がついていなかった。本書を読了した今,文化心理学の切り口であるからこそ,「部活」という日本独自の課外活動の仕組みが抱えるさまざまな問題や課題について,人々の行動・心理という側面から検討できることがあるのだと実感している。本書は,日本の部活を,決して全面的に否定しているわけではない。勝つこと,気持ちを重んじること,一途であること,間違いや失敗をなくすこと…,このような部活がもつ性質そのものを批判しているのではなく,これらを「主義」と捉えられるほどに過度に強調することの負の影響について,文化心理学的観点から論じているのである。なお,本書はあくまでアカデミックなスタンスで書かれているものの,複雑な統計解析が出てくるわけではなく,筆者自身の経験をベースとしたオートエスノグラフィーの手法により展開されており,一般読者も手に取りやすいといえるだろう。また,本書内に掲載されている21の「コラム」が,さらに理解を深め,興味深く読み進めていくための良い刺激となっている。心理学の研究者や学校教育の関係者に限らず,多くの人々(「部活」経験者だけでなく,「帰宅部」経験者にも(※本書内で触れられている「帰宅部」という“妙な表現”を敢えて使用する))に薦めたい一冊である。(文責:齊藤彩)
※図書紹介の執筆にあたり,ちとせプレスのご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。
(2020/3/1)