(櫻井 茂男 (著),2020年,新曜社)
目次
序章 思いやりに関する用語の整理
第1章 思いやりとは何か
第2章 思いやりはどのように実現されるのか
第3章 思いやりはどのように発達するのか
第4章 思いやりの強い人・弱い人
第5章 思いやりと,心の健康・適応
第6章 思いやりと,学習や仕事への意欲との関係
第7章 思いやりのない自分や相手とうまくつきあう
近年多発するようになったいじめなどの問題に対応するため「特別の教科 道徳」が始まり,心の教育が改めて重要視されている。また,ソーシャルメディアが普及しSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)上にみられる他者への配慮に欠けた書き込みが問題となっている。そのような現代において「思いやり」とはどのようなものか,を改めて考えるためのきっかけとなる一冊である。
本書は序章に加え,7つの章で構成されている。まず序章では「思いやり」といった言葉について整理している。「思いやり」に関連する研究は心理学に限らず幅広い分野で蓄積されている。そのため,研究の分野や目的により様々な「思いやり」にかかわる用語が使用されているが,ここではそれらの用語についてわかりやすくまとめられている。
そして第1章では共感や向社会的行動に着目し,筆者の経験談を踏まえながら,共感から向社会的行動に至るプロセスについて説明されている。第2章では,そのプロセスについてより精緻な説明がなされている。さらに,共感が向社会的行動のみならず,利己的行動にもつながる可能性についても言及している。
第3章では「思いやり」の発達について述べられている。第1,2章では共感から向社会的行動に至るプロセスについて説明されているが,そのプロセスは大人と子どもでは異なることが予想される。大人と子どもで違うことはなんとなく理解できるが,ではなぜそのプロセスが異なるのだろうか。この章では,その違いの背景について共感の発達,とくに視点取得や役割取得に注目しながら,発達心理学の領域で研究がなされている要因を踏まえて解説している。根拠となる論文も多数紹介されており,具体的な研究結果を踏まえて理解することができる。
第4章では「思いやり」の強さや弱さといった個人差に関連する要因について述べられている。子育てや教育,人間関係,遺伝,パーソナリティなど様々な側面から「思いやり」を育む要因について説明がなされている。特に,教育に関する箇所では近年注目されている道徳教育や教育評価,主体的・対話的で深い学びといった話題にも言及しており,本書の内容を教育実践に活かすための示唆に富んだ章である。
第5章では「思いやり」と心の健康・適応との関連について説明されている。共感性が向社会的行動を促進し,結果として心の健康につながるというポジティブな側面だけではなく,反対に対人援助職における高すぎる共感性は共感疲れにつながるというネガティブな側面にも言及している。第6章では,「思いやり」と学習意欲に関して,動機づけの心理学を専門とする著者ならではの観点から説明されている。自ら学ぶ意欲について,本書のテーマである「思いやり」にかかわる「向社会的な学習意欲」という新たな観点も踏まえて整理されている。
第7章ではまず,質問票を用いて自身の共感性を知ることができるようになっている。続いて,「思いやり」に欠けた自分や他者とうまく付き合うためのヒントが述べられている。実際に質問票を通して自分の特徴が分かるようになっているので,自分を見つめなおすためにも役立つだろう。
ここまで,本書の概要を説明してきた。本書の特徴は,「思いやり」といった誰もが知っている概念について心理学的な側面から説明をしている点であろう。国内外の幅広い研究を取り上げながら,学術的な観点から説明がされているので,内容にとても説得力がある。そのため,共感性や向社会的行動など「思いやり」にかかわる研究に興味のある方が,知見をまとめるために最適である。その一方で,具体的な事例や筆者の体験談なども踏まえた説明がされているため,研究などに関する知識がなくともすらすらと読み進めることができる。研究のことはよくわからないが,「思いやり」についてもっと詳しく知りたいという方にもおすすめである。
特に,教育関係者においては知っておくと役立つ内容が多い。「特別の教科 道徳」が始まり,これからは心の教育について改めて考えていかなくてはならない。本書の内容は,そもそも道徳とは何なのか?といった疑問について考える一助となるだろう。また,道徳の教科化にあたり発達の段階を踏まえた指導がよりいっそう求められるようになっている。第3章では発達心理学の専門家でもある筆者が子どもの発達を踏まえて説明をしているため,発達の段階に合わせた指導を行う際に必要な知識を身に着けることができる。加えて,対話的な学びや考え,議論する授業を実現するためにも「思いやり」の概念は重要である。近年求められる教育を実践する上でも有益な情報にあふれているため,教育にかかわる方にはぜひ,読んでいただきたい。
この図書紹介はコロナウイルスの影響で社会が混乱している時期に執筆させていただいた。著書のあとがきでも述べられているが,まさに「思いやり」が求められている時代である。自分への思いやり,家族への思いやり,知人への思いやり,医療従事者への思いやり等を大切にすることが,コロナ禍を乗り越えるためのカギである。こんな時代だからこそ,本書を手に取って「思いやり」について改めて考えてみてはいかがだろうか。
(文責:三和秀平)
(2021/2/1)