研究のきっかけ
私の研究の興味の核は「他者と真に親しい人間関係を築くためには何が寄与するか」です。私は幼少期には動物や昆虫が好きな,いわゆる「虫博士」でした。成長するにつれ,人間への興味,特に恋愛や,親になることに関する興味が強くなったことを覚えています。ヒトもカマキリやバッタと同じ生命ですが,求愛や生殖に関わる事柄はまるで扱いが異なることに思い悩むオタク少年でした。
そういった興味関心から,大学では心理学を専攻し,卒業論文はEriksonの親密性と自己愛の関連について執筆しました。大学院進学後は,修論執筆のためにテーマを探すなかで,嫉妬の研究に出会いました。私個人の解釈になりますが,神話や映画,漫画・ゲーム等でも,嫉妬は時に物語を大きく動かすスパイスで,人間らしさ,不完全さを象徴するものです。当時私自身が大学院生という社会的・経済的に不安定な身分で,恋愛に自信が持てず,嫉妬に苦しんでいたこともあり,「これしかない!」と飛びつきました。
先行研究を読み進めるなかで,恋愛関係や夫婦関係での嫉妬の研究はいくつもの心理学的研究領域にわたって研究されていることを知りました。夢中で文献複写を依頼し倒し(当時の大学図書館の担当者様には本当にお世話になりました),嫉妬に関する本を古書まで買い漁って読んだ経験は,今でも研究者としての自分を支える財産となっています。
現在までの研究
恋愛関係を研究している心理学者は少なく,嫉妬はさらにニッチな研究領域です。そのなかで,私は主に社会心理学的な観点から恋愛関係における嫉妬を扱っています。嫉妬が認知・情動・行動の3次元から説明できるとする海外の社会心理学的研究の立ち位置を採用して,日本語で測定可能な尺度の開発を行いました。また,個人が持ちうる嫉妬傾向はどのような要因によって規定されうるのか(例えば自尊感情は本当に嫉妬と負の関係にあるのか),嫉妬傾向が恋愛関係上の問題行動などに関わるのか,浮気と思しき葛藤場面に際して個人が取りうる行動とその関連要因等,嫉妬傾向を中心として,それと関わる心理学的変数を明らかにする研究を博士論文から一貫して継続して行っています。そのなかで得られた知見の一例として,嫉妬の一側面とされる,根拠もなくパートナーの裏切りを「疑う嫉妬」は,個人にも関係にも肯定的な結果をもたらさない可能性が考えられる,ということを明らかにしてきました。
今後の研究について
「疑う嫉妬」に悩んで研究を行ってきた側面もありますが,この「疑う嫉妬」から自由になる,もしくはそれを保持していても自分や関係に対して悪影響をもたらさないためにはどのような要因,あるいは介入が必要になるのか,将来的に研究を行っていきたいと考えています。
また,嫉妬とは異なる研究領域として,新しい親密な人間関係として,近年流行の「推し」にも注目しています。嫉妬は関係する相手を「保有」することへの強い執着に近いと捉えることができますが,「推し」はそもそも相手を保有できない前提の一方的な人間関係で,相手に強い執着を抱くことだと考えられます。この「推し」ブームがどのような社会のうねりから生まれているのか,そして今後日本や世界の「重要な他者」との関係はどのように変わっていくのか,ひとまず目の前の学生の皆さんとの対話や卒業研究のお手伝いをすることを通して,研鑽を深めていきたいと考えています。
最後に
最後に,今回貴重な機会をくださった日本パーソナリティ心理学会の皆さまに心より感謝申し上げます。