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幸運と不幸の心理学 運はどのように捉えられているのか?

(村上幸史(著)2020年,ちとせプレス)

目次

「はじめに」に代えて
第1章 運を研究する
第2章 運と偶然性
第3章 フィクションにおける運の描かれ方
第4章 「運の強さ」とは
第5章 運を「譲渡する」
第6章 運用語の基礎知識
「あとがき」に代えて
 

 はじめに,本書は「運が良くなるコツ」が書いてあるノウハウ本でも,「自己啓発本」のようなものでもない。「運」というものは一般的には非合理とされる現象ととらえられている一方で,「運試し」や「幸運グッズ」,「ツキ」といった運に関する言葉は,普段の日常会話やニュース記事,フィクション作品などさまざまな場面で使われ認識されている。この本では,著者の研究データおよび,先行研究の知見,膨大な運に関する用語のレビューによって心理学の観点から運の概念にアプローチした1冊である。

 第1章では,運を研究する上での方法と意義について紹介されている。初めに,研究のスタンスについて複数提示した上で,「運がなぜ生じるのかではなく,どのように経験されているのか,我々はどのようにそれを感じるのかを検討することにこそ研究の価値がある」という考えのもと以降の話題が展開されている。さらに,科学的な形では検証されていなかったり,あるいは否定されていたりしたとしても,一般に人々が持っている考え方である「しろうと理論(lay theory)」の概念を用いて運を解釈することを提案している。著者のしろうと理論の分類の中には,「運が強い人がいる」といった個人差としてみるものや「運は使うと減ってしまう(運資源ビリーフ)」といった物質のように扱う信念などが紹介されており,いずれも一度は聞いたことがある,または,考えたことがあるような内容である。また著者は,運の概念を解き明かすことを通して,社会や文化にいる人を見ようとすることも研究アプローチの目的としていると述べている。

 第2章では,心理学における過去の研究のレビューを通して,運の理解を深めるための視点を提示している。まず,原因帰属の理論や,そこでの用語の使われ方(英語ではluck とchanceが使い分けられていること)を紹介しながら,類似概念である偶発性と運の区別や,偶発性をコントロールする(できる)感覚や認知について紹介している。どのような場面において,「運が良かった・幸運だった」あるいは「運が悪かった」と認知されるのかについてさまざまな先行研究が挙げられており,非常に興味深い内容である。

 第3章では,フィクション作品における「運」の描写に焦点を当てている。物語の中で登場人物の運命やツキがどのように語られるのかを分析し,フィクションにおける「運の強さ」の描かれ方が現実の捉え方にどのように影響を与えるかを考察している。具体的には,さまざまな物語で「運が強い人物」として描かれる人物がいることや,ツキや運がその場の状況や登場人物の選択によって変化する「流れ」としての描かれ方があることが紹介されている。これにより,「運の強さ」が物語の展開やキャラクターの印象を左右する要素として機能していることが浮き彫りになっているという。

 第4章では,「運の強さ」を個人差として捉える視点を深掘りしている。偉人や政治家,有名人の言動を例に挙げながら,運の強さが偶然ではなく,個人の持つ特徴・あるいは能力としてみなされていることを紹介している。また,運の強さを測定する尺度を用いた研究を紹介し,実際の運の良さ(宝くじの的中率など)との関連や,尺度の長所・短所に言及している。さらに,運の強さの認識の世代差や性差,主観的幸福感や,性格といった変数との関連についても記されている。

 第5章では,ユニークなテーマである「運の譲渡」が取り上げられている。「運を分ける」や「運を取られる」といった日常的な表現の背景にある心理学的メカニズムを解説しています。著者は新聞記事における「運の譲渡」に関する文章をカテゴリー化し,どのようなカテゴリーの文章が多いのかを比較検討することで,その背景にある人と人との関係性について考察している。成功者に触れることで幸運を分けてもらえると信じる心情や,逆に他人の不運を自分に引き寄せると感じる現象など,興味深い事例を紹介されている。

 最後に第6章では,「運用語の基礎知識」として,運にまつわるさまざまな用語や表現が整理されている。「悪運」や「幸運の女神」,「ビギナーズラック」といった言葉がどのように使われ,どのような心理的背景があるのかを解説している。

 運に限らず,心理学では形のないものを研究対象とすることが多い。その際,特に,「頭の良さ」や「恋愛観」,「死生観・宗教観」といった一般には受け入れられている信念や認知ではあるものの,さまざまな要素・側面を含んだ概念を研究に落とし込む際には苦心することも多い。その概念に含まれる構成要素が煩雑でないか,一般の認識と大きな相違がないか,概念を示す用語が適切か等,心理学における重要な研究プロセスの1つを「運」の研究を通して学ぶことが出来ると感じた。

 また,本書には各章のいたるところに「運」にまつわる記事や記述がちりばめられており,一般読者も楽しんで読むことが出来る。著者も好きな章から読んでもらうことも推奨しており,例えば6章の「運用語の基礎知識」から入り,身近に運にまつわる言葉にあふれていることを実感してから,それらの背景や,関連要因などについて興味を広げていってもよいかもしれない。

 図書紹介の執筆にあたり,ちとせプレスのご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(文責:古賀佳樹)

(2025/2/1)