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心理学を遊撃する――再現性問題は恥だが役に立つ

(山田祐樹(著),2024年,ちとせプレス)

目次

はじめに
第1章 心理学の楽屋話をしよう
  心理学像
  ランダムネスの話
  楽屋話
第2章 再現性問題を攻略する
  再現性問題
  世界でいちばん熱い2015年の夏
  私が「そっち系」になっていくまで
  消極的遊撃
第3章 研究のチートとパッチ
  QRPsと事前登録
  やり込み
  チートされる研究――QRPs
  制限プレイ――事前登録
第4章 研究リアルシャドー
  追試研究
  いわゆる追試
  思い出の追試
  注目をあびる優れたコンテンツへ
第5章 多人数で研究対象を制圧する
  マルチラボ研究
  私の共著者数は2017人です
  思い出のマルチラボ
  ビッグチーム・サイエンス
第6章 論文をアップデートせよ
  論文マニア
  書く
  従来の査読システムでの問題
  出版の未来
第7章 評価という名の病魔
  研究者「ステータス,オープン!」
  論功行賞
  I’m NOT a perfect human
  カリスマ et al.
  推す!! 心理学部
第8章 心理学の再建可能性
  再現性問題が思い出になるとき
  心理学研究の今後
あとがき
 

本書は再現性問題を主として扱った貴重な一冊である。心理学のトップジャーナルに掲載された100本の論文を対象として追試をしたところ,再現されたものは4割を下回ったという内容の論文が2015年にScience誌に掲載されたことで,再現性問題が心理学者や世間に広く認識されるようになった。ところで著者曰く再現性問題の話を他人とすることには一定の難しさがあるという。その理由として,否定的な話にならざるをえないこと,分野や研究トピック,個人ごとに問題の受け止め方が全く異なることが挙げられている。たとえば,自分の研究実践にケチをつけられたと感じた人から激昂された経験が記されている。

このように再現性問題について話すことには特有の難しさがあるのだが,それゆえ本書がこの国にあって良かったと心底思う。大前提として,再現性問題を扱った本自体が貴重であり,本書は再現性問題に関する知識を網羅的に得るのに大変有用である。それに留まらず,本書の特筆すべき特徴は,これまで再現性問題に対してあまり興味のなかった人や,防衛的な反応をしてきた人すらも楽しく読み進めうる点にある。まず,著者は他人の研究活動を抑えつけたり,心理学を毀損したりしたいわけではなく,研究対象として再現性問題を捉え,学術的な議論を望んでいると述べており,それがひしひしと伝わってくる。次に,本書は著者自身のエピソードや内省による記述が多く,ドキュメンタリー的であるため,再現性問題に関する学術書でありながら一人の研究者の物語としても楽しめる。実際,本書の帯には「1人の研究者の冒険活劇」と記載がある。むしろ極端な捉え方をすれば,ドキュメンタリーを楽しむついでに,再現性問題への理解を抵抗なく深められるとさえ思う。さらには,本書では著者のユーモアが遺憾なく発揮されている。冒頭の目次に章だけでなく,わざわざ各章の見出しまで記載したのは,これを感じとってほしいためである (e.g., 世界でいちばん熱い2015年の夏)。本文にもユーモアがあふれており,読んでいてかなりの頻度でクスッと笑ってしまう,そんな読書体験が得られるだろう。エピソード(と小ネタ)がふんだんに盛り込まれているためか,評者には情景がありありと浮かび,本書を一瞬たりとも飽きずに読み切ってしまった。繰り返しになるが,この何とも難しさのある再現性問題について,楽しみながら学ぶことができるのが本書に特異的な点である。今後,再現性問題に関する書籍が増えても,似たテイストの本は出てこないだろう。

さて,本書のタイトルに含まれる「遊撃」は著者の研究のスタイルを表現した語である。再現性の低さを何か特定の原因に帰属するのは難しく,研究を取り巻く全てがその候補となるという。そのため著者はある時点で湧き出た興味や,人や機会の巡りあわせによって,再現性に関係のありそうな様々な問題に取り組んできた。この研究スタイルを遊撃的と称している。そのため本書は全8章から成るが,各章の内容は多岐にわたる。

第1章は,研究者同士で行われる雑談に近い話,すなわち「心理学の楽屋話」についての章である。楽屋話の例として,著者の研究トピックの1つであるランダムネスにまつわる話がなされる。楽屋話であるため,具体的な研究結果にはほとんど触れられず,様々なエピソードが紹介されている。そしてここ10年ほど,国際的な心理学の「楽屋」では再現性問題が急速に話題になっているという。第2章では,再現性問題についての説明がなされる。冒頭で述べたように,Science誌に掲載された論文により「世界でいちばん熱い2015年の夏」をむかえ,当該論文の説明だけでなく,当時の衝撃がありありと伝わってくる。続いて著者が再現性問題を研究対象とするようになった経緯が描かれる。第3章では,疑わしい研究実践とその対策である事前登録について,ゲームにたとえた説明がなされる。ここでのゲームは論文出版を目指すものであり,疑わしい研究実践はチート行為に,事前登録は制限プレイに相当する。ただし,事前登録はチート行為を完璧に封じることができるわけではないことも触れられる。第4章では,著者自身が取り組んできた追試研究の話が紹介される。追試のためにはオリジナルの研究の情報が必要であり,データやコード,マテリアル等の公開を推奨する動きがあることにも触れられる。追試の価値を高めるには事前登録が有効であることも述べられる。第5章では,著者自身が取り組んできたマルチラボ研究について紹介される。ビッグチーム・サイエンスが得意とするのは,多くの労力,視点,アプローチ,証拠が必要な問題であり,従来の心理学の研究知見が,西洋の (Western),教育を受け (Educated), 工業化され (Industrialized),裕福で (Rich), 民主的な社会に属する (Democratic) 人々を対象としたものに偏っていることを指すWEIRD問題を考える際にも重要だと論じている。また,ビッグチームを率いるうえでの工夫にも触れている。その一方で,マルチラボ研究におけるオーサーシップや研究者評価の問題が生じていることを指摘し,新しい貢献分類法であるCRediTを紹介している。第6章では,論文の役割や査読システムの問題点,論文出版の未来について論じられる。論文は昇進や研究費などに影響するため,次々と論文を出したい研究者が存在し,査読が無効化されたり (e.g., 捕食学術誌),オーサーシップが無効化されたりすることがある (e.g., オーサーシップ売買)。また,疑わしい研究実践への対策として,査読付き事前登録(レジレポ)について解説される。さらに,オープン査読,マイクロ・パブリッシングなどの斬新な出版形態の説明がある。第7章は,評価についてである。研究者は他者からの評価 (e.g., 論文数) に依存した生存競争を強いられているために,「チート行為」を行うと考察される。また,大学教員の採用はオールラウンダーであることを要求するが,これが科学界全体の生産性を低めている可能性が考察される。この他,学術的成果の社会的評価や教育への考えも紹介される。第8章では,心理学の今後についての著者の予想が紹介される。今後,再現性問題が重要でなくなるパターンとして,(1) 問題が完全に解決した,(2) 解決を諦めた,(3) 心理学がいまとは完全に異なるものとなった,という3つを挙げている。2つ目のパターンになる理由として,再現性の危機以外にも様々な危機が存在することを挙げている (e.g., 一般化可能性の危機,測定の危機)。この解決には遊撃が有効とのことだ。3つ目のパターン,すなわちいまの心理学の異なる姿として,AIツールが心理学研究にもたらす影響に力点が置かれた著者の予想が述べられている。なお,本書において著者は繰り返し「仲間ができれば嬉しい」と述べている。本書の豊富な引用文献リストは,遊撃初心者のマストアイテムになるだろう。ここまで本書の内容をかいつまんで列挙してみたが,この方法では伝えきることのできないドキュメンタリーとしての本書の魅力もぜひ味わっていただきたい。

評者は著者である山田祐樹先生の遊撃の一部について論文等を通して知り,刺激を受け,レジレポなどに取り組んできた。しかし,その裏に壮大で刺激的な「冒険活劇」があったとは全く知らなかった。論文では知ることのできない「冒頭活劇」を知ることができるのは,本書が学術書でありながら楽屋話を相当に含んでいるためであり,この点が本書の魅力の1つである。なお,評者の主観であるが,心理学の「楽屋」では再現性の話が数年前に比べて減ったように思う。私は再現性問題の話を(難しさはあるけれど)していきたい。公刊から2年が経ったがこうした思いもあり,このタイミングで本書を紹介させていただいた。今一度ぜひ一人でも多くの方に手に取っていただければと願う。

(文責:上田皐介)

(2026/2/1)