目次
第1章 本書の目的について
第2章 構成・展開・文章のスタイル
第3章 文体・文法の原則
第4章 単語の選び方
第5章 自分の英語力を過信しない
第6章 内容の法則
第7章 論文の構造分析
第8章 table/表とfigure/図の作り方
第9章 投稿の準備
第10章 再投稿の準備
第11章 よくある質問と答え(Q and A)
第12章 英語で心理学の論文を書くために必要なモノ
第13章 学習のための参考図書
いま,日本の心理学はかつてないほど国際化の波にさらされている。業績といえば,英語のジャーナルを意味する風潮が強くなっており,少なくとも,約10年前に評者が大学院に進学したころよりも,そうした雰囲気はひしひしと感じられる。しかし,著者も「まえがき」で述べているとおり,英語でアカデミックライティングを駆使し,学術的な内容を正確に伝えることは,とてもハードルの高い作業といえる。 このような現状において,本書は,英語を母語としない研究者に対して,英語論文を書くための知識とスキルを伝授してくれる書籍である。
各章の説明に入る前に,本書をオススメする理由のBest 5 を以下に挙げておく。第1位:英文を書くときの指針や目安の多さ。 これは特に,第3, 4, 6章と関連している。第2位:パラグラフ構造の分析をする論文の幅広さ。 これは第7章に関することであり,基礎系(認知心理学)の論文と,応用系(社会心理学,環境心理学)の論文を題材に用いているので, どの分野の研究者も参考にできる。第3位:随所でなされる日本語論文と英語論文との対比。日本語で論文を執筆したことのある研究者にとって, こうした比較は理解しやすいだけでなく,自らの弱点を省みるきっかけにもなる。第4位:小見出しや箇条書きの多さ。 第5位:豊富な情報量にもかかわらず,本体がコンパクト(厚さ約1.5cm!)。これらについては,著者と出版社の両者の努力に敬意を表すべきだろう。
さて本書では,第1章において英語で論文を書くメリットなどについて議論された後,本論となる12の章が続く。もちろん,著者や出版社が緻密に考えた構成に従うのがベーシックである。 しかし,実際の執筆プロセスを考えると,以下の順に読み進めるのもよいのではないか。
まず,論文執筆に取り掛かる前に読むべきは,第11, 12, 13章である。この3つの章では,英語論文の初心者のためのFAQ(第11章),英語論文を執筆する際に必要となるツールや心がけ(第12章),参考図書(第13章)について解説されている。第11章は,本書全体をまとめた内容にもなっているので,手始めとして読むにはうってつけである。 また,第13章で紹介されている書籍の情報は,新しく有益なものばかりである(たとえば,Tabachnick & Fidell, 2013)。
つぎに,論文の構成を練る段階で読むべきは,第2, 6, 7章である。第2章では,学術論文において最も重要となるストーリーの組み立て方について解説されている。 たとえば,論文全体における「砂時計型」の構成や,各段落におけるパラグラフライティングなどは,わかっていても難しいところであるので,ぜひ一読していただきたい。 第6章では,原稿に記載すべき事項が,序論・方法・結果・考察はもちろん,タイトルや付録にいたるまで具体的に解説されている。特に,序論や考察に何を書くべきかは,研究者の腕の見せ所であるからこそ,頭を抱えることが多いのではないだろうか。 第7章では,過去の論文を複数取り上げて,序論と考察がどのように展開されているかを段落ごとに検討しており,パラグラフライティングを実践する上でとても役立つ。
そして,論文を実際に執筆する段階で読むべきは,第3, 4, 5, 8章である。第3章は,(a)一文は何ワードで構成すべきか,(b)接続詞は何を使うべきか,(c)時制はどのように使い分けるのか,といった文法の疑問に答える内容となっている。またこの章では,定型文の活用と,(2014年の科学界が騒然となった発端でもある)剽窃との線引きについても,丁寧に説明がなされている。第4章では,適切な動詞や冠詞の選び方を紹介し,第5章ではこれらの章を受けて,「英文らしい英文」を書くためのアドバイスがなされている。第8章では,日本心理学会(2005)の投稿規定との違いにも触れつつ,図表の作成法について解説されている。 ちなみに評者は,恥ずかしながら,本書を読んではじめて図のキャプションと表のタイトルの違いに気づいた。
最後に,いよいよ論文を投稿するという段階で読むべきが,第9章と第10章である。第9章には,投稿時の諸注意やカバーレターの書き方がある。 第10章では,リジェクトというだれもが経験しうる状況にどう対処すべきかについて,その理由ごとに語られている。 リジェクト後の対応策をここまで詳しく解説してくれている文献は,いままでなかったように思う。
このように,本書はこれから英語論文を書こうとしている研究者に必読の書である。 また本書には,日本語論文を書く際にもお手本とすべき情報が盛りだくさんなので,学部生や修士(博士前期)課程の大学院生にもオススメしたい。 ただ1つ,査読においては,査読者の指摘にすべて従ったほうがよいという旨のアドバイスがなされているのだが(第10章),この点にはやや疑問を感じた。学術論文が「査読者との共作」(本書p.149)なのであれば,必ずしも査読者の指摘すべてに従う必要はないとも思うのであるが,その辺りは微妙なさじ加減が求められるということなのだろうか。 いつの日か,この疑問に対して評者自身が答えを見出せると信じつつ,筆を置きたい。(文責:浅野良輔)
*本書評の執筆にあたり,(株)朝倉書店のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。
(2014/7/24)