HOME > 図書紹介 > メンタライジングの理論と臨床:精神分析・愛着理論・発達精神病理学の統合

メンタライジングの理論と臨床:精神分析・愛着理論・発達精神病理学の統合

(J. G. アレン・P. フォナギー・A. W. ベイトマン(著),狩野力八郎(監修),上地雄一郎・林創・大澤多美子・鈴木康之(訳),2014,北大路書房)

目次

1章 序論
第Ⅰ部 メンタライジングの理解
2章 メンタライジング
3章 発達
4章 神経生物学
第Ⅱ部 メンタライジングの実践
5章 技芸としてのメンタライジング
6章 メンタライジング的介入法
7章 愛着トラウマの治療
8章 子育てと家族療法
9章 境界性パーソナリティ障害
10章 心理教育
(付録 メンタライジングとは何か・なぜそれを行うのか)
11章 社会システム

 

 他者のこころを理解しようとすることは,心理学者や心理臨床家のみならず万人共通の目標でもある。本書は,「こころでこころを思うこと」,すなわちメンタライジングについて,その理論的背景と心理臨床における応用可能性をジェネラリストの視点からまとめたものである。導入にあたる第1章で強調されている点は,多くの精神療法に共通する要素であるメンタライジングに焦点化することで,それぞれの精神療法をより洗練させることができるという点である。また,メンタライジングの理論的背景として自己を徹底的に追及する精神分析の理論やメンタライジングの発達を促す愛着の理論について概観しつつ,認知療法・対人関係療法・クライエント中心療法などのさまざまな精神療法において,メンタライジングへの焦点化・促進が治療のキーとなることが説明されている。
 第Ⅰ部はメンタライジングという概念について,認知・発達・神経生物学的観点に基づく理論的な背景を扱っている。第2章では,メンタライジングとその類似概念(心の理論やマインドリーディングなど)とを比較しながら,メンタライジングが多面的(認知的メンタライジングおよび情動的メンタライジング)であり,こころを理解するための包括的な概念として位置づけられること,そして精神療法的治療の対象となる人はメンタライジング不全に陥っている可能性が指摘される。第3章では,メンタライジングの発達について愛着がベースとなることを愛着トラウマの研究を引用しながら詳述し,メンタライジング不全として出現しうる3つのモード(評者注:いわゆる防衛機制のこと)に対しては,個々の技法よりもクライエントとの共同作業におけるメンタライジングへの焦点化が有効であることを主張する。第4章では,メンタライジングの神経生物学的基盤について概観し,自閉症スペクトラムやサイコパシー(精神病質)の問題は神経発達の病理に基づくメンタライジングの障害として位置づけられることが説明されている。
 第Ⅱ部はメンタライジングの心理臨床的な実践について,愛着トラウマの治療・家族療法・境界性パーソナリティ障害(BPD)・心理教育・暴力など多岐にわたる問題を取り上げる。第5章および第6章では,第7章以降で説明されるメンタライジング不全がもたらす問題への介入技法として,メンタライジング的介入法(メンタライゼーションに基づく治療;MBT)を紹介し,その科学的エビデンスを示している。第7章および第8章では,虐待などの不適切な養育がもたらす愛着関係におけるトラウマが適切な情動調節能力の発達を妨げること(=メンタライジング不全)を説明し,愛着トラウマの治療におけるメンタライジングの役割について事例を挙げながらその有効性を確認する。また家族関係の治療プロセスにメンタライジングを応用した家族療法(メンタライゼーションに基づく家族療法;MBFT)についても紹介している。第9章では,BPDの中核的な問題としてメンタライジング不全を位置づけ,BPDに対するメンタライジング的介入の実践として,「デイホスピタル・プログラム」と「集中的外来通院プラグラム」の有効性が説明される。第10章では,メンタライジングに関する心理教育について,子育て・家族ワークショップや精神科の入院患者を対象としたグループにおける具体的なカリキュラムやメンタライジングのエクササイズを紹介している。第11章では,メンタライジング不全がもたらす暴力などの攻撃的行動について,学校や地域コミュニティを含む社会システムの観点から,その予防と介入方法が説明され,メンタライジングが個人のみならず社会の道徳的・倫理的な背景として重要であることを主張する。第Ⅱ部にみられる具体的な実践の数々は,メンタライジング的介入法の広範な応用可能性を示唆するものであり,ハイブリッドな治療が求められる心理臨床の現場においては非常に有効なものであると考えられる。
 本書は一見すると心理臨床家のための理論・実践書に思われるが,メンタライジングの発達の背景にある愛着関係やメンタライジング不全がもたらすコミュニケーション上の問題などは,パーソナリティの発達やパーソナリティのダークサイド(ダークトライアド;ナルシシズム・サイコパシー・マキャベリアニズム)を扱う際にも有益な視点を提供してくれる。理論と治療とがバランスよく配置されている本書は,心理臨床家のみならず「こころ」を扱う研究者にとって必読の書といえるだろう。(文責:加藤仁)

・本書評の執筆にあたり,(株)北大路書房のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2015/11/1)