(L. G. グリム・P. R. ヤーノルド(著),小杉考司(監訳),2016,北大路書房)
目次
序文 第1章 多変量解析へのいざない
第2章 重回帰と相関分析
第3章 パス解析
第4章 主成分分析と探索的・検証的因子分析
第5章 多次元尺度構成法
第6章 クロス集計されたデータの分析
第7章 ロジスティック回帰分析
第8章 多変量分散分析
第9章 判別分析
第10章 メタ分析を理解する
心理学の学問上の特徴の1つに,データを収集して実証的な知見に基づきながら,理論を発展させていく点がある。現在,多くの心理学研究では,量的データに基づく分析が行われており,統計に関する知識は必須である。本書は,複数の独立変数や従属変数を同時に分析する統計手法である「多変量解析」について解説したReading and Understanding Multivariate Statisticsを邦訳したものであり,多変量解析に関する基本的な知識が,概念的に分かりやすくまとめられている。
パーソナリティ心理学では,通常多くの質問項目を含めた調査票を用いて研究が行われる,そして,本書で解説されている因子分析を用いて尺度の構成を検討したり,重回帰分析やロジスティック回帰分析を用いて構成概念間の関連を調べたりすることが多い。そのため,多変量解析に関する基本的な知識を身につけることは非常に重要であると言える。
また,実験研究を中心としている研究者の中には,普段の自分の研究ではt検定や分散分析を主に使い,あまり多変量解析は使ったことがない方もいるかもしれない。しかし,読者や査読者の立場で,他者の研究を批判的に読むためには,そこで用いられている統計手法を理解しておくことは必須である。さらに,近年の心理学研究における再現可能性に関する一連の議論の中で,本書の第10章で取り上げられているメタ分析が改めて重視されるようになってきている (e.g., Braver, Thoemmes, & Rosenthal, 2014, Perspectives on Psychological Science)。このような背景を踏まえると,すべての心理学者が多変量解析の知識を身につけることが必須となった時代が到来していると言えるだろう。
本書では,多変量解析の各手法について,特に概念的な側面を中心に分かりやすい解説がなされている。また,普段は忘れがちな,各手法を用いる上で満たすべき仮定についても詳しく書かれており,理解を深めることが可能である。多変量解析を初めて学習しようとする人にも取りつきやすい内容となっており,学部生や修士課程の学生への教育用としてもおすすめである。
ただし,原著は1995年に刊行されているため,当然のことながら,その後の統計手法に関する研究成果を踏まえた内容は本書には含まれていない。たとえば,第4章では構造方程式モデリングにおける適合度指標の解説がされているが,近年の論文でよく用いられているHu & Bentler (1999), Structural Equation Modelingなどの統計的シミュレーション研究に基づき提案された基準や,それに対する批判 (e.g., Barrett, 2007, Personality and Individual Differences) などは詳しく取り上げられていない。また,第10章のメタ分析でも,たとえば,分析結果に大きな影響を及ぼしうる,お蔵入り問題 (file drawer problem) についての指摘は本書でなされているが,その対処法として近年提案されているtrim-and-fill法 (Duval and Tweedie, 2000, Journal of the American Statistical Association) やp-curveを用いた方法 (Simonsohn, Nelson, Simmons, 2014, Perspectives on Psychological Science) は紹介されていない。このように,多変量解析は急速に研究が発展している分野でもあるため,本書を読んで多変量解析に興味を持った方は,その後の研究成果についてもフォローしていくことを勧めたい。
しかしながら,監訳者の方もあとがきで述べている通り,各手法の基本的な原理は時間が経過しても簡単に色褪せるものではない。実際に,本書で解説されている各統計手法の基本的な原理は,現在の実証研究でも広く用いられているものである。基礎的な統計知識を持つ者が,より発展的な多変量解析という手法を概念的に理解する上で,本書は非常に役立つ一冊となるだろう。(文責:野崎優樹)
・本書評の執筆にあたり、(株)北大路書房のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。
(2016/8/16)