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心の中のブラインド・スポット―善良な人々に潜む非意識のバイアス―

(M・R・バナージ, A・G・グリーンワルド(著),北村英哉・小林千博(訳),2015,北大路書房)

目次

第1章 マインド・バグ
第2章 真実の裏の顔―日常生活にはびこる様々な嘘
第3章 ブラインド・スポットの中へ
第4章 矛盾する2つの心
第5章 タイプ分けしたがる人間―ホモ・カテゴリカス
第6章 ステレオタイプの危険性
第7章 われわれと彼ら
第8章 バイアスをつくり出すマシーンといかに闘うか?
付録1 アメリカ人は人種差別主義者か?
付録2 人種と不利な立場と差別
訳者あとがき

 

 アメリカ合衆国大統領選挙に出馬しているドナルド・トランプ氏は, 「差別や偏見はいけません」という「常識」を覆す差別的発言で話題になった。当然ながらトランプ氏の発言は批判を浴びたが, 一部の人にとっての「直接表には出せない本心」をトランプ氏が代言したことが, 支持率につながった, とも言われている。
 本書の著者たちは, 常識的な大人ならば直接表には出さない, ステレオタイプや偏見を実証する手法を開発した。実際にその手法の説明がなされる前に, 第1,2章では, 人間が, いかに判断を誤りやすく, 意識的, または無意識的に虚偽の回答をする傾向があるかが解説されている。そして, 情報処理の過程で起こる, ステレオタイプを含む誤りについて, 「マインド・バグ」という言葉が用いられている。著者らの開発したIAT課題は, 無意識的な回答者のマインド・バグを暴く手法である。
 第3章,4章は, IAT課題のデモンストレーションから始まっているので, 特にIATについて初見の読者は体験してみることをお勧めする。IAT課題を遂行した多くの研究協力者の間で, 「白人の顔写真と快語, 黒人の顔写真と不快語を同じ方向に分類する課題よりも, 黒人の顔写真と快語, 白人の顔写真と不快語を同じ方向に分類する課題の方がずっと難しく感じ, 時間がかかる」傾向が見られた。「白人の方が黒人よりも良い」という自動的選好を持っているため, 黒人写真と快語が頭の中で結びつきにくく, 反応が遅くなってしまうのである。ただし著者たちは, IAT課題で測定できるのは, 白人に対する自動的選好であり, 20世紀に多く見られたような, 黒人への直接的な侮蔑や非難中傷とは性質が異なるものであるということも, 丁寧に説明している。
 第5章から7章では, 第3,4章で測定方法が明らかにされた自動的選好や無意識のステレオタイプが, 我々の頭の中でいかに維持され, 使用されているのかが, さまざまな日常生活での例を用いて解説されている。ここまでの章を読んだ読者は, 善良な人間たちの中にも無意識的なステレオタイプは存在し, それが時に, 他人の人生をも破壊し得ることを知り, 暗澹たる気持ちになるかもしれない。ただし最後の第8章では, 無意識的なステレオタイプを生み出すマインド・バグを, 負かす解決策についても論じられている。
 本書は, IAT課題について知らない人にも, ある程度の知識がある人にも, 満足できる内容になっている。IAT課題について知らない人には, IAT課題のデモンストレーションから詳しく説明されている。そして, 数多くの具体例を挙げながら, 誰もが多かれ少なかれもっている, 無意識のマインド・バグが暴かれていく内容になっている。具体例には, 日本人には馴染みのない有名人の名前なども入っているものの, それらは各章の脚注で, 丁寧に解説もされている。
 IAT課題についてすでに知っている人に対しても, IAT課題が現在のような形になった経緯や, IAT課題を用いた多くの先行研究について, 詳しいレビューも記載されている。それもさることながら, IAT課題を開発していく過程で生じた, 著者たちの心情に関する記述は是非読んでもらいたい。IAT課題は, 特にステレオタイプ研究の中では, 世紀の大発見ともいえる手法である。著者たちは, 開発したIAT課題を自ら何度も遂行し, 自らの白人に対する自動的選好が, 何度課題を遂行しても実証されたときの体験を綴っている。そして, 自らの仮説を実証することができた科学者としての嬉しさと, 「偏見をもっていない自分」という自己知覚を揺さぶられたことへの葛藤を記している。画期的な課題を開発した研究者たちの, 裏話ともいえるこうした記述は, 心理学研究に興味がある読者であれば, 誰しもが興味を惹かれることだろう。
 最後に紹介したいおすすめポイントは, 本書が, 日本の社会心理学者たちに和訳された点である。最終章である「訳者あとがき」は必読である。本書を読むにつれ, 「こうした無意識のマインド・バグに関する国内の研究は?」という疑問を持つ読者も多いのではないかと思う。この訳者あとがきでは, そうした疑問に対しても触れている。日本でも, 目に見えない偏見やステレオタイプは確実にある。しかし, 某漫才大会の後で「ハゲは笑いになっても障害は笑いにならないのはなぜか」といった内容のツイートが話題となったように, 倫理的, 政治的に, 扱いにくい研究テーマでもある。訳者あとがきでは, そうしたテーマが扱いにくいことを認めつつ, 科学者がそれで萎縮してしまうことに警笛を発し, 「研究の社会貢献について考えるべき」という大きな問題提起がなされている。この「訳者あとがき」をもって, 日本人研究者向けの書籍として, 本書は完結したと評者は考える。
 ステレオタイプに直接興味がない人であっても, IAT課題は自尊心やシャイネスなど, 幅広い分野に応用されており, まだ誰にも発見されていない使い方も可能かもしれない。自分の研究テーマで扱うことができないか, 是非一読して考えてみてほしい。(文責:福沢 愛)

・本書評の執筆にあたり,(株)北大路書房のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2016/8/16)