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社会脳の発達

(千住 淳 著, 2012年, 東京大学出版会)

目次

はじめに
第Ⅰ部 脳と発達と社会
 第1章 脳機能と発達
 第2章 社会脳とは何か
第Ⅱ部 赤ちゃんの脳,社会に挑む
 第3章 他者の心を理解する
 第4章 他者の動きを理解する
 第5章 視線を理解するⅠ―目を見る・目が合う
 第6章 視線を理解するⅡ―視線を追う・視線から学ぶ
第Ⅲ部 自閉症者が教えてくれること
 第7章 自閉症スペクトラム障害
 第8章 自閉症者は心を読まない?
 第9章 自閉症者は人まねをしない?
 第10章 自閉症者とは目が合わない?
第Ⅳ部 社会が導く脳,脳が導く社会
 第11章 発達研究からの視点
 第12章 社会脳研究のフロンティア
補論 脳の発達研究ができるまで
おわりに

 

 本書は,ヒトの社会行動の脳神経基盤について,主に赤ちゃんの視線に関わる研究を紹介しながら論じたものである。まず第Ⅰ部では,科学的方法を使って人間の「心」の働きを捉える際の手続きや,「社会脳」の定義が概観された上で,本書の立場が記されている。つぎに第Ⅱ部と第Ⅲ部では,子どもの社会性についての研究知見がふんだんに紹介されている。子どもの社会性に関わる研究は様々であるが,本書では,他者の心を理解する上では他者の視線を理解することが重要であるとされ,アイコンタクトや視線を追うといった行為についての実験結果が重点的にとりあげられている。最後に第Ⅳ部では,本書の内容のまとめと,社会脳研究の今後の課題について述べられている。

 近年,ヒトの社会性については学際的に研究が行われており,心理学,社会学,生物学等の分野間における距離は急速に縮まりつつある。その中にあって,研究者が「心」や「社会」といったものに対する自身の見方を相対化することは,重要性を増していると同時に,困難にもなりつつあるように思う(学際的なテーマに関する自身の見方を相対化するためには,複数の分野についての知識が必要となる。また,個々の分野についての知識だけでなく,分野間の関連についても統合的な理解が必要になるだろう。要するに,勉強しなければならないことがとても多い)。
 本書の第Ⅰ部には,初学者にもわかりやすい平易な言葉で,「心」を自然科学の手法で扱うための方法や,「社会脳」についての定義が概観されている。そしてその上で,社会神経科学者である著者が自身の「心」や「社会脳」の捉え方を相対化する様子が記されている。第Ⅰ部の内容は,「心」や「社会」について研究している初学者や若手研究者が自身の見方を見つめなおす際の指針となるだろう。第Ⅰ部は本書の序論にあたる部分であるが,私のような若手研究者にとってはここだけでも非常に読み応えがあった。

 本書の主たる主張は,“脳内の神経細胞は,大きさや数といった特徴は生得的に決まっているものの,どの部位でどのような処理が行われるかは生得的には決まっておらず,生後,環境と相互作用する中で決まってくる”というものである。この主張の下では,たとえば自閉症児の脳は,健常児の脳の社会性に関わる部位が欠けている状態ではなく,健常児の脳と構造の一部が異なっていたため,健常児とは異なる発達を遂げた状態として捉えられる。この主張は,本書において健常児を「定型発達児」,自閉症児を「非定型発達児」と表現していることからも読み取ることができる。
 このように,本書の内容は,健常児や自閉症児における社会性の発達の違いについてだけでなく,脳機能の局在と可塑性をどう説明するかという,脳についての根本的な問いと大きく関わっている。本書の第Ⅱ部・第Ⅲ部では,この問いに答えるための実験の詳細がわかりやすい表現で紹介されている(社会神経科学を専門としていない私でも,最初から最後までつまずくことなく読むことができた)。社会性に関わる視線研究について知りたいという人や,心と脳,社会性と脳といったテーマの実験について知りたいという人に広くおすすめしたい1冊である。(文責:蔵永 瞳)

(2013/9/14)