(Daniel Nettle 著, 2009年, Oxford University Press)
目次
Chapter 1: The Significant of Darwinism
Chapter 2: Variation
Chapter 3: Heredity
Chapter 4: Competition
Chapter 5: Natural Selection
Chapter 6: Sex
Chapter 7: Life Histories
Chapter 8: Social Life
Chapter 9: Plasticity and Learning
Chapter 10: Our Place in Nature
Chapter 11: Evolution and Contemporary Life
本書の著者は,進化心理学の領域で著名な研究者であるDaniel Nettleである。Nettleの書籍で有名なものとしては,特に翻訳されているものに限ると,『パーソナリティを科学する―特性5因子であなたがわかる』や『消えゆく言語たち―失われることば,失われる世界』,『目からウロコの幸福学』が挙げられる。Nettleは進化生物学的視点からパーソナリティや言語発達に対し,鋭い論考を繰り広げている。そんな著者が著した本書は,心理学をはじめとする人間科学全般にとって非常に重要な視点となる進化生物学の基本的な原則を説明するためのテキストブックである。
近年,心理学にとどまらず人間科学の様々な領域に「進化」の視点が導入されてきており,進化人類学,進化医学,進化言語学,進化経済学,進化心理学など,多くの学際的な学問分野が出現してきている。そこで重要となる考え方は,「自然淘汰」を柱とするダーウィンの提唱した進化論である。ダーウィンの進化論は私たちをはじめとする生物の体の構造だけでなく,私たち生物の行動やこころのメカニズムまでをも説明する。本書は,私たちの一見不可解な行動や,その背後の必ずしも適応的でないこころのメカニズムを進化的視点からとらえるための材料を提供してくれる。
本書は大きく2部に分けられ,前半はChapter1からChapter5までの5章,後半はChapter6からChapter11までの6章となる。前半は進化的視点を持つための道具 (fundamental toolkit) を提供してくれるもので,後半は私たちヒトの生活にその道具を応用することを試みる。まず1章でダーウィン進化論の概要を確認した後に,2章では表現型と遺伝子型の個人差 (個体差) について,3章ではそれがどのように遺伝するのかについて概説がなされる。この表現型と遺伝子型の個人差の存在とそれが次世代に伝達されるところから,自然淘汰という進化のメカニズムが働くわけであるが,その際にもうひとつ重要な要件として繁殖のための競争が挙げられる。4章ではその競争について読者に説明し,5章で進化的視点を持つための道具のまとめとして自然淘汰の説明を行う。
本書の後半では,より応用的なことについて議論が展開されていく。6章ではヒトの性別について,なぜ性というシステムが進化してきたのかについて,他生物種の知見も織り交ぜながら考察する。7章ではヒトの生活史ということについて,生物学の領域で提唱されている生活史理論 (Life History Theory) に基づき議論を行う。具体的には寿命や配偶関係の樹立,親や祖父母の養育といったことを取り上げる。8章では血縁関係にないものどうしの社会的関係について様々な角度から考察を行う。9章では可塑性と学習とタイトルがつけられている。この章では,表現型の可塑性から社会的学習まで非常に広範な可塑性を取り上げ,最後にその学習がいかに進化に影響を与えうるのかということについて書かれている。10章では,ヒトという種が進化史の中でどのように位置づけられるのかということに対し,他生物種との分類学上の違いやヒト固有の生物学的特徴などを議論する。そして最終章である11章では,現代社会という環境におけるヒトの行動やこころのメカニズムに対し,これまでの章で得た道具を用い進化生物学的視点から考察をしていく。
全体を通じ,非常に読み応えがある本であることは間違いがなく,Nettleの他の書籍についても言えることであるが,英語も読みやすく文章全体が分かりやすい。進化生物学と心理学をうまく橋渡ししている良い本といえる。ただ,生物学の知識をはじめからある程度持っていないと,いきなり英語でこれを読み砕いていくのは少々困難かもしれない。この分野のテキストとしては,1冊目でなく2冊目に適当な本だろう。 (文責:川本 哲也)
(2013/11/23)