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「裁判員」の形成,その心理学的解明

(荒川 歩著,2014年,特定非営利活動法人ratik)

目次

序言 裁判員になるという視点(菅原郁夫)
はじめに
第1章 「裁判員」という役割
1-1 裁判員と裁判官の違い
1-2 市民がもつ事象・法的概念のイメージ:常識にもとづく法
1-3 裁判員=市民ではない
第2章 公判における「裁判員」の形成
2-1 裁判員は公判の中でどのように心証を形成するか
2-2 事実認定者としての裁判員の限界
2-3 心理的事象に対する市民の理解と専門的知識のズレ
2-4 弁論の内容が裁判員の意見形成に与える影響
第3章 評議における「裁判員」の形成
3-1 評議における裁判員の判断形成
3-2 評議の運営が裁判員の判断形成に与える影響
3-3 実際の裁判官が参加した模擬裁判と裁判員の満足
3-4 意見のズレの解消過程の分析と評議後の「裁判員」の判断の変化
第4章 まとめ
4-1 裁判員の心理はどのようなものと言えるか
4-2 本研究の限界
4-3 裁判員研究の意味
引用文献

 

 2009年から裁判員制度が導入された。この制度は,国民の司法参加制度であり,「司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上に資する」ことが目的とされている(「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」第一条)。裁判員制度が導入されてから5年目を迎える現在において,どの程度の人が裁判員裁判についてリアルな知識を持っているだろうか?本書は,筆者が模擬裁判に裁判員として参加した人の不全感に着目して,裁判員に「なる」ことの個人の心理から裁判員と,裁判官と,の関係性のなかで繰り広げられる裁判員制度特有の状況とのコミュニケーションについてまとめた専門書である。
 裁判員に関する議論では,一般市民の論理性の欠如や知識の欠如に焦点があてられてしまう事も少なくない。しかし,本書では,裁判員という経験の特殊性,先行する裁判員研究について触れた上で,第1章『「裁判員」という役割』において裁判員になる前の裁判員について論じている。ここでは,裁判官と裁判員の違いを対比的に描き,思考の文脈や判断の違いについて心理学の知見を元にした議論を展開している。また,市民が知っている「常識的な」法的概念-例えば,「疑わしきは被告人の利益に」という言葉の意味や心神喪失など-に対して,人々が抱くイメージが裁判員裁判に及ぼす影響を筆者らの研究をもとに検討している。
 続く第2章『公判における「裁判員」の形成』の前半では,公判における裁判員の心証の形成に関連する,知覚・認知過程における歪み,記憶過程における歪み,判断過程における歪みが議論されている。これらの議論には,代表的な心理学理論が用いられており,心理学理論の応用的理解の促進にも役立つセクションとなっている。後半では,心理的事象に対する市民の「しろうと理論」をもとにした理解と専門的知識のズレ,弁護人の弁論の内容が裁判員に与える影響が議論されている。
 さらに,第3章『評議における「裁判員」の形成』において,筆者は評議の場面での裁判員の判断形成について,意思決定とコミュニケーションの観点から概説し,評議において裁判員が判断を形成するうえで影響を受ける要因を整理している。そして,評議の運営がどのように裁判員の判断形成に影響を与えるか,実務家としての裁判官が参加した模擬裁判での,裁判官と裁判員の振る舞いや満足度を検討している。この模擬裁判に参加したほとんどの裁判員は満足感を感じているにも関わらず,自分の主張したい意見に根拠をうまくみつけることができなかった裁判員の声を拾い上げ,丁寧に議論する分析の視座が興味深い。最後に,裁判員評議では,意見のズレがある場合にも,議論体としての最終的な意見の一致が求められることから,その解消過程の分析と,評議体を離れた後の裁判員の気持ちの変化の示唆が与えられていた。とりわけ,評議終了後の裁判員の意見の変化については,裁判員特有の時間を経験した者が経験する特殊な意見の変化と捉えられる。それは,筆者も述べているように,裁判員になるということは「未知の文化への参入過程」でもあり「離脱過程」でもあるからである。
 本書で用いられている研究は 2009年から2013年のたった4年間で筆者が包括的に研究した業績の集大成でもある。読み進めていくうえで,こうした筆者の熱意とたった一人の意見をも大切にし,そこから重要な観点を導き出す筆者の姿勢に,大変感銘をうけた。筆者の熱意を引き継ぎ,裁判員裁判という場で形成される特有のパーソナリティ,そして,一旦形成されたパーソナリティがいかにその人の後の人生に影響を与えるかについて,本書を軸に今後多くの研究が展開されることを望む。(文責:木戸彩恵)

(2014/6/4)