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社会的認知研究 -脳から文化まで-

(S. T. フィスク・S. E. テイラー(著),宮本聡介・唐沢穣・小林知博・原奈津子(訳), 2013, 北大路書房)

目次

1章 導入
Part 1 社会的認知の基本的な概念
2章  社会的認知におけるデュアルモード
3章  注意と符号化
4章  記憶における表象
Part 2 社会的認知のトピック -自己から社会まで-
5章  社会的認知における自己
6章  帰属過程
7章  ヒューリスティックスとショートカット -推論と意思決定の効率性-
8章  社会的推論と正確さと効率性
9章  態度の認知構造
10章 態度に関する認知的処理
11章 ステレオタイプ化 -認知とバイアス
12章 偏見‐認知と感情バイアスの相互作用
13章 社会的認知から感情へ
14章 感情から社会的認知へ
15章 行動と認知

 

 人が他者や自分自身を意味づけ,関わり方を決める際に,どのような心理的な過程が働いているのだろうか。このような問いを扱う研究分野が「社会的認知」である。本書は,この分野で著名なフィスクとテイラーにより書かれたSocial Cognition: From Brains to Culture, 3rd editionを邦訳したものであり,社会的認知研究のこれまでの理論や実証研究が分かりやすくまとめられている。また,パーソナリティなどの個人差の要因や,文化などの社会的な要因が,社会的認知にどのような影響を及ぼすのかということも扱われている。
 1章では,社会的認知研究の歴史や位置づけが議論されている。特に社会心理学において「認知」がどのように扱われているのかが解説されており,実験心理学と社会心理学を対比させながら,「認知」の位置づけや社会的認知研究の特徴が述べられている。つまり,よりメタな視点から社会的認知という大きな研究分野が論じられており,この研究分野の特徴を掴む上で大変興味深い章となっている。続く2章から4章までで構成されるPart1では,自動過程と統制過程・注意・符号化・記憶といった認知心理学でもしばしば取り上げられる概念が社会的認知研究でどのように扱われ,どのようなことが明らかにされてきたのかが展望されている。ここでは,プライミング,対人認知,社会的カテゴリといった,社会的認知研究を進めていく上で基本となる概念やモデルも紹介されており,以降の章の内容を深く理解する際に役立つ研究成果が紹介されている。5章から15章までで構成されるPart2では,社会的認知研究で扱われる個々のトピックが各章で紹介されている。ここで扱われているトピックは,自己・帰属・ヒューリスティックス・態度・ステレオタイプと偏見・感情などといった多様な内容が含まれており,社会的認知的研究での個々のトピックを幅広くかつ深く知る上で,有益な内容となっている。
 本書の特徴として,大きく3つを挙げることができる。1つ目は,単に実証研究の紹介に留まらず,メタ理論の観点も含めた社会的認知研究の位置づけが議論されている点である。特に第1章では,「モノ」に対する認知と「ヒト」に対する認知の相違点を考察していく中で,社会的認知研究がどのような前提に基づき発展してきたのかが述べられており,著者らの分野全体に対する考えが色濃くまとめられている。普段,単に自分の研究分野の枠組み内で研究を進めているだけではあまり考えないことを,改めて考えさせられる良いきっかけとなる内容になっている。
 2つ目は,引用文献の豊富さである。本書で紹介されている実証研究は,基本的には国際的な雑誌で査読を経た研究論文に基づくものであり,111ページにも渡る引用文献の章にすべての出典がまとめられている。そのため,各章を読んでいて,もし気になる研究があった場合には,容易に一次文献の情報を得ることができるようになっている。また,人名索引や事項索引も完備されており,自分が知りたい内容のページを本書の中から簡単に探すことが可能である。
 3つ目は,本書の副題にも示されているように,近年の神経科学の知見も含めた議論がされている点である。『Social Neuroscience』や『Social Cognitive and Affective Neuroscience』といった専門誌の発刊に代表されるように,ここ10年で社会神経科学は大きな発展を見せている。本書でも,これまでの社会神経科学で明らかにされてきたことを概観する内容が各章に散りばめられており,様々な社会的認知の処理を行う際にどのような脳部位が関与するのかが分かりやすくまとめられている。そのため,神経科学に興味を持つ人にも有益な内容となっている。
 本書を読んで改めて感じるのは,人が自己や他者のことを処理する過程の複雑さと,それを可能な限りシンプルにモデル化し理論化しようとしてきた研究者たちの努力の跡である。本書でも述べられている通り,人は各々が自分自身の意思を持って環境に対して働きかけるため,社会的認知研究では,常に刻々と変わる対象を認知する過程を明らかにしていくことが求められる。そのため,どうしても様々な要因が介在しており,社会的認知の過程は複雑なものになる。その複雑さを明らかにしていくところに,社会的認知研究の難しさと面白さがあるのだろう。社会的認知の研究を専門にしているか否かに関わらず,広く社会的認知に興味を持つ人に対して,この分野の研究内容を包括的に理解するのに役立つ一冊としておすすめしたい。(文責:野崎優樹)

・本書評の執筆にあたり,(株)北大路書房のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2014/11/1)