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社会脳シリーズ6 自己を知る脳・他者を理解する脳―神経認知心理学からみた心の理論の新展開―

(苧坂直行編著,2014,新曜社)

目次

1.アレキシサイミアと社会脳(守口善也)
2.身体的自己の生起メカニズム(嶋田総太郎)
3.自己を知る脳―自己認識を支える脳(矢追 健・苧坂直行)
4.自己の内的基準に基づく意思決定(中尾 敬)
5.自己を意識する脳―情動の神経メカニズム(守田知代)
6.心の理論の脳内表現(大塚結喜)
7.エージェントの意図を推定する心の理論―知覚脳からアニメーションを楽しむ社会脳へ(苧坂直行)
8.他罰・自罰の方向性を切り分ける外側前頭前野―攻撃の方向性の神経基盤(源 健宏・苧坂直行)
9.自他を融合させる社会脳―合唱をハイパースキャンする(苧坂直行)

 

 『社会脳シリーズ』は,近年研究が盛んに行われている「社会脳」に関する知見をまとめたものである。本書はこのシリーズの第6巻として,40年ほど前から研究がスタートした心の理論を最新の認知神経科学の観点から読み解き,自己を理解すること,他者を理解することの意味とメカニズムを明らかにすることを目指している。
 脳部位の細かな話には難解な面もあり,神経科学に精通していない読者にはわかりにくい部分もあるが,自己と他者を表象する際に活性化される脳部位の大部分が共通しており,自己と他者の区別は神経レベルでは自明ではないこと,物理的な刺激にでさえ「心」を見出してしまうときに活性化する脳部位の多くが心の理論とも関連していることから心の理論が社会脳の中心と考えられることなど,パーソナリティ心理学や発達心理学の領域で議論されてきた諸問題に対して,神経科学の観点からその根拠や新たな知見がもたらされている。
 以下,各章の概要を簡潔にまとめるが,本書の序章には編者による各章の比較的詳しい説明がなされており,容易に全体を俯瞰することができる。
 第1章ではアレキシサイミアをとりあげ,感情の自他をつなぐ役割を描出している。アレキシサイミアとは自分自身の感情をそれとして認識することの障害として知られているが,本章ではこの障害を持つ人は心の理論に関する脳機能が弱いこと,共感性に関する脳機能が亢進されていることから,アレキシサイミアの特徴として自他の心を理解し,自己を他者に重ね合わせつつも第三者的な視点を維持することの困難さがあることを指摘している。
 第2章から第6章は自己に焦点を当て,「自己」という感覚を生起させる脳内基盤を多様な実証研究に基づき詳説している。第2章では自己の身体的側面に焦点を当て,身体の保持感と運動の主体感という2側面から自己感の生起メカニズムを解説している。第3章では,第2章で扱った身体的自己に加えて心的自己の問題を取り上げる。自己を表象する課題と他者を表象する課題で共通の脳領域の活性化が認められ,自他の分離が自明ではないことを示している。自己を通して他者を理解し,他者を通して自己を理解するという両方向の関係が示唆される。第4章では外的基準(報酬等)によって正答が定められる場合の意思決定と,正答が存在せず,内的基準(好み等)に従ってなされる意思決定では異なった神経基盤が存在することから,正答のない意思決定のプロセスの検討を進めることが「自己の機能とは何か」を考えるのに有効であると指摘している。第5章では自己意識的情動に焦点があてられている。自己意識的情動は恥や照れ,罪悪感など,他者の目に映る自己を意識したときに生じる情動である。こうした情動は社会のルールや規範からのずれを監視する警報システムのような役割を果たしており,高度な社会性を反映した,自己覚知と他者理解をつなぐものであると考えられる。本章では自己顔認知に伴う羞恥心を扱った研究を取り上げ,自己顔と他者顔では喚起される羞恥心の強さが異なるとともに,異なる脳部位の活動が観察されたことを報告している。また,章の後半では社会性に困難を抱える自閉症スペクトラム障害者では自己顔認知とそれによって引き起こされる羞恥心をつなぐ脳内ネットワークの活動が低下していることが示されている。他者の心を理解することと自己意識的情動の間に強い関連があることが示唆される。第6章では,自己と心の理論に共通した脳内ネットワークが存在するという仮説と,自己と心の理論は完全に同一の神経基盤に支えられているのではないという2つの仮説を紹介している。著者らの実験は後者の仮説を支持し,自己が心の理論の基礎となっている可能性を指摘している。
 第7章では,第6章までの「自己を知ること」を踏まえて,その前提に「他者の発見」があるのではないかと論じている。つまり,他者を含む「できごと」を予測する社会脳の働き(心の理論)を通して,自己を知ることができるのではないか,ということである。本章では「他者の発見」に軸足を置き,幾何学図形のアニメーションを用いた実験を紹介している。アニメーションに登場するエージェントの意図性を様々に操作すると,意図性が低い場合には視覚情報を処理する後頭葉が,意図性が高い場合には側頭葉や頭頂葉など心の理論に関わる脳領域の活性化が認められる。心の理論の働きによって,物理的な刺激が社会的な刺激として処理されるが,アレキシサイミア(1章)や自閉症スペクトラム障害(5章)の人は情報を社会的刺激として処理することが難しいことが示唆される。
 第8章と第9章では他者との相互作用に現れる社会脳を,ポジティブ・ネガティブ両側面から描出している。第8章では,フラストレーションが解消される方向としての自罰と他罰に注目した。P-Fスタディを改変した課題を用いて実験を行ったところ,自罰傾向が強い人は認知的制御(他者への怒りの抑制),他罰傾向が強い人は怒りと関連する脳領域の活性化が認められた。また,自我が阻害される場面(自己の目的や願望が阻害される)では他者に対する共感や視点取得と関連する脳領域が,超自我阻害場面(自尊心が阻害される)では道徳性と関連する脳領域がそれぞれ賦活された。第9章では,ハイパースキャニング(複数人の脳活動を同時に計測する手法)を用いて協調・協力の神経基盤を探っている。2名の実験参加者がペアでハミングをする際に前頭葉の活動が同期することが観察されたことから,社会脳ネットワークの中枢である前頭葉が2つの脳の働きをまとめ上げていると考えられる。これらのことから,パーソナリティ特性を社会脳の観点から検討することの重要性が示唆される。
 本書を通して,自己は自明のものではないこと(他者によって照らし出されるもの)が繰り返し述べられ,自己を理解すること,自他を区別することの難しさと,自他理解をめぐる知の冒険の醍醐味が随所に感じられる。良書である。(文責:島 義弘)

*本書評の執筆にあたり,(株)新曜社のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2015/5/23)