(尾崎幸謙・荘島宏二郎(著), 2014, 誠信書房)
目次
第1章 特性論-確認的因子分析
第2章 性格の構造を把握する-適合度・自由度
第3章 知能の構造を探る-高次因子分析と復習
第4章 測定道具の性能-信頼性と妥当性
第5章 抑うつを説明する-単回帰分析・重回帰分析・パス解析と標準誤差
第6章 抑うつの規定要因を理解する-因子間のパス解析
第7章 遺伝と環境-行動遺伝学・多母集団分析
「心理統計」を勉強しようとしたときに,このような経験をされた方はいないだろうか。少し厚めの教科書的な書籍を買い求め,いざ読み始めると,冒頭から数多く展開される数式に困難を覚え,「とっつきにい」と感じてしまい,そっと閉じて本棚に眠らせてしまうという経験である。もちろん,そういった書籍で難なく学習できる方も多いとは思うものの,私はこの例に挙げたようなタイプの学生だった。特に,そういったタイプの方には(もちろん,そうでない方にも),本書を薦めることができるように思う。
本書は,全9巻からなる「心理学のための統計学」シリーズの第6巻である。「まえがき」にも書かれているとおり,効率性を重視するならば,これほどの巻数を必要とせずに,さらに少ない巻数で統計学を学習することは可能だろう。しかし,このシリーズは,「個別心理学」のストーリーを優先し,それぞれの心理学(実験,社会,教育,臨床,パーソナリティ,発達,消費者,犯罪)の文脈の中で統計学を学ぶというスタンスをとっている。すなわち,自身が専門としている(あるいは,専門としたい)領域の巻を手に取れば,その領域で多用される分析やキーワードについて,ストーリーに沿った解説がなされており,最後まで読み進めるエネルギーを与えてくれる。これはこのシリーズの大きな特色であり,魅力といえる。
第6巻は,パーソナリティ心理学に合わせた内容である。たとえば第1章では伝統的な類型論・特性論の解説,ビッグファイブの説明があり,パーソナリティ変数をどのように扱えばよいか,独立変数および従属変数に置かれるものは何か,簡潔かつ分かりやすく述べられている。そのため初心者にも易しいと同時に,一定の知識を持った方も短時間で復習できる内容である。ですます調のやわらかい文章から,初心者向けのライトな内容かと思いつつ読み進めると,第3章では高次因子分析,第5章では重回帰分析やパス解析,そして第7章では遺伝と環境を例に挙げた多母集団分析まで取り上げられており,パーソナリティ心理学において多用される統計手法は十分にカバーされている。数式を用いる際もほとんど統計記号を用いずに「誤差分散」「観測変数の数-1」というように,文字で表現されている点も,理解を助けてくれる。共分散構造分析や高次因子分析は文字や数式をメインに表現されると(私のような初心者には)かなり辛いが,本書は先述のように配慮がなされている上に,分かりやすい図表も多く用いられており,この心配は全くない。
そして,適合度指標や信頼性・妥当性などに関する丁寧な説明も,それぞれ第2章,第4章でなされている。個人的には,信頼性の推定値として伝統的に用いられてきたα係数と,真値を測定する程度,すなわち因子負荷量を考慮したω係数との相違に関する説明が分かりやすく,興味深かった。また第5章では「抑うつ」を従属変数とする分析の例を挙げ,単回帰分析,重回帰分析,パス解析が説明されている。ここでは観測変数間の関連を検討する方法だけでなく,因子間の重回帰モデルや希薄化の修正まで説明されており,分析手法とその意味を理解するのに十分な内容である。
そして,本書はいわゆる講義形式の「一方通行」ではないことも特筆すべき点である。合計8箇所ある質問コーナーでは,実際に分析を行ったときに陥りがちな問題(共分散構造分析においてモデルがうまく収束しない,適合度の良いモデルが複数個あり判断に迷う,あるデータについて男女別に因子分析をすると因子のまとまり方は同様であるのに,両者をまとめて因子分析をすると異なる結果になってしまう,など)への回答が述べられているほか,各章の最後には,理解度をチェックするための「Quiz」が設けられており(もちろん回答も巻末に用意されている),ともに理解を助けてくれる。
著者もまえがきで述べているとおり,本書にはソフトウェアの操作方法には触れておらず, AMOSやR,Mplus,SASなどのソフトウェアについては,ほかの解説書をあたるようになる。ソフトウェアの選択肢も増えてきている今日では,こうした判断も妥当であろう。
本シリーズには伴走サイトも設けられており,本書で用いられたデータセットやQuizの詳説資料などが提供されている点からも,読者への手厚い配慮が窺える。敢えて気になる点を挙げるとすれば,本書評の執筆時には,上記伴走サイトにおいて提供される予定の授業用パワーポイントやPDFが準備中だったことだろうか。ただし,これは読者からの要望などに応える形で,次第に充実していくと思われる。
最後に,心理統計の先生に意図せずして伴いやすい「お堅い」イメージは,本書の最後のページにある「著者紹介」の「読者の皆さんへ」を読むことで払拭されると確信している。(文責:藤井勉)
・本書評の執筆にあたり,(株)誠信書房のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。
(2015/8/1)