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情動学シリーズ2 情動の仕組みとその異常

(山脇成人・西条寿夫(編),2015,朝倉書店)

目次

基礎編
1. 情動学習の分子機構(井上蘭・森寿)
2. 情動発現と顔(田積徹)
3. 情動発現と脳発達(堀悦郎・小野武年・西条寿夫)
4. 情動発現と報酬行動(松本惇平・小野武年・西条寿夫)
5. 情動発現と社会行動(清川泰志)
臨床編
6. うつ病(岡田剛・岡本泰昌)
7. 統合失調症(福田正人・高橋啓介・武井雄一)
8. 発達障害(山末英典)
9. 摂食障害(三宅典恵・山下英尚)
10. 強迫性障害(中尾智博)
11. パニック障害(熊野宏昭)

 

 ヒトの特徴の一つである社会性の源泉はその豊かな感情(情動)である。情動によってヒトは広範な社会的コミュニケーションを可能にしてきた一方で,自らの情動に苦しめられ時には自殺にまでいたることがある。こうしたヒトの情動のブライトサイドとダークサイドについて,本書は有益な知見を提供してくれる。本書は,ヒトの基本情動のメカニズムを解明する情動学シリーズの第2巻であり,情動の基本的な仕組みとその異常状態としての精神疾患を扱っている。大きくは前半の基礎編と後半の臨床編に分かれており,基礎編では分子レベルの情動学習メカニズムから情動発現と社会行動の関連までが,臨床編ではうつ病・発達障害・パニック障害などの情動制御と関連する精神疾患の発生メカニズムとその治療機序が解説されている。
 基礎編は,まず第1章「情動学習の分子機構」から始まり,扁桃体の機能が分子レベルで詳細に解説される。そして,第2章以降は「情動発現と顔」,「情動発現と脳発達」,「情動発現と報酬行動」,「情動発現と社会行動」という順で反射レベルから社会行動レベルへと社会性の次元を上げつつ,視線と脳の発達,接近・回避行動と報酬系,性行動・危険評価行動について,ラットやサルを対象にした実験の結果と,現時点で解明されている情動のメカニズムと脳神経系の機能が豊富な図表とともに紹介される。第2章「情動発現と顔」では,サルを対象とした実験において視線や頭の方向などの情報が処理される神経メカニズムが解説される。特に,上側頭溝(STS)や扁桃体に存在する,顔刺激に対して選択的に反応する顔ニューロンの働きを中心に,発達障害におけるアイコンタクトの障害,マカクザルの社会的認知能力にいたるまで丁寧に記述されている。第3章「情動発現と脳発達」では,ヒトにおける社会的認知機能の発達を概観する中で,その神経基盤となる視覚情報処理システムが紹介される。第4章「情動発現と報酬行動」では,ラットを対象とした実験において報酬への接近・回避行動に神経伝達物質の一つであるドパミンが関連していること,こうした報酬系の働きは知見の豊富な食物行動以外に性行動においてもみられることが解説される。第5章「情動発現と社会行動」では,性行動や危険評価行動などの社会行動をもたらす警戒フェロモンの働きについて,ラットの嗅覚系を扱った実験結果が紹介される。加えて,他個体の存在がストレス反応を低減する社会的緩衝作用に安寧フェロモンと呼ばれる嗅覚シグナルが関連していることが解説される。
 臨床編では,「うつ病」,「統合失調症」,「発達障害」,「摂食障害」,「強迫性障害」,「パニック障害」が扱われる。第6章「うつ病」では,うつ病はネガティブ情動が過剰に生起した状態だけでなくポジティブバイアスが消失した状態としても捉えられること,単一の神経基盤によるものではなく複数の神経回路における認知―情動系の制御の問題として理解できることが,脳神経画像研究に基づいて解説される。第7章「統合失調症」では,統合失調症患者にみられる情動症状と,患者自身が知覚する情動体験についての心理プロセスが丁寧に記述されている。第8章「発達障害」では,近年注目を集めているASD(autism spectrum disorder)などの発達障害について,社会脳仮説に基づく共感の障害と位置づけたうえで,一般に「幸せホルモン」として知られるオキシトシン投与による治療の可能性が,ASD当時者を対象とした実験結果とともに紹介される。また,ASDなどの発達障害が男性に多くみられることから,社会性と男女差の関連についても踏み込んで考察されている。第9章「摂食障害」では,食行動の問題の背景にある身体イメージのゆがみについて,摂食障害患者の脳神経活動を測定した研究の結果から,自己の身体イメージの変化を恐怖の情報として処理している可能性が解説される。また,摂食障害の治療方法として,身体イメージのゆがみを修正する認知行動療法と薬物療法との併用が有効であることが紹介されている。第10章「強迫性障害」では,強迫観念を引き起こす不安情動の生起メカニズム,注意・遂行・記憶などの認知機能の障害に基づく衝動性の側面,洗浄強迫・確認強迫などの多彩な症状の背景にある神経回路のオーバーラップが解説される。加えて,有効な治療方法としてSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)による薬物療法と認知行動療法が紹介されている。第11章「パニック障害」では,パニック障害を恐怖や不安などの情動が生じる情動喚起の側面と,情動のコントロール不全に陥ってしまう情動制御の側面から捉え,情動喚起は恐怖情動に関わる神経回路の過活動によって促進されること,情動喚起の葛藤状態が持続することによって情動制御が困難になることが解説される。また,薬物療法および認知行動療法による症状の改善についても触れられている。
 本書では,そのテーマにもある情動発現メカニズムと情動制御の異常という観点だけでなく,基礎研究と臨床実践という観点からもヒトの情動を理解することができる。心理学分野では互いに独立しがちな各側面の接合点が豊富な知見とともに描かれている本書は,ヒトの情動を扱う基礎系の研究者にとっても,情動制御に苦しむクライエントをサポートする心理臨床家にとっても参考にすべき良書であるといえよう。
 なお,編者も断り書きを加えているが,章間・シリーズ間での重複がみられ一巻やシリーズ全体を通して整理されているわけではなく,あくまでもテーマに従って現時点で明らかになっていることを章ごとに系統的に紹介しているものである。紹介されている知見をいかに利用していくかは読者にゆだねられているが,豊富な知見と各章の系統的なレビューは間違いなく基礎研究および臨床実践の参考になるであろう。(文責:加藤仁)

・本書評の執筆にあたり,(株)朝倉書店のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2016/8/16)