(G. A. ケリー(著),辻 平治郎(訳),2016,北大路書房)
目次
1.代替解釈
2.基礎理論
3.パーソナル・コンストラクトの本質
4.臨床場面
5.レパートリー・テスト
6.心理的空間の数学的構造
7.自己特徴づけの分析
8.修正役割療法
9.診断の次元
10.移行の次元
パーソナル・コンストラクトの心理学をご存知だろうか。本書は,その提唱者であるG. A.ケリーによって記されたパーソナル・コンストラクトの心理学とは何かを説明した本である。原本は1955年に記されているため,すでに原本をお読みの方もいらっしゃるかもしれない。しかし,訳者の辻 平治郎先生によれば,原本は日本であまり話題にならず,また,日本語によるケリーの「紹介」がほとんどなされていなかったらしいため,パーソナル・コンストラクトの心理学がほとんど知られていないという前提で書評を書かせていただくこととする。
本書の緒言で述べられているが,本書はもともと臨床手続きのハンドブックとして出発したらしい。しかし,それだけにはとどまらず,人間を理解する(捉える)新たな枠組みを提供するまでにいたり,また,その当時の心理学からは一線を画すほどの壮大な理論となったようである(今現在においても壮大な理論であると評者は感じた)。
本書は9章から構成されている。第1章はパーソナル・コンストラクトの心理学における哲学的背景,第2章は基礎理論が記されている。パーソナル・コンストラクトの心理学において,人をどのように考えるのか,その上でどのような理論を構築したのかが詳細に記されている。理論の哲学的背景が記されているおかげで,基礎理論がどのように形成されたのかが理解しやすくなり,パーソナル・コンストラクトの心理学を理解する上で重要な章であろう。
第3章,第9章,第10章は,第2章で記された基礎理論をより具体的に解説した章である。第2章は理論の枠組みを記した章であったため,抽象的な表現が多い。そのため,より理論の理解を促進するために,これらの章が設けられたのであろう。
第4章から第8章までは,パーソナル・コンストラクトの心理学の枠組みで臨床場面を捉えた場合,および,その実際のやり方について記されていた。具体例が記されているため,パーソナル・コンストラクトの心理学とは何かがより理解できる章である。
本書は400ページを優に超える大著である。そのため,詳しい内容は本書を読んでいただき,パーソナル・コンストラクトの心理学の真髄を理解していただきたい。以下では,評書から見た本書の特徴を2点挙げさせていただく。
第一に,本書で記される用語の説明が丁寧になされている点である。パーソナル・コンストラクトの心理学では,その理論でしか使用されない用語が幾つかある。そのため,用語の説明なしには理解できないであろう箇所が多分にある。そのことを著者はおそらく把握しており,そのため,使用される各用語がどういう意味で使われているのかを丁寧に説明している。類似する概念や心理学で既存に使用されている用語との関係性についても説明しており,独特の用語がどのような意味で使用されているのかを比較的理解しやすい内容になっている。
第二に,臨床場面での具体的な例が記されている点である。第5章,第7章,第8章は,パーソナル・コンストラクトの心理学の枠組みを用いた場合に,どのような方法で実施するのかが具体的に記されており,理解しやすい。また,これらの章では,臨床場面での具体例が記されてはいるが,パーソナリティを捉えるための他の場面でもどのように適用したらよいかがわかるような内容になっている。
以上のような具体的な特徴を挙げさせていただいたが,評者が感じた本書の最大の特徴は,人を捉えることの難しさとやりがいを感じさせる点であろう。パーソナル・コンストラクトの心理学で人を捉えようとすると,誤解を恐れず正直に言えば,大変苦労することが容易に想像がつく。しかし,その反面,人を理解する(捉える)とはどういうことかを改めて感じさせてくれる一冊であり,心理学を再考する非常に貴重な機会をもたらすであろうと感じた。そのため,パーソナリティを研究する研究者にとっては,一読する価値があろう。(また,本書での用語の使用と,ケリーの追随者での用語の使用とには落差があることを辻先生が指摘している。そのため,パーソナル・コンストラクトの心理学は知っているが,原本は読んでいない方も一読する価値はあると思われる。)
しかし,1点だけ注意すべき点がある。本書は「簡単」に読めるような本ではない。辻先生もお書きになられているが,ケリー独自の用語法や思考の哲学的・科学的基盤を理解,あるいは解釈するのは大変な苦労を要する。実際,評者は関連する書籍や文献を参考にしながら本書を読み進めた。ある程度の前知識があった方が本書を理解しやすくなるかもしれない。
ただし,緒言に記されているが,心理学的な問題に今まであまりまじめに悩んでこなかったような人は,この本を選ぶとほぼ確実に不幸になるであろう。不幸になるかどうかは本書をお読みいただいたあなた次第である。(文責:仲嶺 真)
・本書評の執筆にあたり,(株)北大路書房のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。
(2016/9/14)