(ロバート・W・ホワイト(著),佐柳信男(訳),2015,新曜社)
目次
はじめに
1. 動物心理学における動向
2. 精神分析的自我心理学における動向
3. 心理学全般において関連する動向
4. 満足している子どもの遊びとコンピテンス
5. エフェクタンス
6. コンピテンスの生物学的意義
7. 要旨
「モチベーション再考」再考―訳者あとがきに代えて
本著は,White, R. W. (1959). Motivation reconsidered: The concept of competence. Psychological Review, 66, 297-333. の全訳である。原書である展望論文が刊行されてから半世紀以上が経つものの,ここで提唱されたコンピテンスという概念は,その後自己決定理論をはじめさまざまな動機づけ理論を支える重要概念のひとつとして現代まで息づいている。本著では,当時主流であった一次的な動因や本能のみを重視する理論の限界点を踏まえ,多領域にまたがるレビューを展開しながらこのコンピテンスという新しい動機づけ概念を提案することの意義について記されている。
第1章は,動物心理学領域のレビューである。当時の動物心理学における動機づけ理論の主流は,ハルの動因低減説であった。動因低減説では,あらゆる行動は生理的な欲求やそこから派生した欲求が原因で生じると説明される。しかし,主要な生理的欲求を満たした状況で生じる環境への探索行動や操作(パズルを解くなど)を扱った一連の研究結果は,行動の原因を生理的な欠乏のみに起因させる動因低減説では説明がつかないことを示していた。このような状況に対して,従来の理論を擁護する立場では二次的強化や不安の低減といった観点からの説明を試みたり,「探索動因」や「操作動因」など新たな一次的動因を加えることで対応しようとしたが,著者はこれらの説明にはいずれも不十分な点が残ることを鋭く指摘する。そこで,著者は上記のような行動を説明できる「動因」とは別のより的確な概念が必要であることを示唆する。
第2章は,第1章でみてきた動物心理学からは離れて精神分析的自我心理学領域での研究知見をレビューしている。本章では,興味深いことにフロイトに端を発した精神分析的な心理学領域においても,先に見た動物心理学と類似した動向がみられていることを明らかにする。つまり,エロスと破壊行動に由来する本能のみで行動を説明することの困難に直面したとき,動物心理学者が新たな動因概念を加えようとしたのと同様に,新たな本能(習熟本能)を本能の概念として加えることにより対応を試みたのである。さらに,動物心理学者たちによる二次的強化の発想と類似した「中和化された本能エネルギー」で説明をしようとしたり,不安低減という欲求からの説明をしようとしたことまで一致する点は読んでいて非常に興味深い。
第3章では,心理学のその他の領域に目を向け,これまで見てきたような従来の動機づけに関する説明概念の不十分さを指摘する論争や,それを乗り越えようとする議論が他の領域でもみられることを紹介する。本章では特にウッドワースの主張を引用しながら,環境に対して自身が原因となり何らかの影響を与えることは,生体を動機づける機能をもつという本著における重要な位置づけとなる議論が展開される。
第4章では,ここまでのレビューを踏まえ,従来の理論による説明が及ばなかった行動群を理解する新たな動機づけ概念としてコンピテンスが提唱される。コンピテンスとは,生物が生得的にもっている,環境と効果的に相互作用する能力のことを指す。本章では,子どもの遊びの中での行動をもとにコンピテンス概念の説明をしている。子どもは,遊びの中で自らが環境にどのような効果を与えられるか,また,環境が自分にどのような効果を与えるのかをあたかも「実験」するかのように確かめる(例えば,「ガラガラ」をどのように鳴らせばどのような音が出るのかを確かめる)。このような環境との相互作用による学習を通して,子どもは自身のコンピテンスを増大させるのである。
第5章は,環境とのかかわりの中でコンピテンスの獲得を指向する動機づけであるエフェクタンスについて論じられている。エフェクタンスは欠乏欲求ではない。したがって,エフェクタンスが「満ちる」,「充足する」という表現は不適切とし,代わりに著者はエフェクタンスの主観的で感情的な体験を効力感と名付けた。その上で,エフェクタンスは日常レベルではコンピテンスの向上を目標とした動機づけではなく,あくまで効力感を求める動機づけとして体験され,「結果として」生体にとっては持続的・連続的な環境に対する学習を成立させる性質であることを説明する。
第6章は,エフェクタンスの進化論的な意義について記されている。環境との相互作用を積み重ね,コンピテンスを獲得することは,生体の環境への適応を高めることにつながる。このような議論は,コンピテンスやエフェクタンスという概念を想定することの生物学的・進化論的な根拠ということができるだろう。さらに,エフェクタンスが性欲や飢え,恐怖の喚起と比べて「緩やかな」動機づけであるという特徴も,むしろ適応に資するという主張がなされている。適度な高さの動機づけの方が環境に対する幅の広い学習へとつながるという説明は興味深く,抑えの章として著者の掲げるコンピテンス概念の説得力をさらに深めているように感じた。
本著を読みながら,生物の発達や進化的な適応までも見据えたコンピテンス概念の射程の広さを改めて認識させられた。訳者の佐柳先生もあとがきで指摘するようにエフェクタンスの測定については従来十分な操作的定義がされてきたとは言い難いものの,脳機能マッピングの技術等が発展した現代においては,ホワイト自身が「現時点では難しい」と述べていたエフェクタンスの神経学的基盤についての検討が可能かもしれない。このような試みは,特に動機づけの発達等のテーマについて多くの重要な示唆をもつと考えられる。
冒頭にも書いたように,コンピテンスはその後自己決定理論やコンピテンス動機づけ,マスタリー動機づけなど,いくつかの形で発展・展開がみられる。しかし,今一度オリジナルのコンピテンス概念がいかに丁寧で幅広いレビューのもと概念化されているかを本著により確認することは,今もなお多くの研究者に動機づけとは何かを再考するきっかけを与えてくれるのではないだろうか。(文責:解良優基)
・図書紹介の執筆にあたり,(株)新曜社のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。
(2017/2/1)