(ジャン・デセティ,ウィリアム・アイクス(編著),岡田顕宏(訳),2016,勁草書房)
目次
イントロダクション
第1部 共感とは何か
第1章 共感と呼ばれる8つの現象(チャールズ・ダニエル・バトソン)
第2章 情動感染と共感(エレイン・ハットフィールド,リチャード・L・ラプソン,イェン・チ・L・リー)
第3章 模倣されることの効果(リック・B・フォン・バーレン,ジャン・デセティ,アプ・ダイクスターハイス,アンドリース・フォン・デア・レイユ,マータイス・L・フォン・レーウン)
第4章 共感と知識の投影(レイモンド・S・ニッカーソン,スーザン・F・バトラー,マイケル・カーリン)
第5章 共感精度(ウィリアム・アイクス)
第6章 共感的反応:同情と個人的苦悩(ナンシー・アイゼンバーグ,ナタリー・D・エッガム)
第7章 共感と教育(ノーマ・ティーチ・フェッシュバック,セイモア・フェッシュバック)
第3部 共感に関する臨床的視点
第8章 ロジャーズ派の共感(ジェロルド・D・ボザース)
第9章 心理療法における共感:対話的・身体的な理解(マティアス・デカイザー,ロバート・エリオット,ミア・レイスン)
第10章 共感的共鳴:神経科学的展望(ジーン・C・ワトソン,レズリー・S・グリーンバーグ)
第11章 共感と道徳と社会的慣習:サイコパスやその他の精神障害からの証拠(R・J・R・ブレア,カリナ・S・ブレア)
第12章 他者の苦痛を知覚する:共感の役割に関する実験的・臨床的証拠(リーズベット・グーベルト,ケネス・D・クレイグ,アン・バイス)
第4部 共感に関する進化的視点および神経科学的視点
第13章 共感に関する神経学的および進化的視点(C・スー・カーター,ジェームズ・ハリス,スティーヴン・W・ポージェス)
第14章 「鏡よ,鏡,心の中の鏡よ」:共感と対人能力とミラー・ニューロン・システム(ジェニファー・H・ファイファー,ミレーラ・ダープレトー)
第15章 共感と個人的苦悩:神経科学からの最新の証拠(ジャン・デセティ,クラウス・ラム)
第16章 共感的処理:認知的次元・感情的次元と神経解剖学的基礎(シモーヌ・G・シャマイ=ツーリィ)
訳者あとがき
本書は,認知心理学,社会心理学,発達心理学など,様々な分野で行われてきた「共感」に関する研究を,社会神経科学を軸に据えてまとめたものである。近年,共感という概念に対する注目はますます強まっているように思われる。本書の著者であるジャン・デセティ氏をはじめとした基礎心理学の研究者はもちろん,心理臨床家も,クライエントとの良好な関係を築くための基本的技術として共感を重視してきた。ただそれだけでなく,最近では専門家ではない一般の人々にとっても,共感という概念が親しみ深いものとなってきたように思う。「空気を読めない」などの言葉が日常的に用いられることからも,一般的に他者と共感できる能力が重要であると考えられていることは分かるし,SNSではどれだけ共感を得られたかが「いいね」の数として数値化されるなど,現代では共感が注目すべきものとして社会一般に認知されているといえるだろう。しかしながら,このように多様な文脈で共感という言葉が使われていると,「共感」という言葉が指し示す概念も多様になり,それぞれを扱う研究領域間で断絶が生じてしまう。そこで,それぞれの研究領域でいう「共感」がどのようなものなのか,関係する神経基盤についての知見にふれつつ,統合的に整理しなおしているのが本書である。
本書は4部構成となっているが,第1部第1章において「共感という用語の8通りの使い方」という項をもうけ,先行研究において共感という言葉が指し示してきたものを8つの概念に整理している。ここでは基礎と臨床において論じられている共感を網羅的に論じ,偏りの無いように分かりやすく整理している。これこそ,本書に関して最も特筆すべき点といえるだろう。これまでに何かしらの形で共感について学んだことのある読者にとっては,知識を整理する助けになる。また,続く第2部から展開される各論も,こうした整理がなされた上で論じられているために,混乱せずに通読することができるのである。
続く第2部では主に社会的認知や発達心理学・教育心理学の立場から共感について論じられる。ここで論じられる豊富な内容すべてについて紹介することはできないが,中でも強く印象に残ったのは,自己制御機能と共感を結び付ける第6章である。ここまでの章(特に第2章,第3章)では,共感は半ば自動的に生じるものとして記述されている。しかし,第6章では,特に他者の苦痛に共感する場合,自分自身の中に生じる情動的覚醒を適切に制御できなければ,むしろ自分のネガティブ感情に注意がシフトしてしまって他者への共感が薄れてしまうことが指摘される。心理臨床家の間では「クライエントに共感しても,巻き込まれてはいけない」とよく言われるらしいが,この第6章の内容はまさにそうした臨床家の見解に通ずるものがあるのではないか。
その後の第3部においては,心理臨床における共感について,ロジャーズの理論にふれつつ説明が行われる。評者が特に興味深いと感じたのは第10章で,共感的共鳴という現象を中心に,臨床心理学と神経心理学の共感を橋渡しする試みが行われている。心理臨床における共感は,基礎心理学における共感と混同されるというよりは,むしろ全く別の文脈で扱われ,互いの橋渡しがほとんど行われて来なかったという印象がある。しかしながら,本書ではこれらについて神経基盤にふれつつ統合的に理解しようとする試みが紹介されており,今後の研究の指針となるような考察がなされている。続く第11章,第12章も,道徳性やサイコパシーと共感という近年特に注目を集めている内容について論じられており,必読である。
最後の第4部では,神経心理学・進化心理学の観点から共感を支える生物学的な基盤に関して総合的に論じられる。共感という概念が近年科学者たちの関心を集めている大きな原因がこの第4部で語られている内容だろう。動物たちのコミュニケーションや,いわゆる「ミラーニューロン」の発見によって,共感はより実体のあるものとして理解されるようになってきた。この第4部では,共感に関わる内分泌系や神経ネットワークについての研究が概観される。また,神経基盤を探っていくことで,様々な研究領域で扱われる共感の間の関連性を整理し,統合的に理解しようという試みが紹介されている。特に近年盛んに研究が進められている領域であり,共感を専門とする研究者にとっても知識を整理するのに役立つような,読み応えのあるレビューとなっている。
ここまで概観してきたとおり,社会神経科学の研究は,非常に広範な研究領域にまたがって行われてきているため,それらの研究を網羅的に紹介する本書は読み応えがあるものになっている。一方で,内容が豊富であるために,紹介されている内容の中には,人によってはほとんどなじみのないものと感じられる部分があるかもしれない。また,本書では全体を通して数多くの最新の知見が引用されており,理論についての詳細な説明も行われているため,初学者にとってはページごとに新しい情報が満載で,少し圧倒されるかもしれない。それにもかかわらず,評者は本書を共感の初学者が読むべき最初の本として強くお勧めしたい。自分が関心を持っている「共感」とは具体的にはどのようなものなのか,本書が示す内容に照らし合わせて整理しておくことが,その後本格的に共感について学んでいく上で,必ず役立つからである。(文責:西口雄基)
・図書紹介の執筆にあたり,(株)勁草書房のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。
(2018/6/1)