((ジョン・ハッティ (著), 山森 光陽 (監訳),2018年,図書文化社)
目次
第1章 本書の試み
第2章 何をエビデンスとするか――メタ分析による知見の統合
第3章 主張――見通しが立つ指導と学習
第4章 学習者要因の影響
第5章 家庭要因の影響
第6章 学校要因の影響
第7章 教師要因の影響
第8章 指導方法要因の影響Ⅰ
第9章 指導方法要因の影響Ⅱ
第10章 学力を高める指導の特徴の統合
巻末附録A:800のメタ分析研究リスト
巻末附録B:効果量順のメタ分析
本書はジョン・ハッティ著の【Visible Learning】を翻訳したものである。いつの時代も教育については関心がもたれ,常に新しい制度や指導方法が提案され続けている。学校現場においては教師が日々苦労して授業を工夫している。その一方で,研究者たちは日々の研究を通して効果的な指導について提案し,論文としてまとめている。しかし,これらの論文が教育現場につながることはあまりないように思える。この理由として,本書では授業の効果に関する証拠をまとめたり,要約したりすることが困難であったことや,何が効果的であるのかを表す指標が不明確であったことを挙げている。そこで,本書ではメタ分析や効果量を用いて,膨大な数の実証的な研究から得られた138の要因(日本語翻訳版では78の要因)が教育に与える効果について整理し,その効果を明確な指標の下で検証している。
初学者や研究に馴染みのない学生,学校の教師においてはメタ分析とは?効果量とは?と思うかもしれないが,これらについて知らなくても安心である。本書では親切にも第2章においてメタ分析や効果量の考え方について,わかりやすい例を挙げながら丁寧に説明がなされている。そのため,専門的な内容に馴染みのない方でも,読みやすい構成となっている。また,すでに知っている研究者でも具体的な例を通して学ぶことにより,理解が深まるだろう。万が一,メタ分析や効果量について十分に理解できなかったとしても,問題なく本書を読むことができる。本書では,視覚的に分かりやすい図や表によりどのような要因が学力と関連するのか,直観的に理解できるようになっている。まさにVisibleを体現した一冊である。そのため,研究者だけではなく教師や保護者の方にも,ぜひ,読んでいただきたい。
第3章では,本書における主張がまとめられている。この章では教師にどのような資質が求められるのか,またどのような要因が学力に影響を与えうるのかについてまとめられている。続く第4章から第9章では各要因が学力に与える効果やその考察について述べられている。第4章では学習者の経歴や気質・態度などの「学習者要因」について,第5章では家庭の社会経済的な地位や親の関与などの「家庭要因」について,第6章では学校や学級の構成などの「学校要因」について,第7章では教師と学習者との関係や教師の明瞭さなどの「教師要因」について,第8,9章では方略やフィードバックなどの「指導方法要因」についてそれぞれ記載されている。各要因の具体的な効果については,本書を手に取って読んでいただきたい。そして最後の第10章ではメタ分析の結果をもとに学力を高める指導についてまとめられている。これらの章で説明されている論文については,膨大な量の引用文献に記載されており,その効果を示すためにどのような研究が行われてきたのかを調べることができるようになっている。そのため,これから研究を始めようという若手研究者が,先行研究を調べるきっかけとしての一冊にもおすすめできる。
本書の特徴としては,研究に馴染みのない教師が読むことを想定しているのか,具体的な例や図や表を活用して直観的に理解できるようになっていることが挙げられる。そのためか,教師に向けたメッセージも多く含まれている。例えば,本研究の主張として「一貫して教師がもっている信念や概念に疑問を向けるべきだ」ということを述べている。教師は明確な根拠もなく,以前に行ったことのある指導方法や他の教師が行っている指導方法を最適なものとみなしがちである。しかし,現実にはそうでないことも多い。もちろん,その指導により一定の効果が得られるかもしれないが,他の指導を選択することでより高い効果が得られたかもしれない。高い効果が期待される指導が受けられなかったことは,学習者にとって大きな損失となる。今後の日本を支える学習者のためにも,研究者はもちろん,小学校,中学校,高等学校,そして大学の教員には本書を通して望ましい教育について考えていただきたい。
最後に,本書は教育について書かれた本であるが,教育を専門としない方でも一読の価値がある。本書は,現場につながっていない,いわば眠っている研究論文にスポットライトを当て,その知見を有効に活用し教育現場や国の政策に対して示唆を与えることを試みている。その手法としてメタ分析や効果量を用いているが,その説明がとても分かりやすい。それぞれの研究分野において,眠っている知見を活用して,社会や政策に対する有益な示唆を提供するにあたり,本書の内容はとても役に立つだろう。(文責:三和秀平)
※図書紹介の執筆にあたり,(株)図書文化社のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。
(2018/11/1)