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瀕死の統計学を救え!有意性検定から「仮説が正しい確率」へ

(豊田秀樹,2020,朝倉書店)

目次

第Ⅰ部 瀕死の統計学
第1章 「統計的に有意」は必要条件にしか過ぎない
第2章 神の見えざる手
第3章 前門の虎・後門の狼
第4章 ゾンビ問題
第Ⅱ部 統計学を救え!
第5章 ベイズの定理・「研究仮説が正しい確率」
第6章 結論の言葉に真心を込めて
第Ⅲ部 教育そして悪意
第7章 セリグマンの犬
第8章 改ざんと隠ぺい

 

 心理学における実験や調査に関する多くの研究では,統計学における有意性検定の結果が有意であるかどうかを根拠として,科学的な知見が積み重ねられてきた。しかし,心理科学における研究結果の再現性の低さについて,権威ある複数の学術雑誌論文や,アメリカ統計学会の声明によって,価値ある研究を識別する指標としてp値を根拠とすることへの批判が繰り返し行われてきた。しかし,決定的な新指標の提案がなされていないことについて,本書では,研究分野/文脈によらずに,ある統計指標を満たすことで,その研究に公刊される価値があると自動的に判定できる指標など,本来存在しないためであると解説される。本書の提案は,研究結果を抽象的な結論の表現としてではなく,統計学の初学者でも容易に理解できる結論の表現に変更することである。本書では,直感的に理解できる研究仮説が正しい確率(PHC)を,p値に代わる指標として用いることの大切さについて解説がなされる。
 本書は,大きく分けて問題編(第Ⅰ部:1章~4章),解決編(第Ⅱ部:5章~6章),実践準備編(第Ⅲ部:7~8章)で構成されている。第Ⅰ部では,統計学の基礎を確認しつつ,統計学上の問題点が挙げられている。第1章では,帰無仮説の否定は,科学的発見の必要条件の確認に過ぎず,p値の小ささは学術的価値と連動しないことについて述べられている。この章では,統計学の基礎を振り返りつつ,統計的には有意でも,心理学的には無意味な論文とは何かについて具体例を用いた解説がなされている。第2章では,p値は,抽象的であり,学問に根差した解釈ができないために,有意であるといった結果を機械的に扱ってしまう傾向が生じることについて述べられている。この章では,統計学の基本的な概念や検定の手順を確認しつつ,商品の質と値段が経済的に適切なレベルに落ち着く仕組みである神の見えざる手を例として,統計的な有意差のみを重視すると学術的には意味があるとはいえない論文が公刊される理由について解説している。第3章では,有意性検定をするならば根拠のある適切な観測対象の数を扱う必要性について述べられている。この章では,検定力について確認しつつ,判断に伴う2種類の誤りを前門の虎後門の狼に例えて,検定力分析およびその欠点について解説がなされている。第4章では,研究経過を研究者がモニターすることによって生じる時期の多重性問題について述べられている。この章では,分析実施時における研究者の意図の違いによって有意性検定の結果が異なる場合について確認しつつ,教科書的意図を装って分析された検定は,第3者からは見かけ上区別がつかないという意味でゾンビ的検定と呼ばれ,さらに研究の再現性を荒らすゾンビ問題について解説がなされている。
 第Ⅱ部では,第Ⅰ部で述べられた問題を克服する方法が挙げられている。第5章では,研究仮説が正しい確率(PHC)を用いることによるメリットについて述べられている。この章では,ベイズの定理を確認しつつ,直接的に解釈できる具体的な研究仮説が正しい確率(PHC)によって,p値を用いたときに生じる不合理な問題が解決されることについて解説がなされている。第6章では,ベイズ的アプローチの長所について述べられている。この章では,具体的な例に基づき,研究目的の状況に合わせて,具体的に理解でき,効果を実感できる指標で研究の結論を述べることが可能であるとの解説がなされている。
 第Ⅲ部では,統計教育および悪意について触れられている。第7章では,分析法の工夫など考えもしないという意味でセリグマンの犬になっていないか読者に問うている。この章では,あるリサーチクエスチョンに対する,有意性検定を習った学習者と尤度によるモデリングとベイズ推論を習った学習者による違いについて解説がなされ,前者における,統計学に対する非統制感と無力感の学習可能性について述べられている。第8章では,悪意ある行為と統計的結論の関係について述べられている。この章では,悪意のあるケースの多いデータの改ざんやデータの隠ぺいは,有意性検定だけでなく研究仮説が正しい確率(PHC)を用いても,研究の再現性への脅威となることについて解説がなされている。また,隠ぺいによる弊害を防ぐためには,「変数・水準・属性・集団・測定方法・分析モデルその他,実験や調査の詳細な手続き情報」を事前登録することが,研究の再現性を担保する上でも効果的であると述べられている。しかし,改ざん・隠ぺいがなければ,有意性検定とは異なり,研究仮説が正しい確率(PHC)には,事前登録が必要なく,善人である研究者の機動的な研究活動に貢献することにも触れられている。
 本書は,統計学の初学者であっても読み進められるよう,具体例を軸として話が展開されており,専門用語について随所で丁寧な説明がなされているため,統計学に精通していない方や苦手意識のある方にこそお勧めしたい1冊である。また,本書が指摘する統計学の問題点への具体的な解決方法を確認したい研究者の方にも最適な内容である。本書は,著者によって「ミステリー小説」と紹介されている通り,統計学の問題点について,読み手自身が積極的に考えながら読み進めることができる点が特徴であろう。統計学の基礎を確認しつつ,直感的に捉えやすい具体例豊富な解説を読み進めていると,まるで丁寧な講義を受講しているかのようである。本書の結びでは,このミステリー小説は,ノンフィクションかつ現在進行形で未完であり,有意性検定から脱却したカリキュラムへの変更が急務であるとの我々読者に向けた著者からの力強いメッセージが述べられている。我々読者は,このミステリー小説の探偵役として,今後の研究活動に本書の提案を生かしていきたい。

(文責:沼田真美)

※図書紹介の執筆にあたり,(株)朝倉書店のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2020/8/1)