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パーソナリティのダークサイド―社会・人格・臨床心理学による科学と実践―

(ヴァージル・ジーグラー・ヒル,デヴィッド・K・マーカス(編著)
下司 忠大・阿部 晋吾・小塩 真司(監訳)
川本 哲也・喜入 暁・田村 紋女・増井 啓太(訳)
2021年,福村出版)

目次

イントロダクション ダークなパーソナリティの明るい未来?
Part 1 敵対
 第1章 自己愛のダークサイド
 第2章 幼少期から成人期までの冷淡なパーソナリティ特性の現代の概念化
 第3章 恐れ知らずの支配性とそのサイコパシーに対する意味あい:正しいことと間違ったことは同じコインの両面にあるのか?
 第4章 マキャベリアニズムの本質:不正行為の特徴的パターン
 第5章 日常的サディズム
 第6章 スパイト
Part 2 脱抑制
 第7章 刺激希求のレビューと実証的関連:暗い,明るい,中立の様相
 第8章 切迫性:不適応的なリスクテイキング行動における共通した診断横断的中間表現型
 第9章 転導性:無視ができないことによる妨害
Part 3 柔軟性の欠如
 第10章 深く,暗く,非機能的:対人的完全主義の破壊性
 第11章 権威主義:光と影
 第12章 自信過剰のダーク(ライト)サイド
Part 4 否定的情動性
 第13章 気分や甘い感情のダークサイド?感情易変性のより繊細な理解に向けて
 第14章 パーソナリティと内在化障害における不安傾向とネガティブ情動性
 第15章 抑うつ性と快感消失
 第16章 高い自尊感情と低い自尊感情のダークサイド
 第17章 対人依存
Part 5 現在と今後の課題
 第18章 パーソナリティのダークサイドを理解する:まとめと今後の方向性
監訳者あとがき

 

 テレビや雑誌,SNSなどで,しばしば“サイコパス診断”の類を目にすることがある。サイコパシーは,衝動性,スリルの探求,冷淡さ,恐れのなさ,対人的な攻撃性によって特徴づけられ,所謂,社会的に嫌悪されるパーソナリティ特性だといえるが,世の中には「自分がサイコパスなのではないか」と“期待”し,どきどきしながらサイコパス診断に回答する人も多いと思われる。このように,サイコパシーは社会的に望ましくない“ダーク”なパーソナリティ傾向である一方で,同時に多くの人を惹きつける不思議な魅力的をもつ概念である。
近年,“ダーク”なパーソナリティに関心が寄せられ,特にDark Triadに関する研究が盛んに行われている。Dark Triadとは,ナルシシズム,マキャベリアニズム,サイコパシーという,社会的に望ましくないとされる3つの性格特性のことである。これらの特性は,多くの行動や対人関係上の傾向を予測することが複数の先行研究によって見出されている。本書のタイトル『パーソナリティのダークサイド』を聞いて,真っ先にDark Triadを思い浮かべた心理学者も多いのではないか。しかしながら,心理学の分野において,“ダーク”な性格特性はこの3つのみにとどまらない。本書の目的は,現在概念化が行われている,社会的に嫌悪され,破壊的で,ダークな特徴をもつ多数のパーソナリティ特性の概要を提供すると共に,研究者や臨床家たちが汎用性のあるDark Triadを超えて,何がダークなパーソナリティ特性を構成するかという見解を拡張することである。この目的の通り,本書はDark Triadに関する知見はもちろんのこと,『精神疾患の診断と統計マニュアル第5版(DSM-5)』に含まれる病理的なパーソナリティ特性の領域に基づき,ダークなパーソナリティになり得る特性について広く取り上げ,レビューを行っている。
 Part 1 では第1章から第6章にかけて,敵対に関する共通の核をもつパーソナリティが取り上げられており,近年提案されている,Dark Triadにサディズムを加えたDark Tetradと,スパイト(自分で代償を払ってでも相手に損害を与える)が,敵対に関するパーソナリティとして選ばれている。具体的には,自己愛(第1章),サイコパシーの一側面である冷淡さ(第2章),同じくサイコパシーの一側面である恐れ知らずの支配性(第3章),マキャベリアニズム(第4章),サディズム(第5章),スパイト(第6章)という構成である。
 Part 2 では,第7章から第9章にかけて,脱抑制に関するパーソナリティが取り上げられており,刺激希求性(第7章),切迫性(第8章),注意散漫性(第9章)についてレビューされている。これらはいずれもサイコパシーの一側面である脱抑制の要素と密接に関連する特性だと言われている。
 Part 3 では,第10章から第12章にかけて,柔軟性の欠如に関するパーソナリティが取り上げられており,多次元的な完全主義(第10章),権威主義(第11章),自信過剰(第12章)についてレビューが行われている。柔軟性の欠如は,ダークなパーソナリティに関心をもつ研究者からは無視されがちであるが,著者らは重要な領域の1つであると考え,これらを含めることとしている。
 Part 4 では,第13章から第17章にかけて,否定的情動性に関連するパーソナリティが取り扱われており,感情的不安定さ(第13章),不安(第14章),抑うつ性と無快感症(第15章),自尊感情(第16章),対人依存(第18章)についてレビューが行われている。このパートでは,危害や苦悩を他人に与える,敵対的で外在化問題に関わる特性ではなく,自分自身にもたらす苦悩に関連した,内在化問題に関する特性が主に取り上げられている。
 そしてPart 5では,本書の章を統合し,ダークなパーソナリティの特徴を扱う今後の方向性が示されている。
 それぞれの章では,定義と背景,関連文献のレビュー,適応的および不適応的な特徴,臨床的示唆,今後の研究の方向性といった見出しごとに,詳細なレビューが行われている。定義と背景では,社会や歴史の中で各パーソナリティがどのように発見・定義されてきたかが記されており,それぞれの概念の成り立ちが具体的な事例と共に説明されている。また,適応的および不適応的な特徴では,そのパーソナリティのネガティブな機能とポジティブな機能が多角的に述べられている。一般的に,社会的に望ましくないパーソナリティを持つ人は周囲の人間から嫌悪され,非難される傾向にあるが,時に人間は,“ダーク”なパーソナリティを持つことで,少なくとも一部の側面において成功を収めることがある。このように,一見,ネガティブな機能しかもっていないような“ダーク”なパーソナリティでも,適応的な機能が存在し得ることが,様々な視点から論じられている。臨床的示唆や今後の研究の方向性では,各パーソナリティと精神疾患との関連や,予防と治療について論じられており,基礎研究者だけではなく,臨床場面で活躍している研究者にとっても有用となり得る知見が掲載されている。
 以上のように,幅広い“ダーク”なパーソナリティについて,基礎的知見から臨床的知見まで網羅的にレビューされている本書は,人間のパーソナリティのダークな側面に関心のある者や,これからダークなパーソナリティ研究を始めたいと思っている者,また,臨床心理学の分野に携わっている者に,ぜひ一読して欲しい一冊である。
 ※図書紹介の執筆にあたり,(株)福村出版のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(文責:山岡明奈)

(2021/8/1)